私の体質とどうしてこうなったな訓練(?)について。
感想ありがとうございました。嬉しかったので連続更新。ご指摘部分は追って修正いたしますね。
なかなか進まないダンスの練習と、迫り来る〆切もといお披露目会の日程に、ぐちゃっと潰された豆腐みたいな有様だった私、おそらく悪役令嬢と思われるマリー・アンです、こんにちは。
……正直、こうやって名乗るのも罪悪感がすごい。
私が読んできた小説に登場する悪役令嬢に比べ、私の性格は悪すぎる。
殿下が私に会いに来るのは、あわよくばお母様に会いたいからで、別に私を追い詰める意図なんてない。プレッシャーをかける意図なんてもちろんない。私が逃げ出さないように見張りにきてるわけでもない。
全部、私の思い込みだ。
私が、……胸を張れるくらい頑張ってないからだ。頑張るなんて口ばっかりで、実際に頑張ってるわけじゃないからだ。心の中では、本当は、……今回も逃げ出そうと思っているから。後ろめたいから、被害妄想っていういつものパターンで、……勝手に追い込まれて自滅した。なんでも人のせいにするいつもの欠点。
……昔本で読んだ謎知識で、……擽ったいと感じるかどうかは、相手に対する信頼次第っていうのがあった。
それがもし本当でフィクションでないのなら、ダンスの練習の代役は、義弟にさせれば良い。本人が立候補してたんだから、いやがりはしないだろ。
もしくは、殿下に直接お願いすれば良い。
私が、気持ち悪いのを我慢すれば良いだけだ。だけど私はそれをしたくない。
頑張ると言っておきながら、……全身搔きむしりたくなるような、あの酷い嫌悪感を我慢する気にはどうしてもなれなかった。
感触がいつまでも残っているようで気味が悪くて耐えられなくて、引っ掻いて噛んで叩いて、それでもどうやっても消えなくて。
蛇みたいに脱皮できたら良いのにと、何度思ったか知れない。
この世界で勝手に体を触られるのは、最後の断罪の場。あとはもう死ぬだけだから、それくらいなら我慢できる。
逆を言えば、そのくらいしか我慢できない。
……ってまたぐるぐる堂々巡りしてしまった。
もうできないことをいつまでも悩んでたってしょうがない。
この我慢はしなくて良い我慢だ。私がそう決めた。
我ながらクズだと思うが、護衛その2だって言ってたじゃないか。一等我慢できないことは我慢しなくて良いと。
殿下の婚約者という立場がしんどいと言ったけど、これとそれとどっちが嫌かなんて、比べるべくもない。
また人のせいにしてるけどね!
そうやって私が自己嫌悪のどん底に陥っている間、とりあえず殿下からのお咎めはもちろんなく、メイドも護衛もそのまま。
……私自身にも。
お詫びの手紙を出そうとはしたんだけれども、もう何を書けば良いのかすらわからない。
インプリンティングされた雛のように、というか、何とかの一つ覚えのように、先生に手紙で助けを求めた。
いっそ代筆してほしい。いや筆跡でバレるから、お手本書いてほしい。書き写すから。
なんて本音は当然書けないから、あらましを書いて、どうお詫びすれば正解なのかお伺いを立てた。
そうこうするうちに殿下から体調を気遣う手紙が来た。
それを読んで初めて知ったのだが、どうやら私は気の病にかかっていて面会謝絶なのだそうだ。
……いつも通りの日常を送る私と、もう一人別の私がどこかに存在するのだろうか。
ってそんなわけはない。
殿下の前で突然泣き出した私の言い訳に両親が編み出したのだろうけれど、王族に嘘を吐くってヤバいんじゃなかったっけ?
っていうかお披露目会はどうなるの? 気の病はいつまでに治る設定なの? ぶっちゃけ気の病なんてそれこそ日前からだし、あれ結局治らなかったよ!? 治療費高すぎて病院いけなくなったからね!?
