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私と殿下のお茶会(序章)について。

 式が終わっても、お父様はまだ仕事がある。一緒に帰るとかはできない。

 お母様とは控え室を別にされてしまった。私の数多ある欠点のうちの一つ、ギャグ漫画並み方向音痴のせいで、この控え室から帰るには、誰かに迎えにきてもらうしかない。

 お母様早く来て。ってかあんなに一人が好きだったのに、知らんところに放置されると途端に居心地が悪い。

 王宮では城勤めのメイドが着くからと、家からは連れて来れなかった。護衛も、騎士が付き添った迎えの馬車が来たから、馬車に乗るまでだった。

 ただ、護衛その2は騎士団所属ということで、そのまま同道した。とはいえ、城のメイドが下がっている今、護衛その2も部屋の中にいるわけにはいかない。

 必然、私はやたら広くて冷たい感じのする城の一部屋でひとりぼっちだ。

 大きな窓があるというのに、どこか息苦しい。

 

 誰でも良いから早く――

「おい」


 ――前言撤回。

 殿下の顔は今は見たくなかったなぁなんかもうお腹いっぱいで……

 殿下の言葉遣いは元に戻ってしまった。

 お付きの人が、ちょっと顔を顰めている。

 良いですよ気にしませんよ、このくらいの歳の子は、無駄に粗野なものに憧れたりしますしね。

 既に筋肉痛になりかかっている表情筋を更に酷使して、なんとか笑顔を作る。

「……殿下。ありがとうございました。本日はお疲れ様でございました」

「なんだそれは。ババくさい」

 ……いやほんとにね? そうだね? つい昔の口癖が出た。いやなんかこの表情筋の疲れ方が、接客業時代を思い出してね? それが今の口調と合体して我ながら変な言葉になったけれども。

 殿下のお付きの人の顔がもうえらいことになっている。

「失礼いたします。『こちらこそ、今日はありがとう。君といられたから疲れてはいないけれど、君の方が心配だ。慣れないことばかりで疲れたろう。お茶を用意させるから、少し休んでいって欲しい。君さえよければ、泊まっていってくれても構わない』と、殿下は仰せです」


 ――良くありません! お家帰してええええええええええええ!!


 日前でも乙前でも針の筵状態だった家は、今の私にとっては真綿の揺りかごだ。

 寝るんなら絶対家が良い。ひとり、どうしても好きに慣れない人間はいるが、護衛が絶対に部屋には入れないでくれるから、安心して眠れる。

「……お気持ちだけで充分です」

 震える声でそう告げれば、殿下が寂しそうな顔になった。

「……お茶は……いただきます」

「別に、帰りたいなら勝手に」

「『ありがとう。外でお茶にしないか? 今日は天気が良いのに、ずっと室内だった』と殿下が仰せです」

 えーと……

 殿下の方を見やれば、お付きの人に怒るでもなく、こっちを見ている。

 ……なんだろ、代弁なの? 本当に?

 どう空気を読めば正解?

 頭がぐるぐるして、掌が冷や汗で湿り始めた頃。

「失礼します」

 聞き覚えのある声がした。

 護衛その2だ。

「殿下。春の庭の安全確認が終わったそうですよ。マリー様をお連れになりますか?」

 ……あ、なるほど?

 ほんとに代弁なんだ? 予めお茶にするつもりで、警備配置とかしてたのね? てことは、これ断ったら鬼だわ。

「……まだ返事がない」

「あ、いえ、えっと、」

 え、なんていうの? ご一緒します? いただきます? 行きます? 参りますか?

 焦っていると、護衛その2が片目を瞑った。

 え?

「お嬢様は紅茶が好きなんですよ。王家が飲んでる茶葉には興味あると思いますよ? それから花も好きで。でもそんなこと言うとはしたないと思われるかと思って、我慢してんでしょ? あ、あと、公爵夫人はお支度がまだお済みでないので、しばらくお時間をいただきたいと。意味わかりますよね、殿下?」

 ちょっと呆気にとられたような様子の殿下は、それでもハッとした様子で頷いた。



「……なんだ。聞きたいことがあるならさっさと言え」

「え」

「普段見向きもしないくせに、こっちをじっと見て、気持ち悪い」

 ぱしん、と音がして振り向くと、護衛その2が自分の顔を手で覆っていた。

「失礼しま」

「あーノートンさん。俺に言わせて」

 ――今有名なセキュリティソフトの名前言わなかった?

