* 王子様は悪役になりたくない 2
注文していた肖像画が届いた。……なんというか、当代一の画家との触れ込みだったのに、……なんだろう。
「……はぁ」
「……ノートンも似てないって思う? 少し……印象が違うよね。僕や陛下や妃殿下の肖像画はそっくりなのに。やっぱり彼女が美しすぎるから、描ききれなかったのかな?」
部分部分で見れば確かに彼女を描いているとわかる。
真っ黒なのに、不思議と光を含んでいるように見える綺麗で長い髪も、烟るように輝いている瞳も、対照的に雪のように真っ白な手も。
その再現性は素晴らしいの一言に尽きる。
……だけど、全体的に俯瞰して見ると、それを彼女だとは思えなかった。
表情だろうか。
彼女の顔立ちは、彼女の母君に冠されたように例えるなら薔薇。
とても美しいのに、触れるのを許さない。凛とした強さ。美しい薔薇には棘があるという。彼女の容姿はまさにそれ。
だけど、僕は知ってる。微笑むと息を呑むほど可愛らしくなることを。
向けられる対象が羨ましくて、なんとか僕を見て欲しくて、気を引きたくて、話しかけようと頑張っても、何故か口から出るのはいつもひどい言葉ばかり。初めてその笑顔が向けられたのは、予想もしなかった時だった。
その直前に口から出たのは珍しく僕の本心だったけれど、何も着せずに外に出てしまった本音に内心青くなっていた。背後のノートンからの圧もすごかった。
だけど彼女はそれに微笑んだ。微笑みながら、悲しいことを当然のように言った。
僕はそれが許せなくて、だけど初めて微笑んだ彼女があんまり可愛いから、うまく言葉を作れなかった。
……きっと彼女の内側には、棘も毒もない。
僕がどんなにひどい態度をとってしまっても、怒らない。だけどその分、きっと彼女は静かに傷ついていく。
彼女はユニウスに会ったとき、怯えていたらしい。きっと見た目ほど彼女は強くない。
だからだろうか。
自信と華やかさに満ちた肖像画の笑顔の少女を、彼女だとは思えない。
僕の知る彼女の笑顔は、硝子細工のような儚さがあった。
思案していると、ノートンがもう一つため息をついた。
「いえ、呆れた理由は異なりますが、処分されますか?」
「いくら似てないって言っても彼女の絵を処分なんてとんでもないよ!」
「……希望者にお譲りするということも」
「希望者って誰!?」
「……殿下。その肖像画をどうされるおつもりですか?」
「ど、どうって、飾るよ。肖像画は飾るためにあるんでしょ?」
「どちらに?」
「どちらにって……っ、ここ! ここに! 違、寝室に飾るとか思ってないからね?」
「……では、こちらの部屋に婚約者様をお招きなさいませんように」
「え……あ、うん。もちろん、結婚前に呼んだりしないよ」
「いえ、結婚後も」
「なんで!?」
「……そうですね。小さい肖像画を一枚、お持ちでしたら、婚約者様ももしかしたら喜ばれるかもしれません」
「もしかしたらって言った?」
「ですが、……等身大の肖像画を、何枚も壁中におかけになるのは、お辞めになった方がよろしいかと」
「なんで?」
「……そうですね。では殿下、婚約者様が壁中に殿下の肖像画を何枚も飾られていたら、どうお思いになりますか?」
「え」
想像すると、顔が熱くなった。あんなに僕に興味がないような顔をしていて、実は僕と同じようなことをしてくれていたら、それは――
「うれしい……」
そう答えると、ノートンは海よりも深そうな溜息をついた。
「……そうですね。蓼食う虫も好き好きと言いますが、あらゆる反応を考慮なさったほうがよろしいかと。殿下はお立場がございますから」
「……何?」
「そうですね。……殿下をお諌めするのも仕事のうちですので率直に申し上げます。手遅れになっては困りますので。殿下、心してお聞きください」
「……なんなの?」
「有り体に申し上げて、日頃まともな態度を取らない異性が、自身の肖像画を何枚も飾っている所を目撃した女性は、おそらく『気持ち悪い』と」
「え!?」
「……お思いになられるかと」
「なんで?!」
「……」
「ねぇなんで!?」
「……いえ……それは……そういうものだから、としか……」
「そういうものってどういうもの?」
「……そう……ですね……言い方を変えましょう。……本能的に、怖い、と感じます」
「怖いの!? 何が!?」
「……ええ、……そうですね……」
ノートンはなぜか、急に老け込んだような表情になって、いきなり話を変えた。
「……ところで、次に婚約者様とお会いになるご予定ですが」
「え? うん、次は……」
「公爵家で。公爵家でお会いになられるべきです。そうですね、ユニウス殿のご予定を確認します」
「ユニウスの?」
「ユニウス殿が非番でも病欠でも帰省でも有給でもなく、確実にいらっしゃる日に」
「……? よくわからないけど、ユニウスに会いたいの?」
ノートンは難しい顔をしたのち、何故か顔を上に向けた。
同じように上を見るけど、消えそうな蝋燭もないし、特に異常は感じられなかった。
僕が顔を戻してもノートンはしばらく上を向いたままだったけれど、やがて諦めたような顔を僕に向けた。
「……そう……です……ね……」
「わかった。任せて」
ノートンにも友達が必要だよね。
そう思って笑顔で頷くと、ノートンは絶望した顔つきになった。
……似た者夫婦という言葉はありますが……
「え?」
「いいえ。詮無いことを申しました」
「……ノートン、疲れてるの? もう休んだら? 今日はもう彼女とも会えないし、大丈夫だよ」
「……殿下がその肖像画を眺め続けるのをおやめになり、おやすみくだされば今すぐにでも」
そう言われて、ふと気付いた。
……あれ?
時計を見れば、就寝時間はとっくに過ぎ去っていた。
「ご、ごごごごめん! そうだよね、疲れるよね!?」
そういえば、「そろそろお休みになりませんと」を何回も「うん、わかってる」「ちょっと待って」とうわの空で遮った覚えがあった。