もうキャパオーバーも良いところだ。
テンパった末に私は授業後に手紙を手渡しするという強硬手段に出た。
使用人にお願いするとその分時間がかかるし、状況が二転三転するしで焦っていた。もともと携帯電話を手に入れるよりも早くにパソコンを使っていた人間だし、家族と連絡を取るのが嫌でLINEも登録しなかった私は、日前の普通の人たちよりスマホがないことに不便を覚えなかったが、初めてスマホというか、即レスな連絡手段が欲しいと思った。
先生は驚いたみたいだったけど、すぐに微笑んで受け取ってくれた。
……その日の夜、夕食をとっているときに、ラブレターを提出物に紛れ込ませて先生に渡す女の子の一コマが唐突に脳裏に浮かんだ。
あー……日前で読んだ漫画だ……
両手にカトラリーを持っていなかったら、頭を抱えていたところだった。
思わず、護衛その2がいる方へ目を向けた。
ドアの前に立っていたが、目が合うと、ニコリと笑ってくれた。へらりと笑い返す。
——ええと、後ろ暗いから含みがあるように見えるだけで、いつも通りの笑顔だ……よ、ね……?
実際あれはラブレターでもなんでもなく、どっちかと言えばお悩み相談なわけだが……火のないところに煙を立ててどうする。
……また告げ口されたらどうしよう……
……気の病で婚約者と会うのを拒絶しておいて、先生にラブレター渡す女……最悪だ……
いやなんかマジで、そりゃ激情家だったらバッドエンド一直線な未来しか思い浮かばない。
あはは、は……私の選択っていつも間違ってんだよなぁ……
間違った行動でも、受取手が真っ当なら大抵なんとかなるのかもしれない。
だいぶ斜め上な展開になった私は、おなじみの現実逃避を始めた。
……あぁ、そうか。
なるほど。
普通は、こうやって習うのか。
私の一番古い勉強の記憶は、文字の書き取り。
卓袱台の向こう側に座る母が見張る前で、書き取り用ノートの文字を、鉛筆でなぞっている。
殿下からの罰で、義弟が私と勉強することになった期間は1週間。先生は日替わりで授業内容を変えた。初日はいわゆる算数だったが、今日はいわゆる国語だ。
義弟の数字が汚いことが気にかかったのかもしれない。
文字の書き取り。
先生は義弟の後ろに回って、義弟の右手を持って、ペンを握らせた。正しい持ち方で。そして、そのまま手を重ねて、ゆっくり文字を書く。
力加減も、運筆も、それならきっとわかりやすい。
日前の母はそうはしなかった。書き取りノートにイラスト付きで書かれている文字を、当時の私はすでに読めた。鉛筆の握り方の図説を私に読ませて、その通りに持てと言い、出来なかったら叩かれた。
日前の私の掌の、手首との境目には、いつまで経っても字が汚い私にヒステリーを起こした母が鉛筆を突き刺した跡が残っていた。結構深く刺さって、だけど夜も遅かったし病院にも当然連れて行ってはもらえなかったせいで、鉛筆の芯、黒鉛の色がそのまま残った。そのまま皮膚が再生してしまったから、まるで折れた鉛筆の芯が埋まっているような状態になってしまったのだ。
大人になっても消えなかった。
先生はそんな癇癪を起こしたりは当然しない。笑顔で一文字ずつ手を重ねて書いて、その後一人で書かせて、ハネがどうとかトメがどうとか指導している。
……私は勝手に人に触られるのはダメだから、きっとだから先生はこうやって義弟にするようには教えなかったんだろう。
私の字は昔からずっと変わらず雑なまま。
その理由がほんの少しわかったような気がして、私はこっそり笑った。
――なんて、こともあったなぁ……。
なんて、ちょっと遠い目をしそうになる。
あれから、まだそんなに経ってない。
私のくすぐったがりが発覚して、まずは触れるのに慣れることから始めた。
エスコートされる程度の接触は平気なのだ。
そこまでなら、体がビクつくこともない。
