私と殿下とお母様の、お茶会について。
「ふふっ、楽しみね、マリー?」
お母様は上機嫌で、少女のような微笑みを浮かべている。
もう無条件で「はい!」と答えたくなるような微笑み。
私的なお茶会ということで、参加人数は極少数だ。
お母様と私、殿下。
殿下にはお母様の顔がよく見えるような位置に座っていただくことにした。
お母様は「あらあら」と言ってから可憐で控えめな笑い声を扇子に隠した。
「マリーったら照れてるのね。大丈夫よ、お母様に任せて」と言ったところかもしれない。
いや違うんだけど、別に訂正するほどでもない。
この人はこの人のことが好きでーす! なんて吹聴するようなことはしてはいけない。嫌がらせにしかならない。
だったら、私が照れてると思ってもらってたほうが何処にも角が立たなくて平和だ。
幸い、婚約者なのだから。
お茶会の準備というのは、招待主が手ずからするものらしい。生ける花を選んだりしているお母様は、楽しそうだ。生まれついての公爵夫人。
私とは大違いだ。護衛の人のおかげで、最近やっと、花の名前はそこそこ覚えたが、季節が移ろえば咲く花も変わる。紅茶の香りの邪魔をしないものを選ぶのは、私にはまだ難しい。
匂いが強くてダメなものって百合くらいしか知らない。
こっちの方面をきっと王宮に上がってからみっちり仕込まれるんだろうな。……やだなぁ……
女らしくとか、本当に……面倒、だ。
あっちでもこっちでも同じ。
「マリー?」
「っ、いえ、なんでもありません」
「そう? ――もしかして、緊張しちゃった?」
よし、そういうことにしておこう。
「ごめんなさいね。マリーからお願いしてもらうことなんて滅多にないから、お母様張り切りすぎちゃったわ」
……いつもお誘い断っててすみません。
「疲れさせちゃうなんて、いけないわ。私がはしゃぎすぎたのね。休憩にしましょう」
ああああ、お母様の困り顔ってまじで困る。なんとかしたくなっちゃう。
でも空元気は見破られる。
大人しく休憩を受け入れることにした。殿下が来るのは午後だ。
それまでに準備を終えて、私たちは一旦殿下に会うのに相応しい服装に着替える。
日前の私の着替えって、パジャマ→仕事着→部屋着→パジャマ以下ループって感じだったから、会う人や訪れる場所、時間帯によって日に何度も着替える貴族の暮らしはちょっとしんどい。本当になんの因果だ。
着替えにめちゃくちゃ時間のかかる精神的にしんどい人の特徴を私は若干引きずってるしね……まぁメイドが手伝ってくれるとはいえ、肌を見られるのも嫌なんだよな……別にいまは、見られたくないものがある訳ではないけど、もう染み付いた癖は抜けない。いまだにかつてなかった場所にある黒子とか見ると、ゴミか汚れかと思って擦ってしまう。だからこそ、今だに肌着は自分で付けてからメイドを呼ぶことにしている。
……日前でも嫌な思い出しかないのに、どうしてまた発育の良い体に生まれるのか。そのくせ背は低い。
いや違う、別にお父様とお母様を恨んでるわけじゃない。この体が悪いんじゃない。お父様とお母様譲りの言ってみれば美少女の中身が私なんかなのが悪いのだ。
体を見るのが嫌なので、最近はあまり鏡を見なくなった。
日前の私は日本人のくせに茶色じみた髪と薄茶の瞳で不良だの気味が悪いだの散々言われた。家族の中で私だけ明らかに異なる見た目をしていた。
なのにこの、どちらかと言えば西洋チックな世界の住人である私は、子供の頃の、まだ家族を嫌う前の私が喉から手が出るほど欲しかった、漆黒のまっすぐな髪と、黒々とした瞳をしている。
皮肉だ。本当に、笑えてくる。
お茶会はつつがなく終了した。
前も思ったが、殿下は私以外に対する態度は至極まともだ。
まぁ、何せお母様は殿下の憧れの人だから、特にそうなんだろうけれど。
いつもの怒鳴り声もなく、平和を絵に描いたようだった。
殿下のツンデレぶりは、お母様本人の前では発揮されないらしい。
美貌の貴婦人と美少年の王子様が和かに談笑している様は、まさに一幅の絵のようだった。
