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私と先生と殿下対策について。

 皆様こんにちは。性格が滅亡するほど悪過ぎて、何度もざまぁされループし続けている私、推定悪役令嬢のマリー・アンです。

 ちなみに何故推定かというと、私に乙女ゲームの知識がほぼないからです。じゃあ何故性格が悪いと言い切れるのかと言うと、性格が悪いのはこの私自身だから。

 改心しろよと突っ込みたくなる気持ちは痛いほどわかる。私も良い加減改心したい。


 でもじゃあ聞きますけどね、あなたは家族から揃って虐待された過去をお持ちで?

 アダルトチルドレンの実態って知ってます?

 そして私がいた時代は、体罰という言葉さえまだそれほど広まっていない上、ひどい暴力も躾と言い張れば通ってしまう田舎暮らし。

 そこで製造されたのが根暗性悪メンヘラ気質のアラフォーです。世界中を呪って死んだのも今は昔。

 多分通算でそろそろ100年くらい生きてるけど、少しまともになったとはいえ、相変わらず性格は悪いままで、精神年齢からしたらめちゃくちゃ年下のはずの推定攻略対象たちに怯えまくる日々。

 で。

 絹豆腐よりも脆いメンタルがぐちゃっとなって、人前で倒れるという本来ヒロインにしか許されないような真似を何度かしたせいで、おそらく乙女ゲームの舞台開幕前に舞台であるスクールから引き摺り下ろされそうになっていました。

 ちょうど2週間ほど前のことです。

 

 私も正直、このループを終えられるのなら、退学もありかなとちらっとは思っていたけど、でも義弟との約束は守りたい。

 そして殿下に責任をなすりつけた状態での婚約解消は非常に良心が咎める。

 そんな甘っちょろいことを思っていた時期が私にもありました。ええ。


 逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。


 私は体を触られるのがものすごい苦手というか嫌いで、特に殿下に対しては婚約者という立場上、ダンスだのエスコートだので接触の義務があるというのに、どうも何回も殺された経験がフラッシュバックして過呼吸起こしたりしてしまう。


 これは百パーセント私が悪い。ちょっと手を掴まれただけで体調を崩したせいで、殿下にとんでもない濡れ衣を着せてしまった。

 殿下に対してものすごく引け目のある私は、殿下に促されるまま、好きな男性主人公の物語を延々語るという妙な約束をした。

 そこまでなら、まぁ、……先生にも以前言われた。一息に喋る方が過呼吸には効くらしい。好きな物語について喋っている時は確かに体調も良かったし、私も日本では一種異様なほどのラノベ好きだったのもあって、オタク語りをしては恥じ入るという罰ゲームみたいな展開に関しては、厄介ではあるが耐えられなくもない。

 

 問題は、だ。殿下が休日に我が家に来るという。

 休日である。

 殿下に対しての濡れ衣を信じ込んで婚約を白紙撤回させようとした家族のいる日に、我が家に。

 メンタルが潰れるどころの騒ぎではない。

 想像しただけで冷や汗が出てくるし動悸もすごい。


 それから純粋に怖い。我が家には義弟がいる。

 こいつも推定攻略対象で、最もえげつない真似をして私を精神的にも追い込んで殺した前世がある。

 並べたくない。


 私は自覚のないまま、やばい状態まで食事を抜いてしまっていたので、健全な魂は健全な肉体に宿るというが、逆もまた然りである。

 意識してちょっと無理して食事を摂るようにした結果、ちょっとはマシになったと思うが、まだまだ全然健全な肉体じゃない現状で、そんな精神的負荷を持ち堪えられるだろうか。

 もちろんこれ反語表現ね。


 

 長々と私の逆ギレ兼現実逃避にお付き合いいただきありがとうございました。

 


 そんな経緯の上で、私は先生に泣きついた。

 先生もまた推定攻略対象ではあるものの、何故か今世では見た目を変えてくれていたので私にとっては唯一、パニック起こした状態でも今の時間軸を認識できる救いである。

 サラサラの綺麗な銀髪を長く垂らし、ファンタジー世界の定番のようなローブを身につけてくれている。

 先生のありがたいところはもう一つあって、いずれ私を殺す側に回るものの、今の所、私の本音を大切にしてくれて、カウンセラーみたいにメンタルケアをしてくれる。

 先生のおまじないがなかったら、私は殿下とダンスもできない。

 

