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私と殿下のお茶会について。

「……私は、人見知りです」

「今日の挨拶はちゃんとこなしてたじゃないか」

 接客業経験者ですから。

 というわけにもいかないので、日本人の特技、笑って誤魔化せ発動。

「……初対面の方とは、それなりに。何を話せばいいのか、大体決まってますから」

 護衛その2が身じろぎしたのが見えたので、顔を上げると、なんとも言えない顔をしていた。

 あ、うそごめん。そうだ私、この人と初対面の時、先生とのツーショットが強烈過ぎてパニック起こした。泣いて嫌がったわそう言えば。

「……ごめんなさい」

 思わず謝罪を口にすると、二度目に会ったときみたいな顔で笑われた。

「何を謝る?」

「あ、いえ……」

 殿下が不思議そうな顔をした。そらそうだ。

「……その……特定の条件下で、当たり障りなく対応することができる、というだけで……今日はきっと、ぐったり疲れて、家に帰ったらお風呂に入るのもちょっと面倒になってしまいます。入りますけど」

 一応付け足した。そこまで不潔じゃない。今は。大丈夫。日前でMAX精神的にやばい状態の時は、お風呂入らずシャワーも浴びず状態の時が時折あったけど。翌朝ちゃんと早起きしてお風呂入ったし。色々ありすぎた時も、レンチンしたホットタオルで体拭くくらいはやってた。

 が、陛下の顔が真っ赤になった。やばい、なんか怒らせたぞ。

「殿下。発言の許可を。怒ったと勘違いされてそうです。いいですね?」

「いいよやだけど」

 どっち? とも突っ込まず、護衛その2は朗らかに言い放った。

「マリー様。殿下も年頃なんで、お風呂とか言われると想像しちゃうんですよ」

 殿下から文字化しずらい声が発された。

 ……ああ、そうか。私、お母様似だから一応美少女の範疇なんだった。

「……すみません」

「いやぁ、謝るこたないですが、お風呂と着替えはNGワードでお願いします。あと寝室とパジャマ」

「パジャマ」

 この世界観になんとも違和感のある単語に、思わず鸚鵡返しすれば、なるほど殿下がまた奇っ怪な声を上げる。

「お嬢様、殿下がお茶会を中座しなきゃならなくなるんでその辺で」

 ――あ、ああ、……えーとこれ、下ネタね?

 幸い、この程度の下ネタならいきなり吐きそうになったりはしない。


 ……と言うか、そう、基本嫌いなんだけど、とある漫画家さんの漫画だけは平気だったんだよな。

 私は下ネタというか、……そういう話全般苦手で、社会に出てからは幸い人に恵まれていたから、私にその手の話を振る人はいなかった。 

 苦手だと自分から言ったことはなかったけれど、まともな大人の人たちは察してくれていたらしい。飲み会とかでも、その手の話が好きな人が出る時は、私を呼ばないようにしてくれていた。

 だから、私が好きな漫画を挙げた時には意外だと言われた。

 一般常識的な下ネタはほぼあの漫画で覚えた。

 ……同じ少年漫画雑誌の他の作者のエロよりの漫画は受け付けなかったから、多分、程度の問題というよりは、その漫画家さんの……やっぱり多分、どこか人間性って滲み出るんだろう。相反するようだけど、ちちしりふとももー! とか言ってるような類の漫画なのに、女性崇拝が根底にあるように見えた。

 今でも印象に残ってるシーンがある。「女が本気出した男に敵うと思うかー!」みたいなセリフで一瞬私のトラウマスイッチが入りかけて、裏切られたような思いまでしたのだ。昔の漫画って欄外(?)に、たまに作者さんが手書きで文字を入れてたりするんだけど、キャラはこう言ってるけど私(作者)はこう思ってますよ、みたいなことを。それを通して、私は多分、この漫画家さんに親しみを覚えてたんだと思う。だからその台詞がこの漫画にあるのが何倍もショックだったんだけど、その次のコマで。

「アンタが本気出した私に敵うと思うの!?」って、さっきの台詞言った高校生を蹴り飛ばすシーンがあってね。ぶっ飛ばされたその高校生を見た時に、一瞬で浄化されたんだよね……。一生ついていきます! 的に思った。

