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私と入学式に纏わる諸々について。

「は」

 美女が男装したらかっこいい、というのは、日前ではそういう歌劇団があったから、まぁ予備知識としてはあった。

 そういう小説も読んだことはある。確か傑作とされる漫画もいくつかあって、そっちは読んだことはなかったが。

 男装の麗人、という言葉もある。

 しかしどうしたって男性は男性、女性は女性だろう、という思いが私にはあるもので。

 違和感はあるし、まぁファンタジーだからと受け取っていた。

 けれども。


 私は先生を女性と勘違いしたまま数年を過ごしているわけで、美女も美男も私には見分けがつかないのかもしれない。そもそも顔立ちを判別するのが苦手なのだから、それを補おうと私は人の顔というか目ばかり見ているので、体の違和感は気づきにくい。というか、予備知識があればこそ違和感を探そうと目が動くのかもしれない。ならばまっさらな状態でそれに気づかない私が、先生の性別を間違ったって仕方ないと言えるでしょ、多分。

 それに、歌劇団も歌舞伎も、舞台メイクをするから、誇張されてかえって違和感があるわけで、自然な状態であれば。


 見慣れない笑顔が若干苦笑よりになるのを見て、私は自分の無礼な第一声に気づいて慌てた。

 は、はないわ。

 いや驚いたんだけどね!?

「あ、えっとその、……かっこいいですね」

 隣の護衛その2が目をまん丸にしている。

 え、なんで?

 奥にいるお父様が苦笑した。お母様が目を見張った。

 なに? なんなの?

 護衛その1の耳が、赤くなった。

 ――ちょっと待って、私バカになんかしてないよ!?

「あの、ほんとに、かっこいいと思って」

 からかったわけではないと伝えたくて言葉を重ねると、耳どころか顔中どころか首まで赤くなった。

 え、何。なになに何。

 なんだかすごい音がしたので振り向けば、義弟がものすごい真っ青な顔をしていた。

 なんでこっちは青くなってんの!?

「だ、大丈夫?」

 前と後ろを交互に見ながらいえば、正面は首を縦に振り、背後は首を横に振った。

 じゃあとりあえず大丈夫じゃない方優先。

 次の習い事で使うんだろう道具類が床に落ちてるから拾おうとすれば、義弟付きの使用人が思い出した様に動き出した。

 なら手を引くとして、とりあえず、「顔色悪い。今日は休……んだら」

 休め、と言いそうになって慌てて語尾を変える。

「……休まない」

「どうした? 辛そうな顔してる」

「……嫌い!」

「は? え、ちょ、ま……」

 なんて?

 脱兎のごとく駆け出した義弟に、置いてけぼりを食らう私という滅多にないというか始めての構図に、護衛その2がぶっと吹き出した。

「あらあら」

 とお母様が扇子の向こうで微笑んでいる。

 反抗期か?

 いやそれなら好都合だけども。

 私の方は、喋り方を変えたらびっくりするほど義弟に対してイライラしなくなった。

 とはいえ、前科持ちとしては、なるべく関わり合いになりたくない。もう人を傷つけるのはごめんだ。

「大丈夫よマリー。あの子はあなたを嫌ったりしてないわ」

「……というと、反抗期でしょうか」

「まぁ」

 と言って、お母様は上品に笑った。

「私はすこーし、気持ちがわかるなぁ」

「お父様?」

 が、反抗期ということはない だろう。というと、?