普通だったら歯の浮くような台詞と言えなくもない美辞麗句も、殿下の手にかかれば(いや口から出ればか)、純粋な賞賛に聞こえるのだから、やはり殿下は殿下なんだなぁと思う。
私はと言えば、お母様と殿下が話すのを、お茶を飲みながら聞いているだけで良かった。お母様はもちろん私に話を振ってくれるので、それに答えはしたが、それに怒鳴らず、嫌味も言わない殿下というのは珍事だ。思わず天を仰いでしまった。いやほら、雨でも降るのかしらってね。
もちろんそんなわけはない。殿下は王子様なのだから、公爵夫人とのお茶会で、場を乱すようなことはしない。まともな人だ。もしくは、憧れの人の前では借りてきた猫の様と言うべきかもしれない。
そんなのほほんとした私には及びもつかないが、裏読みすれば二人はめちゃくちゃ有意義なやりとりを交わしていたのかもしれない。私は会話の裏を読むのが大の苦手だ。本を読んでも、何が伏線なのかもわかっていない。
自分のことですら、悪意にさえよほど何度も晒されないと気づけない鈍感なのだ。時々ムカつくこと言うなぁと思っていたが、自分が敏感になっているのだろうと思っていたくらいで。
笑顔の裏で丁々発止のやり取りなんて、てんで無理。
殿下はお母様におそらく極上の笑顔と言われるだろう表情を向けて辞去の挨拶をし、お母様がそれに答える。
お母様は謙遜したが、この笑顔を見るに、きっと憧れのお母様とお茶ができただけで(瘤つきと言えど)満足してくれたのだろう。良かった。
後半は割と楽しかったのだ。殿下と一緒になって、お母様がいかに優しく美しいかの自慢大会をしていた。私は家庭でのお母様を、殿下は社交界や王宮でのお母様について話してくれた。
お母様は「恥ずかしいわ」と言っていたけれど、恥じらう様は少女のようで、娘の私もちょっとときめいてしまった。きっと殿下の胸にもトスっと刺さっていたに違いない。思わず殿下を見たけれど、鉄壁の笑顔は崩れなかった。さすが王子様。外面完璧。
そんなお茶会も終わりだ。
ついで私の方を向いて、少し間を置く。
ああ、いつもの癖で怒鳴ろうとしたのだろうか。我慢ですよ殿下。お母様が見てますよ。
思わずグッと手を握って心の中で声援を送ってしまう。
すると殿下は、ちょっと顔を赤くした。
……しまった、バカにしてるよう見えた? 怒らせた?
でも殿下はグッと堪えるように横を向いてから、真顔だったけど、「今日はお招きありがとう。嬉しかった」と言った。
お母様に対する態度とは雲泥の差で、ぶっきらぼうそのものの物言いだったが、初めて言われたお礼は嬉しかったし、喜んでくれたのなら良かった。嬉しい。まぁ、社交辞令感バリバリだけど、それでもやっぱり嬉しいのだ。
「私も楽しかったです」
その言葉に殿下はまた顔を赤くした。……どうも私は、殿下を怒らせる天才のようだ。
疲れた。
自室に戻った私は、目と目の間を押さえてため息を吐く。
「マリー様」
はっとして振り向けば、護衛の男の人、先生の友人が笑っている。
「はい」
「今日はお茶会があったから、ほかの習い事は全部お休みでしたよね?」
「……ええ、そうだったと思います」
「もし、疲れてるんでなければ、今から乗馬、練習してみません? いいよな、ルディ?」
女性の護衛を見れば、コクリと頷いた。
「ね」
メイドが子供用の乗馬服を用意してくれた。ちゃんとあるんだな、こういうの。
思わず、「すご」と口から出てしまった。メイドは瞳を輝かせて、「でしょう!? お見せできるのがずっと楽しみだったんですよ!」と言ってくれた。
用意しといてくれたんだ。
日前の私は動物アレルギーを持っていた。
「まずは慣れることからですね」
護衛が引いてきてくれたのはポニーだ。
私は花粉症だったけれど、乙前を思い出すと春と秋のあの症状からは解放されていた。
と、いうことは、多分……動物アレルギーもない、はず。
白樺アレルギーみたいなもんで、杉やブタクサがこの世界にないって可能性も無きにしも非ずだが。
まぁ花粉症に比べれば、アレルギーはあるもののそれほどひどい症状じゃないから、乗馬は大丈夫だろうとふんだんだけど、どうせならがっつり触ってみるか。
促されるままにポニーに手を伸ばした。




