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私の休日について(午前)。

 当日。先生は約束通りおまじないをかけに来てくれた。

 両掌を合わせて肩のところで繋いで、額がくっつきそうなくらい顔を近づける。そのためには、先生は普通に背が高いので、平均よりも低い私のために屈んでくれる。

 先生の声に従って深呼吸して、薄皮一枚ヴェールで覆うようなイメージ。

「これでもう大丈夫ですよ」

 その声を合図に閉じていた目を開ける。

 先生の優しい笑顔が目の前に広がる。

 うん、きっと大丈夫だ。

 殿下からの先ぶれまで、先生とお茶を飲めるくらいの時間はあった。


 この世界では、貴族はあんまりお昼をガッツリ食べない。

 昼食はほぼお茶と一緒に摂る軽食で済ませる。

 だからこそアフタヌーンティーがボリューミーなわけで。

 朝食は家族揃ってしっかり目に食べて、……お昼はなんせあんまりにもここ最近まで食欲のなかった私は、自室で摂ると言ってその実、ほとんどスプーンを手に持ったまま固まっていた。そしてスープが冷め、メイドが下げて終わる、みたいな。

 料理長には顔向けできない。


 お礼にお茶を、と告げて、先生が笑顔で頷いてくれたので、今回は先生もいるし、テラスに軽食込みのお茶を出してもらうことになった。


 テラスまで移動しながら、またしても気づく。

 そういえば、私はお礼、何にもしてない。

 嫌われたにせよ違うにせよ、何かお礼をした方がいいよね。搾取は良くない。

 今までの――お礼?

 早朝に来てもらっておまじないかけてもらって、それ以前にもくすぐったいのを治す訓練とか、スクールでもちょいちょい助けてもらって、お見舞いも何度も――か、借りが多すぎて返せるものを何も持ってない。


 ヒロインなら手作りお菓子とか手作り……何とかとか、刺繍とかあるだろうけど、私は刺繍は苦手でっていうか正直日本で散々裁縫したからもうやりたくない、私が子供の頃百均やら市販の雑巾やらはなくて、自分の分と弟の分と散々縫った。

 と言うのもあるのだが……私はある程度の模倣は得意だけど、ある程度であって玄人裸足とまではいかない。

 それに、手作りなんちゃらは、やっていいのは多分ヒロインだけだろう。

 男性が好みそうなものなんて知らない。

 タイピン? でも先生はタイピンなんてつかわない――っていうか、そういう身につけるものは多分恋人じゃないとダメだ。

 ヒロインの敵に回りたくない。

 わからん。いいやもう――聞こう。


「あの、いつも本当に……その、ありがとうございます」

 先生は相変わらず、見惚れるくらい綺麗な所作でティーカップをソーサーに戻しながら、なんてことないみたいに微笑む。

「それで、何か、……お礼、私にできること、あるでしょうか」

 先生は沈黙してる。何だか妙に恥ずかしくて言ってる間に俯いてしまったのだが、恐る恐る顔を上げた。

 先生は、ちょっと驚いたような顔をしていた。

「あの……?」

「あ、……いえ、その、……お嬢様に、お礼を言っていただけるだけで嬉しいので、気にしないでくださいね」

 そんなわけあるか。

 確かに私は、家族のために必死に色々頑張ってきたのにちっともお礼を言ってもらえなかった日本での過去があるから、誰かにお礼を言われると嬉しくて舞い上がるけど、それだけで良いなんていうのは、私みたいなちょっとアレな人間くらいで、特に先生の労力は半端ない。

「でも、……いつも」

 先生は、私が勝手に泣いたのに、私にお詫びをと言ってくれる人で、お詫びのチョコレートもくれる。

 

 ――そっか、私……対等に、扱ってくれる人が……


 お互いに約束を守って、もし破っちゃったら謝って、お詫びをして、許す代わりに、自分も同じように許されて。

 そんな、ふうに。

 なりたかったのだ。誰かと、いや、誰とでも。


「何か、差し上げたいんです。あの……ご迷惑で、なければ」

 先生は私がチョコ好きなの知ってるけど、私は先生が何を好きなのかもまるで知らない。

「迷惑なんてとんでもないです。お嬢様からいただけるなら何でも嬉しいですよ」

 ……遠回しな、嫌いだから何も贈ってくれるな、かな?