「今はそっとしておいておあげ。大丈夫。すぐにいつもの調子に戻るよ」

「……あ」

 なるほど。そういうことか。

 私は頷いて、もう一度護衛その1の方を見た。

 義弟はこの綺麗でかっこいい人が好きなのかもしれない。

 私がかっこいいと軽率に言ったから、綺麗とかかっこいいと言うタイミングを逃して、それで怒ったのかもしれない。

 …… あれ、……ああ、まぁ、そうか。

 ヒロインの周りにいるからって、ヒロインしか好きにならないわけでもないのか。

 恋多き人でなくても、生涯ただ一人しか好きにならないって人の方が珍しいのかもしれない。

 初恋は実らないなんて言葉もあるわけだし。

 まだ耳が赤い護衛その1が、義弟を好きになることはあるんだろうか。結構年が離れてるけど。

 ……と言うか、殿下といい義弟といい、年上好き多いな。

 このくらいの年齢の子はそんなもんかな。

 とりま、お父様とお母様が大丈夫と言うなら大丈夫だろう。

 この二人は私なんかよりよっぽど義弟を気にかけているし、義弟にも優しい。

 ならとりあえず、護衛その1の方だ。

 さっきは大丈夫と頷いていたけれど、それにしても顔が赤かった。

 ……ああ、でも、今はもう大丈夫みたいだ。

「さて」

 お父様が、切り替えるように声をあげた。

「どうかな? 当日はルディに男装してもらって、パートナーを務めてもらおうと思ってるんだ。見劣りしないだろう?」

 誰に比べてですか? と突っ込みたいところだが、ひとまず頷いておく。

 確かに、彼女は背も高いし、どちらかと言うと涼しげな美人だから、この格好もとてもよく似合っていた。

 ただ、問題は――彼女に抱き上げられた経験はあるけれど、それは普通じゃない状態だった。

 触れられて平気なのかどうか、よくわからない。

 だから、少し手を前に出す。

 目を見開いた護衛その1。

「あの、手、触っても」

 良いですか、エスコートの練習を、と言い切る前に、護衛その2が慌てたような素振りで制止する様にこちらに掌を向けつつ、ドアの方に走って行った。

 ……開けられたドアから、まるでお化けでも見たかのような顔の義弟が見えて、次の瞬間には脱兎のごとく走り去って行った。

「あっちゃー……」

「あぁ……」

「あらあら」

 上から、護衛その2、お父様、お母様。

「間の悪い……」

 それ私? 義弟? どっち?

 いくら私でも私が悪いのはわかってる。間が云々ではなく、だって前にもあれだ。

 先生の時に散々揉めたのだ。

 それにこの前、義弟の申し出を突っぱねた。

 扇子を当たるように投げてまで拒否したのに。

「……謝ってきます」

「今はやめときましょう。絶対拗れます」

「拗……」

「拗れます」

「……いやでも、安否確認を……私じゃなくても良いので誰か」

 物を投げてるのかぶつかってるのかわからないが、義弟が走り去った方角からドン! だのガシャン! だの時間と場所を変えて度々音がしてくる。それを追いかけるように義弟付きの使用人の悲鳴が都度聞こえてくる。