普通の人は、いくら脇の下だろうが、腕や掌といった面が触れるだけなら平気なのだそうだ。指で擽るのならともかく、面で触れられるだけなら、そこまでくすぐったくはないのだとか。
言われてみれば、子供にやるタカイタカーイって、脇の下持つよね……。まぁ私はされたことないんだけどさ。
……そういえば、日前で小さい頃、祖父に連れられて行ったアスレチック公園で、健康に良いとかで裸足で歩く用の通路があった。セメントに丸石が嵌め込まれていて、要は足ツボに効くと。
弟は平気な顔をして歩いていたが、私は一歩歩くごとに激痛が走って、とてもじゃないがスタスタ歩くなんてできなかった。
多分、感覚が狂ってるんだろう。
うん、現実逃避に懐かしいことを思い出した。
先生はまず、物から初めてくれた。
本とか、木の板とか、固いものから、ぬいぐるみ、折りたたんだブランケットとか、タオルとか、柔らかい物へ。
手首から肘へ。
まず先生が、対象物を持って、先生自身の肌に押し付けながら、「こうします」と宣言して、私が頷く。で、先生が私に「始めます」と言って、私が頷いて、先生がそれを私の肌に押し付ける。その繰り返し。
傍目から見たらめちゃくちゃ変な光景だし、私でさえちょっと笑ってしまいそうになるのだが、それとこれとは話が別で、二人とも大真面目である。
実験対象が私の感覚という、非常に数値化しにくいものだけに、する方もされる方も手探りだ。
「大丈夫です」
「……平気です」
「……多分」
みたいなことを、「大丈夫ですか?」と訊かれるたびに返すのだが、なんかもう途中からくすぐったいがどういう感覚なのかもわからなくなってくる。
ゲシュタルト崩壊。
やっている方も大変なのだが、見ている方も大変なようで。
護衛その2は、成人した友人(男)である先生がぬいぐるみを持っているという絵面だけでツボに入ってしまったらしい。笑い転げてしばらく大変だった。
呼吸困難に陥りそうなくらい笑っていたので、私も流石に心配だったし、先生は先生でやっぱり恥ずかしかったのか、びっくりするくらい冷たい表情と声で護衛その2を部屋から追い出してしまった。
そうやって、はたから見たら爆笑ものかもしれない実験というか訓練を繰り返し。
……いや、なんか。
慣れるための工夫の一環? なのは、まぁ、わかる……んだけど。
確かにね? あの時、義弟を見て、ちょっとばかし羨ましいと思わないでもなかった。
私は普通の家庭と縁がなくて、先生に母親像を重ねていたから尚更だ。
そんな風に教わっていたら、弱すぎる筆圧でペンを選ぶのさえ苦労することもなかっただろうし、そもそも鉛筆は色の薄い2Hとかを使っていたかもしれない。そうすれば、4Bの鉛筆を使うこともなく、もしかしたら、私の掌に鉛筆の跡は残らなかったかもしれない。それはそれで、より深く刺さって問題だったかも知れないけど。
……いや、まぁ、そうやって教えてくれるような母親だったら、子供の手に鉛筆刺したりしないよね……
だから私が、その時の義弟と先生を見て笑ったのは、自嘲だ。
私には与えられないものが、弟には与えられる。いつものことだ。
それに、字が汚いのも、理由があったとわかれば、少し楽になれる。言い訳できるって私には重要で、すごく気持ちが楽になるのだ。
なんでも人のせいにする歪んだ性格の特徴。
……しょうがないじゃないか。可愛い良い子は、あなたは何にも悪くないよって言ってもらえるけど、私は何でもかんでも「お前のせいだ」と言われて育ってきたのだ。自分くらいは、私は悪くないと思わないと、やってられない。
だからそういう、汚い笑いだ。
先生が言ってるような切ない笑顔ではない。
罷り間違っても。
そんな、自分の体質を諦めつつ義弟を微笑ましく見守る義姉とか、そんなんじゃない。
違うんだ。要約すると似てるけど、内実は天と地ほど差がある。
