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私と、定期テストについて。

「次席はマリー・アン様よ」

「さすがは殿下の選ばれたご令嬢ね」

「素晴らしいわ」


 嬉しくない恥ずかしい死にたい。

 何回も繰り返してるしその都度出てる問題同じだし、つまりぶっちゃけカンニングなんだよまじでごめんなさい。


 日本で生きていた頃の私が通った公立校では、成績も個人情報という考えなのか、はたまたイジメを未然に防ぐためか、試験結果が貼り出されるというのはついぞ経験したことがなかった。

 それは専ら漫画や小説の中でだけ知っていた慣習で、実際の私の試験結果は、合計点、各教科の点数、平均点、学年順位、模試では全国順位、高校では偏差値や希望校を目指す人の中での順位や合格率が記載されたシートを受け取って終わりだった。


 掲示板に貼り出された巨大な紙にずらっと並ぶ順位と名前と合計点を、死んだ魚の目で見上げる。


 ……私、当時センター試験、死ぬ前には共通テストだったかな? 並みの問題量でなければ、受けた試験の問題文覚えるのは訳ない脳みその持ち主、多分悪役令嬢のマリー・アンです。

 訳ないのになんでか間違えるって言うね!

 見直ししてるのに!

 今度はどこだ!

 ……殿下は毎回、初めての問題だろうにすごいよなぁ……

 私なんか賢者殿に教わってんのに毎回満点取り損ねてるって……

 

「二位か」

「……はい」

「他人に褒められていい気になるなよ。二位なんだからな」

「っ」

 いい気になったことなんか一度もないよ。

 言われなくてもわかってる!

 それは私のトラウマワードだ。

 思わず殿下の顔を正面から睨んだ。

 殿下はぎょっとした顔になった。

 そりゃそうだ。悪役令嬢の睨みなんて、ライオンもびっくりな凶悪さに違いない。

 何より、殿下の大好きなお母様そっくりな顔で、睨まれたら殿下もたまったもんじゃないだろう。

 わかってるけど、治らない。

 私は礼もそこそこに、殿下を振り切って走った。

 ああ、マナー講師にどやされそうだ。

 





「――殿下は学習能力というものが欠落してらっしゃるのですか?」

「……僕もそんな気がしてきた」

「『僕が一番最初に褒めたかったのに』――そう仰れば良いだけの話では?」

「……」

「一番に褒めて差し上げたかったのに先を越された悔しさと、褒められて恥じらう婚約者様を見て嫉妬したお気持ちはわかりますが、どうして口から出る言葉が傷つけるものばかりに変換されるのか……」

「……なんでだろうね……わかったら教えて……」

「『自信を持て』と、仰りたかったのでしょう?」

「……わかってくれた?」

「褒め言葉がお耳に入るまでは、全く無感動な目で掲示をご覧になってらっしゃいましたからね」

「……あれは無感動っていうか、がっかりしてる顔だよ。……一位じゃなくてがっかりしたっていうのは、別に悪いことじゃないけど、褒められて喜ぶのも悪いことじゃないけど、……人に褒められることに依存するのは良くない。……他者に判断を委ねることに繋がる。でしょ?」

