私と、供述について。
可能な限り忠実に、昨日の会話を再現した。
殿下との会話の最中、通りがかったヒロイン。彼女も交えてのやりとり。
話は要約すると必ず主観が混じる。
それを避けるために。
幸い、昨日のこと。そっくりそのまま再生することなんか朝飯前。何せ過呼吸まで起こして軽く命の危機を感じたのだ。まぁ過呼吸じゃ絶対死ねないんだけれども、記憶の正確性が増すには充分、だったのだが……
「マリー様。ストップ」
つらつらと会話を再現している最中、護衛その2が頭を抑えるようにして告げた言葉に、私はパクリと口を閉じた。
「黙秘権て知ってます?」
当然だとばかりに首肯すれば、懐疑的な目を向けられた。
「……主に犯罪者が、自身に不都合な内容を話さずとも良いという権利ですよね?」
「知ってんならなんで全部喋るんですか? ちょっと世間的にやばい発言してるってわかってるでしょ?」
私はちょっと笑った。ヒロインへかけた私の言葉は、悪役以外の何者でもない。
「……自白すれば、多少罪が軽減されるということも知っています。——それに、あなた方は断罪する際に誰が相手であろうと斟酌しないでしょう」
私の護衛をしていたけど、断罪する側に回った。私の家庭教師も、婚約者も、……義弟も。
考えてみれば、私はどの種類の愛情ももらえない人間ということだ。恋愛も、家族愛も、師弟愛も、忠誠心も。
日前と一個も変わらない。
本当の正義についての話をしよう、だったかな。
なんかベストセラーを読んだけれど、その中に、家族が犯罪を犯したら庇うかどうか、というディスカッションが収録されていた。相手は東大生で、英語で答える人も多かった。
私は不思議だった。庇うと答えた人間が大半だった。なぜだろう、悪人は裁かれなければいけないのに、と思っていた。
多分、私は、……家族の誰もを恨んでいて、誰かが私の家族を罰してくれるのなら、私も少しは救われるのにと思っていたのだ。
まさか自分が、こんなわけのわからない世界に放り込まれて、何回も何回も裁かれ、庇われない側に回るとは思いもしなかった。
ざまぁされ過ぎでしょ……
そろそろ慈悲が欲しい……
「あー……の、ですね、マリー様。そりゃあ前に、確かに俺言いましたよ。今のこの国は腐っちゃいない。貴族相手でもそれ相応の罰が下されるってね」
ぱちくりと、思わず瞬きした。
……なんの話だっけ。いや確かにその言葉は聞き覚えが……そうだ、私が義弟に扇子投げつけた時に。
「言いました、言いましたよ。でも、今回のこれはそんなたいそうな話じゃないでしょ。それにスクールの中は、どっちかっていうと学生を守り育てるための規律が優先されるんです。ぶっちゃけ子供相手に国の法律はちょっと厳しい。だからスクール内の校則があるんです。なぁ先生?」
——フォローのつもりかこの野郎。じゃあなんで私はその校則じゃなくてがっつり処刑されてんだよふざけんな。
……って胸ぐら掴んで凄んでやりたいわこんちくしょう。
「……ええ。それに、お嬢様の発言は、教育した私の落ち度でしょう。罰なら私が受けるべきですね」
目を伏せて悲しそうに言う先生を見て、私は平静を失った。
「違います! あの、あのですね、すみません、言い方がアレだったのは本当にごめんなさい。でもあの私にもそれなりに考えがあってですね、婚約者のための予算はあっても、そうでない女性への贈り物の予算はないでしょう。殿下の、失礼ながらお小遣いから捻出することになると思います。ですが、あまり心根のよろしくない平民は、それをよく思わないかもしれません。自由に使っていいはずなのですが、苦労して納めた税の使い道を、監視してしまうんです。それであの、少しでも贅沢をしてるとか思うと、王族に対して不敬ながら腹が立つんです。私たちが我慢してるんだから少しは節制したらどうだと、こう、平民全てがそうとは決して思いませんが、ですがそう思ってしまう人は0ではありませんし、特に女性は男性側の浮気、いいえもちろん、殿下が浮気をしているという事実は現時点ではありませんし、もちろん殿下が浮気をされるのもむしろ公務の一環と言いましょうか、王政、専制君主国家を統治する王族としては当然なんの問題もないのですが、理屈と感情は別でして、女性からの支持率が下がる可能性もありますし、私が女性に人気がないのは重々承知しておりますが、それもまた話が別でして、婚約者以外の女性のドレス代を捻出したという一点が気に食わないという女性はいるものですし、そのためにどこから話が漏れるかわからないのです。加えて申し上げますと、殿下からいただいた髪飾りは私、つまり婚約者への予算から購入したものですし、これを換金して当てたとなれば、全くなんの問題もないわけです。更に私の方から譲り渡したとなれば、婚約者も承知の上、つまりこれはそう! 平民でありながらスクールに入学する実力を持った女性へは、貴族の世界を殿下が案内するという、褒賞、にもなり得るという言い訳が立つわけです!」
カロンコロン、と、護衛その2の手から滑り落ちたペンがテーブルを転がり落ちる。
その音に気づいた私は、いつの間にか立ち上がり、両手を握って熱弁を振るう私を呆気にとられて見上げる二人の視線に気づいた。
——やっちまったああああああああああああ!!! オタク特有のノンブレス話法っ!!
