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「強姦魔だ。捕らえろ」
俺の部屋にいきなり警備兵が雪崩込んできた。
「何だおまえら! ――おい、レックス、これは何だ!?」
わけがわからず抵抗の声を上げると、部屋の入口に立っていたレックスがため息交じりに首を振った。
「アレン……君があんなことをするケダモノだとは思わなかったよ」
侮蔑の目。
見たことがある。
この目は、暴虐の限りを尽くす魔物たちを見るそれと同じ。
冷たく、暗い目。
「あ、あんなこと?」
何の話だ。
混乱する俺には構わず、警備兵たちは縄で縛ろうとする。
「やめろ! 何なんだこれは!」
「抵抗はやめろッ!」
レックスが一喝すると、空気が震えた。
俺とレックスは、世界に災厄をもたらすとされた邪神を討伐した仲間だった。
その中心人物の気迫はさすがといったところだった。
勇者レックス。
その名は世間の誰もが知るところだろう。
整った面立ちを曇らせ、レックスは言う。
「前々から密かに繰り返していたらしいな、アレン。立場を利用して、無理矢理……。強制性交の被害届がいくつも出ている。中には、まだ幼い子も……」
「はっ? 俺が?」
まったく覚えがない。
キョーセーセーコー?
何を意味しているのか冷静になって考えるが、そんな盗賊みたいな真似をするはずがない。
「軽蔑するよ」
「おいレックス! 俺がそんなことをするなんて本気で思っているのか!?」
「論功行賞第一位……最高最大の栄誉を与えた陛下も、これにはショックを受けておいでだ」
「冤罪だ! 無実だ! 誰かが俺をハメようとしている! 勇者様はそんなこともわからないのか!?」
「悪あがきしないでくれ。この場で消し飛ばされたくなければね」
レックスの戦闘能力は全世界が知っている。
邪神討伐のハイライトといえば、やはりレックスが止めを刺したところだろう。
威嚇のためか、レックスは俺が打った世界唯一の神剣を抜こうと柄に手をかけていた。
「戦闘力ゼロの君が、俺に敵うとは思わないだろ?」
俺が暴れたところで、縄を引き千切ることも警備兵数人を振り切ることはも難しい。
腕っぷしがまるでない俺が、レックスを相手にどうこうできるとも思えない。
「陛下に伝えてくれ! これは冤罪だと。何かの間違いだと――」
レックスは何も言わなかった。顎をしゃくると縄をかけた警備兵が俺を引きずるようにして先を歩く。
連れてこられたのは、王城の地下牢だった。
重く冷たい牢に入れられ、鍵をかけられると警備兵たちは引き上げていく。
「クソッ、何でこんなことに!」
何かの間違いであることは、俺がよく知っている。
強制どころか、合意の上でも最近してないくらいだ。
レックスは俺の言い分を陛下に伝えてくれるだろうか。
「陛下なら信じてくれるはず……」
片田舎の職人でしかなかった俺に目をかけて王都へ連れてきたのは、この国の王であるグラン・グリーシュ様だった。
陛下とは個人的な話をよくした。立場を差し引けば友達と言ってもいい間柄だったのではないだろうか。
陛下は俺に王城内のあらゆる物を作らせ、レックス率いるパーティへの武具の提供を命じた。
世界は、災厄をもたらす邪神によって混迷の最中にあった。
その邪神を倒す手助けになるなら、俺も労を厭うつもりはなかった。
提供した武具にはメンテナンスが必要だったため、非戦闘員である俺も同行せざるを得なくなり、メンバーの一員としてレックス他数人と邪神討伐に赴くことになった。
そして、仲間は欠けることなく偉業は達成された。
決して短くはない旅だった。メンバーの全員は、俺の人となりを知っているはず。
コツ、コツ、と足音が聞こえる。ランタンの明かりが徐々に近づいてくると、やってきたのが誰かわかった。
「アレン」
「ゴーシュか……?」
聖騎士ゴーシュ。隣国の貴族の出で、俺が作った槍と大盾の使用者だ。
邪神討伐から二週間。
帰国するはずが、まだ王城に滞留しているらしい。
「なんてザマだよ、おい」
ゴーシュは軽薄そうな笑みを覗かせる。
「ゴーシュ。ここに来たってことは、俺に何があったか知ってるんだろ? 俺があんなことをしないってことくらいわかるよな?」
わかる。いや、わかるはずだ。
女性経験が乏しく、奥手な俺をゴーシュは笑った。
『この戦いが終われば、女性の誘い方のひとつでもご教授してやるよ』
そんなふうに言ってくれた。
「俺ぁな、武具を作るしか能がなく、まるで戦えない下賤のおまえが、最初から嫌いだったんだよ」
「え」
「邪神討伐の最大の栄誉? 何を夢見てんだ、おまえ。下賤のおまえにはここがお似合いだ」
ランタンの光りで浮かび上がったゴーシュの顔に、あのときの笑顔はなかった。
俺は期待していた。
『何かの間違いだろ。きっとすぐに出られぜ』なんて言葉をかけてくれることを。
「おまえには、栄誉の剥奪と褒賞の返還を求められる」
「そんな……」
自分の全身から力が抜けていくのがわかる。
「ハル。早くこい。言いたいことがあるんだろ?」
階段から降りてきたのは、エルフの女だった。
ハル。
風属性魔法を使い、俺の弓を所持している射手だ。
「ケダモノは死ね」
「やってないんだ、ハル。わかるだろ」
「やってるもやってないも、どうでもいい。アンタが陛下からもらった報奨金はみんなで仲良く六等分するんだからね♡」
ニコっとハルは美しい顔に笑みを咲かせた。
六等分……頭数に、当然俺は入っていない。
「だからアレンは処刑されなくちゃいけないのよ」
ショケイ……?
