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* 五里霧中 7

「お前は妬かないんだな?」

 きょとんとした顔をすると、母上にそっくり。

 ややあって、苦笑を浮かべる。

「妬きませんよ。そもそも――私は『かっこいい』と形容される見た目を持っていませんから」

「いやお前」

 女顔だけどカッコよくないわけはないだろうが。どれだけキャーキャー言われてたと思ってんだ。知らぬは本人ばかりなりってか。

「嫉妬というのは、無意識にしろ自分自身にも同等の価値があると思わなければ、生まれない感情です。あなたのような見た目を持っていたら、多少は浮かんだかもしれませんがね。百歩譲って」

 ――……

「……お前の性格にはお前の顔が似合ってるよ」

 ふふ、と笑うその顔は、こっちの顔が赤くなっていることに気づいている顔だ。

「まー冗談はさておき。坊ちゃんが拗ねて拗ねてやべーんだわ」

「でしょうね。私は……時間は短いですが期間は長い」

「俺はその逆だけど初めて聞いたよ。で、お前も聞いてなかったわけだ」

「ええ」

 別にマリー様は人の悪口が趣味ってわけじゃない。ただ、見た目を褒めるのを初めて聞いた。

 そもそもマリー様は口数が少ないからな。悪口も言わないが、褒め言葉もあんまり聞いたことはなかった。

 公爵の複雑そうな笑顔だって、愛娘から一度も「かっこいい」と言われたことがないからだろうし、なかなか男泣かせなお嬢様だ。

 マリー様は男が怖い、だから誰にも言わなかったのは仕方ない。

 公爵がエスコートできなくたって、本来なら公爵の父親、存命の前公爵や、公爵の兄弟だっている。それを差し置いてただの護衛のルディがエスコート役になったのも、マリー様のあの性格のせいに違いない。

