私と、入学式前夜とその道中について。
やたらと豪華なノートを開いて、私は苦笑を浮かべた。
明日だ。
ほとんどサボって行ったのは数回きり。まともに参加するのは初めての入学式。
本当にこの世界が乙女ゲームなら、多分イベントがあるんだよなぁ……
あれ……もしかして……
入学式で、何故か裏庭の方に行こうとしている女の子を見かけて、講堂はこっちですよと声をかけたのは、あれってまさに余計なお世話で、本来は攻略対象の仕事だったのでは?
義弟はいない。一個下だから、あの場にはいないはずだ。
殿下と……先生。あとは護衛と、……誰かあの場に、もう一人いたはずなんだが。
もし本当に乙女ゲームなら、攻略対象が私と関係のある人ばかりというのが、なんだかなぁと思う。
家庭教師、義弟、婚約者、護衛。
後一人は、多分関係がなかったんだろうけど。
入学式不在でも、半端に出ても、死ぬはめになったんだから、今回はまともに出る。
「……怖いなぁ……」
生きてられるのは後数年か。まぁリセットされるんだけどさ。
死ぬときの痛みが消えるわけじゃない。
怖い。何回味わったって痛いものは痛い。
それなりに……頑張っては、みたんだけどね。
とりあえず、義弟との仲は……まぁ、マシ、だろう。多分。
今までよりは。
物を投げつけるとか、最低な真似をしたのに、相変わらず距離を取る素振りも見せない義弟を見ると、過去の自分が過ってなんだか泣きたくなる。
どんなひどい目にあっても、それは自分が悪い子だからであって、きっと良い子にさえなることができれば、優しくしてもらえると信じて、親を好きなままだった、何にも知らない無知で愚かな子供。
先生の前では、だいたい私は私の思う良い子でいたと思う。多分空ぶってるとは思うが。そしてバカな子ほど可愛いというから、私は可愛がられてはいない。けどまぁ、先生との関係はいつもと変わらないかな。
だから多分、またあの目で見られるんだろう。ああ、体が冷たくなるいつもの感覚。
殿下との仲は、正直よくわからない。
今までと殿下の性格が違いすぎて全く見当がつかない。
物静かで冷静な、嫌いな人間を怒るのではなく無視するタイプだったはずの殿下は、私を前に怒鳴るわ喚くわ、あれこうやって言葉にすると義弟の印象と被るのは何故。
護衛その2は……もしかしたら、一番マシかもしれない。今まで冷たかったのに、温厚に接してくれる。最初は死ぬほど怖かった先生とのツーショットも、だいぶ見慣れた。
花言葉までは無理だったが、花の名前を全部覚えた私を、労ってくれた。実は先生も、彼に花の名前を教えてもらったことがあるらしい。先生は病弱だったそうで、図鑑で植物の知識を得ていたが、それを実物と結びつけてくれたのが友人である所の護衛その2だったらしい。
身分がもう少し下だったら、庭師になっていたかもしれない、のだそう。
今書けることはこんなもんか。
で、入学式の対策だけど……
もう流れに身をまかせるしかない。
また変なところに行きそうな女の子を見かけたら、多分攻略対象だろう護衛その2に案内してあげてって言えば良い。
私は動かない。人にやらせる。嫌な感じだけど、貴族のご令嬢としては正しいだろう、多分。
気をつけるのはそのくらいか。あとはもう、いまの私にとって、私が一番良いと思うように動こう。
そう、ええと、うん。
何が正しいかを考えて動くと後悔する。
こういう、何回やり直してもダメだったときの最適解を、私はもう漫画で知ってるじゃないか。
こういう時は、そう。
――どっちが楽しいか。
サイコパスじゃないけどね!
楽しそうな方を選べば、後悔は少ないんだ。
――って、思ってたのになぁ……。
「降りなさい」
「嫌です」
「……降りて」
「やだ」
「……降りろ」
「いーやー」
……馬車に乗り込もうとする義弟を、引きずり下ろしにかかる入学式当日朝真っ只中の使用人と、それを助けるために言い聞かせる私・THE悪役令嬢・マリー・アンです。
また物投げるぞこのクソガキが!
