私と、入学式について。その3
つ……疲れた……
はああああああああああああああ、と、思わず深すぎるため息が出る。
心配そうなメイドの声に、護衛その2の笑い声が被る。
「いやぁ、今日は初めてマリー様の公爵令嬢っぽいところ見ましたよ」
「ちょっと」
「ほ、んとですか? できてました? ちゃんと……公爵令嬢に見えました?」
二人は顔を見合わせた。
できてなかったの!?
護衛その2は顔を覆って笑い出した。
メイドは困惑気味。
「あの……できてませんでしたか……? お父様とお母様に……みんなに……安心してもらおうと思って……頑張ったんですけど……あの……ちゃんと……できて、大丈夫だって、義弟に……」
護衛その1やメイドから、姉は大丈夫だと伝えて欲しかったんですけど……
だめだもう泣きそう。
「マリー様、ストップ、ちょ、馬車乗って早く。見られたらやばい。おいルディ、急げほら、変な虫が付くぞ」
え、虫!? ど、どこにやだ馬車に入ったら絶対やだ!
「失礼します」
後ろからふわっと抱え上げられた。
ちょっと待って私もう子供じゃないんだけどあなたどんだけ力あるんです!? 女性ですよね!?
……いやまぁ、私も実習で同級生を持ち上げたことあるけれども、それだってコツがあって協力無しだとちょっと難し……
って、待って、やだ怖い!
半端に開いた口から悲鳴が出そうになった直後、すとんと座席に降ろされて、なんとか悲鳴を飲み込んだ。
「失礼しました」
「……いえ」
「じゃあまた、マリー様」
「あ……そう、でしたね。もう一緒には……」
「マリー様。すげー嬉しいんですけど、後が怖いんでその辺で」
え?
「明日からも、校内巡回してますから。あと、俺結構耳良いんで。顔見たいとか話したいとかあったら、呼んでくれれば行きますよ。言ったでしょ? 話し相手になるって」
「仕事をしろ」
いや言ったの私じゃないからね!? 護衛その1だから!
「少しくらい良いでしょーよ。そっちは朝晩マリー様と一緒。俺とあいつは今までに比べて顔合わせる時間ぐっと減るし、特に俺なんて下手したら一回も顔見ない日とか出てくるような勤務形態なわけだし。普通に寂しいって。ね、マリー様?」
……そういえば、私、お別れがだめな人間なんだよな。
好きな物語の最終回も、楽しみじゃなくて悲しい、寂しい、最後なんて来なきゃ良いのに。ずっとそう思って。
卒業式は別に泣かなかったけれど。多分、本当に仲が良い人間が、いなかったからだろうか。
「あれ、寂しいの俺とあいつだけ?」
最終回が悲しいなんて変だと、昔言われたことがある。
真っ当な家族に育てられた人間からしたらそうなのかもしれないけれど、私にとっての本は、生きていく上でのよすがだ。現実逃避。優しい家族なんて本の中にしかいないのだから。同調して共感して、まるで自分が優しくされたみたいに嬉しく思える。それはもう、私にとっては、人との別れと変わらない。
「……寂しいです」
「ふっふー、でしょ?」
なんでもないことみたいに笑って言う護衛その2に、毒気を抜かれたのは私だけじゃないだろう。
貴重な性格の人だ。
「ってわけで、また明日。今日は気を張って疲れたでしょ。早めに休んで」
「それはメイドの台詞です」
「ちょっとくらい良いでしょー。ってね。――ではまた。お気をつけてお帰りください」
「はい。あ……の、」
「はい?」
「ありがとうございました。お仕事、気をつけて。また明日」
――バンって、すごい音を立ててドアが閉まった。
「……ぇ」
「失礼しました。虫が入ってきそうだったので」
「それはいけないわ。出してください」
……護衛その1の言葉を受け、メイドが御者に指示を出す。
車窓から見える護衛その2は苦笑していた。
驚いてないところがすごい。
私が見ているのに気づくと、手を振ってくれた。
私もそれにお辞儀――ではなく、子供のように手を振った。
護衛その2の徹底した子供扱いに、子供のような行いをしても許されるような気がしたのだ。
振っていた手を下ろしたときに、すっかり自分が家モードになっていたことに気づいて、恥ずかしくなった。
ってか、あれ、あれは……あれだ……パパお仕事がんばって、とか、そう言うアレだ。
言ったことも思ったこともなかったが、もしかしたら、先生が母親のような存在なら、護衛その2は父親のような存在になりつつあるのだろうか。
貴族の――親子は、あまり……顔を合わせる時間がない。
多分、お父様もお母様も、私に時間を取ってくれるほうだ。貴族としては。中でも、大貴族としては異例だろう。
なのに、悲しいかな、父親母親という役どころの人に、どうしても懐けない。
義弟に対する話し方みたいに、何か有効な手段があれば良いのだけども。




