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私というもの、その捻くれたどうしようもない性格について。

定時に更新できなくて…でも見にきてくださってありがとうございました。お詫びにもう1話。

「え……先生、……そう、ですか」

 乙前ですっぽかしまくった入学式を、まともに出ようとした私は、まずエスコートで躓いた。

 普通は両親に頼むのだが、私の心の問題と体質がなくとも、筆頭公爵夫妻は来賓であり、お父様はお母様をエスコートして入場する。

 次点は兄だが、私は日前と同じく長子で兄はいない。

 さらに言うなら、婚約者である殿下なのだが……殿下は律儀な人で、公の場でもなるべく私に触れないと言ってくれたその約束を守って辞退してくれた。

 で、私の頼みの綱は先生だったのだが、……何やら先生にも事情があるらしく、断られてしまった。

 ここで手を離されるとは思ってもいなかったので、ちょっとびっくりした。

 ……というか、こういう時男女差に腹が立つ。男子学生はエスコートする側だから、一人でも良いのだ。エスコートの仕方だって学園で習う。だからまだ知らなくても良いことであって、適当な相手がいない場合、つまり婚約者がいない場合は免除される。

 なのに女子はエスコートされて当たり前という風潮がイラっとする。もちろんわかっているのだ。貴族のご令嬢の安全を確保するためでもあるってことはわかっている。貴族子弟はなんらかの格闘技を習って当然だけど、貴族子女で護身術を修めるのはどちらかというと物好きに分類される。

 逆恨みだ。

 ……まぁいい。一人で入場してやる。

 そう心に決めた私の、荒ぶる内心を知らないお父様が少し困り顔で宥めてくれた。



「お嬢様。アベル様がお越しです」

「――っ」

 普段死んでも口にしない名前を、メイドから告げられて自分でも表情が歪んだのがわかった。

 嫌いなんだよな、その名前。

 どうしたってカインとアベルを連想する。

 皮肉だ。あの不平等さは、いつ読んでも腸が煮えくり返りそうになる。平等を説き、殺生を禁じるのがだいたいの宗教なのに、なんで殺した動物を捧げるのが良くて、育てた作物を捧げるのはダメなんだよ。どこがどう悪いのか言ってみろよくそったれ、と罰当たりなことを考える。

 私にはわかりすぎるほどカインの気持ちが良くわかる。

 多分アレにも深い教えのようなものがあるのだろう。でも気分が悪すぎて、学ぼうとも思えない。

「……追い払いましょうか」

 少し物騒な色合いのメイドの声に、私は慌ててかぶりを振った。

「……庭へ。お茶を淹れてください。あと、……二人を、呼んで。そばに」

 メイドは頷くと、部屋を出た。

 彼女が戻ってくるまでに着替えよう。



「お姉様、入学式のエスコート、僕がします!」

 顔を輝かせた義弟の宣言を、私は一蹴した。

「なんで!?」

「うるさい」

「先生は来れないのに、なんでダメなの」

「私はお前に触って良いと言った覚えはない」

「……いつ言ってくれるの? もうエスコートは覚えたよ。ダンスだってできる。先生だって褒めてくれたよ。一緒に踊ったら、きっと気持ちいい」

 その言い分に、最近では抑え込めるようになっていた、嫌悪感が一気に溢れ出す。

「言うことは一生ない」

 呻くような言い方になったのは、余裕がなかったからだ。

 最近、媚びるような笑顔を浮かべるようになった義弟が、一層気持ち悪く感じる。

 またその笑顔を浮かべて、義弟は悪魔みたいに唇を釣り上げた。

「わかった」

 聞き分けの良さにホッとするけれど、噴き出る嫌悪感と争う私には、何かそれさえ嫌なものに感じられた。

「先に触っちゃえば良いんだ。そうすれば、許してくれる。ね?」

 歌うように告げられたそれに、気づけば、先生からもらった扇子を投げつけていた。

「お嬢様!」

 悲鳴みたいな声が上がる。

 義弟は、わからない。声はしなかった。目を開けているはずなのに、よく見えない。

 私を取り押さえようとしているのか、近づいてくる気配と、声。

 いけません、みたいな制止の声に、私は気づけば、声を荒げていた。

「黙れ!」

 外なのに、音が何もしない、不自然な静寂が訪れる。

「……誰が相手だろうと、本人の許可なく女性に触れてみろ。公爵家跡取りだからって許されると思うなよ。たとえ司法がお前を守ろうとどうなろうと関係ない。私がお前を殺す!」


 言い切った後、自分の呼吸と、心臓の音が嫌なほど耳についた。

 荒い吐息も速い鼓動も煩わしい。

 知らずに噛み締めた歯が、嫌な音を立てる。

「……お姉様」

 聞こえた声は、震えていた。泣いているのかもしれない。

 眉間に力を入れて、目を眇めれば、顔が見えた。呆然としながら泣いている。

「泣けば許されると思うんじゃない!」


 ――やめて。それは、私が言われた言葉だ。謝っても許されないなら泣けば良いのか。泣いても許されないのならどうすれば良いのか。私は悪くないのに。友達をばかにされて言い返した、それの何が悪いのか。何が悪いのかもわからないような難癖を付けられて、いつも怒られ、殴られていた。

