* 五里霧中 6
評価ありがとうございます。嬉しかったので連続更新。
マリー様は結構変わったところが多い子供だが、俺の先入観のマセガキが間違いだったという証拠は山ほどある。
間近で見ていた護衛とメイドが射殺しそうな目であいつを睨んでるから何事かと思ったが、話を聞いて浮かんだのはいっそ哀れみ。
男女の違いってやつなのかもしれない。
多分二人は、純粋な接触――抱き上げたり膝に乗せたりに怒っていたんだろうが、俺はお嬢様の反応の方が気になった。
――まるっきり、親に対するそれじゃねーか。
あいつのお嬢様への好意は、俺からしてみれば報われないし、なんとかあいつが自覚する前に潰えてほしいと思ってはいた。
初恋もまだな親友だが、これだけの見た目と立場があれば、下から数えたほうが早い爵位も気にしないご令嬢は山ほどいるだろうし、遅咲きの初恋が叶う確率は高いと思っていたんだが。
お嬢様は殿下の婚約者。
それに両親にも使用人にも殿下にも、平等を絵に描いたようなお嬢様の態度が唯一豹変するのは義理の弟である坊ちゃんだけだ。殿下の態度と被る部分もあるし、十中八九、坊ちゃんが好きなんだろうなと思う。坊ちゃんは坊ちゃんでまた絵に描いたようなお姉ちゃん子。
あいつがどんなにお嬢様に懸想したって、報われる要素はこれっぽっちもない。
だから。
だから――これで良い、と何故か思えない。
自分でも不思議だった。
お嬢様があいつをこれっぽっちも意識してないことが、こればっかりは何故か笑えなかった。
変に気を持たせるよりよっぽどマシなはずだと言うのに。
腕の中で眠るお嬢様を見つめるあいつの嬉しそうな瞳がちらついて、俺はまた頭を掻いた。
信頼されて喜んでるとこ悪いけどさ。
普通は好きな相手に初めて抱き上げられたら、真っ赤になるし眠るどころじゃないんだよ。
いつもと変わらない顔色の、穏やかな寝顔に、恋を知った少女の艶は皆無だった。
それを小声で指摘すれば、あいつをお嬢様の寝室へ入れるのを最後まで躊躇っていたメイドもほろ苦く笑って、ドアを開け放った。
嫁入り前の令嬢の寝室へ、異性を入れるなんてのは普通あり得ない。お嬢様にはいないが、許される例外は従僕くらいで、本来なら護衛だってそこには立ち入らない。部屋の外で待機だ。
婚約者のお披露目会の日取りを決める頃になると、部屋の外で 寝ずの番もたまに任されるようになった。今までは信頼されていなかったからか、ルディと他の者が交代でしていた。二人一組。
お嬢様はあまり眠らない。メイドが就寝の支度をして退室した後も、こっそり起き出しているのを知ってる。
俺の耳はちょっとばかし人より良い。ドアを隔てていても会話なんて筒抜けだし、物音を拾うことだって簡単だ。
寝付けないなら勉強した方がいいとでも思っているのか、ベッドから降りて椅子を引いて明かりをつける音がする。
メイドは、顔を見なければ気づかないと前に話していたが、震える声で独り言を言ってるのも知ってる。明らかに泣いているとわかる声だ。
子煩悩な両親、誠心誠意尽くす使用人たち、婚約者は王子様。
傍目に見れば順風満帆な人生そのもの。
抑えきれないとでも言わんばかりの独り言は、それでも誰にも聞こえないように密やかに、その声が望むのはいつも決まって”終わり”だった。
本音を言う場所が必要だと、前に聞いた。
根っからの弱者だと思っていたお嬢様は、ある意味その通りで、ある意味まるで違った。
ここまで追い詰められている弱さと、相反するように努力をやめない、いっそ強情とも言える強さ。愚痴らしきものを聞いたのは、音楽の授業後のあの一回だけだ。
弱音を吐けばきっと、少しでも本音を漏らせばおそらく、多分この子の未来は変わる。
——もし本当に、メイドの子が思うように、マリー様が殿下よりもあいつを好きになることがあれば。
「抱き上げられて寝ちゃったんでしょ? あいつのことなんとも思ってないって証拠じゃないですか。そりゃあ嫌ってはいないんでしょうよ。でもね、好いてもいない。だって普通、好きな男にそうされて寝落ちします?」