「御意」






 ゼェハァと、荒い息を整えつつ、乱暴に汗を拭った。

 どうせ見られてないだろうし、知るもんか。

 さすが悪役令嬢は、ヒロインのように傷心で走っていても声をかけられるなんてことはない。

 まぁ私は、悪役令嬢ではなかった世界でも、泣いてる時に優しい誰かに見つけてもらえることなんてなかった訳だが。

 見られりゃうるさいだし、優しい言葉をかけてくれる人なんていなかった。そこは変わらない。

 ……本気で走ったから、メイドも撒けた。

 あとで謝っとこう。

 とりあえず一人になれてよかった。

 走ったら幾分気分もましになったし。

 ……結果が出て、喜ぶのもダメなら、なんのために頑張れば良いんだ。

 だいたい、どいつもこいつも、私に夢を見過ぎなんだよ。

 どんだけ理想に近づけたいんだか知らないが、勝手なことばっかほざきやがって。


 ……あーぁ、今回の地雷はデカかったなぁ。

 走って気分がましになったはずなのに、またモヤモヤがぶり返してきた。


 放課後で良かった。

 もうあとは帰るだけだ。

 ……先生に詰め込み教育してもらったおかげ……と、後は、……お父様とお母様が、王宮から妃教育の出張頼んでくれたおかげだよなぁ……

 ……でも、暇だなぁ。

 多分この時間は、日前の私が欲しかった、同級生と遊ぶ時間になるはずだったんだ。

 学校が終わったらすぐに帰って、洗濯物を取り込んで畳んで仕分けて、ご飯を作って。

 不味いとか文句言われてそのくせ私の分は残ってなくて。

 主婦みたいな真似させて、そのくせ私に友達がいないことを嘲ってた家族。

 ……あーもうくそ、まじで今回は……はぁ……

 イライラが収まらない。

 ……ここ、音楽室って防音設備あったっけ。

 ……あー、乙女ゲームの世界だったら、音楽に秀でたキャラが一人や二人はいそうかな。

 いやでもあれか、物語のパターンだと、出会いイベントとかになっちゃいそうだよなぁ……ってことは音が漏れなきゃならないから、あれか。防音設備はないのか。

 私が求めてんのは出会いじゃなくて、ヒトカラできるような防音機能なんだけど。

 とりあえず行ってみるか。

 防音のあるなしは耳の感覚でわかるし。


 音楽室の中に入っても違和感はほぼない。

 ……防音機能よっわ……

 これじゃ私の通ってた公立中学校の方が防音機能強かったぞ。

 乙前で何度か入ったことあったけど、防音については覚えてなかった……

 

 がっかりしながらも諦め悪く左右を見回せば、小さな案内板が目についた。

 ……おお、さすが金持……違った、貴族学校!

 個人練習室が併設されてたんだ。

 知らんかった。

 ピアノとかヴァイオリンとかフルートとか。

 調律された楽器がそれぞれ一部屋に一つずつ。

 まぁ、そうか。ヒロインの家に楽器はないだろうからなぁ。

 こういうとこで練習しなきゃ、授業についてくるのもしんどいか。

 ってことは、どれかをヒロインが使ってるわけだ。

 鍵はかからないけど、使用中の札を下ろすルールか。

 ……空いてる。

 今はもうピアノを専攻してるわけじゃない。

 なのに、気付けば、ピアノのある部屋を選んで入ってた。

 昔の練習時間に比べたら雲泥の差だし、この体でも絶対音感は手に入らなかった。

 ひたすら練習時間を増やすことで、ピースでいうところのFランクの曲も弾けるようになったけど、1曲弾けるようになるまですごく時間がかかる。

 そのレベルで死んで、今もそう。

 もう、新しい曲を覚えるような気力もないし、好き好んで弾こうとも思ってなかった。

 覚えた曲もほとんど忘れた。

 そもそも譜面を頭に写し取れない私が、曲を覚えるというのは本当にかなりの力技だったんだ。

 なんとなく蓋を開けて、そのまま閉じた。

 多分、ここはお金に苦労なんかしてないはずだし、そんな気にする必要だってないはずだけど、ピアノは一人でも弾けば微妙に音が狂う。いつも弾いている人と違う人が弾けば、狂い方も変わる。

「やめとこ」

 どうせ弾きにきたわけじゃない。ただ全力で歌っても良い場所が欲しかっただけだ。

 

