私と、護衛その2について。
入学式でエスコートしないなんて前代未聞、と聞こえてきて、喉が「ひゅぐ」とか変な音を立てた。
……殿下のことだよなぁ……
睨んでらっしゃいますもの、そんなお顔も……
素敵。でも自分に向けられるかと思うと……
……殿下のことだよねぇ……
違うんだ。殿下はまともな人であって、ただ……私がとにかく、人の神経を逆撫でする性格のせいで、殿下に風評被害が……
他の方に堂々とエスコートされるなんて……
あ、なんだ、私の陰口?
うんうんわかるー……はは……
言われて当然だし……知らないんだから仕方ない。それに言えない。殿下の婚約者が出来損ないだと自ら触れ回るわけにもいかない。
背を向けようと踵を返した時。
聞き慣れた明るい声が耳に届いた。
……えーと……あの、あなた何を……
「俺が知ってる話とはちょーっと違いますねぇ」
女生徒の噂話に臆面もなく入り込んだ元護衛は、面白そうにそう告げた。
それに、女生徒たちは、聞かれたことを悪怯れることもなく、興味津々な声を返す。
「んー……俺が聞いたのは、理由がちょっと、いやいや、かなり違う話。どうしよっかなー?」
「いじわるなさらないで」
「気になりますわ」
「それじゃ、内緒ですよ? 実は殿下、ああ見えて嫉妬深いとかで」
……殿下はツンデレだと思うんだけど、嫉妬深かった?
どの殿下? 実は隣国の殿下のことだったりする? それか王弟殿下のことだった?
まさかの妃殿下? 姫殿下?
殿下が嫉妬深かったら、お父様と一悶着起きてると思うけど……
あ、もしかして、私の黒髪黒目はお父様譲りだから、実はツンデレじゃなくて、お父様へ向かう怒りが私に向いてたの!?
なるほど、納得!
「ご存知の通り、この国は王家と、象牙の塔、そして筆頭公爵家がバランスを取ってる。だからこの三つの長は面識があります。で、まぁ……公爵家ご令嬢は、殿下に出会う前に賢者殿に会ってたんです。タイミングの問題なんで、そこは別に公爵令嬢に非はなかった。でも殿下はそこのところを根に持ってるらしいんですね。で、公爵令嬢はほら、ちょっと人見知りなところがあるので」
「え、あの方、人見知りなさるんですの?」
そこ食いつきます?
まぁ……嫌いな人の弱みは食いつくよね。
「おや、ご存知ない? お茶会出ないのもそのせいってもっぱらの噂ですけど」
そこで、女生徒は互いの顔を見やる。
「……私たち程度の招待には応じていただけないものとばかり」
「おっと、新説だなぁ……こっちの聞いてる話とは結構違うんだ」
「あの……私たちはその、そう思っていただけですわ。それよりも、その……殿下の」
「ああ、そうでしたね。何回か会ってた賢者殿の前では普通に笑うのに、殿下の前では表情が堅い。それが殿下には面白くない。もしかして彼女は賢者殿のことが……」
そこで思わせぶりに声を潜める元護衛に、彼女たちは興味津々と前のめりになっている。
ちょっとばかりマナーがなってないと言われなくもないほど顔を近づけた少女たち。
何事か言ったんだろうけど、私には聞こえないが、彼女たちはきゃあきゃあと声を上げる。
「それで殿下は、入学式。マリー・アン嬢の目の前で、あえて平民の女の子をエスコートさせたと、こういう話らしいんですよ。殿下も賢者殿もエスコートしない、できない状態にして、隣ですからね。表情がよく見える。ちょっと歪んだ嫉妬心から傷つく彼女が見たかったのか、純粋に反応を知りたい男心だったのかはわかりませんがね」
そこでまた黄色い声が上がる。
「ではあの……いつもマリー・アン様に冷たいあのなさりようも……?」
「今年は平民が来るっていうイレギュラーもあって、なんの因果か賢者殿が教師として同じ敷地にいますから。殿下もそりゃあピリピリするでしょう? 合法的に他の男を見つめられる婚約者が横にいるんですから」
……合法的て。
また押し殺せない好奇心に彼女たちの瞳が輝く。
……恋バナ(?)……女生徒と普通にできる成人男性……すごい……
「っと、ついつい話し込んじゃいましたね。俺から聞いたってのは内緒にしてくださいよ?」
少女たちは口々に約束して、場を離れて行く。
……あの様子じゃあ、『騎士様から聞いたんです!』『もう有名な話らしくて!』って感じで、恋愛小説みたいな設定の私と殿下と先生の三角関係もどき説があっという間に広まるね……
「マリー様、もう出てきて大丈夫ですよ」
本日二回め、喉が変な音を立てた。
「あの……すみません、立ち聞きを……」
「いやぁそれは別に。けど、一人でどうしました?」
「あ……メイドは、購買に行ってもらってて……」
「なるほど。やー良かった。おかげで誰も発火せずにすみました」
ハッカ?
