おそらく一人目と二人目の攻略対象の邂逅(私を添えて)について。
「先生! っ、」
しまった。
驚きすぎて声をあげてしまった。いや、だって、先生は高位貴族じゃないからここには来ないはずじゃ……
先生は私が答えを間違えたときにいつも見せる「大丈夫ですよ」という笑顔で頷き、それから殿下に挨拶をした。
「私の可愛い教え子でもあるお嬢様を、どうぞよろしくお願い申し上げます」
かわ……
いや、うん、そう、この顔はお母様とお父様譲り。間違いない。
静まれ私。
「……賢者殿」
賢者殿? って、誰? え、先生賢者って呼ばれてるの? 何それファンタジー小説大好きッ子な心がときめく。
「付かぬ事を伺いますが、マルクス・ユニウスという男をご存知ですか」
「……ええ。友人です」
何か? みたいな口調の先生に、殿下が真横の私にかろうじて聞き取れるくらいの小声で「……物理的にやばい」と言った。
どういう意味? 先生と護衛その2が友人だとやばいの? なんで?
「殿下……?」
「いえ、失礼」
殿下はパッと笑顔を浮かべると、それから卒のない様子に戻った。
「……殿下。私も少し失礼をしてもよろしいでしょうか?」
殿下が不思議そうな顔になる。私も思わずそうなって、二人で顔を見合わせてしまった。
「お嬢様を少しお借りできますか?」
はい?
え、いえ、多分まだ他にも挨拶をしなきゃならない人がたくさん……
「お嬢様、お手を」
え、手?
言われて、両手を持ち上げる。
手の甲と手首を返して掌を見るが、特に何も変わった様子はない。
先生の方を向けば、先生は微笑んで、私の両手を取った。
……え。
「頑張りましたね」
……うわ、そうか、見られてたのか、ダンス。
多分、それもあるけど、ただ単に踊るということだけじゃなくて。
今更、手がちょっと震えてきた。
震えを止めるみたいに、少しだけいつもより強く、でも優しく手を握られる。
――キモチワルカッタ――
多分無意識に感じないようにしていたそれが。
「もう大丈夫ですよ。……ほら、消毒しました。ね?」
小声で、多分殿下に聞こえないようにだ、言ってくれたそれに、笑う。
聞かれたらだいぶやばい。冗談とはいえ殿下をバイキン扱いとか、マジでやばい。っていうか、昔バイキン扱いされる側だった私が笑えるわけがないのに、どういうわけか、笑えてしまった。
気休めみたいなものだとわかっているけど、確かに効果があった。
今日朝、出発する前に最後の練習として、一曲だけ先生と踊ってきた。その後にも先生はおまじないと言って、こうしてくれたのだ。
結界を張りました。だから大丈夫ですよ。
殿下との練習の前にも、いつも。
薄皮一枚、上に被せたようなイメージをして。
だからもう大丈夫。
手の震えも止まった。
「……はい。ありがとうございます」
「賢者殿」
殿下の声が少し不機嫌そうになっている。嫌だな、待たせたからか。先生は微笑んで、ゆっくり手を放した。
「失礼しました。婚約者様に、祝福を」
先生がそう言って、一歩下がる。
……こいつ。
え?
今殿下、「こいつ」って言いませんでした? 小声で。「こいつ」って。
殿下が「こいつ」なんていうの、私以外で聞いたことないんだけどな? 空耳? まさかもしかしてさっきのやりとり聞こえてた!?
「……祝福に感謝します、賢者殿」
お帰りはあちらです、みたいに聞こえたんだが。でも殿下に聞こえるような大きさじゃなかったと思うんだけどな。耳元で小声でだったし。とすると、あれ私、思ったより疲れてる?
……今日は帰ったら、とびきり甘い紅茶を淹れてもらおう。
黒糖か蜂蜜を。ロシアンティーみたいに、ジャムを添えるのでもいい。
護衛その1が笑った顔見たいなぁ。
滅多に見れないから、見れるとなんかラッキーな気がするし。
いやでも、それはみんなだ。お父様もお母様も、美形が笑うとほんと眼福だよね。
そうでなくても、人の幸せは幸せだ。
……早くうちに帰りたいな。




