私と護衛その2の衝撃の告白について。
その後は、お母様と無事合流した。ダンスも褒めてもらって、私はほくほく顔だ。
先生に初めて褒めてもらったあの日まで、お母様とお父様の褒め言葉を、私は素直に受け取れなかった。プレッシャーだった。褒められるほどできていないのに、と思って、だから皮肉だと思っていた。
保育園や幼稚園の劇で、木の役とかをしても君が一等賞だ、なんていう家族ものの漫画を読んだことがあるけど、本当にそうなのだとはとても思えなかったから。
私は保育園の劇だと、主役じゃないがそこそこ科白の多い役に回されていた。例の私の記憶力のせいだと思う。
桃太郎だと、おじいさん役。そう、おばあさん役じゃない。おじいさん役。今思えば背の高さのせいだと思うけど。
鶴の恩返しでもおじいさん役だったか、それとも若者だったかは覚えていないが、確か鶴を助けた人の役だ。
結構出番の多い役だった。多分、立ってるだけの役なんて指名されたら、私はきっと家に帰ったら何度も何度も叩かれていただろう。
両親に溺愛されている弟でさえ、科白のない役だったことがバレて、お遊戯会の後、ひどく叱られていたくらいだ。
今はもう、お母様の言葉はそのまま受け取れる。緊張しすぎて、自分のダンスがどうだったかなんて少しも思い出せないのだが、なんとか足は踏まなかったはずだ。
殿下はお茶会の最後、またなんだか捨て台詞のような感じで、「紅茶をかけそうになったなんて知られるわけにはいかないから、どのみち今回の件は他言無用」と、あの場にいた人全員に言い渡していた。
護衛その2が、「俺にかけるなら笑い話ですけど、お嬢様にかけそうになったのがバレたら、公爵夫妻の頭に角生えますよ」と頷きながら言っていた。
……私が濡れた方が大問題だった。わかってる。偽善とか考えなしとかわかってるんだ。護衛が躱せないわけがなかった。だってちゃんと距離空いてたし。一歩下がるだけで良かったし、溢れたお茶は勿体無いけど、茶器そのものを投げられたわけじゃないし、下は芝生だし、多分王宮じゃドレスは使い捨てだろうからテーブルクロスも以下同文だろうし、私が勝手に飛び出したりしなければなんの問題もなくみんな笑って終わりだったんだ。
護衛その2は「すみません、冗談が過ぎました」って反省しただろうし、殿下も「本当に全くもう」とか言って、あの場はそれで済んだ。そもそも王族相手に下ネタとか、紅茶ぶっかけられて済むなら安いもんだ。
あの時殿下は青くなってたけど、それを考えても本来まともな人だ。まともな人に下ネタとか耐性がなさ過ぎて手元が狂ったのかもしれない。もしかしたらかける意図とかなく。
そもそも、紅茶かけるとかどっちかっていうと悪役令嬢の役目だよなぁ……
護衛その2には謝った。多分叱られるだろうからその前に謝ってしまえとばかり。
だけど、怒られはしなかった。
「ありゃあ悪かったのは俺ですよ。口は災いの元って言いますからね。わかってんだけどつい言っちゃうのが俺の悪い癖ってやつで」
笑いながら頬を掻くその言葉に、嘘はないように見えた。
ホッとした。ただ、どちらかといえば、呆れられていた。
「マリー様のアレは反射でしょう。別に俺を助けるために椅子から立って動かなきゃ! とか頭使って考えてませんよね?」
それはもう。脊椎反射ばりに勝手に体が動いたのだ。助けなきゃも何もなかった。日前の母や弟が殴られたり叱られたりしそうになるたびに、勝手に体が動いたのと同じだ。普段私を殴ってくるような、心底嫌っている憎んでいる相手でも、そうされてるの見たら体が勝手に動く。その自分が本当に嫌いだった。だからそのうち、家では眼鏡を外してイヤフォンをずっとしてるようになった。
まぁその前にさっさと通報しろって話だったんだけどね。……渦中にいると正常な判断力ってどんどん消えてくんだよね……まじで冷静な第三者の介入が欲しかった……
「考えてあの速度で動けるんなら、貴族じゃなくなっても生きてく方法山ほどありますよ」
いやそれはやだ。日本で平均的な生活を送っていた潔癖症気味の人間が、この世界で平民になれるもんか。
「でも違うでしょ。マリー様は誰かが犠牲になるのを見過ごせない。マリー様はそういう人だって思って護衛しますよ。それに護衛が守られるってほとんどないんで、ちょっと感動しました。イレギュラー過ぎてバカとか思わず口走ってこっちこそすみませんでした」
……あ、あの変な声、バカって言ってたのか。
まぁバカはバカだよね。護衛を護衛してどうすんの。
我ながら馬鹿すぎて笑うしかない。
「減俸しても良いですよ?」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑って言われたそれに、肩の力が抜けた。
「しません。そのくらいで」
ばかと言われて腹を立てるような素敵な人生を送ってみたかった。
「未来の姫様にそんなこと言ったら、打ち首獄門でもおかしくないんですががね」
「大袈裟です。それに、事実ですから。恥ずかしながら先生が女性だとずっと思っていたくらいですし」
「良いこと教えてあげますよ」
「良いこと?」
「俺もです」
「……何がですか?」
「これ、内緒ですよ? 俺とマリー様だけの秘密です」
「……何でしょう?」