 この家の装飾品は軒並み高いんだぞ……居づらくなる真似してるんじゃないだろうな……

「私が適任かな」

 お父様が微苦笑を浮かべて腰を上げた。

「そうですわね。拗ねている者同士、慰めあって」

 お母様は苦笑ではなく嫣然と微笑んだ。

 お父様はそれに苦笑して、お母様の頬にキスをしてから部屋を出て行った。




 ……先生が必死に笑いを堪えている。

 声は出ていないが、ぶっちゃけもう笑ってるのは丸わかりである。

 やがて先生は背けた顔の、眼鏡の下にそっと指を差し入れた。

 どうやら声よりも先に涙が溢れたらしい。

 そんなに私のしたことは可笑しかったのだろうか。こう、奇異という意味ではなく、funnyな意味で。

「……失礼しました。それで、お嬢様は、ルディさんの手を触れましたか?」

「はい。手は、大丈夫でした。それに、エスコートも、なんとか。ダンスがないのは幸いでした」

「そうですね」

 と、先生が優しく微笑む。

「当日、早朝になってしまいますが、もし許可していただけるなら、”おまじない”をかけに参りますよ。念のために」

「……でも」

「お嬢様が、朝、お辛いようでなければ。そのくらいはさせてください。本来なら、私にエスコートさせてくださったのでしょう?」

 ……実を言うと、朝も辛い。

 先生に悪いと言う思いも本心だけど、精神的にアレな状態だと、どうしたって朝は弱い。

 目は覚めるんだが、体が動かない。

 それに、私の欠点はこういうところだ。

 一度甘えを許されると際限がない。

 してもらえると思っていた。断られるとは思いもしなかった。厚かましさに呆れる。

 家庭教師相手に、求めることじゃない。

 義弟が昔言ったことに私は憤慨したが、あれはあれで正しかったのだ。

 分を弁えるという意味で。


 家族になら人は甘えても良い。

 家族にならどんな酷いことを言っても良い。

 家族なら許される。

 家族なら無条件に愛される。


 ――私にはそのどれも当てはまらなかった。

 素敵な結末を迎えた物語を、最後には自分が愛されていたと知る主人公に出会うたび、必死で思い返した。

 幸いこの頭は、家族からされたことを事細かに記憶している。

 どんな些細なことでも覚えている。

 なんども思い返した。どこかに愛されていた証拠があるかもしれないと。

 そうして同じ数だけ絶望した。

 愛されなかった。そんな証拠はどこにもなかった。目につくのは嫌われていたという証拠だけ。


 甘え方を知らない。

 家族と他人の違いがわからない。

 戸籍や法律での家族はわかる。

 一般的な人が持つ、家族というものに対するイメージだってわかる。

 でも、具体的なものは何一つわからない。

 

 私の母は私の手を振り払い、父は足蹴にし、弟は馬乗りになった。

 それを誰もかれもが見ないふりをしていた。

 家族は私を助けない。

 家族は私に甘くない。

 ……この世は地獄か。

 一人になった時にそう言って笑った。

 厨二が過ぎるとおかしくなったが、それさえもそうやってかたづけるのなら、それは、まともじゃなくて感受性が鈍いというのだろうと、加害者に有利な世界を嘲笑った。

 ……誰も彼もが。優しい家庭で育っているわけではない。

 優しい家庭で育った子供が人を殺し、優しくない家庭で育った子供が立派な行いをする。

 家庭とその人は関係ないと言う。

 どんな苦しみも昇華できるかは本人次第だという。

 そんなわけあるかと、泣きながら叫びたくなった。

 どうして言い訳すら許されないんだ。

 想像力のない人間が生み出す言葉に、どれほど傷つけられるか。

 どうして目の前の人間がまともな家庭に育ったのだと、思い込めるのか。

 善意と言う名の、正義の味方気取りの発言に、何度。


 そうやって生きてきた私には、人と人との距離がよくわからなかった。

 ずっとわからない。何十年生きてもわからない。

 場に馴染むのは早かった。

 誰にでも笑顔で愛想よく接し、誰の意見も否定しない。親身に耳を傾けて、顔色を伺って、話すときはいつでも高めの声で。

 ……すぐに人は、自分のことを話し出す。私が抱えきれないくらいの、重い話をたくさんしてくる。

 恋愛も。家族のことも。友人。同僚。同級生。ありとあらゆる話。

 そうしてしばらくして、その人たちの態度は豹変する。

 私を格下に扱い始める。

 侮った発言を連発する。不愉快にならないとでも思うのか、嘲るような発言が混じる。

 私は鏡であろうとする。その日、優しくしてくれたなら優しさを。そうでないなら笑顔を消し、声を低くし、必要以上話さない。

 そうすると、気まずくなる。

 ……そんなことが続く。いつも、長くいられないのだ。

 あまりに酷いことを言われ続けて、限界がきて。

 なのに、そうやって接することに罪悪感が募る。

 後ろめたくて、食欲が失せる。

 いや。もともと、この体に食欲なんてなかった。

 お腹が減れば何か食べたいとは思う。でもそれは何かだ。栄養補給と言う意味であって、転生ものの主人公たちのように、食べ物を賛美するような気持ちにはなれない。

 残すと叱られるから、無理やり口に詰め込んで、嫌いなものは噛まずに飲み込む。食事は作業だ。

 量が多すぎてお腹が苦しくても、叱られたくなかったら無理やり口に入れて吞み下すしかない。

 あとで胃が焼けて喉が焼けて吐き出したってその方がマシなのだ。

 食事さえ満足に与えておけばと言う考えで出される食事に、栄養バランスなんて皆無だった。

 それも気分による。食べきれないような量を与えた翌日には、何も与えられない日もあった。まともな食欲なんか育まれるわけもない。

 