心の中で頭を抱えてのたうち回りながら、私はすとんと着席した。
「……すみませんでした」
絞り出すように詫びると、護衛その2が愉快そうに吹き出した。
「こりゃあ想像以上だわ、なぁアイザック?」
「納得しました。この男から話を聞いた時、お嬢様が言う筈のない言葉を並べるのでそんな讒言を言うとはどういうつもりかと、友誼について考えておりました」
「え、まじ? もしかしてそれで同席してた?」
先生がにっこり笑う。同意だろうか。ああ、心配してくれてたのか。
「っと、そうだ、マリー様。1個訂正させてください」
多分10個は訂正箇所あると思うけど、優しいな。
「マリー様、女性に人気ありますよ?」
何言ってんだこいつ。私のボッチ属性舐めてる? あ、お母様とメイド? 護衛その1も、私を見捨てなかったし。
「いやいや、そうじゃなくて。これは一応黙っとこうと思ってたんですけどね、マリー様、前に話した子たちを時々食堂で探してるでしょう」
ぼっと顔に火がついた。
バレてたのかああああああっていうか見てたの!? 見られてた!?
「途中で諦めて帰ってるでしょ?」
くくく、と完全に押し殺しきれてない笑い混じりに言われる。
ええ全くその通りですとも!
義弟の呼び方、姉さんになったと報告しがてら、お礼言いたいんだけど、わかんないんだよ顔が!
「『どうですの?』
『あっ、またお戻りになってしまいましたわ』
『ここです、私たちここにおりますわマリー様! と、申し上げたい……っ』
『ですが万一殿下をお探しでしたら、恥ずかしいですし』
『でもマリー様がご覧になるのは殿方ではありませんもの……私たちだと思うのですけれど……』
『人見知りのマリー様に二度もお声を急におかけして、嫌われたら、と思うと……』
っていうやりとりを俺はかれこれ5回は聞いてる」
教えてよ!?
「あなたがお伝えすれば済むのでは?」
先生ナイスフォロー!
「いや、だってほら、絶対マリー様恥ずかしがるだろ? 顔真っ赤」
こいつっ……! 恥ずかしいよ恥ずかしいに決まってるでしょ! 昔から私そうだったんだからっ!!
「マリー様に恥ずかしい思いさせるのもなぁと思って黙ってたんだが、人気ないと思い込んでるのもまずいからさ」
……そっか。
「……ありがとうございます」
「マリー様は自分が思ってるより人気者なんですよ。もしいなくなったら大勢悲しむ人がいます。だから——絶対に、諦めないでくださいね」
あ、きらめる?