 虐待を受けた人間は、どうしても虐待をする側に回るのか。

 扇子を投げつけた右腕が痛い。


 静寂を砕いたのは、拍手。

 音のする方を向けば、護衛その2が「よくやった」みたいな笑顔を浮かべ、手を叩いている。

「マリー様は騎士道精神をよくわかってらっしゃる」

 手を叩くのをやめた護衛その2は、義弟の方を向いた。

「坊ちゃん。マリー様が仰ったことは、騎士団に入ったらまず教わることです」

 言いながら、護衛その2は義弟の近くへ歩いて行く。

「力をつけた男ってのは、どうも勘違いしやすいらしい。自分より弱い相手に対して、よくない態度をとることがある。それを禁じる掟です。破ったら懲罰房行き」

 芝生の上に落ちていた、私の扇子を持ち上げる。

「そこでは、泣いたって許しちゃもらえません。決められた罰を受けて、決められた時間が立つまでは、そこから出られない。ちなみに受ける罰は、扇子が当たったのなんて比べ物にならないくらい痛いですよ」

 草を払うためか、扇子を振って、肩に当てる。

「騎士じゃなくてもね。弱い人に強く出るってのは、下卑た人間のすることです。最低の野郎だ。今のこの国は腐っちゃいない。貴族相手でも、それ相応の罰は下ります。それにね。罰がたとえなかったとしても、人としてやっちゃいけないことってのはある」

 ……そうだ。どんな事情があっても、暴力は良くない。

 右腕を左手で掴む。

「……ごめんなさい」

 もう言わない、しない、と続けた声に、護衛その2は笑顔で頷き、そして今度は私を振り向く。

「マリー様。情状酌量をお願いします」

 困り顔で笑って見せて、護衛その2は今度はこっちに歩いてくる。

「大好きな姉上が困っているときに力になりたいっていうのは、弟として当たり前の感情です。それが思い通りにならなくて、ちょっとヤケになった。本気でしようなんてまさか思ってませんよ」

「……」

「マリー様は、坊ちゃんを家族として一番最初に受け入れた人だから」

 何それ。

 渡してくれた扇子を受け取ると、護衛その2は、義弟の方へ戻った。

 座っている義弟の両肩にそれぞれ手を置いて、励ますように撫でた。

「でしょ?」

「……うん」

 ……ああ、そういえば、義弟は、この人によく懐いていた。

 私は、何もしてやらなかったから。

 手を繋いで歩くことも、たわいない会話も、覚えた物語を語り聞かせることも、面白い話を作って聞かせることも、鬼ごっこもかくれんぼも追いかけっこも、何もしてやらなかった。

 日前の私が全部やっていたことを、いまの私は一度もしなかった。

 多分全部、この人が代わりにしてくれた。

 ……親らしいことを何もせずに、親に向かってなんだその口の利き方はと、言っていた両親と同じだ。

 どの口で――

「……絶対にしないと約束するなら、良い。……それと、物を投げて悪かった。……私にはあまり近づかないほうが良い。危ない」

 義弟は未遂だけど、私はもう違う。人を殴る人間は、口ではしないと言ってもまた繰り返す。家庭科の授業で習った。ドメスティック・バイオレンスの状態。蜜月期なんて、とんだ名前が付いていた。殴ったあとは、とても優しくなる。絶対しない、もう二度としないと言って。それに絆されれば、同じことの繰り返しだ。

 だから、もう私は人を殴る側に回ってしまった。

 今まで、それだけはできない自分を、弱さに辟易しながらそれだけは欠点じゃないと思えていたのに。

 

「お姉様が嫌がる距離には近づきません。でも、叱られたからって、避けたりしないよ。ちゃんと反省してます!」

 私が睨んだからだろう、両手で一生懸命NO! と意思表示する。

「……だから、お姉様、その手、離して。痛いでしょう」

 手? 私は別に、誰の手も握ってない。

 不審に思って義弟の顔をよくみれば、その視線は、右手を抑えるように掴んでいる私の左手に注がれていた。

 ――持ってるやつはいいなぁ……

 優しい子に育って。

 私はそう言った優しさは手に入れられなかった。優しくあろうとしても。

「……別に痛くない」

 これは本当。投げた時に毛細血管が切れた。今は痺れたようになっていて、あんまり痛みを感じなかった。



「……マリー様」

「はい」

「前から不思議だったんですけどね? 言葉遣い、坊ちゃんにだけ違うのって、何か理由あります?」

「ああ……あのくらいの歳の子供は、少し年上の子供の影響を受けやすいでしょう。女言葉とからかわれるのは可哀想です」

 日前の弟がそうだったから、私は確か8歳くらいに、強引に口調を変えた。苦労したのは一人称だ。人前では私、弟しかいないときは俺。苦労の甲斐あって、弟は10歳になる頃には、女言葉とからかわれることはなくなった。

 私はガサツだと言われるようになったが。

「ふはっ」

 ……は? なんで笑うの?

