曖昧な記憶
子供の頃の記憶とは曖昧なもので、わたしもどうしてこんな記憶が残っているのか、不思議でしかたがない。
おそらく、わたしが覚えているなかで、五本の指に入るほど古い記憶である。夏の記憶で、小学校に入学していたかどうか微妙な時期だったが、よく覚えていない。それに、こんなことを誰かに話しても、信じる人がいるわけがない。
わたしには見えない友達がいた。彼の名前はよく覚えていない。毎週のように同じ公園で遊んでいると、高い木の上から下りてくるのだ。
公園には、わたしとわたしの母親、一緒に遊んでいた友達、友達の母親が一緒にいた。だからみんな彼のことを知っていたはずである。
よくお母さんたちが、人数分のキャンディーを買ってきて、みんなに分け与えていた。キャンディーはいつも足りなくなった。
かくれんぼをしたときも、不思議なことが起こった。気づいたら鬼がいなかったり、最後の一人がどうしても見つからなかった。
だってそれもそのはず、彼が鬼になれば、見つかった方は彼に気がつかないし、探そうにも姿が見えないので、降参するしかなかった。
ある日、彼が鬼をやっている途中で夕焼けチャイムが鳴った。みんな隠れている場所から出てきて、お母さんたちのところへ行き、自転車の後ろに乗せてもらって家に帰った。
自転車の後ろに座ったとき、わたしは彼の「もういいかい」という声を聞いたような気がしたが、お母さんが自転車を走らせてしまったので、それに答えることができなかった。そのままわたしは、家に帰った。
家に帰ると、わたしはテレビをつけた。大好きなアニメが始まって、歌詞を見ながら、オープニングテーマを一緒に口ずさんだ。
その間に、お母さんが夕食の支度をはじめて、夕飯が出来上がると、わたしを呼んだ。そのときにはもう、わたしの頭の中は、アニメとご飯のことだけだった。
夕飯が終わり、お風呂に入り、歯を磨いて、寝室に向かい、部屋を暗くして、布団に潜り込んだ。それからうとうとしはじめると、やっとお父さんが帰ってくる。お母さんの、「お帰り」という声が、わたしのいる部屋まで聞こえてくるのだった。
しばらく経つと、お父さんも床につく。お母さんもわたしの隣で布団を広げる。わたしはお母さんと一緒に寝ていた。お母さんが眠りはじめる頃には、家は静かになる。
布団の中に潜って潜水艦ごっこをしていると、家のドアを開けたり閉めたりしているような音に気がついた。きっとお父さんが何かやっているのだろう、そう思っていたら、わたしとお母さんがいる寝室のドアが開いた。
わたしは布団に潜っていたので、ドアが開く音だけが聞こえた。きっとお父さんだろうと思った。しかし、お父さんがわたしとお母さんの寝室に来ることはほとんどなかったので、いったいどうしたのだろうと思った。
布団に隙間が空いていたので、わたしはそっと覗き込んだ。そこには誰かの脚があった。お父さんの脚でも、お母さんの脚でもない。それは彼の脚だった。息を殺すと、心臓の音が聞こえた。
彼は、わたしに気がついていなかった。脚がずっとお母さんの方を向いているのがわかった。次の瞬間、彼はお母さんの布団を持ち上げた。
彼の溜息が聞こえ、布団を下ろした。そして今度は、ゆっくりと彼の脚がわたしの方に向いた。
わたしは急いで布団にしがみついた。彼が掴んだ。すると身体が強い力で上に引っ張られた。
布団は何度もいろんな方向に引っ張られたが、いっこうに彼は喋ろうとはしなかった。置いてきぼりにしたから怒っているのだろうか。わたしは怖くなって泣き出しそうになりながら、「ごめんね」と何度も謝った。すると彼は、布団を引っ張るのをやめて、寝室を出て行った。
次の日、公園に向かうと、彼はいなかった。そして彼は、二度と公園に現れることはなかった。
最近になって、わたしはもう一度その公園を探してみたが、やっぱり彼はいなかった。彼はいったいどこへ行ってしまったのだろう。