「あの、……私ができることで何かあれば、それでも……」

 ヒロインとの邪魔をするなでも大歓迎だけど、先生は優しいから、そこまで直接的なことは言わないかな。

 先生は何だか嬉しそう……というか、ものすごく嬉しそうな……先生って多分白皙の肌っていうんだろうってくらいは肌白いんだけど、頬がうっすら色づいている。

 あぁ、これが歌にも謳われる薔薇色の頬というやつか。

 ……あ、なんか墓穴掘ったかも。

 嫌ってる人間が命令を聞くっていうんなら、まぁ、嬉しいのかもしれない。

「でしたら、――お嬢様を」

 私を?

 私をなんだ? 死んでくださいとかなら助詞は「を」じゃないよね?

 先生から遠ざける? いやでも、それだったら離れてください、だよね?

 いや考えるだけで泣きそうだけども。でもどっちも「を」はつかないはず。

 続きを待って先生を見つめること数秒。


 ものすごい音を立てて、サーブカートがひっくり返った。


 どうして。

 いや、紅茶のお代わりを、多分持ってきてくれたんだと思うんだけど、そのカートは、今無惨に横転していて、ティーポットが割れている。

 私にも先生にも被害はないんだけれども、ちょっと驚きすぎて声が出なかった。

 護衛その1が、メイドを何ていうか、取り押さえているみたいな格好になって、?

 何?


「……失礼しました」

 護衛その1が謝る。いや、え? 何?

 メイドの、口を押さえている。

 その下で何か言ってる。呻いている。

 何、何なの? は?

「あ、の……」

 パタパタと、他の使用人たちがひっくり返ったカートと残骸を回収していく。

「ど……?」

 え、待って、頭が動かない。

 護衛その1は、メイドの耳元で何か言ってる。

 メイドは、すごく不承不承感を滲ませながら、頷いた。

 すると、護衛その1が、メイドの口元から手を離した。

「申し訳、ありません、でした」

 ものすごく苦虫を噛み潰したように言うメイドに、私は若干気圧されながら、「大丈夫ですか」と聞いた。

 メイドは頷くけど、こっちを見てくれない。

 なんで。

 私は思わず立ち上がって、私に近づけるギリギリまで近づいて、メイドの前に座った。

「どこか火傷とか、しましたか?」

「いいえ」

「あの、具合、悪いですか?」

「いいえ」

 じゃあ、じゃあ、なんで。

「お嬢様、息を」

 先生に背中をそっと撫でられて、過呼吸一歩手前みたいな変な呼吸の仕方になってるのに気づいた。

 それにメイドが、やっとこっちを見てくれた。

 心配そうな顔と視線があって、安心して息を吐く。

「申し訳ありませんでした」

 謝ったのは、先生。驚いて振り向くと、先生も私の後ろで膝をついて、メイドに向けて頭を下げていた。

 え?

「……ふざけ過ぎです」

 メイドはそう言って、それから、私に向かって微笑んでくれた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「……はい」

「すみません、手が滑って」

「えっと、具合が悪くてですか?」

「そう、ですね、そうです」

「じゃあ、もう休みましょう」

「まさか。今から殿下もいらっしゃいますし、私はおそばにおりますよ」

「良いです。殿下には早文を出して、日を改めてもらいます。だから休みましょう」

 メイドがびっくりした顔をしている。

「……あの、ですがお嬢様のおそばに」

「じゃあ、私がベッドのそばにいます」

「……敵いませんね」

 先生の、苦笑いみたいな声が聞こえた。

「お嬢様、良ければ私がエディさんを診ましょうか」

「お願いします! ありがとうございます」

 さすが先生。本当に助かる。

「少しの間、お嬢様をよろしくお願いします」

 護衛その1が頷く。

 先生はメイドを立たせると、部屋から連れて行った。

 診察となると服を脱ぐかもしれないからだろう。


 大丈夫かな。殿下に何て書こう。だけども、先生ならもしかしたらすぐに治せるかもしれないし、でもやっぱり無理していたら困るし、メイドの体調が悪いから日を改めて、だとメイドに責任転嫁してるみたいになるから、私の体調が悪いことにしよう。