「いや、失礼。……ならちょっとやり過ぎですよ。あれだとちょっとばかし言葉が荒い。坊ちゃんは見た目も可愛い方だし、もう少しおとなし目の口調の方が合うと思いますよ?」

 しまった。

 そうだ。女言葉とからかわれないようにと、そればっかり気になって、あれじゃあ日前の弟や父親と一緒になってしまう。

 手足が冷たくなっていく。

 同時に、義弟を前にするとイライラが止まらなくなる理由がちょっとわかったような気がする。

 無意識に、私の嫌いな人間の喋り方をなぞっていたからだ。

「ちょい待ちですマリー様。そんな思いつめた顔しないで。……まぁ、同世代の男の子である殿下が、あんな喋り方ですからね。それを参考にしちゃったんでしょ? マリー様が悪いわけじゃないですけど、まずいと思ったんなら、旦那様の口調をお手本にしたらどうです?」

「お父様」

 そうか。お父様は、口調が柔らかい。

 お父様はほんと、日前の親とは対極にいるような人で、……私の坊主憎けりゃ袈裟まで憎いが発揮されなければ、私はきっとマザコンのファザコンだったに違いない。

 義弟に対するみたいに敵意むき出しにはならないが、お父様に対してはどうしても、近づけない。

 誰よりも距離を置いてしまう。

 優しい人だと頭ではわかっている。私がどんなひどいことをしても、一度も私に手を上げなかった。

 ……最後まで優しいままいてくれた。それを知っている。なのにどうしたって、何回も繰り返しているのに、たった一回の最初の嫌な思い出のせいで、父親っていう役割のひとがどうしても好きになれない。

 何回やり直してもいつまでも付きまとう。本当に、呪いのようだ。

 



「お姉様。剣の稽古行ってきます」

 ……笑顔が若干痛々しく感じるのは、私の良心が痛むからだろうか。

「……ぁ……――怪我しないように、気をつ――けて」

 気をつけろ、と言いかけて、慌てて語尾を変えた。お父様は、命令口調は使わない。多分、気をつけてね、だと思うけど、お父様だから良いけど、子供が言うと女言葉になってしまう。だからまぁ中途半端だけど。

「――はい!」

 あ……声が弾んでる。わかりやすい。これは、喜んでる。

「……いってらっしゃい」

「いってきます!」


「……お嬢様」

「――あ、はい!」

「……昨日のあれは、悪いのはアベル様です。お嬢様が気に病まれることはありません」

 でも、暴力は良くない。

「いつ如何なる時も暴力はいけない――とは、俺は言えませんからね」

「え」

 メイドの言葉を引き継ぐように、護衛その2が苦笑しながら言う。

「そんなこと言ったら、俺の職業は存在意義がなくなっちゃうんで」

 横で護衛その1が頷く。

 ……ああ、そうか。そうだった。

 この国には騎士団があり、護衛を生業にする人もたくさんいる。

 暴力は良くないと言ったところで、日前でも例外はあった。

 理不尽な例外が。

 何もしなければ同意とみなされ、反抗すれば過剰防衛を取られる可能性があり、いつまでも悪意ある人間はのさばり続ける。

 転生もので引っかかりを覚えるのはいつもそこだった。

 転生した人たちは現代日本にその国を近づけようとする。

 ……きっと、私と健全に育った人たちでは、見る場所も見える世界も違ったのだろう。

 あの国は確かに平和で、ほかのどんな国よりも生活しやすかったのかもしれない。

「……ただまぁ、マリー様がそこまで思いつめるようなら、今度からは俺たちが止めますよ。な?」

 護衛その2が、護衛その1に笑いかける。

 首肯する護衛その1が、珍しく口を開いた。

「お嬢様が何かを投げそうになったら、私が腕を取って止めます」

「間に合わなかったら、俺が坊ちゃんの盾になる。だからマリー様。今のうちに、子供らしい癇癪はいっぱい起こしときましょ」

 そういって護衛その2は片目を瞑って見せた。

 私はそれに笑った。

 この人は、乙前と真逆なことばかりいう。

 勝手に出歩く私を、止めないまでも冷たい目でばかにする様に見ていたのに、今は外出を勧める。

 癇癪を起こしたふりをしていた私に、苦言を呈してばかりいたのに。

 無い物ねだりなんて言葉があるけれど、まぁ要は、中庸が大事ということだろう。

 私はなんでもやり過ぎるのだ。


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