 多分、私がハマったラノベの主人公が、可愛いんだけど何より、誰よりも強いっていう特徴を持ってるのは、きっとあの漫画の影響だと思う。

 だいたい私が好きになるキャラクターって、髪が長くて気が強くてとんでもなく強いっていう共通点がある。

 多分、私の、サラサラロングヘアへの憧れの原点も同じなんだろうな……

 上品とはお世辞にも言えないだろうけれど、それでも私にとってはあの漫画は下品とは言えなかった。

 きっと、あの漫画のおかげで、私は私の家族が異常だと知ることができた。

 普通の男性は、そりゃ頭の中ではそういうことを考えてはいるが、そのまま行動に移したりしない。

 うまく言語化できないけれど、女性というものに対して、ひいては母親というものに対しての尊敬のようなものが根底にあるのだろうから。

 それを、私は信じることができたから、男性恐怖症にならずに済んだのだろう。

 なんの差し支えもないと言ったら嘘になる。触られるのはぞっとしないが、それでも当たり障りなく接することができていたのだ。仕事に支障が出ない範囲で。

 不思議なことに、あの漫画家さんの漫画はどれも、私のネガティブスイッチを刺激しなかった。ロリコン呼ばわりされるキャラがいるようなシリーズもあったのだけれど、あれも平気だった。少女漫画のそう言った類のは受け付けなかったけれど、普通に笑って読むことができたのは、きっと子供が報われて救われるエピソードがたくさん鏤められていたからだ。

 親の愛情に飢えていた私にとって、泣いてしまうような幸せなエピソードがちょいちょい挟まっていた。安心して読める漫画だった。



 懐かしい思い出を連れてきたその科白に、私はむしろちょっと笑っていたと言っても良い。

 だけど、殿下は何を思ったか、ティーカップを持ち上げた。


 私の追憶は時間にすれば1秒にも満たなかったろう。あっという間に溢れ出した懐かしさに浸っていた内面と違って、外側の世界ではとんでもないことが起こっていた。


 え、うそ、うそでしょ、まさか。


 と思った瞬間には、体が動いてた。

「ばっ!?」

 護衛その2の変な声と、目の前で真っ青になる殿下。綺麗な紅の水色で淹れられた美味しそうな熱そうな紅茶が、ティーカップから溢れてこっちへ向かって――

「いっ……てて。……はーぁ、お嬢様、濡れませんでした?」

 ――一瞬後、顔から被ってるはずの紅茶には一滴も濡れず、芝生に倒れ込んだ護衛のお腹の上で、脇の下に腕をぐるっと回されて抱えられていた。

 途端に過ぎる嫌悪感に、思わず飛び退いた。

「あ」と護衛その2。

「ご、ごめんなさい」と謝ったのが私。

「ごめん!」と叫んだのが殿下。

 ……えーと。

「しまった。俺、減俸ですか? いやくび?」

「なんでそんな話に!?」

「マリー様のお体に触れていいのは、先生と護衛かっこ女かっこ閉じる、とメイドだけって決まってるんです」

「な……」

 唖然とする殿下。その顔は、信じられない、といった様子で私に向けられる。

 あれ、もしかして、これフラグ? 死亡フラグ?

「……助けてもらったのにごめんなさい。馘にはしません。減俸もしません。私は何も言いませんから。……護衛を……置いてきた護衛も、きっと自分を責める。そんなことさせない。殿下。お願いです。私が許せないなら婚約破棄でもなんでもしてください。でも理由はぼかしてください。私が殿下にお茶ぶっかけたとかでも構いませんから。この人が私に触ったことは内密でお願いします」

「……待て。……聞きたいことが、多すぎる。……整理するから、座って。ユニウス。ごめん。本当にごめん。……陛下には黙ってて。廃嫡される」

「じゃあ俺がお嬢様に触ったのも黙っててくださいね? 公爵に社会的に抹殺されます」

 二人は握手を交わした。

 ……この世界にも、握手の文化はあるんだ。

 でもあれだな、ここはどっちかっていうと指切りの方が合いそうだど、指切りの文化はないのか。



 殿下は座ってと言ったけれど、王宮の使用人たちとしては、それは許せなかったらしく。

 現在私たちは、別の庭に座り直していた。

 と言っても、王宮の庭であることは変わりない。結構移動したけれど、先ほどまでと同じように、日当たりも良く眺めも良い場所にテーブルと椅子が設置されている。テーブルと椅子の意匠や、そこから見える景色は異なるけれど。

「……まず聞かせて欲しいのは……」

 さっきの、触る人限定ルールですよね。そりゃ気になりますよね。

「異性として――いや、賢者殿と結婚したいと考えているのか?」

「――は?」

「お前と公爵は」

 お父様が?

