* 五里霧中 4
あいつまじでロリコンかよ巫山戯んなって。
他人よりちょっとばかし耳の良い俺が咄嗟にワゴンを蹴り飛ばすと、相棒が目にも留まらぬ早業でワゴンの上に乗っていたものを鞘ごと抜いた剣で払い落とした。
おかげで、俺の予想よりもかなり派手な音がしたから、あいつの「誰にも見せたくないくらいに」とかいう恥ずかしい科白は、きっとお嬢様の耳には届かなかったはずだ。
というか友人の口説きを聞かなきゃなんないとかなんの拷問だよ。
「……何が聞こえた」
いわゆる掃除婦たちの飛び散った破片の後片付けの音に紛れて、相棒が聞いてくる。
お嬢様はダンス講師とあいつと、専属メイドが淹れてくれた紅茶を飲んで談笑中だ。
「あーえっと、俺が耳良いってご存知で?」
「相棒の得手不得手は把握しておく」
当然だと言わんばかりの物言いに、そりゃそうかと思った。特に、女性使用人一同はお嬢様に男が近付くのを嫌っているわけだから、俺なんか徹底的に調べ上げられてるんだろうな。
友情を思えば黙っておくべきだろうが、咄嗟の判断でアシストしてくれたってこともある。
俺の耳の良さには信用を置いてくれてるってことだわな。
「……まぁちょっと。虫っぽい発言をしかけてたんで」
友情と信頼を天秤にかけると、こんなもんか。
「……ぽい?」
ぽいで済むのか本当か? みたいな圧を感じる短い問いに、俺は渇いた笑いを浮かべるしかない。
お嬢様の見た目は天下一品だ。可愛いと、それだけならただの事実であって、口説きとは言えないかもしれない。百歩譲って。それに、あんなに小さい子の口から「醜態」なんて言葉が出たら、打ち消そうとすんのはわかる。ただそこに、他に見せたくないとか入ると、意味が変わってくるだろう。例えば親バカな父親が言うんならまぁ……ってとこだが、そうでなきゃちょっとマズイ。
そして俺の友人は、女相手にそういったセリフをホイホイ言うやつじゃないのがよりマズイ。
前にも坊ちゃんを交えてのお茶の時間に、「小さい頃のお嬢様はきっと可愛かったろう」みたいな内容の発言をしちゃあいたが。
そもそも誰かを「可愛い」と言うのをあの時始めて聞いた。小動物を見ても蘊蓄を垂れるようなやつだからな……。美人にも美少女にも見向きもしなかったやつが、「可愛い」ね……。
あいつが女に興味を持ったんなら、諸手を挙げてお祝いしてやるつもりだったのに、なんで10も歳の離れた子供で、しかも選りに選って殿下の婚約者。
女みたいな外見と口調にまでして守ってきたお嬢様に、あいつ自身が牙向いてどうすんだよ。普通の見た目に戻したらまた怖がられるからって、それが嫌であの動きにくいローブのままダンスの相手務めてるのに、あいつは頭いいのになんでああもバカなの?
怖がられて、あんなに落ち込んでたろうが。
あれからもう結構経った。
最近じゃ、お嬢様は庭の花の名前をほとんど覚えた。歌のうまさを「すごい」と褒めた時は、全然嬉しそうじゃなかったのに、「よく覚えましたねぇ! 大したもんです」と散歩の時間に褒めれば、お嬢様はとても嬉しそうにちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
初対面で恐怖のあまり声も出ないほど何故か嫌われた俺は、それからも長いことぎこちない笑顔しか向けられなかった。
そんな俺も自然に笑ってもらえるくらい、時間が経った。
多分、いつか殿下に俺が言ったみたいに、慣れたんだろう。
だったら、あいつもちゃんと役目果たさないと、知らぬ間に用済みになりかねない。
そこんんところも、あいつわかってんのかね?
怖がられて落ち込むあいつは見たくないし、気づかないうちに平然と男と踊れるようになってるお嬢様を知っておかしくなるあいつはもっと見たくない。
なんかなぁ……軟派な奴はある程度さ、ダメだったらホイ次、みたいに割り切れるところあるけど、一途なやつってどうなるかわからん怖さってあるじゃん?
