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眠れる森の美女としての魔女

 森の中に茨で覆われたる城がある。そこは時が止まっている。かつての城で働いていた人々は、茨に囚われて眠っている。その城の奥には、美しい姫が寝台で眠っているという。その姫を救おうと数多の騎士が挑んだが、彼らもまた茨に囚われて眠ってしまった。



「で?」

 ふああとはしたなくも大口を開けてあくびをする美女は、うろんな目でこちらを見返す。生理的に出てしまった涙に縁取られて瞳は美しく煌めく。

「私は、あなたをお救いに参りました、この国の第二王子イ」

「ああ、自己紹介はよい。なにをもってして高貴なる身分の方がわざわざこんな奥地まで来ておられるのだ」

 高貴なる身分と言いながらも、口調はぞんざいだ。彼女は寝台を降りると、窓辺に寄り日の傾きを見る。

「あなたをお救いすれば私の王位継承は確かなものになると進言されたのです」

「......それはそれは」

 眉間にシワを寄せて、腕を組んで立つ、その姿は威風堂々たるもので支配者然としていた。

「......もう日も大分傾いておる。今日は泊めて差し上げるゆえ、ゆっくり休まれよ」

 彼女はパチンと指を鳴らす。すると部屋を敷き詰めていた茨が一斉に動いてどこかへ消えていく。

「食事の支度には時間がかかる。それまでゆるりと過ごしてくりゃれ。客間の手配はすぐに済ませる」

 彼女がすいっと腕を振ると扉がひとりでに開いた。

「さ。いつまでもここにおられると私は着替えることもできん。案内役はすぐに来る。外に出られよ」

「あの」

「また夕飯前にでも話をしよう」

 彼女が再度腕を振る。気づくと部屋の外にいた。閉じられた部屋の扉をじっと見つめる。

 ざわざわと城内が騒がしい。彼女が目覚めたことで、城中の人間が同時に目を覚ましたのだ。

「いやー忙しい忙しい」

 どこからかそんな声が聞こえてくる。その声の響きには、囚われから解放された喜びのようなものはなく、日常の延長のようなものであった。

「お客様ー、お待たせして申し訳ありません。お部屋のお支度が整いましたのでご案内いたします」

 身なりのいい使用人がにこやかに近づいてくる。先ほどまで茨に囚われて眠っていた内の一人である。

「紅茶のご用意ならすぐにできます。ああ、鮮度に関しては心配ご無用です。何せ、時が止まってる城ですので劣化も防げるんですよ」

 なんでもないことのように軽い口調で言ってくれる。

「この城は」

「はい」

「悪しき魔女の力で眠らされていると聞いていたが」

「悪しきと言われるほどのことはされてませんが、この城の主は確かに魔女と呼ばれる人でございます」

「先ほど眠られていた姫は」

「ええ。この城の主である姫様こそが魔女その人であります」

 悪しき魔女を倒し囚われの姫をお救いする。それこそがこの王子に課せられた使命であった。



「どういうことだ!」

 案内されて客間へ行く途中、騒ぎを起こしている人物に出くわした。立派な鎧に整った(かんばせ)、その顔が険しく歪められている。

「私は姫を救いに来たのだ!それが必要ないとは一体」

「あなたは!」

 王子は彼の元へと駆け寄った。その姿を見て、騒いでいた彼は口をつぐむ。

「あなたはもしや、私の伯父レイモンド様ではいらっしゃいませんか」

「伯父......?お前は一体何者だ。その顔、確かに王家の者の特徴を備えておるが......」

「私はあなたの弟メレディスが息子、イライアスです」

「嘘だろう......あのメレディスの子供が、こんなに大きいわけが......」

 レイモンドは顔を手で覆う。色々と悟った彼は今度は苦悶に顔を歪めた。

「そなたらは、ここに寄越された時点で王位継承争いで負けておるのだ」

 階段上から彼らを見下ろす彼女に表情はない。

「体よく厄介払いされたのよ」

 告げられた言葉に、見た目の年齢が変わらない伯父と甥は喉から苦しげな息を吐いた。



「昔語りでもしよう」

 食後のお茶を飲みながら、彼女が語り出す。

「私はこれでもかつてはこの国の(きさき)をしておったのよ」

「それでは、あなたは我らのご先祖でいらっしゃる......?」

「そうと言えるかもしれんし、そうと言えぬかもしらん。私の産んだ子は王になることはなかったが、その後臣下して産まれた娘やその孫が王家に嫁いでいたならば私がそなたらの先祖と言えよう」