「公爵はお前の結婚相手に賢者殿を、と考えているのか?」

「……私の婚約者は殿下なのでは?」

 殿下の顔が赤くなった。また怒らせた。なんで。いやだって、私だって私みたいな性格悪すぎるのと婚約ってのはすごい嫌だとは思うけど、だけど婚約者に指名してるのあなたですよね!? 理不尽!

「じ……ぶんの立場くらい、弁えている! 相手の意見を聞きたいと言っても、阿るようなことしか言ってもらえないことは!」

 殿下って歳の割に難しい単語知ってるなぁ。日前の大学生なんて、いや私と同学科の子なんて、嗜める、という言葉の意味すら知らなかったのに。みんな、嗜みの意味しか知らずに、私の言葉遣いが間違ってると全員で決めてかかってきたからね。心の中で辞書ひけやと思ったけど、講義中のディスカッション中だったから、もうバカみたいに「あ、そうですね、間違えちゃったーあははは」と言ってやり過ごしたけど、ほんとにあれは、ちょっと腹が立った。大学生になれば、普通に喋れると思っていたけど、結局平易な言い方を考えて喋らなければならないのは変わらなかった。

「……どうせ無駄だとしても、聞いておきたかった」

 深呼吸するように吐き出された言葉に、頭良いと苦労するよね……としんみりした。

 阿るのは、あとあと面倒だからだ。言い争うのも無駄だとわかっているから。私は阿る方だったけど、そうされる方も、苦しいものがあるのだろう。意図が透けて見えれば。

「殿下。男に二言はありませんか? 私が本音をお話ししても、誰も咎めないとお約束くださるなら、本音をお話しします」

 伝わるかな、と思いつつ微笑んで言うと、殿下はちょっと驚いたような顔をした後で、ムッとしつつ頷いた。

「……私は誰かと結婚したいと考えたことはありません」

 多分これからもない。幸せな家庭というのは私にとっては絵空事だった。恋心を一回も抱いたことがないとは言わないが、それイコール結婚したいとは、決して思わなかった。お嫁さんになりたいという小さな女の子の定番の夢も、一度も思ったことはなかった。

「私は先生を慕ってはいますが、恋慕ではありません。……おそらくご理解いただけないと思いますが」

 殿下が強く息を吸ったので言葉を止める。でも結局、殿下は何も言わなかったので、言葉を続ける。

「……私は先生を、……お恥ずかしい限りなのですが、かなり長い間、女性と勘違いしておりました」

 ぶっ、と吹き出したのは、殿下じゃなくて護衛その2だ。いやうん、良いよ笑って。

 殿下、ここ笑うところですよ。口ぱかっと開けてないで、笑ってください。

「……私は兄弟がおりませんでしたし、今は義弟がいるとはいえ、兄姉はおりません。先生は私にとってはその……歳の離れた、優しいお姉様のような存在でした」

 本当は母親のようなイメージだったけど、流石にお母さんのような存在とは言えないので姉にした。

「……私は、皮膚の接触過敏、という生まれつきの特質を持っています。誰であろうと、体に触れられるのは、……そうですね、……殿下は、硝子を爪で引っ掻くと、どんな音がするかご存知ですか?」

「いや……」

「失礼しますよ。お嬢様、どうぞ」

 護衛その2が差し出してきたのは、耳栓だ。この世界、耳栓もあるの?

