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10


 日が落ちたこともあり、俺たちは空き家となってしまった一軒の屋根を借りることにした。

 食堂で買った食料を少しだけ食べると、俺もキースも奥にあったベッドで横になった。


「眠れないんです」


 こっちのベッドに入ってきたキースが言いわけのように言う。


「俺もだ」


 目をつむると目蓋の裏にあの日のことが鮮明に浮かんでくる。

 眠るというよりは、オチないとたぶん寝られないんだろう。


「寒くもないのに、震えるんです。……僕、おかしくなっちゃったんでしょうか」

「キースは俺が出会った人の中で一番純粋な人だ。そんなおまえがおかしいはずがないだろ」

「だといいんですけど」


 俺の背にしがみついてくるキースは、たしかに震えていた。






 翌朝。

 身支度を整えて、くっきり残った車輪のあとを追った。

 方角からして、どうやらハルがいた森へと続いているようだ。


 冒険者らしきパーティがゴブリンを討伐しに来ていたことから、討伐対象になるほどの有害な魔物だったらしい。


 キースとは事前に作戦を決めており、その確認をしていた。

 メインで戦うのは俺。少し手伝うのはキースの役目。

 俺は悪の鍬を肩に担ぎ、キースは母親の形見だというローブ……今では悪のローブとなったが……を着込み、ホルダー付きのベルトを腰に巻き悪の短剣をそこに収めている。


 やつらのねぐらを突き止められればよし。あれが敵の一部かどうかもわからないのだ。無理をして強行突入しなくてもいいだろう。


「アレンさん。これ……」


 キースが草が生えていない箇所を指差す。


「もう何度もああして荷馬車で村を襲っているんだろうな」


 荷馬車の車輪が通る箇所だけ草が生えていない。

 跡を辿らなくても追跡するのは容易だった。


「僕の村以外も、ああして……」

「駆除しよう」


『一閃弓』を使うことも考えたが、即座に却下した。

 ロクに弓を扱ったことのない俺が、まともにあの弓を引けるとは思えない。


 すえた獣のようなにおいが強くなっていき、ギャ、ギギャ、とゴブリンの鳴き声が聞こえてくる。

 茂みから鳴き声のほうを覗いてみると、開けた場所にあの荷馬車があり、五体ほどのゴブリンが奪った果実や野菜をかじりながら、岩や切り株の上でくつろいでいる。

 奥の岩肌には洞窟がぽっかりと口を開けていた。


「ッ……!」


 キースが目を剥くのがわかった。

 今にも飛び出そうとするので、俺は待ったをかけた。


「落ち着け。リーダー格のあいつがいない。こいつらもデカいほうだが、もう一回りデカいやつがいるはずだ」


 一般的なゴブリンは大人の膝程度の大きさだが、こいつらは腰のあたりまで上背がある。

 リーダー格のやつは、俺よりも背が大きい。


「さらわれた子たちもいませんね……」


 おそらく洞窟の中だろう。

 戦利品を納める倉庫代わりにでもしているんだろうか。


 リーダー格のあいつが出てくる前にここにいるやつらは始末しておいたほうがいい。


 ここまでの道中拾っていた石には、すでに『悪化』を施している。

 キースにうなずいてみせると、キースは予定通り音を立てずにすっとこの場から離れた。


 俺はそれを確認し、一体へ向けて悪の石を放った。

 ギュン、と擬音が出そうなほど超加速をした悪の石が、ゴブリンに直撃。


「ギャウ!?」


 真後ろに吹っ飛ばされはしたものの、致命傷には至らなかったようだ。

 ハルには大打撃だったのに。

 どうやら皮が厚いらしい。

 だが、ひるませられることはわかった。


 俺が潜んでいる茂みを残ったゴブリンたちが指差していた。

 こん棒や粗末な斧を手にして殺気立っている。


「ギャギ! グガ、ガガ!」

「ギャォォォオオウ!」


 居場所がバレているのでもう隠れる意味はないだろう。

 茂みから出ると、ゴブリンたちが攻撃しようと迫ってくる。


 まず武器を狙った――。

 命中精度上昇スキルがあればこの距離なら問題ないはず。


 手元に狙いをつけて悪の石を投げると、軋んだ悲鳴を響かせ、握った武器を落としていった。


 ひるんだ一体に接近。

 敵の手が届かない距離から悪の鍬を真横に大振りする。


 最初は軽かった鍬の上部がずしんと重くなった。

 攻撃が当たる瞬間、重量が増す悪らしい。


 ゴブリンの肩に直撃すると、まずグシャと骨の砕ける音がし、その感触も柄から伝わってきた。

 振り抜くと、胸部を鍬の刃で削り取られたゴブリンが、紫の血を噴き上げて倒れる。


「ギャ……? ギャガッ、ガガッ!?」


 立ち上がったゴブリンたちがその様子を見て騒いでいる。

 俺を睨むと、なりふり構わずに突進してきた。


「復讐は、冷静に、冷酷に――。怒りで目の前を真っ赤にしては、何もできないぞ」


 振り終わった鍬をもう一度反対方向へ振る。

 悪の鍬は振りはじめが軽いため、直撃の瞬間までかなりの速度で振ることができた。

 その速度に加えて瞬時に重くなる刃部分。

 多少切れ味が悪くとも、速度を殺さないまま直撃すれば、ゴブリンの皮程度で守ることはできなかった。


 一体は胸の下部を、もう一体は腹部をあばらごと悪の鍬が削り取っていた。

 二体の目から生の光りが消えるのがわかる。


 別のゴブリンが唾を飛ばし飛びかかってくるが、何かにつまづいてこけた。


 気づかないんだろう。すぐそばにキースがいることに。


 俺もはっきりとはわからなかったが、キースがすっと出した足に引っかかったらしい。


 牙を剥き出しにして咆哮するゴブリンに、悪の鍬を食らわせ簡単に絶命させた。


 これだけ騒いでも他に仲間が現れる気配がない。

 リーダー格のやつも今ここを不在にしているんだろうか。


 不利を悟った一体が逃げ出そうとする。


 やはり気づかないらしい。

 どん、とキースにぶつかり尻もちをついた。

 キースはずっとそばで戦いを見守っていた。


 悪のローブは……『悪化』を施すと『極迷彩』の力を得た。

 姿を隠すのではなくその場に同化する擬態の能力だった。


 ゴブリンはまだ何にぶつかって倒れたのか混乱している。


 キースが腰の悪の短剣に手をかけようとしたとき、俺はすくいあげるようにして悪の鍬を振り上げる。


 悪の鍬は、ゴブリンの首の皮を断ち、骨を砕き、頭を吹っ飛ばした。


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