 賛美歌のような曲調を好んで歌っていた。

 要は思いっきり長く声を出せれば良いのだ。

 HSPは頭を空っぽにすることは難しい。

 全力で大声出して、長く息を吐ききれるような曲を歌っているときは、それが多少マシになる。

 雑音をかき消せる。



 喉が痛くなるまで歌って、部屋を出ると、外が茜色になっていた。

「……嘘でしょ……やば……」

 下校時間を大幅に過ぎてる。

 狭すぎるスペースが気になったから目を閉じて歌っていたせいで、全然気づかなかった。

 慌てて3つ並ぶ個室の突き当たりの窓から目を外し、反対側を向いて走り出す。

 左へ曲がろうとして、慌てて歩みを止めた。

「マリー様。そんな慌てなくても大丈夫ですよ。報告済みです」

 護衛その2が、ウィンクした。

「……あ、ありがとう、ございます……?」

「マリー様がそこの部屋使ってるって気づいたんで、公爵家には連絡入れてあります。メイドも見つけて声かけときました。たまには一人になる時間も必要ですもんね?」

「……ご迷惑を」

「いえいえ。仕事ですから。――あ。そうだ、もう閉館時間ですから、図書館は諦めてくださいね」

「あ……はい」

「あ~っと、そうだ。お願いがあるんですがね」

「お願い……はい」

「アイザックには、殿下の失言、黙っててもらえます?」

「え」

「あ、やっぱダメです? 許せませんよねぇ……はは」

 頬を掻きながら苦笑する護衛に、慌てて首を振る。

「いえ、……あの、黙ってますけど、……その、殿下の失言、って」

「あー、はは……噂になってますよ。……ああ、歩きながらでも?」

 頷いて、一歩足を前に出せば、護衛その2が先導するように歩き始める。

「俺は直に聞いたわけじゃないんで、噂が耳に入っただけなんですが、……殿下はほーんと、素直じゃないんですよねぇ」

 ……まぁツンデレキャラっぽいからなぁ。お母様への好意ひた隠しにしてる反動で私への当たりがキツくなるのはいつものことだししゃーない……

 お母様は才色兼備だったらしいから、あんだけ勉強してんのに二位なんてのはほんとにアレだろうな……お母様の評判下げんなって言いたかったのか……。

「マリー様が怒るのも無理ないんですが……、多分、殿下が言いたかったことって全然違うと思うんですよ。ほら、マリー様くらいの年齢だと、女の子の方が、精神年齢上だったりするじゃないですか。ガキだなーってことで、大目に見てやってもらえませんかね? 多分殿下は、後でお目付役の方から、きつーく言われると思いますし」

「……わかりました」

 そうだよな。この年齢云々じゃなく、そもそも私はもう良い年したおばあちゃん(精神年齢)なわけだし。

「あー……、次席、おめでとうございます」

 急にちょっと声音を変えて言われて、私は虚を突かれた。けどそれも一瞬で、笑った。

「……ありがとうございます」

 順位におめでとうと言われるのは変な感じだ。前世併せて言われたことがなかった気がする。

「首席が言うと、嫌味にしかならないでしょ」

 ――そっか。

「……ふふ」

 そういえば、私も、昔は同じ立場だった。

「……って、素直にいえば、殿下もこの顔見れてたのになぁ……」

「え?」

「いえいえ。なんでも」

「そうですか? ……あの、殿下のことは、もう気にならなくなりました。ありがとうございます」

 って、あれ。止まった? なんで?

 あ!?

「違います。言葉足らずで、あの、殿下の言ったことは、です」

「そりゃ良かった。……命とクビをかけて丁重にお断りしなきゃならないかとビビりましたよ」

「それを聞いて安心しました」

「お」

 軽く目を見張って、それから茶化すような笑顔になる。

「対象外で?」

「はい」

 もともと、私が対象外なのは知ってる。ヒロインと私じゃぁ、見た目も性格も共通点が皆無だから。

 勉強が苦手で、だけど明るさと素直さで周囲を惹きつける。私が読んできた漫画の主人公のように。

 かたやこっちは、勉強くらいしか頑張りどころを見つけられない、いつまでも恨み辛みに凝り固まった根暗性悪メンヘラ気質だ。

 頭の中で自虐に走っていると、護衛その2が笑い出した。

「あの?」

「いや、……参考までに、どの辺が対象外か教えてもらえます?」

「……年齢?」

「年上はタイプじゃない?」

「……わかりませんが、ここまで離れてると」

 犯罪……いやこっちの世界じゃ犯罪にならないのか。

 あっちの世界でも、成人しちゃえば別に犯罪ってわけでもなかったか。

「まぁ確かにおっさんか」

「そこまでは思いませんよ」

 日前じゃ死ぬ間際はアラフォーだった。そんな私にもお客さんたちは「おねえさん」と呼びかけてくれたし、多分、乙女ゲームの登場人物だろうこの人は、30にもなってないはずだ。