「あ、お付きの人たちもどうぞ。メイドは下がって」

 どんな音がするか知っているだろうメイドたちが、下がる許可を次々と求めてくる。

 殿下は怪訝そうに許可を出す。

 護衛その2以外の護衛と、殿下の付き人たちはわらわらと耳栓に殺到した。

「預かってきたんですよ。殿下がお嬢様に、もし何か言うことがあればと。俺から説明するつもりでしたが、お嬢様がしてくれたんで」

 と言って、多分怪我しないためだろう。木枠が嵌められた10センチ四方のガラス板を取り出す。

 ……まじか……

 私も耳栓を片耳に入れる。

「じゃあ行きますよ~。殿下、一応手で耳塞いどいてください」

「耳をふさぐ?」

「手でこうやるんです。こう」

 耳を塞ぐは知らんのかい。

 さすがロイヤルプリンス。

「あなた人より耳が良いでしょう。こちらへ」

「お、良いんすか? じゃ、任せました」

 護衛その2の手から、セキュリティソフトっぽい名前の人へと、ガラス板が渡される。

「お覚悟を」

 芝居掛かった口調に思わず笑ってしまった。

 片方の耳には耳栓を入れるふりをして、手で塞ぐ。

 人前で五感を断つのは抵抗感がある。

 これぞ耳障りと言う音がして、殿下の悲鳴が出る直前、殿下のおつきの人が殿下の口を塞いだ。

 あわや一大事になってしまうところだ。まさにファインプレー。

 ガラス片はそんなに大きくなかったので、音もすぐに止んだ。

 耳栓を外して(片方は外すふりをして)軽くハンカチで拭って返却する。

「殿下。失礼しました。……大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないだろ」

 よほど初めて耳にする音が堪え難かったらしく、声に覇気がない。

「申し訳ありません。……ですが、私にとって、人に触られるというのは、あの音を耳にするのと同程度の苦痛なのです」

「……それは……苦痛だな」

「はい。お父様は、私に我慢するようにとは言いませんでした」

「あれは……我慢とかできる類のものだとは思えない」

「それを知っていたのだと思います。あるいはただ一人娘に甘かったのかもしれませんが、おかげで私は、あまり人と接することなく過ごしてきました。ですが、……婚約者ができれば、ダンスは避けて通れません」

 そこで殿下がハッとした顔をして、顔を顰めた。

 私は微笑んだ。 

「……先生は、私の特質が認知機能の障害によるものだと教えてくださいました。日常生活に支障がない範囲に、苦痛を和らげる訓練をしてくださっています。……ですので、私もお父様も、先生と私の結婚を望んでいるわけではありません。ご理解いただけますか」

「わかった。……だけど、そういうことは、先に言え」

「申し訳ありませんでした。……本当に……私は、……至らぬところが多い人間です。怒られるのが怖くて、……言い出せませんでした」

「怒っ……たりは、しない」

 まさしく怒鳴ろうとしている自分に気づいたのか、後半は小さく言う殿下に、少し笑った。

「はい。……今日、殿下は『任せろ』と仰いました。……私は、恥をかかせる気かと、怒られると思っていたのです。でも、殿下が『失敗してもカバーしてみせる』とおっしゃってくださったので、勘違いに気付きました。……これからは、苦手なことは正直に申告します。克服する努力はします。でも及ばなかった時は……ありがとうございました。あの言葉は本当に嬉しかったです」

 もう一度お礼を言って頭を下げる。


 正直に言えば、私の接触過敏は噓から出たまことだ。堪え難いのは昔の情景のフラッシュバックで、それはずっと付き纏ってくる。

 だけど全部をありのままに話せば良いわけじゃないことは日前で覚えた。

 社交辞令の定型文。大丈夫かと聞かれたら、「なんとか」か「大丈夫です」以外答えてはいけないのだ。

 私はそこが長いことわからなかった。


「……私の特質が殿下の婚約者として不適当なのは承知しております。……お父様は……父は、陛下に奏上しなかったのでしょうか」

「知らん」

 だよね。家帰って聞けって思うよね。

「陛下からお前のその特質については何も聞いてない。ただ公爵が陛下に言わなかったのか、陛下が自分の胸一つで収めたのかは判断がつかない。確認して藪蛇になるのも困る」

「藪蛇」

 殿下の口から出ると思わなかった単語に思わず繰り返すと、殿下は私が意味を取り損ねたと思ったらしい。

「陛下が知らなかったとして、その特質を不適当だと陛下も判断したら、下手をすれば王家との婚約に不都合な事実を隠匿したとされる可能性まである」

 ……あれ、これフラグ? しかも一番やっちゃダメなやつ? お家断絶の危機? やっぱり言うべきじゃなかった!

 いつも間違うんだよいっつも! 大事な時に私の判断いっつも間違いなんだよ!!

 話すんならお披露目の前にするべきだった!

「だからこの件は――」

「……私が遺書書いて自殺したら、家族はお咎めなしにしてもらえますか?」

 一瞬、屋外ということを忘れるほどの静寂が訪れる。

「……にを馬鹿なことを!!」

 ……やっぱダメか。

「じゃあ修道院に入ります。私が殿下にお茶をぶっかけたとか理由は適当にしてもらって、義弟にはものすごく……バカな姉がいたという汚名を着せますけど」

 いいや別に。義弟だし。

 という悪役にもほどがある思いが浮かぶ。ただ両親の立場と、もしかしたら解雇しなきゃならないかもしれない使用人のことを思うと……。

「なんで王子の婚約者が修道院に入るんだ!? 孤児院を慰問ならともかく!?」

「いえ、あの、……婚約を破棄した後で」

 自殺もダメ、修道院もダメとなると、投獄のち処刑か……またループか……いやでも、今までと違ってヒロインに会う前だから、もしかしたらループ抜けるかも……やっと終われる……