字が上手くなりたいというのは何度も思ったし、書き取りだっていまだにこっそりやってはいる。だけどそれは、どうせ治らないものだという諦め半分であって、どうにかしなきゃと思いはしても、どうせまた死ぬしという投げやりな思いもあるのであって。
「では、手を重ねますね」
……この歳(精神年齢)で、手を持たれて字を書かせられるという経験をするとは思わなかった。
先生が触れてきても嫌悪感はない。多分先生の第一印象が私の中だと女性で固定されてるからだとは思う。そこはありがたい。ただ。
日前のピアノの先生は、私に音感がないとはてんで思わず、まともに弾けない私を怠けていると思ったのか、反抗的だと思ったのか、弾いている私の手の上で鍵盤を押すような動きをよくした。嘘か真か本に、ピアニストの指には1トンの負荷がかかるみたいなことが書いてあった。私はよくパソコンのキーボードを壊したし、事実かもしれない。つまり、痛かったのだ。
私にとって自習と学校以外での学びというのは、全部痛くて怖いものだった。
人に触れられるのも痛くて嫌なもの。
だから、いくら先生でも、この状況だと……もしかしたら。
「大丈夫ですか?」
体が跳ねた。
先生が手を離して離れる。
いや、うん。大丈夫は大丈夫なんだ。色々思い出して嫌な気分にはなったが、フラッシュバックとは違う。ちゃんと止められる思考だ。
それにあの、これは。
違う。
「……すみません、あの……耳が擽ったくて」
座高の問題かもしれないんだが。
義弟にしていたように、先生は背後に立って、後ろから手を回している状態。
で、そこで喋られると耳に息がかかってびっくりしたのだ。
想定外。
先生も想定外だったのか、「あ」と言ったきり無言。
……いや、うん。
少しして。
先生が笑った。
綺麗な声だ。
低めの女性の声だと思っていた。
実際は高めの男声だったわけだが。
私は低めの声は聞き取りにくいっていう欠点も持っている。これは日前からちゃんとある欠点で、噓から出たまことでも瓢簞から駒が出たわけでもない。
一般的に言われる男声の良い声というのは、低音ボイスらしいが、私にとっては何を言ってるのか聞き取りにくいし、良い声だとは思わない。
それに、日前の同級生で、人より体が大きく、声も低かった男子が、小学校の合唱で音を合わせられなくて辛かったのを知っている。それを思い出してしまう。
先生の声はちょうど私が聞き取りやすい高さだ。
私にとっての綺麗な声は多分こういう声。
先生は私に謝った。
「すみません。考えが至らずに。……手は、大丈夫でしたか?」
そこは平気だったと伝えると、先生は「ではこうしましょう」と楽しそうに言って。
……私の体を持ち上げた。
――は。え? あの、何これ?
「……怖くないですか?」
「こわ……くはないですけど……」
「気持ち悪くないですか?」
「多分……?」
いける……? いける、か?
うん、多分大丈夫? かな?
「これなら耳も大丈夫ですか?」
「……はい」
耳に息がかかったりはしない。
しないよ。うん。けどね?
いや、……ってか手でも思ったけど先生ってあったかいな。
子供の方が体温高いもんじゃないの?
私が日前から冷え性持ち越してるせい?
……先生が椅子に座って、私をその上に座らせている状態。
確かにこれなら先生の顔は私のだいぶ上にあるし、耳の問題はクリアできるが。
なんか一足飛びすぎません?
大丈夫?
脇の下に触れられてるわけじゃないから、くすぐったくはない。
ないけど。
え、なんなのこれ。
母親の膝の上すら乗ったことのなかった私には当然キャパオーバー。
だというのに、背中が温かいと人は安心するのだろうか。
五十音の半分もいかないうちに、私は眠気を感じ始めた。
完全に予想外なことに。
「……おやすみなさいませ、お嬢様」
それがメイドの声だったのか、先生の声だったのか、判断がつかなかった。
プールの後の国語の授業でも、昼食後の倫理の授業でも、一度も居眠りなんてしたことなかったのにと、白川夜船になる直前に思った。