 レイモンドとイライアスは顔を見合わせる。

「私は王城を出たその後のことは何も知らんのよ。王家のしがらみなど、私にはどうでもいいこと。だから、この離宮を借りてひたすらに休むことにしたのだ」

「なにか、ひどい目に遭ったのですか?」

 気遣ってイライアスは尋ねたが、彼女は首を振った。

「まあ、もう一人の后との小さな小競り合いくらいはあったが、それもどうでもよかった。私はな、誰よりも怠惰な女なのだ」

「怠惰」

「そう。私は面倒事はとにかく嫌いである。あまりに怠惰すぎるがゆえ、日常生活を楽できるかと魔導を研究してみれば才能があったせいで魔女と呼ばれるほどの力がついてしまった。したらば、なぜか王位争いが起こってしまってな。別に私に才能があろうが、息子に才能があるとは限らんのだが......」

 イライアスはただ困惑し、レイモンドは記憶を探って過去の王家の歴史を振り返る。

「とにかく、ただ面倒になって逃げて寝ることにしたのよ。息子には、そんな面倒事は兄に押し付けてしまえと言っておいた。息子もわかったとうなずいて阿呆のふりをしておったな」

「その方の名前は......?」

「ゴドウィン」

「魔導師ゴドウィン!」

 レイモンドが驚きに目を見張る。

「......確かに国にそんな名前の老魔導師がいましたが......」

 イライアスは首をかしげる。

「魔導師ゴドウィンは年齢不詳、そもそも我らの祖父が子供の頃からすでに老体でいた化け物魔導師なのだ!それが、かつての王弟だったなど誰も知らない」

「え?その方と魔導師ゴドウィンが同一人物だと言うんですか?」

「まあ、それはどうでもよいではないか」

 魔女は伯父と甥の温度差の違う会話をさっと切り上げる。

「問題は、そなたらがこれからどうするかだ」

 その言葉に二人はさっと表情を暗くさせる。

「一応、王城に戻るか?一筆添えてやってもよいぞ。まあ、信じてもらえるかはわからんが」

「......信じさせます。昔と姿の変わらない私がついていけば、イライアスが逃げて適当な書を用意したなどとは思われますまい」

「伯父上......」

「後のことは何もしてやれんが」

「それくらい、自分達で何とかしてみせます。それでいいな、イライアス」

 伯父の力強い言葉につられて、イライアスはうなずく。

「押し掛けたのに、もてなしていただきありがとうございます」

「うむ」

 レイモンドは改めて礼を述べて、頭を下げる。イライアスも一緒に頭を下げた。魔女は鷹揚にうなずく。

「王位なんぞ人にくれてやれ。腹が満たせて、ゆっくり眠れればそれで言うことはない」

 魔女からの進言に、彼らは肯定も否定もしなかった。



 この国には火山がある。その火山が噴火した。溶岩が流れ出し、山周辺の町を焼いた。

 歳を経て紆余曲折を乗り越えて王になったイライアスは、対策に追われた。

 溶岩の勢いは止まらず、王都近くにまで迫ってきていた。その間も、灰が降り注いで町を覆う。

「......この国も、ここまでか」

 民を逃がしながら、滅びを感じて嘆息する。彼はこの国の最後を看取ろうと、一番最後まで残ることに決めていた。

 どこからともなく、茨が湧いて出てきて王都の際に壁のように張り巡らされた。それを城壁の上から眺めていたイライアスは目を見張る。

「あまりに騒がしいので、目が覚めたわ」

 魔女は茨を柱のようにそびえさせて、その上に立っていた。イライアスと同じ高さで目線が合う。

「まあ、気休めにしかならんがな」

「偉大なる魔女よ、お逃げください」

「まあ、待て。私は今、どこならば安穏と寝られるのかを考えておる」

 魔女は焦りも見せず、顎に手を置いて思案している。

「決めたわ。私が寝るところはあそこだ」

 魔女は茨を走らせて、移動する。その向かう先は溶岩が流れる火山である。

「魔女!」

 呼んだが、彼女は振り返らなかった。



 この国には眠れる火山がある。その火山には女神が眠っているという。火山が時折小さな噴煙をあげるとき、女神が目を覚ましたのだと人々は噂した。

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