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おそらく一人目の攻略対象への私の泣き言について。

 夕食が終わり、身支度をして、ベッドに横になる。明かりを消してくれるメイドに「ありがとう、おやすみなさい」と告げれば、微笑んで「おやすみなさいませ。良い夢を」と返してくれる。

 そうして、ドアが閉まるまで張り詰めていた糸を、長い吐息とともに緩めれば、目元が熱くなってくる。

 やがて熱はどんどん滲んで、私の外へ出る。頬を伝って耳殻に沿って髪を濡らす。ベッドに入って泣く時お決まりのパターンだ。日前でなんども経験した。

 別にお色気シーンでもなんでもない。日前の家族の前で泣くと、うるさいと怒られるから、泣くのは一人になってからだ。家族が寝静まってから歯を磨きながら一人洗面所で泣くか、風呂場で泣くか、こうやって布団に入って横になってから泣くか。


 悲しい、辛い、悔しい、痛い、いろいろあったが、それに比べれば今はマシだ。

 悲しいけれど嬉しいもある。

 嫌われたくなくて、と言うくらいだから、少なくとも、嫌われてはいないのだろう。

 今は。現時点では。

 それがわかったのは嬉しかった。

 先生との思い出全部忘れるくらいには、先生に嫌われていたことがショックだったのだろうから。


 婚約者に嫌われたところでどうと言うこともなかった。男性に嫌われるのは慣れている。出来のいい女は可愛げがないとかなんとか、バカバカしすぎて腹も立たない。

 ただ、前世も含めて救ってくれた先生に嫌われるというのは、なんていうか、うん。


 母親の代理戦争をさせられて、勉強を強制されていたのに、可愛げがないと嫌われて、どうすれば良いのだろうと幼い私は苦しんでいたのだろう。母はどれだけ頑張っても認めることはしなかったから、それが辛かったんだと思う。

 自分のことなのに推量ばっかりなのは、あの頃の私には自覚がなかったのだ。

 あの言葉を先生にもらうまで。


 十分頑張ってると、認めて欲しかったのだ。


 満点を取り逃がしたときに褒めて欲しいとは言えないけれど、それでも、ガリ勉と言われて、遊ぶ時間がなくて、クラスメイトに話が合わないと言われても頑張らなきゃならなかった私を、それでもトップにはなれなかった私を、本音ではきっと誰かに肯定して欲しかった。


 私、いつまで頑張れば良いの?


 死ぬまでつきまとっていたその思いは、先生のあの言葉で消えて行った。

 強制してきた母でも、可愛げがないと言う父でもなかった。


 好きな人に嫌われるのは辛い。恩人なら尚更だ。ずっと嫌われていたとしたら、これほど悲しいことはない。

 好かれてはいなくても、せめて嫌われたくはない。

 嫌われることに慣れすぎて、ああ、やっぱり先生も私を嫌いだったんだなと、これはいつの記憶だろう、思ったことを思い出した。

 またああなるんだ。

 いや、違う。今はまだ、好かれてはなくても嫌われてはいないっぽい。

 それは嬉しい。嬉しいけど、だから余計辛い。

 やっぱり嫌いだったんだと、知ったときは、あの笑顔も優しい言葉も、お金の為か職を失わないためか知らないが、全部作り物だったんだと思って、やっぱりなと諦めがついた。それを騙したなんて思わない。こっちも接客業やってきたんだ。愛想笑いはどんなお客様にも標準装備だ。だから、それは良いんだ。ただ、嫌いな子にあんなに優しくし続けた先生は偉いなと思った。そして、それでもあの言葉は嬉しかったなと、思っていた。


 だけど、今はもっと辛い。

 「そんなに思い詰めなくて良いんですよ」と言うようなちょっと困ったような宥めるような微笑も、眼鏡の奥の温かい眼差しも、優しい言葉も、全部本当なのだとしたら。

「……もう……やだなぁ……こんなの余計辛いじゃないか……」

 何も言わなくても満点を取れなくても頑張りを認めてくれた人が、私の言葉すら信じてくれなくなる。間違っても怒らなかった人が、してもいないことで、私を冷たく睨む。

 そうなることを、私は知っている。

 何をしても、どう足掻いても、いくら頑張ったって、どうにもならないのだ。

 日前の私が報われなかったのと同じ。


 でも大丈夫。大丈夫だ。

 辛いのには慣れている。私の人生、報われないのがデフォルト仕様だ。

 世間一般の母親に対するようなイメージを、私は先生に対して抱いてしまっていたみたいだから、嫌われるのはすごくすごく辛いけど。

 いつだってどんなに辛くたって、全く報われない人生だって、一人で頑張ってきたじゃないか。

 だから、先生のことで泣くのは今だけだ。今日だけ思いっきり泣いて、泣いて泣いて眠ったら、次に備えよう。

 今の私はなんてったってお金持ちの貴族のそれはそれは優しい両親の元に生まれているのだ。この程度でへこたれていたら、ありとあらゆるツキから見放されていた日前の私に鼻で笑われてしまう。

 次に会うときは、先生の名前を訊こう。これからは、ちゃんと名前に先生と敬称をつけて呼ぶ。優しかった「先生」に甘えていた自分と線引きをするのだ。いずれ嫌われる日のために。 

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