なんて言うわけにもいかず、オロオロするメイドと、もう泣きそうなって言うか涙声で義弟にしがみつきながら懇願する義弟付き使用人を前に、ため息を吐く。
「……泣くな」
泣きたいのはお姉ちゃんの方ですから!?
「……連れて行っても、お前は中に入れない」
「お母様とお父様は入れるんでしょ? 僕だって家族なのに、なんで入れないの」
「……お二人は来賓だ」
「わかんない!」
わかんない? ……ああ、来賓がわからないのか。
「……家族である前に、お二人は筆頭公爵夫妻……あー……偉い人だから、国の式典には招かれる。わかる?」
「わかる」
「うん。今日はその式典。家族だから入れるわけじゃない」
「でも! 家族も入れるって聞きました!」
……
びっくぅっ! と、擬音でも入りそうな勢いで肩を震わせた義弟付き使用人が、涙目でこちらを振り返る。
ああ、うん、はい。わかった。
何かの拍子に、普通はエスコートするのは家族みたいなことを、義弟に話したんだろう。エスコート役として入れると言うのを、義弟は家族は入れるみたいに解釈したってわけね。わかったから、責めるつもりないからそんな悲壮な顔しないで。
私は曖昧に笑って頷く。
「お嬢様」
メイドが懐中時計と私を交互に見る。
「……とりあえず、……このまま馬車に。無理に下ろして、追いかけて来られて怪我でもされたら困ります。道中で言い聞かせるしか」
護衛その2と先生の不在が痛い。
昨夜私はすっかり忘れていたが、護衛その2は私の入学と共に、スクールの護衛騎士になる手筈なんだそうだ。基本的に、スクール内の治安は王国に一任されており、貴族は王国を信頼して護衛を子供に付けない。もちろん、行き帰りの馬車では付けるが、馬車を降りたらそこからはスクールに任せる。
私の送迎は今まで通り、護衛その1が行い、スクール内では、多分、護衛その2にバトンタッチということだろう。
しかし、いつもちゃんとした姉として振る舞えなかった私の代わりに、うまいこと義弟を窘めてくれていた護衛その2の不在は痛い。
子供の世話は苦手なんだよ。
使用人は立場上アレだし、お父様とお母様が不在の今、私が言い聞かせるべきなんだが……昔から、年下には舐められるんだよなぁ……
「あの、……お願いしますね」
正装した護衛その1に頼む。
正直なところ、義弟へのイライラはだいぶ落ち着いたとはいえ、うっかりでも触られたらまたああなるのは目に見えている。絶対に近づけてくれるなという意味を込めて頭を下げると、しっかり頷いてくれた。
スクールの建物が車窓から見え始めて、私はついに声を荒げた。
「帰れ!」
「嫌です!」
御察しの通り、全く言い聞かせられなかった。
「あのな。どのみち通行証のないお前は入れない」
「通行証ってなんですか?」
「顔だよ!」
「顔ならあります!」
「当たり前だ! 物理的な顔じゃない! 貴族はそれぞれ面識がある。今年の入学生、その付き添いは一人」
「お姉様は面識ないでしょう!? お茶会も舞踏会も全部断ってるじゃないですか!」
「痛いところをつくな!」
「お嬢様……」
メイドの情けない声にハッとする。
本音が口から出た。
「……確かに私はお茶会には出てないが、殿下の婚約者としてお披露目された。そこで拝謁はすませている」
「知ってます! お姉様が何て言われてるか知ってますか?」
「アベル様」
「っ」
え、何。
「僕はただ、お姉様を守らないと――!」
は。
……何を言ってんだ、こいつは。
お前が守るのはヒロインだろう?