「……引きつけ起こすくらい苦手なはずのジャケットにも悲鳴上げなかったのは意外だった」

「……服装ではなく、性別、ということでしょうね」

 隊服の俺は普段ジャケットは着用しないし、公爵もほぼ毎日参内する都合で、準礼装だ。

 公爵ほど身分の高くないこいつの訪問着はジャケットで、ルディがあの日着せて見せたエスコート用の正装も同じ。

 やっぱジャケットを着た人間が怖いというよりは、それを着た男が怖い、もしくは男嫌い――というよりは、怖いんだろう。

「女趣味だったら、笑えねーけどな」

「……口は災いの元という言葉を知っていますか?」

「いや! だからなんだ、その……お嬢様の口から『かっこいい』って出るんなら、お前のことだと思ってたんだよ」

「お前の言葉とは思えない」

 そりゃまぁ俺はお前のことをしょっちゅう女顔だの妹のようにだの言うけどさ。

「親みたいに懐いてるから、父親に言うみたいに言うかと思ったんだよ」

 間を置いて、ふ、と笑った。

「それを言うなら母親でしょう。父親のような『かっこいい』は、与えられるとしても、お前の方だ」

 公爵のような複雑そうな笑顔になって、親友は口調を戻した。

「姉弟喧嘩の仲裁をしたんだろう? お前に感謝してると書いてあったよ」

「……わざわざ書いたのか、マリー様」

「扇子についての謝罪の手紙だった」

「黙ってりゃバレないのに。真面目だなぁほんと。誰かさんに似て」

「昔から一言多いんですよね」

 二人してそれに笑って、ほとんど同時に息を吐いた。


 貴族と言えどもそれなりに貧富の差はある。

 例えばこの公爵家のお嬢様の、全く外出しない日の、誰の訪問も予定されていない時間帯に着ている服は、一般的な貴族の平均的なかなり見栄を張った服より高い。

 マリー様は服装にあまり頓着しない性格のようで、TPOとマナーにさえ則っていれば良いという考えらしい。メイドが嘆いていた。

 だから、公爵家の一人娘のわがままお嬢様のせいでそうなのではなく、きっとマリー様にとってはそれが当たり前で普通だ。

 才能あるファッションデザイナーを世に出すには、それを買って支える人間がいなければいけない。

 裕福な人間が衣装を取っ替え引っ替えするのは、無駄遣いって訳でもない。

 ただ、それを妬む人間にとって、どう見えるかなんて自明の理だ。

 妬んで悪口を言ってるだけならまだしも、憧れて無理に真似ようとして散財し没落した、なんて笑えやしない。


 そう言った諸々を防ぐためにも、スクールでは支給される制服がある。

 大貴族も貴族とは名ばかりの子息令嬢も、一律で支給される夏冬それぞれ2着は、もっと枚数が欲しければ相場よりかなり安い価格で購入できる。

 これはそれしか着ていけるものがない人間にとっての救済策だからこそ、それに縋らなくても良い裕福な貴族にも着用の義務がある。

 簡単に言えば制服を着ていることによる虐めの防止だ。そんなことしたって、貴族の実際の上下関係なんか、裕福な貴族の子息令嬢は頭に叩き込まれてる。貧乏を理由にいじめようと思えば誰がそうなのか簡単にわかるんだが、元々、それを教える理由が、お茶会の招待状を無闇矢鱈に連発して、相手を疲弊させないようにという平和なもんだ。

 マリー様は見た目に反して誰に対しても平等でおっとりした性格だから、いじめに関わる心配はしていない、んだが……


 問題はその制服だ。

 ジャケットを着用した男がうじゃうじゃいるのだ。

 なんならそれしかいない。


 こいつや俺、義弟である坊ちゃん。

 公爵夫妻は学校に入るまでに、多分マリー様の男嫌いを直そうとしてやれるだけのことはやった。

 ちゃんと段階を踏んで。

 だが結果は捗々しくない。

「……他人に無許可で触られることは……」

「我慢できないって感じだったな。あんなに怒ったマリー様は初めて見た」

「私は怒ったお嬢様を見たことがない」

「……ああ、そうだな。俺もそうだ。あんなにっていうか、……怒ったのは、見たことがなかった」

 夜中に窓が開く音がして、自殺でもするんじゃないかと焦燥に駆られた俺は、マリー様の部屋のバルコニーへ、かなり変則的な方法で乗り込んだことがある。

 あの時も、俺を見て驚いてはいたが、怒りはしなかった。

 馘にされても仕方ないような真似をした自覚はあった。それでも人命救助が優先なのは当然。怒られるのも仕方ないと、最悪公爵に何されるかわかったもんじゃないが、そこは殿下に泣き付こうと情けないことまで考えていた。

 結局、杞憂に終わり、そしてマリー様は誰にも言わなかった。翌日も、顔を合わせたら申し訳なさそうに頭を下げられたが、口にはしなかった。

 耳を澄ませてみても、俺のあの行動に対する苦情のようなものは、全く耳に入らなかった。

 本当に怒っていないのだろうと、俺は結論づけた

 詫びるのは俺の方だ。たとえ立場が同等だって、十割俺が悪い。まして令嬢と護衛じゃ、殺されたって文句言えやしない。

 喜怒哀楽のうち怒りが欠落してんのかと思ってたが、そうじゃなかったらしい。

 坊ちゃんとの初対面でも、『殺す』と言っていたが、本当に触られるのは受け入れられないようだ。

 殿下は、少しは見込みがあるってことなのか?

「——ま、あの公爵閣下の大切な一人娘のご令嬢に、無断で触ろうとするバカはいないだろ」

「殿下の婚約者という立場もありますからね」

「ああ。何かってーとすぐ燃やそうとする物騒なメイドも付いてくるしな」

「燃やす?」

「加護持ちなんだってさ。知らなかったのか?」

「……初めて聞いた」

「まぁ最恐の賢者に敵うとは思わんが。もし万一坊ちゃんがマリー様に反撃してたら、今頃全身大火傷だったかもな。一瞬でかなりの数が集まってた」

「それは……」

 安心とも、物騒とも、どちらとも言いづらくて言葉を濁す。

 その顔に笑ってやる。

「大丈夫さ。俺の耳も捨てたもんじゃない。殿下の目もある。加えてお前がいる。最高の布陣だ。……ちょっと過保護が過ぎると思うぜ」

「その言葉は」

 正しくないと良いかけて笑う。

「……そうですね。心配してばかりいても始まりません。お嬢様が、通学を嫌がっていない以上、最大限協力は惜しみません」

 ——嫌がっていないのだろうか。本当に?

 言わないだけじゃないのか。

 こいつにも言っていないのか。

 毎晩のように終わりを望むのは、一体何から逃げたがっているんだ?

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