「なぜだ! 相談してくれれば報奨金くらい――」
「わかってねぇな、おまえは」
ゴーシュが遮った。
「報奨金がほしい、おまえへの栄誉が納得できない、ただ単に嫌い……六人それぞれに、おまえに消えてほしい理由がある」
「六人……? 俺以外の仲間全員ってことか?」
他の三人も知った上で俺をこんな目に遭わせているのか……!?
みんな、みんな……みんなみんなみんな――!
「……というか、ロクに戦いもしないアンタのことを仲間だなんて思ってないわよ。誰もね」
「これぁ、レックスをはじめ六人全員で決めたことだ」
「ここの王様はどうかしてるわ。武具を作るだけで前線にすら立たない職人に、論功行賞第一位だなんて」
「ハル! 陛下を悪く言うなッ! どうしてそうなのか、説明されただろう!」
友人関係を抜きにした上で、陛下は俺の功績を称えてくれた。
『――アレン。そなたが作り上げた勇者パーティの武具は、邪神を討つ大きな助けとなった。それだけではなく、勇者パーティの武具をモデルとした画期的な下位互換の装備品は、どこの誰でも使いやすく、大量生産できるものであり、最前線に多大な影響を与え、数多の兵の命を助けた。これらは戦乱を一刻も早く終わらせようとした、そなたの気持ちと努力あればこその結果である』
陛下は、俺が苦心した一般武具の開発を高く評価してくださった。
論功行賞第一位が俺であることに、家臣たちで驚いた者はいなかった。
俺は、身に余る栄誉をはじめは固辞した。
妥当なのは勇者のレックス。次点で魔導士のマナドゥだろう、と。
それでも陛下は最功労者はアレンなのだと譲らなかった。
……嬉しかった。
何度も固辞するのも失礼だろうと、俺は謹んでその栄誉を受けることにしたが……。
今にして思えば、仲間の六人は拍手をしていたものの、目は笑ってなかった。
「事実だから余計に嫌いなのよ。そんなこともわからないの? 気に入らないから消えてほしいし足を引っ張るのよ。相変わらず頭悪いわね」
ハルはそう吐き捨てた。
「戦闘力ゼロの無能が、出しゃばりすぎだ」
カカカ、とゴーシュが笑い声を響かせる。
あぁ……。
六人は、俺が何をしようとも嫌悪感を逆撫でするだけだったんだな。
もうしゃべる気力もなくなった。
二人は今までの鬱憤を晴らすかのように、俺に罵声を浴びせ続けた。
気が済んだのか、それとも俺が何の反応もしなくなったことに飽きたのか、しばらくして地下牢から去っていった。
俺は処刑される。
あの六人が口裏を合わせれば、カラスだって白くなる。
それくらいパーティメンバーには影響力がある。
俺の言い分は、陛下には届かないだろう。
あの人の中で、俺は下衆な強姦魔になってしまったに違いない。
「……許さない」
論功行賞第一位を与えた俺を辱めるということは、それを与えた陛下すらも侮辱する行為。
薄暗がりの地下牢で、俺は指を噛み、滴った血で壁に文字を書く。
許さない絶対に許さない無実の俺を陥れた俺の武具がなければ邪神討伐など叶わなかったくせに。返せ返せ。返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ俺が魂込めて作った武具を。下衆が持つにはもったいない最高の武器を。
気づけば、牢内に文字が書かれていない場所はなく、俺が書いた文字で埋め尽くされていた。