ヒロインを守る為に、お前がすることを私は知ってる。
一番汚い手を使うのがお前だってことも。
私がどうなろうと仕方ない。お前に一番ひどい態度を取ったのが私なんだから。
それをお前は、私が家族を……前世でどうしても手に入れられなかった、一番欲しかった私に優しい家族を、私が一番大切にしてるとわかった上で、わかったからこそ、家族を貶めた。
お前にも分け隔てなく優しかったお父様とお母様を、何の虐待もしなかった養親を、お前は。
恩はあれどなんの仇もないはずの二人を。
なのに。
なのに、なんで。
「守る」と言われただけで泣きそうなくらい嬉しくなるのだろう。
……どうせ今回もそうなる。
私は一度だって良い姉でいられたことがなかった。
どうしても、僻み根性がなおらない。
「……守るのは、お前の役目じゃないよ。彼女がいてくれる」
「スクールに入れるのは今日だけでしょう」
「校内には護衛騎士がいる」
「校内の護衛でしょう。一人ひとりについてるわけじゃない」
「メイドがいる」
「そうじゃなくて!」
「……まぁ私には友達がいない。その手の心配をしてくれているなら」
……なんて言うべきだ。
ええいもう、仕方ない。
「門の前まで行ったら、帰るんだ」
「お姉様!」
「今まで!」
怒鳴り声に怒鳴り声で返すと、掻き消されて昔は嫌だったんだが、この体はそうでもなかった。昔の私と同じような、あまり綺麗と言えるような声質じゃないのに、競り勝った。
悔しそうに唇を噛む義弟に、無理やり笑う。
「あまり……家族らしいことをしてやれなくて、すまなかった。……来年からは、……来年、お前が入学したら、……たくさん話そう」
来年。義弟が入学して来る頃にはすでに私は孤立してる。いつも義弟のことは無視していたから、孤立している私を見て、義弟がどう思ったかはわからない。孤立しているか、……悪役令嬢らしく担ぎ上げられているか、……そこそこうまく立ち回っても、まあ最後はどれも悲惨だったわけだから、うまく立ち回れたつもりになっていただけで、実際はできていなかったということだ。
今生の私の目的は、私に優しくしてくれた人を不幸にしないこと。
その為に頑張ると決めた。
やりたくないことはしない、したいことだけする。
そうすることで、運は開けるんだと、自己啓発本で読んだ。
実際読んだだけで、それができてりゃ苦労ねーわと突っ込んで実行したことはなかったけれど。
自然体で行くことで、結構前と違うことが起きているから、スクールでもそれを貫こうと思う。
基本私はあんまりおしゃべりじゃない。
だから多分、孤立するだろうけれど、まぁそれはそれで。静かなのは嫌いじゃない。本を読んでれば、私は大抵いつでも幸せなのだ。
どうせ大人になれないまま死ぬとわかっていても。敵に回る人間にばかり囲まれていたとしても。
天使のように笑う小さな子供を、どうしてもまっすぐに見れない。
これはあれとは別人で、もしかしたら……今は私に害意もないのかもしれないのに。
懐いてくれているのかもしれない子供の、喜びそうなことをしてやるのはこんなにも難しい。
吐き気と、這い上がる気持ち悪さを必死で抑える。勝手にせり上がってくる涙をどうにかこらえる。
……早く終わりにならないかな……
もう一度やり直したい。
今度は、初めから、言葉を。
「……お前の入学式に、……エスコートは無理だが、在学生として、……いや、家族として、お前を迎えるのを楽しみにしている」
完璧主義でゼロか百かの人間で、一度失敗するともう全部どうでも良いやと思ってしまう。
私にとっては何回目かももうわからない繰り返しの世界でも、ほかの人は違う。
私の……言葉で、性格がねじ曲がったのかもしれない。私だって、日前の家族のせいで性格が捻くれまくった。
乙前で何度も私を殺した相手だろうと、今現在、もしかしたら、……本当に懐いてくれているのかもしれない義弟を、……私が頑張っていると、殿下相手に啖呵切ってくれた義弟を、……「私に優しくしてくれた人」の中に入れないのは、どう考えたって筋が通らない。
歯と歯の間から絞り出した言葉に、義弟はそれはそれは嬉しそうな顔と声で頷いた。
無理やり口角を上げた私の顔は、笑顔に見えただろうか。
とあるラノベの軍曹殿の証明写真のように、顔面神経痛の発作に見えてなきゃいいんだけど。