 メイドだって人だもんね。私の性格がこんなだから、休日もほとんど返上してて、たまの休日もなんか半日くらいで切り上げて結局午後は私のメイド、なんてことも多い。

 だからきっと疲れが溜まったんだ。

 メイドはいつも最後までそばにいてくれたから、それが当然だと思ってたけど――

 いなくなられたらどうしよう。嫌われたらどうしよう。いつも最後まで私のそばにいてくれた。私の味方でいてくれたのに。


「お嬢様」

 寡黙な護衛その1に声をかけられて、驚いて顔を上げる。

「……エディの体調は問題ありません」

「でも、まだ、先生が」

「エディの気が済めばすぐ戻ってきます」

「……あの、それってどういう」

 意味なんでしょうか、と言い終わる前に、――先生の頬にでっかい絆創膏が貼られて戻ってきた。

 なんで。


「あの、先生、それ……」

「大丈夫ですよ」

 どう見ても大丈夫じゃない。それに顔って……

 日本で生きていた頃の私の顔には、無数の傷があった。顔を引っ掻かれたり叩かれたり殴られたりは日常茶飯事だったので、特に女の子の顔に傷を作ることはどれだけ洒落にならないか、と言う常識を知ったのは、やっぱりラノベだった。

 それを読んで、ひどく驚いたのを覚えている。

 それを言ったのは男性キャラだったのだ。ものすごく怒って、それで……

 それで、私は、……あぁやっぱり、うちは、って……

 昔の悪意たっぷりの家族の声が蘇ってきて、嫌な気持ちがぶり返す。

 先生は女性ではないが、私にとっての先生は初対面の印象が未だに強くて、どうしようもなく胸がざわつく。

「お見苦しくてすみません」

「いえ、そんな……、でも」

「エディさんの体調も大丈夫ですよ。軽い立ちくらみです」

「……あの、やっぱり寝てた方が」

「一時的なものですから。夜に睡眠を取れば問題ないでしょう。本人の強い希望もありますし」

「……わかり、ました。私、今日は早く寝ます」

「ええ。そうしてあげてください」

「先生は、……痛そうです」

「……すみません、顔に出ていましたか?」

「いいえ。でも……」

「お嬢様。先生の自業自得ですから、放っておきましょう」

 メイドにそう言われる。

 どう言う意味?

 先生はまた苦笑した。

 どうにも聞いてくれるなと言うような表情だったので、私もそれ以上言葉を挟めなかったけど、ふっと護衛その2の顔が浮かんでザッと血の気が下がる。


 先生とは親友で、私と違って先生と子供の頃に出会った護衛その2は、私と同じように先生を女の子だと勘違いして、好きだったと言っていた。

 当時はものすごい美少女に見えたらしい。容易に想像できる。今でさえ中性的と言うのだろう面立ちで、私はちょっと背が高くて声が低めの女性だと思っていたくらいだったから。


 初恋の相手の顔に傷ができたら、どう控えめに言っても怒るのでは?

 公爵家で、傷を負ったら、私の責任では……?

 顔に、顔に怪我は、ええと、なんだっけ、ラノベとはまた別で、なんかそんな展開で責任とって婚約しろとか迫った悪役令嬢の小説を読んだような記憶もチラッと残って……

 ってことは多分、乙女ゲームっぽいこの世界でも顔に傷はものすごい大事なわけで、……護衛その2も推定攻略対象なので、それで騎士団所属って多分王国最強とかが王道なわけで、……


 私、また詰んだ……?

 


 多分顔が引き攣ったのだろう私を心配して、先生は殿下が来るまで様子を見ると言ってくれた。

 ありがたいけどちょっと怖い。

 義弟が乱入してきたら、私を殺した人間が3人も一挙集結してしまう。

 義弟は今のところここにはいないけど、あの子の行動は昔から予測不能だ。

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