特にあいつは、……変わろうと決意すると一気に変わるからさ……。
そーれに、あいつ、なーんかちょっとヤンデレっぽくなりそうで怖いんだよなぁ。言葉の端々になんか独占欲ありそうな感じが出てて不穏。
あいつにとっての俺みたいになんて話を前にした。俺はあいつを日光に当ててやんなきゃと思っちゃいたが、あいつはそれとは関係なく勝手に丈夫になったし、俺が守るまでもなく勝手に強くなってった。
俺はそれを良かったと思ったし、珍獣を見るような気持ちで楽しんでもいた。
だけどあいつはお嬢様に対して後半はともかく、前半ですら、そうはならない気がしてならない。
だって俺、あいつを誰にも見せたくないとか思ったことないぞ? 男女と違うってのもあるかもしれんが、小さい頃はそれこそどっからどう見ても美少女だったし。
「よっ入るぞ」
「どうぞ」
非番の日にあいつの控え室を訪れると、こちらを見もしないで返事が返って来た。
「殿下とのダンス、どうにかなりそうか」
前置き無しで切り込むと、やっと本から顔を上げた。
「……どう、とは?」
「いやいや、あの調子じゃ、殿下との練習もヤバそうだなーと」
「あぁ、ええ。そうですね。私の方でも調べてみたんです。皮膚の過敏症のようなものとする説と、刺激に慣れれば症状が消えると言う説がありました」
「慣れ?」
「ええ。有効な手段としてマッサージ」
「あ?」
「……体が常に極度に緊張していると、くすぐったがりになるという説に基づいているので、その緊張を解せば症状が消えるということです。手を当ててこう、……」
「……なーる」
お嬢様はくすぐったがりで、メイドを含めて体に触れるのは最低限、着替えも入浴も髪の手入れも貴族令嬢としては珍しく一人でやる。メイドの子から聞いた話だ。
ある程度年齢が上がると、肌を柔らかく保つために、クリームを塗りながらメイドがちょっと圧をかけて体を撫でたりするらしいが、多分それがマッサージだな。お嬢様はそれも無理なんだろうし。
そりゃ、刺激に慣れる機会がない。
「……しっかし、慣れるためには我慢しなきゃならんとか、そらまた拷問だなぁ」
「ダンスの際に体が触れる範囲に絞って、なんとか耐えていただくしかないですね。可哀想ですが」
「普通のと同じで良いのか? そのマッサージってのは」
「目的が違いますからね」
「じゃあ覚えんのが大変」
「調べました」
「あ?」
「できますよ」
いやそりゃ、お前は本で読めば出来るやつだけど、問題があってだな。
「……俺は親友を犯罪者にしたくないんだよなぁ」
「は?」
「……お前見た目そんなでも一応性別男だろ」
「……どうも最近自殺願望が顕著ですね?」
「待て待てっ、だからっ、ダンスの練習相手はまぁあれだ、殿下の足を踏むわけにはいかねーし、誰かがしなきゃなんねぇわけだ。だから許されるだろ」
「……何が言いたい?」
「……お前がマッサージすんの?」
眉間に皺を寄せて「ええ」と頷く。
「殿下の婚約者のお嬢様を?」
「だからそう言って」
「……裸にして?」
「――は?」
訝しそうにしていたのが、急に真っ赤になって口を覆った。
「……」
いや、うん、やっと普通の反応が返ってきてお兄さん嬉しいよ。
「な、そん……う」
あれ、ちょっと出会いたてのアイザックみたいな喋り方になってるけど大丈夫かこれ?
「どうどう、ちょっと深呼吸してみ」
指示通り深呼吸を数回した後、アイザックはそれでもまだ赤い顔を俯けたまま喋った。
「……そんなわけないでしょう。なんでわざわざ脱がせる必要があるんです」
「え? だってマッサージってクリーム塗ってやるってメイドの子から聞いたことあるけど。脇とか背中とか脱がさないと塗れないじゃん。お嬢様いつも肌の露出全然ない服着てるし。顔と手しか出てないだろ」
「美容マッサージではありませんから。服の上からで十分です」
「そかそか。でもなぁ、男嫌いのお嬢様にお前がすんのはどうかと思うよ?」
基本的に身の回りのお世話ってのはメイドの仕事だ。
知識だけならそこら辺の医者よりあるだろうけど、それでもこいつがお嬢様の体を勝手に診察するのはあの公爵だって許さないだろう。
基本的に女性に触って良いのは伴侶でなければダンスの時だけだ。余程の緊急事態ならともかく、そうでなければ。
「私だってそれくらい考えましたよ」
嘘だろ。さっき真っ赤になってたじゃねーか。
「お嬢様が、あなたの言葉を借りるなら男嫌いだからこそ、せめてダンスに支障のない範囲で慣れる必要があるんです」
「……ああ、そゆこと」
「実例があまりないのでお嬢様の反応を見ながらになりますが、『誰が』『どこに』触れているか、認識することで症状を和らげることができるそうなんです」
「……いや、十分それ認識できるだろ。お前と踊ってんだからお前以外触るわけないし。どこ触ってんのかなんて実際触られてりゃわかる」
「その認識に少し障害があるかもしれないという話です」
「過敏なら認識は過剰なくらいしてるんじゃねーの? それにホールドの基本形なんかあのお嬢様のことだから当然頭入ってるだろ」
「……」
「あれ? あれか? 俺が理解できない系統の話?」
「……少し説明が難しいんです」
「あーじゃあ良いや。とりあえずメイドよりお前がやったほうが良いって話な?」
「ええ」
「それ、殿下にもさせんの?」
「は?」
「マッサージ」
「いいえ。認識のズレがなくなれば、症状は治まります」
「……お前男のカッコしてやんの?」
「……特に考えていませんが」
「じゃあそのまんまで」
「元からそのつもりです」
なんかマニアックなプレイみたいだから。
なーんて言ったら間違いなくこの前みたいに潰されるから黙っとこう。