 先生は美男美女しかいないこの世界でも、際立って綺麗な部類に入ると思う。

 でも過去に殿下を見ていて痛感したけど、美形の真顔は怖い。

 だからつまり、先生の真顔も怖い。

 先生は私の家庭教師をしてくれていたのだけど、私があまりにメンタルへなちょこな子供だったせいで、どっちかというと保育士のような態度で接してくれていた。

 だから先生の真顔というのは、あんまり耐性がないのだ。


 いつも笑顔で、優しい――

 ……かったんだけど。


 自分に向けられたものではないものの、スクールでの授業中の先生は、あんまり笑わないし、微笑んでも少し冷たい感じがする。

 やっぱりどんな美形でもそれが怖いのか、女生徒に囲まれたりしているのは見たことがなかった。


 だからありがたいとばかりに、私は先生の授業の直後、先生を追っかけた。

 ちなみに私はクラス替えの前も後も、休憩時間は図書館へ一直線だったので、誰も不審には思わないはず。


 後ろから声をかけると、先生は振り返って、私にとっては見慣れた方の、温かい――敢えて言うなら保父さんのような笑顔を浮かべてくれた。

「どうされました?」

「あの、そう――相談、が」

 よく考えたら、私は先生にヘルプ要請する時は手紙だったので、何ていえば良いかわからなくて吃る。

 道端ならぬ廊下で、殿下が家に来る怖い助けてとは流石に言えず――っていうか我ながらなんて言い草だ殿下は人攫いかなんかか、っていうか昔義弟がそんなこと言って死ぬかと思ったことあったわ義姉弟揃ってなんてことを――、もうなんだか泣きそうになっていると、先生はふわっと笑って、「こちらへどうぞ」と歩き出した。

 私は安堵して後をついていく。



 流石にいくら人気のない部屋とはいえ、人攫いみたいな形容はやばいので、事情を話して殿下が家に来ると言った日付を伝える。

 殿下は殿下なだけあって忙しいので、私に殿下の指定した日付を拒否する権利はない。

「時間はわかりますか?」

 先生は思案げに顎に当てていた手を離すと、そう言った。

 時間。なんの。いや何のじゃない。殿下が来る時間のことだ。きっと。

「確か……お昼過ぎだったと思います」

 2時とか3時とかだった気がする。

「では、午前中に”おまじない”を」

 私は事情を説明しただけで、殿下が怖いとか逃げたいとか助けてとかは言っていないのだが、先生には私の心情はお見通しである。

 助かった。多分それがあれば、何とか不測の事態にも耐えられるはずだ。

「それと、以前に差し上げたグローブのサイズはまだあいますか?」

 誕生日プレゼントに貰った手袋だ。

 白地に綺麗な刺繍と、大粒の宝石っぽいのが縫い付けられていた。見るからに高価そうで、流石の私も使い時に悩んだ。

 そもそもフォーマルなドレスコードに合わせるものだけど、何せ引きこもりの私は、内輪の誕生日パーティーくらいしか使い所がない。

 直近の誕生日にもつけたから、サイズは大丈夫なはずと思って頷く。

 先生も微笑んで、「では、もし外出となったら、そちらをつけてくださいね」

 そうか、物理的に隔てられれば、万一手に触れられても大丈夫かもしれない。それに、外出しちゃえば家族と距離を置ける。

 敵だらけのところに殿下を置いとくっていう、人ごとと思えない状況も防げる。

 ……っていうか、殿下のメンタルすごいな。婚約破棄のこと、聞いてないとか?

 でも王家に通達したって確か護衛その2が言ってたような……


 物思いに耽っていると、ふわっと両手を包まれて、驚いて顔を上げる。


 心配そうに微笑んでる先生と目があう。私が答えを間違った時によく向けられた表情。

「お嬢様」

「……はい」

「もし、嫌なら、断っても良いんですよ」

 何を。グローブをつけるのは別に全然嫌じゃない。何でできてるのかわからないけど、肌触りも良いし、何だか守られてるみたいで安心する。

「たとえ相手が殿下だとしても、公爵家には、お嬢様を護る力がありますから」

 ……えっと、婚約のこと?

 殿下が家に来ること?

 でも約束は、

「私もお嬢様の支えになりたいと思っています」

「せん、せい、には、……いつも助けられてます、十分なくらい」

 もう刷り込みと同じで、何かあったら先生に頼ってばかりだ。

 思ってるだけじゃなくて、いつも本当に支えてくれている。

 私の……いや、日本で生きていた頃の私の周りには、私も含めて嘘つきしかいなかった。

 だけど先生はいつも、本当に言葉通り、助けてくれる。

「そうだと良いのですが……」

 でも先生はちょっと困ったように微笑む。

「本当です、いつも」

 ――最後には、私を殺すけど。

 それでもいつも、

「先生には……救われています」

 お母様とお父様の褒め言葉を、褒め言葉として受け取れるようになったのは先生のおかげだ。それまで私は、嫌味や皮肉だと思って勝手に追い詰められていた。

 先生からもらったたくさんの褒め言葉は、私を救ってくれた。

 私には親という存在に対する幾つもの蟠りがあって、それのせいで――得意技人のせい――ここまで捻くれたけど、そこだけは素直に受け取れるようになった。だからかなり生きやすくなった。