「誰がするか!」

 ――えー……

「おい。なんで残念そうな顔をするんだ。お前、本当はやっぱり賢者殿が好きだから婚約破棄したいんじゃないだろうな!?」

 ……すげえ悪女だなそれ。

 でも、恋愛に関して、そんな風にありとあらゆる手を尽くす女性は尊敬する。私の持っていないものだ。小説や漫画でも、彼女たちは頭がいい。人がどう判断するか、彼女たち自身の見た目が見る人たちにどう働きかけるか熟知している振る舞いは、それも一つの強さと賢さだと思う。それに何より、理由が好きな人を手に入れるためという前向きさ。

「なんとか言え!」

「ストーップ! 殿下、ちょっと落ち着きましょう」

 護衛その2が割って入った。

「……」

「そうそう。お嬢様は殿下と婚約破棄できなくて残念そうな顔したわけじゃなくて、隠匿した罪で公爵夫妻が裁かれるのが嫌だからそういう顔になったんです。お嬢様は殿下ほどじゃないですけど、一応立場もありますから、付随する責任とか諸々考えてるわけです。だからほら、殿下もその辺考えましょう。でないと恋愛しか頭にない色ボケ男と思われちゃいますよ?」

 言い過ぎだから!?

 後思ってないから!

 サーっと手足が冷たくなっていく。

 流石に不敬罪にも程がある物言いだ。

 だと思ったのに、あろうことか、セキュリティソフトが吹き出した。

「……ちょっと」

 と言ったのは殿下だった。顔赤い。

「失礼、言い得て妙だと思いまして」

「……主人が貶されてるのに笑う?」

「殿下が公爵令嬢におかけになった言葉の数々を思い出せば、私が笑う程度は許されるかと思いますが。それに反論のしようもありません」

「……最初はあんなこと言うつもりじゃなかったんだ。それを……」

「殿下」

「わかってるよ。人のせいにする場合はその命を奪う可能性も視野に入れろって言うんでしょ。わかってる。しない」

 セキュリティソフトが(って長いな良いやセキュアにしよう)したりと頷いて一歩下がった。

 殿下は気まずそうな顔をして私に頭を下げた。

「……ごめん。こちらこそ不適当な発言だった」

「……いいえ」

「……なに?」

 は?

「違いますよ殿下。今の『いいえ』は『不適当な発言』にかかってるんじゃなくて、殿下の謝罪に対して謝らないでくださいって意味ですよ。殿下のお立場とか考えて。もしくは『謝るほどのことではありませんよ、私は気分を害してはいません』って意味です。ですよねマリー様?」

「え、あ、はい。そうです」

 ってかそっちで取るの!? なんで!? 意味がわからない!

「そ、そうか。……すまない。その……元々言いたかったのは……誰も咎めないと約束した。だからこの話は、この話というのは、君の特質のことだ。君の特質については、ここで握り潰す」

 ……えーと……?

「誰も咎められないように、陛下の耳には入れない。別に、婚約者に向かない特質があったとしても、婚約者になれないという決まりはない」

 いやあるのでは?

「王族に産まれた人間が先天性の障害を持っていたとして、王になるのは流石に難しいが、王族でいられないわけじゃない」

 ……まぁ、血が濃いと、劣性遺伝子が発現しやすくなる。この国がそうなのかは知らないが、ないとは言えない。習った範囲にはなかったけれど。

「ただ、伏せられることは多い。ああ、伏せるというのは、障害についてだ。いくら伏せたところで漏れ聞こえるものもあるが、だからと言って、王族は王族のままだ。だから君の特質を王子権限で握り潰したって問題ない」

 超理論。

「もちろん、配慮はする。公式の場でどうしても必要な時以外は、君に触れない。他の人にも遠慮してもらう。君の護衛に、女性をつける。……その、置いてきた護衛、という者も、君が望むなら城に入れるよう手配する」

「……ありがとうございます。……私には愛も恋もよくわかりませんが、殿下にいずれ愛する女性ができたなら、私の特質を理由に私との婚約を解消してください。私の特質が引き換えなら、相殺されて美談は無理でも醜聞にはならないように思うのです」

「――だから破棄はしないって言ってるだろ!? それと! 婚約は陛下のご意思でもある! お前が誰かを好きになっても、絶対に無効にならない。諦めるんだな!」

 堪りかねたように殿下が叫ぶ。なんとなく、最後の方は悪役の台詞みたいになってる気がするけど。

 二言はありませんね、とか言っちゃったからかもしれない。


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