 そうして私は、甘えてもいいはずの家族というものに恵まれなかったから、家族への甘え方を知らない。

 それは裏返せば、他人に許されない甘えがどこからなのか、わからないのだ。

 優しくされるとすぐに有頂天になって、どこまでも許されると思ってしまう。

 私を格下扱いしてきた人たちと、本質的には同じなのだろう。


 しゃがんで、私を見上げて、手を包んで、優しく微笑む。

 そうされると、私から出るのは「はい」しかない。

 機嫌の良かった時の祖父は、たまにこんな風に接してくれた。

 手を取ることはなかったけれど、数える程しかなくても、私が家族というものに夢を見続けていられたのは、多分この記憶があるおかげだ。

 

「私も、そうしたいと思っていました。今となっては叶いませんが、もしも生まれ変わりというものがあるのなら、次は私にさせてくださいね」


 優しい優しい笑顔でそう、優しく告げる先生の言葉を、首肯するふりで俯いた。

 ――何度生まれ変わっても、そんなときはこない。

 何度生まれ変わっても、そんな次はなかった。

 先生がスクールで手を引くのは、ヒロインだ。


 月は清かに。


 二人を見て、そんな言葉がふっと頭に浮かんだ。

 あのとき私は、確か回廊の上にいて、眼下を見下ろしていたのだ。パッと目を引く二人だった。

 自分がなんでそんなところにいたのかは覚えていないが。

 周りに人気もないので、その綺麗な風景を目に焼き付けるように、お行儀悪いが、後ろを向き、手すりに凭れて、目を閉じた。

 幸せそうな人を見るのは気分がいい。

 そのときはまだ、先生が幸せそうな笑顔を浮かべる隣の女の子が、私の死の原因になるとは、思っていなかった。

 全く知らない人が幸せそうにしていても心が温まるのだから、先生が幸せそうに笑っていたら、嬉しいに決まっている。

 

 ヒロインの隣に立ってる先生は幸せそうだったはずなのに、最期に見たのは――


 先生だけじゃない。私は、家族というものに夢を見ている。

 絵空事みたいな優しい優しい家族を手に入れたのに。

 どうしたってちゃんとした娘になれないけど、姉にもなれないけど、それでも家族は幸せでいてほしいと思ってる。嘘じゃないんだ。

 だけど最期はみんな辛そうな顔ばかりだった。

 

 どうしてこうなるんだ。


「お嬢様?」

 返事をしない私を不思議に思ったのか、先生の顔が少し困り顔になる。

 それで、私は長すぎた思考の渦から無理やり体を引っ張り上げる。

「……先生が、そう思うなら」

 本当にそう思うのなら。

 誰だって、可愛い女の子が好きだ。

 それは多分、見た目だけじゃなく。

 素直で、優しくて、だけど弱い部分も見せて、守ってあげたくなるような、甘え上手な、完璧じゃない、だからこそ可愛い女の子が。

「もちろんです」

 安心したように微笑んでそういう先生の笑顔に、私は笑顔を返す。


 ……いつか幸せな結末を。

 先生と、家族と、使用人のみんな。そしてあのヒロイン、可愛い可愛い女の子。

 私がいなくなった後の世界で、誰もが納得する感動のフィナーレを。

 そこに家族が含まれることを。

 そのために、何ができるだろう。

 そのフィナーレを見れないのは残念だけれど、今の内にたくさん目に焼き付けておこう。

 お父様の隣にいるお母様の笑顔を。

 お母様の隣にいるお父様の笑顔を。

 貴重な護衛その1の笑顔を。

 いつも優しく笑いかけてくれるメイドの笑顔を。

 護衛その2に向ける先生の笑顔を。

 先生に向ける護衛その2の笑顔を。

 褒められたことを嬉しそうに報告してくる義弟の笑顔を。

 私に向けられるたくさんの笑顔を。


「では、ルディさん。当日も改めてお願いに参りますが、私の可愛い教子であるお嬢様を、どうぞよろしくお願い申し上げます」

()()()()大切なお嬢様は、お願いされずとも私が代表して責任をもってエスコートします」

 珍しい長文に、私は驚いて振り返る。

 すると、メイドがなぜか我が意を得たりと言わんばかりの笑顔を浮かべて頷いていた。

「お嬢様はルディの男装がたいそうお気に召したようで、『かっこいい』と仰せでしたからね」

 いやそんなにそれおかしいの!?

 何ども言うほど!?

 もう一度先生の方を見れば、なんとも言えない苦笑を浮かべていた。


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