小声で尋ねると、距離は開けつつしゃがんで、内緒話するみたいに口に手を添えて、護衛その2は衝撃の告白をしてくれた。
「俺の初恋、アイザックだったんですよ」
おそらくあんぐりと口を開けたまま固まった私に、護衛その2は面白そうに笑った。
「あいつ今でもマリー様が女だと勘違いするくらいの見た目ですけど、小さい頃はそりゃあもう」
「……美少女ですか?」
声を潜めて聞けば、笑みが深くなる。
「小柄で細くて色白で。髪もキラキラしてて、眼鏡もしてないからそりゃあもう可愛かったですよ。とても俺と同じ男だなんて思えませんでした」
「……それは……なんとなく……想像できます」
「でしょ? 声もなんていうか、今も俺と比べりゃ高めだけど、声変わり前は、透き通った綺麗な声でね」
「……なるほど」
「ま、だからマリー様があいつを女だと思っても、別にそんな恥ずかしく思う必要ないですよ。あいつ、マリー様の前じゃ、髪も下ろして服も女みたいでしょ。俺があいつと会った時は、髪ももっと短かったし、ちゃんと男の子のかっこしてたんですよ。マリー様が恥ずかしいんなら、俺は今頃恥ずかしさで死んでますよ」
……そうか。
やっぱりこの人は大人だ。
子供のために、自分を笑い者にできる人だ。
敵わないなぁ……
「ありがとうございます」
「あ、これ本当にナイショにしといてくださいよ? 初めて人に話したんすから」
「はい。墓場まで持っていきます」
「んな大袈裟な」
そう言って吹き出してから、ん? と言った顔をした。
そうだ、それさっき私が言ったセリフだ。
二人で顔を見合わせて笑い出す。
本当に。この人は良い人だ。
この人だけじゃなくて。この世界で生きてきて、悪い人なんていなかった。私の知る範囲には。
「ああ、そうだ。特にアイザックには秘密ですよ? あいつ、女扱いされると毛を逆立てた猫みたいに怒るんです」
「わかります」
私も、女性であることの権利を守られず、義務ばかり要求してくる日前の家族には腹を立てていた。
子供扱いも同じだ。子供として守られることもなく、あんな真似までしたくせに、私が反抗すれば子供のくせにと、親に向かってなんだその口の利き方はと、怒鳴られてばかりだった。
「あれ、あいつ大事なお嬢様に怒ったことあるんですか?」
大事なお嬢様?
「俺、あいつがマリー様を怒ってるところ見たことないですけど、怒られたことあるんすか?」
あ、そうか、しまった。話の流れからしたら当然そうなる。つい、女扱いに怒る気持ちに同意してしまった。
「いえ、あの……先生はいつも優しいです。怒られたりは……したことなくて……先生は関係なくて、……昔、私も、その……本意じゃない扱いを受けたときに、すごく嫌な気持ちになったから」
「あ~……なぁる。ん~、じゃあやっぱ俺も、この秘密は墓場まで持っていきますよ。以後、あいつへの態度も改めます」
しまった、なんかこの人責めてるみたいになっちゃった!?
「いえ、……あの、きっと……なんとなく、ですけど、先生はあなたのことを友人だと仰ってました。それに、あなたは良い人です。きっと……そこにあるのが、嫌がらせではないとわかっていて……多分、他の人からされたら嫌で我慢できなくても、あなたからされるのは、気持ちが違うから、あなたにだけは違うと思います」
そこにある気持ちが、侮蔑なのか、そうでないか。同じことでも、される相手によって感じ方は違う。尊敬や親しみや、好意と、興味や好奇心、あるいはからかいや蔑み。
同じ「怒られた」でも、両親による社会での鬱憤晴らしみたいな要は八つ当たりと、まともだった祖父による、本当に危ないことをした時の教育とでは、感じ方が全然違ったから。
多分、優しいこの人がする女扱いは、先生をおとこおんなとか言って囃し立てたり、変な渾名を付けてからかうことじゃないだろう。
女性にするような褒め言葉を言うとか、エスコートの真似事をするとか、そんなところだと思う。
きっとそれは友人同士のふざけあいであって、先生だって急になくなったら不思議に思うかもしれない。ともすれば、何と無く寂しいと思うかもしれない。原因が私との会話にあるとしたら、想像するだけで恐ろしいと言うか泣けてくると言うか。
急によそよそしくされる寂しさっていうのは、なかなか辛いものがある。
だから否定の言葉を重ねた、んだけど、考えながら喋ってるせいで下を向いてしまっていた。気づいて顔をあげると、護衛その2は赤い顔で横を向いていた。
……?
つられてそっちを見るが、誰もいない。
あるのは豪華な内装だ。
特段、見なきゃならないものもなさそうだけど?
腕組みして、片手で顔を押さえている護衛その2に、首をかしげる。
しばらくすると、護衛その2が顔は横を向いたまま、目だけこっちを向いた。
「あのですね、マリー様」
「はい?」
「誤解してるかもしれないんで一応言っときますけど。俺の初恋はあいつが男だってわかった時点で終わってるんで」
……それはそうだろうなと思ってたけど、そうか。それなら、ずっと苦しいままじゃないなら良かった。
「あと。……あんまり破壊力ある台詞を言わんでください」
「……すみません。先生の気持ちは先生しかわからないですよね。勝手に」
「いやそう言う意味じゃなくて」