ばくばくと、心臓が早鐘を鳴らす。
すると、護衛その2が、ふっと笑った。笑顔の種類が変わる。
「あんまり捨て鉢な供述はやめてくださいよ。普通は自分に都合のいいことしか言わないもんです。あのめぎ——お嬢ちゃんなんか、マリー様の容体はどうだとか、殿下とマリー様の関係ばっかり聞いてきましたよ」
……そうだ、ヒロイン。
「あの、すみません、先生。私の——あの症状の」
「過呼吸ですか?」
「はい。治療、と言いますか、対症療法として、紙袋を使う応急処置はありますか?」
「——いいえ? ですが、体内の二酸化炭素濃度を上げる方法として、考えられなくはないかもしれません。袋で口と鼻を覆うことで——身近なものでと考えれば——ただ、危険性もありますし、治療効果は高くないでしょうね」
「一般的ではないということですね?」
「ええ。お嬢様はおやめになってくださいね。むしろ、先ほどのように一息にお話になる方が効果的ですよ」
ノンブレス話法が効くの? 初耳なんだけど。
……そういえば、好きな本の話を人にしているときは、体調がめちゃくちゃ良かったような。
私はそもそも体調が悪いのが通常すぎて、自分が感じているものが体の不調だと気づくのにかなりかかった。時間がかかるのではなく、大人になるまで気づかなかった。付き合いで整体に行った時、「本当に普段痛くないんですか?」と聞かれても、セールストークが始まったか、と思ったのだが、のちに自分の体が異常なほど固くなっているのに気づき、ああ、これって肩こりだったのかと思ったのだった。道理で、やたらめったらストレッチの方法を教えてくれるなぁとは思った。ストレッチ教えるよりは、頻繁に来てくださいって言った方が金儲けできるのにと、通う金のない私は心の中でさもしいことを考えていた。
「大変だと思いますけど、少しでも体動かしてくださいね」
「眠るときは湯たんぽですよ。お腹に当てるのもオススメです! リラックスできますから」
「すごく苦労してるでしょう。だから、せめて自分で自分を労ってあげてくださいね」
そんな言葉をもらった。覚えてるのは、セールストークでも嬉しかったからだ。普段家族にちっとも労われない私は、誰かに大変さをわかってもらえるとすごく嬉しかった。
……うん、多分、ここまでひねくれてなかったら、どっかのカルトの良い餌食だったかもしれない。
話が逸れた。
「紙袋って、あのお嬢ちゃんが言ってたな。何なんだと思ったが、治療目的で?」
「——私が昔、読んだ本の中で、そうやって治そうとしてるものがあったんです。ただあれは、何という本だったかもう思い出せませんが」
——もしかしたら、ヒロインは、私と同じ転生した人かもしれない。
ペーパーバック法は、めちゃくちゃ有名な少女漫画でも描かれていたから、割とポピュラーだったと思うんだ。日本では。多分、私と同じ年代に生きていたのなら。確かあれは、映画化もされたはずで、地上波でも放送された気がする。もちろん、私はそれを見ることはなかったのだが。
……私と殿下の仲を聞いてくる、というのももしかしたら、それでかもしれない。
この世界での悪役令嬢の正解はわからないけれど、何と無くのイメージで言うなら、悪役令嬢というのは人と喋るのが苦手な隠キャではないだろう。
人の顔を覚えるのが苦手すぎて、話すのが怖すぎてひたすら勉強に打ち込むか本を読んでばかりいる悪役令嬢というのは多分いないはずだ。
毛色の変わった悪役を前に、転生してるのかも? と思ったのかもしれない。
「へぇ? あぁ、そうだ、マリー様。マリー様が倒れたことは一応極秘扱いです」
「え?」
「殿下はともかく、殿下の婚約者が健康に問題がある、ってのは、ちょいと外聞が良くないんで、一応伏せることにしました」
「……そう、ですね」
……早晩、何か言ってくるだろう。幸い、私が彼女の顔をわからないということはないから、そこは安心なのだけれど。
問題は、……彼女の顔をはっきり覚えている分、相対すると死んだ時のことまでまざまざと蘇って、ショック状態になりやすいってことなんだよね……
「あのお嬢ちゃんにも話してません。もし何か言ってきても、そこは黙秘権使ってくださいね」
笑顔で片目を瞑って言われた。
私は一瞬意味がわからなかったものの、そうか、ヒロインは一応きっと殿下が好きだから、私のこの特質がバレたらやばいと思って、伏せてくれたんだろうとわかって、私は笑顔でお礼を言った。