「どうぞ」

「殿下。そう言う時は、『照れる』って言うんです」

 殿下は瞬く間に真っ赤になった。

 


「……あの、先生は、あ、いえ、あの……アイザック先生は、賢者殿、と呼ばれているんですか?」

「……そんなことも知らないのか」

「……申し訳ありません」

「さっさとここに来て勉強したらどうだ」

 ……そう、なるのか。

 私の基本行動理念はザ・先送りである。

 好きなことも嫌なことも後回しだ。

 嫌なことを後回しにし続けて来たから自殺しなかったとも言えるし、なんの根拠もない「あしたはきっと良くなる」を信じられたとも言える。

 ……本当のところは、ただ単に痛いのが嫌で自殺しなかったのだし、信じていたと言うよりは「私の人生どうせこんなもん」と言う諦めの方が強かったのだが。

 ごめんちょっとカッコつけてみたけど決まらなかった。

 やっぱ護衛その2みたいな、ポジティブ言い換えは私には難しいらしい。

「そんなに嫌なら別に良い」

 あれ、顔に出てたか。いやでも、実際「気持ち悪い」とか言って来た相手と顔を合わせる機会がありそうな場所に好き好んで出向く女の子いないでしょ……。

 いや私は結構言われ慣れてる……とは言え、それでも全く傷つかないわけでもないし、より出向きたくなくなった。まぁ、憧れの人の見た目で、憧れの人とかけ離れた表情を浮かべられるのは、気持ちの良いもんじゃないだろうし、仕方のないことだ。

「賢者殿は、象牙の塔の第一位に贈られる称号だ。……象牙の塔はわかるか?」

「はい」

 いわゆる研究機関だ。先生の授業で教わった。多分、日本でいう大学や、大学院と、国立研究所を一まとめにしたみたいな立ち位置だと思う。子供にもわかりやすいように、だいぶふわっとした説明だったけれど。多分、年齢が上がればもうちょっと詳しいことを教えてくれたはずだが、象牙の塔に関しては記憶が曖昧で乙前で習った内容が思い出せない。

 確か、ありとあらゆる分野の、普通より秀でた人たちを集めた所。ただし、武芸は除く。武芸に秀でたら騎士団に入るからだ。ただ、実戦向きじゃない人は、象牙の塔に入ったりもするらしい。だからケースバイケースで、例外はもちろんある。

 私にとって「象牙の塔」というと、国語辞典に載っている意味よりも、小学生時代に読んでいた小説の某金貸し魔術士が幼少期を過ごした所のイメージが強い。でももちろんこの世界には高級コーヒー豆みたいな名前の男の子も多分いないし、暇が全然なくなっちゃうみたいな大陸名も多分ない。

「第一位はわかるか?」

 ……多分一番偉い人じゃなかろうか。そう思って、首を斜めに振る。

「訳あって第一位でありながら客員だと聞いている」

 客員て概念、この世界でもあるのか。でも先生は結構長時間、家庭教師として拘束されてるから、どっちかっていうと名誉教授みたいなもんだろうか。……あれ? 先生って何歳?

「……が、まさか君の『先生』をしていたとは知らなかった」

 なぜか殿下は、私の方ではなく、護衛その2の方を若干険しい顔で見つめた。

 気づいているのかいないのか、護衛その2は素知らぬ様子で歩いている。

「君は前に会った時に、先生は義弟の方を好いていると言っていたが」

「……ええ、そんな話も、しましたね」

 あれは、半分くらいは、先生に変な噂が立ってはと思って言ったのだ。

「……君は先生に好かれていると思う。義弟以上に」

「……殿下は、先生が義弟と接しているのをご覧になってはいないのでは?」

「見なくてもそのくらいわかる」

 エスパーかよ。

「……だけど、家庭教師から外した方がいいというのは変わらない」

「……やはり、賢者殿、を、家庭教師にするのは、良くない、のでしょうか。国として歓迎できない、と?」

 人材の無駄遣いということだろうか。先生の本職、いや本領がどこにあるのか私は知らないが、家庭教師として先生の時間を無駄に浪費させるのは勿体無いということだろう。

 まぁそれもそうか。私は結局研究者になれるようなタイプの人間じゃないし、何かに秀でた所もない人間だ。模倣はそこそこできるが、突出した才能はないし、模倣も難しい分野も多い。

 日本は教育にお金をかける国だったけれど……

「王子としてだけ喋るわけじゃない。その……そのくらい察しろ!」

「……申し訳ありません」

 いや、無理。人の空気読むの難しいし散々やっても間違えるし空気読んでやったらずっと勘違いしてやがるバカどもも多かったからごめん無理。

 それをめっちゃ要求されるだろう殿下の妃も無理。

 心の中で無理無理言っていると、護衛その2の噛み殺し損ねた笑い声が聞こえた。

 ……前から思っていたのだが。

 護衛その2は、割合身分が上なんだろうか。なんというか、殿下に対して割と気安いような気がする。

 殿下も笑われたことに気づいたのだろう。途端に気まずそうな顔になった。子供っぽい表情だ。

「……殿下。私のことを少しだけ話しても構いませんか」

 殿下はびっくりしたような顔でこちらを振り向いた。

 そうだよね。いつも喋るの君だもんね。ほぼお母様のことだけど。お母様が褒められるのは私も嬉しいからそれでよかったんだけど。

 任せろ、と言ってくれて嬉しかったんだ。だから、歩み寄りたいとは思ってる。それは婚約者としてではなくて、どうしても、清廉潔白なお母様とはかけ離れすぎてるぐちゃぐちゃの内面が表情に出てしまう私という人間が、どうしたら、殿下を不快にさせずに済むかを知りたいのだ。

 もちろん、死にたくないというのもあるし、純粋に、人が不快になることは、できるだけしたくないのだ。だって、それが私だもの。


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