……いや、それよりも。
「あの……良かったんですか?」
「え、マリー様あの子達のこと許せません?」
「は? あ、いえ、そのことではなく……あの…殿下と先生の……」
「あー……迷惑でしたか?」
「私は……あの、助けてもらって、感謝してます。ありがとうございます。でも、その……流言飛語を……あの……立場が……」
殿下と先生の名誉もあれだし、何より護衛その2が王家に関わることで嘘を言うのは、立場的にまずいんじゃないの?
「根も葉もないデマだと思います?」
いつも笑ってる印象の人だけど、更ににっこりと笑って言われた言葉に、目が点になる。
すると、護衛その2は苦笑した。
ほろ苦く笑って、それから、頭を掻いた。
「あの……」
「あー、俺の立場? への心配なら、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。俺は嘘は言ってませんし」
はい?
「殿下がマリー様に対してピリピリしてんのも、あいつが平民の子をエスコートしたのも嘘じゃないでしょ?」
ああ、そうか。そうだね。
「はい。……なるほど……受け取り方の違い、ですね」
私の生きる現実とは全然違うストーリーでびっくりしたけれど、ようは味付け次第でどうにでもなるということか。伝言ゲーム……とはちょっと違うかもしれないけど。噂ってこうやって一人歩きしてくのか……
だけどやっぱり、この人から見ても、殿下は私に対してピリピリしてるんだ……。
「まさにそれです」
「……でも……良いんですか? あの、先生の……」
「やーあれなら別に、あいつがロリコンなんて話にはならないでしょ」
……この世界にもロリコンて言葉はあったのか。
「だから別に、俺が殺される羽目にはならないはず。……はず」
「え、あの……え? あの……今から私が。訂正してきます。あの、私が一方的に懐いてるだけで、先生は私のことなんてただの教え子としか思ってないと。それ以上でも以下でもなく、私もそれは重々承知しておりますし、先生の態度のどこをとっても私が勘違いするような余地は全くありませんと、事実を伝えてきます!」
意気込んで言ったものの、顔が思い出せない。申し訳ないけど、どの子たちだったか見つけてもらおうとしたところ、どんどん苦笑が深くなっていっそ苦笑いになった。
「事実かぁ……」
「はい!」
「いや、……大丈夫ですよ、マリー様。多分そこまで大ごとにはなりませんし、万一あいつの耳に入ったとしても、マジで命取ったりはしてきませんから。こう見えて俺もまぁまぁ強いんですよ」
「そう……ですか? あの、でも……」
「おっと、俺そんなに弱そうです?」
「いいえ!」
この世界が乙女ゲームであるなら、多分騎士のこの人は王国最強とかじゃないのかな。王道だろうし。
「きっととてもお強いのだと、そこはわかっています。でも、あの……私が、言いたかったのは」
なんか遠回りしたけど、私が言いたかったのは。
「先生と殿下の名誉と、」
「あの二人なら気にしませんよ。マリー様に変な噂が立つくらいなら、あの程度、逆に褒められますよ?」
私の噂は自業自得だ。でも……殿下の婚約者に、変な噂が立つのは、確かによくないんだろう。
忸怩たる思いが過ぎる。
「で、あと何にそんなに思い詰めた顔してるんです?」
「あの……好き、だった人の……そう言う噂を……あの……私が不甲斐ないばっかりに……口にさせて……ほんとうに……すみませんでした」
私が殿下とうまくやれないせいで。
好きだった人に変な噂が立つのは嫌だろう。私に好きな人がいたためしはないが、そのくらいは、他の人たちを見ていればわかる。
なのにそれを、自分で言わなきゃならないなんて、いくら仕事でも、……殿下のためでも、嫌だったに決まってる。
ああすれば角が立たないし、本当に二人が気にしないとしても、それを口にしたこの人自身が、嫌だったはずだ。
頭を下げて、許される範囲内で精一杯の謝意を示す。
周りからお咎めなしだったとしても、周囲の人が本当に何も思わなかったとしても、自分からは逃げられない。
ごめんなさい。