「そりゃ良かった。ちなみに、年下は?」

「無理です」

 あまりの即答ぶりに驚いたのか、すぐには声も返ってこなかった。

「……年下は好みじゃない、と?」

 間を置いて返ってきた言葉が実に意外そうな響きを帯びていて、私は逆にそれに驚いた。

「……男性に甘えられて喜ぶ女性もいるみたいですが、私は甘えられるのはうんざりなんです」

 と、いえたら良かったのかもしれない。

 家でも学校でも、他人の面倒を見てばかりで、もう本当にうんざりだった。なのに社会に出ても、それは結局終わらなくて。

 そう言う星の下に生まれたんだと言われたけれど、それが慰めになるわけでもない。

「……男性でもこう言う話、するんですね」

 恋バナは女の子の専売特許かと思っていた。

「え? あ、ああ、まぁ……あいつがあんまり、興味なさそうだったんで。親友としては心配で。少し水を向け――」

 急に黙るから、どうしたのかと思って顔を見ると、『あっちゃあ』とでも言いたげな顔をしていた。

「すみません……お嬢様相手にする話じゃないですね……」

 ――……あ、ああ、もしかして、その……花街的な所を案内したとか、そう言う話だろうか。それは確かに、教育上よろしくない。

「この話は秘密にしといてください」

「わかりました」

 偶然なのか勘がいいのか、なんなのかわからないが、この人は、いつも私が思考の暗がりに足を取られる直前に話を変えてくれる。

 きっと地頭の良い人なんだろう。

 



 メイドが、思いっきり走ってきた。私の頭の中に浮かんだのは廊下は走らないと言う小学校のルールだったけれど、口にはもちろん出せなかった。

 本気で走ってメイドを振り切ったのは私だ。

 あの時はもう、とにかくうんざりしていたのだ。

 両手を広げて走ってきたメイドは、護衛その2にふわっと肩を包まれて止められた。

「気持ちはわかりますけど、マリー様ですよ?」

 ほろ苦く笑ったその声に、メイドはハッとした顔になって、そのままそこに膝をついた。

「ちょっ!?」

 祈るみたいに両手を組むと、「お嬢様……!」と涙声で呼びかけられる。

「はい!? あ、ごめんなさい……」

「いいえ!」

 ……急に脱兎の如く逃げ出したことを謝ったのだが、即座に否定されて二の句が継げない。

 途方に暮れて、思わず護衛その2の方を見た。

「死人みたいな顔色して校舎内を走り回ってたんですが、いやぁ良かった。マリー様の顔見たら血色戻りましたね」

 全力疾走したからじゃなくて?



 喉に良いんですよ、と差し出されたカップからは、とても懐かしい香りがした。

 ずっと昔の、思い出。

 ぐちゃぐちゃでドロドロな嫌なことばかりが詰まった、私が日本で暮らしていた頃の記憶の中に、いつも思い出すものとは別の、すごくすごく久しぶりに思い出したこと。

 それだけはあたたかいセピア色のような。


 ……祖父が、好きだった飲み物。

 風邪をひくと高確率で喉にきて、息苦しくて辛い目にあう。

 なんていう飲み物なのか知らなかった。

 吞み下すだけで喉が痛くて、食欲どころか水を飲むのさえ億劫で拷問みたいで、いつも辛かった。

 祖父がくれたそれは、やっぱり飲んだら喉が痛かったけど、それでも、おいしかった。

 ひどくおいしかったことを覚えてる。

 甘い香りがして、甘い味がして。

 名前も知らなかったから、祖父と会えなくなってから、飲むことはなかったけど……


「……懐かし……」

 私には食レポの才能なんかからきしだから、どう甘いのかさえ言い表せないけど、……そうか。私はこれが多分、好きだったんだ。

 

「はい?」


 おっとやばい、独り言を聞き取られた。

「あ、えっと……おいしいです。好きな味」

 

 それからお茶よりも頻繁にそれを出された私は、心苦しく思いながらやめてくれるように頼んだ。

 なんていうか、これは私にとっては特別な飲み物なのだ。例えるならホールケーキみたいなもので、特別な日に飲みたいというか。いや私の中のベクトルだとこうだけど、わかりやすいたとえでいうとあれ。おかゆ。

 

 ……まぁ私の記憶にあるおかゆって、……ははは……

 

 それに何より。

 ……飽きるのが怖いんだよね……

 

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