 泣きそうだけど、うまく笑えていればいいなと思いながら、お礼を言う。

 先生は嬉しそうに笑ってくれた。

 それが少し懐かしく思えて、あぁこれは今世じゃない。隣にはヒロインがいたなと思い出す。

 先生が幸せそうで私はとても嬉しかった。

 一人だけ回廊の上で、その表情を目に焼き付けようと目を閉じた。

 嬉しくて嬉しくて、一人なのをこれ幸いと笑い声を漏らすくらいに。

 あの時はまだ、ここが乙女ゲームの世界だなんてカケラも思ってなくて、既に何回か繰り返してはいたけど、壊れていた私は、ただ大好きな先生が幸せに笑っていることがどうしようもなく嬉しかった。

 ご褒美みたいに思えたんだ。自分とは違う誰かを演じていたから、いつも苦しかった。そんなふうに苦しんでいるご褒美だって。そしてこんな幸せな気持ちになれるなら、まだ頑張れるって。  

 

 壊れようが狂おうが私は私なので、まだ頑張れる。あの時と違って、また殺されるのはもうちゃんと理解している。

 だから辛さもある。あるけど、それでも。

 今回は途中で投げ出さないって決めたんだ。

 最後まで足掻く。ちゃんと私は、ヒロインと向き合う。

 

 先生とあなたが並んでいて、幸せそうに微笑みあっているのを見て、私は、――ずっとあの二人が、一緒にいれたら良いなぁって、そう思ったんだ。


 そう思って、私は。

 殿下を、足止めしようとして、足掻い、た――?


 ヒロインみたいに外面も内面も綺麗な女の子をみんな好きになる。

 それは殿下も例外じゃなかった。

 だけど私は、昔からいつも先生に懐いている私は、どうしてもヒロインに先生を選んで欲しくて、それで、だって先生には幸せになって欲しかったんだ。

 こんな誰からも嫌われる私を、普通の子供みたいに扱ってくれたから。


 だから、だから、子供に懸想する大人を心底嫌ってるのに、あの時はそのことに思い至らなくて、 ただ幸せに、幸せで、いて欲しくて。


 ヒロインに惹かれる殿下を、何とかしようとして、色々、私が、――


「お嬢様?」


 先生が表情を曇らせる。こんな顔させたくない。多分私の顔が強張ったせい。突然ブワッと出てきた記憶らしきものたちを慌てて意識の外に追いやる。


「……あまりご無理されないでください。辛いようであれば、私がお嬢様を連れ出します」

「え?」

「午前中に、そのまま。象牙の塔の図書館をご案内しますよ」

 何それ行きたい。

 って、そうじゃなく。あれあそこ確か所属している人しか入れないのでは? だよね? 私を案内したらダメだしそれに殿下との約束があることを知ってる上でそんなことしたら先生が殿下に怒られるのでは?

「……大丈夫です」

 そう言うと先生はまた微笑んた。

「気が変わったらいつでも言ってくださいね」

 秘密にしますよ、と言わんばかりに、先生は唇に人差し指を当てた。

 解放された手が空気に触れて少し冷たく感じた。

 先生は昔から、いつでも温かい。


 ヒロインが惚れるのもわかる。

 わかるから、――お願いだから、先生を選んだのなら、先生だけを愛してくれないだろうか。

 

 前に女性の嫉妬について少し話をしたけど、あの感じだと多分、殿下ほどじゃないけど、先生も多分、一人の女性だけを愛して同じように愛されたいと思う人だと思うんだ。


 私は自分が愛される人間じゃないとわかりきっているので、男女のそう言うのは申し訳ないがあまり共感できない。

 でも私は、日本でずっと両親に弟を優先され続けてここまで歪んだ。

 だから想像することはできる。



 と、そこまで考えて、はたと気づいた。何しろ殿下は憧れのお母様にそっくりなこの顔で妬かれたいと言う、私ほどではないが拗らせた人間だ。

 先生にエスコートされていたことで怒られたのもちゃんと覚えてる。

 殿下との約束すっぽかして先生の誘いにホイホイついて行ったら、今世でも処刑まっしぐらなのでは?

 なんで。それを知ってるはずの先生は何であんなこと言ったの。

 私もしかしてもう先生に嫌われてる?

 どのタイミングで?

 先生は頭が良いから、私なんか多分簡単に先生の思う通りに動かせるだろう。

 

 相変わらずの自分のちょろさに涙が出そうだ。

 私は愛情に飢えているせいで、ちょっとでも優しくされるとすぐころっといってしまう。


 これを思うのは多分二度目だが、私が攻略対象になりたかった。だって完全に癒されるんだよね、攻略対象たちは。

 私の心の傷とやらはいつまで経っても全然癒えてくれないので、……って言うのはいくら何でも言い過ぎか。ちょっとずつ、人からもらっていた優しさなんかも、最近は思い出したりして、癒されてきてると思う。

 だけど、望めないとわかっていても、完治にはやっぱり憧れるもんだよね。なんせ私は強欲なので。

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