頭を下げたままでいると、大きく息を吸って、吐く音が聞こえた。
この人は本当に頭が良くて、柔軟で、気を使える人だ。一瞬で全部考えて、一番穏やかな方法で、あの場を収めてくれた。
「マリー様、まずは頭を上げてください」
……ああ、そか。誰かが見てるかもしれない場所で、これは良くない。本当に私は頭が回らない。
顔を上げれば、疲れたような笑顔を浮かべていた。
「さっきからどうも話がアレだと思ってたら、俺に謝ってたんですか」
「え……はい」
「マリー様って誰かを好きになったことないんですよね?」
「はい」
「……なのに俺が自分で言って嫌だったと思った?」
「……人のために嘘を吐くと、心が傷つくと思うんです。好きな人の嘘ならなおさら」
また大きな深呼吸みたいなものを一つ。それから、なんとも言えない苦笑を浮かべた。
「前にも言いましたけどね。俺の初恋はとっくに終わってるんです。子供の頃の話ですよ? 傷ついたりしませんって。お嬢様はちょっと考えすぎです」
……あれ、久しぶりの「お嬢様」だ。
「優しいのは……いいことだと思いますけどね。そんな泣きそうな顔しないで。これじゃ俺が泣かせたみたいじゃないですか。あいつも殿下もよっぽど怒りますよ。『何をした!?』って」
それはそうだ。二人ともまともな人だから、私のことを気遣ってくれる。
「すみません」
「前から思ってましたけど、お嬢様はもう少し、使用人の扱いを考えた方が良いですよ。それだと見縊られる場合も……って、公爵家がそんなの雇うわけないか。でも王宮はいろんな貴族子女が行儀見習いに来ますから」
う。
そんなこと言われても、昔から年下には舐められっぱなしなんだよなぁ……
「いや何言ってんの俺……あー……えーと」
……今セルフツッコミしなかった?
「……とりあえず、戻りましょうか」
「あ……すみません、お仕事の邪魔を」
「これも仕事ですよ? メイド不在のご令嬢の警護。気心知れたマリー様の警護なら、息抜きにもなって一石二鳥」
おどけて言われるから、笑ってしまった。
「ね、マリー様。俺らには謝らなくて良いですよ。公爵家の使用人みんな、多分そう思ってます」
……いや、悪いことしたら謝らないと。ごめんとありがとうはちゃんと言わないと伝わら――
「マリー様は表情に出やすいんです。悪いことしたなって思ってるの、すぐにわかりますから。謝られると、そんな顔させた自分が不甲斐なくなるんです。もっとうまいやりようがあったのにって」
「す……あ」
「そりゃあ、仕事で仕方なくやってる使用人にとっては、主人に労われるのは嬉しいもんです。でもね、公爵家の使用人は好きであなたに仕えてる。だから」
「やめてください」
「はい?」
「……それ以上言うと嬉しすぎて泣きます。本当に泣きますからね?」
ちょっと睨みながらそう言うと、意図を汲んでくれたのか、破顔一笑した。
「そうそう。その調子です。謝られるよりよっぽど良い。なんならわがまま言ってもらえたら嬉しいもんですよ」
……人に好かれる人間じゃない。嫌われる自信なら山ほどある。
だけど、夢うつつで聞いたメイドの声は、呼んでる人が確かに大切な人だと私にもわかった。
「あーっと、あっちから来ますね。マリー様、護衛からお願いです。俺のこと嫌いじゃなかったら泣き顔やめてくれません? 俺のこと助けると思って」
いや泣いてはないよ? 泣きそうだったけど。
とりあえず笑って見せてから、振り向けばメイドが気づいて笑顔になった。
「あの、……私は頭が悪いので、多分すぐには謝るのやめられないと思います」
「いやマリー様が頭悪いとか大抵の人間はバカってことになりますよ?」
「みんな私よりよっぽど頭良いですよ。人の顔もすぐ覚えるし、……気を使えるし」
「そりゃ得手不得手ってやつです」
「……私は行動をすぐに変えるのが苦手です」
「了解。ゆっくりやってきましょう」
「……そう、ですね」
ゆっくりじゃ……ダメなんだよなぁ。
私はあと……
「お嬢様!」
こうやって、明るい日差しの中で、弾けるような笑顔を見れる。
こんな日が、……ずっと続けば良いのに。




