私とおそらく四人目の攻略対象と、二人目と一人目の邂逅について。
「お姉様、僕も一緒にいたいです」
こいつ、殺してやろうか?
――こほん。のっけから物騒ですみません。私たぶん悪役令嬢だろうマリー・アンと申します。
何がたぶんかって、乙女ゲームの知識がほぼ皆無だからです。別に猛毒ガスのタブンとは関係ありませんよ。性格の悪さはそれ並みかもしれませんが。
弟という存在に対して恨みつらみが凝り固まった私なりに、可愛がってやろうと決意した義弟に、一瞬で猫の額ほどの可愛がり欲を木っ端微塵に吹き飛ばされた私。代わりに海よりも深く山よりも高い殺意がマグマの如く吹き上がる。
「……なぜ?」
理由を問うのは遠回しな否定。けれど可愛らしくまんまるお目めをした義弟は、首をこてんと傾げます。
「お姉様と一緒にいたいですから」
テメェそれ『から』つけただけじゃねーか舐めてんのかああ?
と言いたいのをなんとか押さえ込んで、先生からプレゼントしてもらった扇子を畳んで掌に叩きつける。もちろん自分のね。
「私はこれから殿下にお会いする。わがままに付き合ってる暇はない」
本当は、こちとら忙しいんだよガキが。と言いたいのだけど、そういうと、私の「どうにでもなれ」スイッチが使用人一同の「お嬢様のお口ぶりを悪くした責任とって辞めます」攻撃によって押されるのでなんとか我慢する。ぶっちゃけギリギリラインだけど。
「わがままじゃありません! お姉様を誘拐する悪い人から、僕が守るんです!」
……はぁ?
「あっ……内緒です!」
……はぁ?
こいつ、もしかしてバk……こほん。
「付き合いきれない」
私は一応、無視したと思われないように言葉を返して、さっさと応接間に移動する。
「はーい、坊ちゃん。ここまでですよ。マリー様に触ったら、坊ちゃんが悪い子になっちゃいますからね~?」
子供に好かれそうな声で話しかける先生の友人兼新しい護衛は、そのまま義弟を抱き上げて高い高いしてやっている。楽しそうな声。
……見慣れた光景だ。いや、今世ではなく。
それを羨ましいと思っていつも見ていた。
……いや、悪し様に言うのをやめれば、……ただ、憧れていた。
子供として大人に可愛がられたことがなかったから、本当はただ、……ああ、そう……
……昔は。自分が何をされてきたかを知るまでは、……自分がもし親になったら、たくさん抱き締めて、抱き上げて、頭を撫でてあげたいと思っていた。
抱っこされてる子供を見るたびに。背負われてる子供を見るたびに。
——そんなことを、思っていた時もあったんだ。
私は性格の捻じ曲がった自分が本当に嫌いで、だから自分の考えの汚さに反吐が出る。
だけど、……全部が全部そうだったわけじゃない。
歪んだレンズ越しに全部見たら、いくら私でもかわいそうだ。
ただ純粋に憧れていた小さな私まで、否定することはないじゃないか。
子供の時分に、夢を見るのは悪いことじゃない。
どんな馬鹿げた叶わない夢だって、大人はそれを笑って聞いてあげるものだ。私は荒唐無稽な夢を口にしたことはなかったけれど、……それはあの両親の性格を知っていたから。
ただ思っていただけの、小さな私。
本当に小さい頃は、私なりにまだ、弟を可愛がってもいた。
そうするべきだと言われて、思ってきたから。
結果が伴わないことばかり続いて、嫌な目にあいすぎて忘れていた。
あやされて笑う義弟を見て、心が温まるような気がする私だって確かに私の一部なのだ。
弟という存在が私のコンプレックスを刺激しまくるせいで、いつも咄嗟に凶悪な感情が表に出てしまうのだが、弟と義弟は違う。
まだ多分、……時間が必要なのだ。
遠い遠い昔に置き忘れた自分の欠片を久方ぶりに取り戻した私は、それをなくさないように箱に仕舞い込むように一度目を閉じた。
「遅い!」
開口一番、向けられたのはその言葉だった。
「……申し訳ありません」
でも今日は、良い話ができるのだ。だから謝っておく。早く良い話がしたくて気が急くが、なんとかちゃんと作法に則って謝る。
「もう良い!」
しかし殿下、相変わらず声がでかい。おかしいな。乙前では本当に物静かな人だったんだが。
「……あの、殿下? 今度、当家でお茶会を開きます」
「なんだ。詫びのつもりか」
「いえ、(あっ違うか、謝っとかないとまずいんだった)いえ、はい! あの……母が、殿下のために開くお茶会なんです」
「……夫人が?」
そうです。あなたの大好きなお母様がですよ! なにせ私と婚約したのはお母様そっくりなこの顔目当てな殿下なら、きっと喜ぶだろうと私頑張っちゃいましたよ!
なのに、殿下の反応は今ひとつだった。
「……お忙しい、ですか?」
「当然だろう、王子なんだぞ」
ですよね。完全に間違えた。
「暇なお前と違って忙しいんだ」
まぁ、一国の王子ともなれば、そりゃ私より遥かに忙しいだろう。
辛いよね。性格も歪むよね。弱音吐けばもっと辛い人はいっぱいいるのに、贅沢してる王侯貴族のくせにとか言われて、愚痴も言えないんだから、ほんと辛いよね。
でもごめんね。ヒロインだったらうまいこと言えるんだろうけど、私に人を癒すような特殊技能はないんだ。余裕ないから他人のことまで思いやれないんだよ。今日だって義弟に対して本当に何度殺そうと――
「お姉様だって忙しいんだ!」
――まじで殺すぞお前?
振り向けば、顔を真っ青にしたメイドと、唖然とした顔の護衛と、殿下のお付きの人たちと、片手で顔を覆って片手で猫の子のように義弟をぶら下げている護衛その2がいた。
「……」
あまりのことにフリーズする一同を前に、多分何回も転生しているせいの年の功を発揮した私が一番最初に我に返る。
「……義弟の無礼をお許しください」
「……義弟?」
「はい。私が殿下の婚約者となりましたので、養子に迎え入れました。――」
ヤベェ、名前忘れた。なんだっけ。
「なんでお姉様が謝るんですか!」
良いから黙ってろこの、不敬罪で殺されたいのか!?
「お姉様は毎日お勉強と修練ばかりで、僕とお話する時間だってない! お姉様に、なんてこというんだ! お前なんか死んじゃえ!」
――待って。待って。お願いだから待って。
え、なんで? なんでこうなるの?
この家が破滅するのは私が原因でしょ? 破滅時期は学園の卒業パーティーでしょ? 断罪イベントでしょ?
早いよ!? 原因が違うよ!? やっぱこれ乙女ゲームじゃなかったの!? ヒロイン登場してないよ!?
もう、みんな真っ青。
とてもじゃないが口を開けない。
その静寂を、唯一破れる殿下が、ゆっくり口を開けた。
「……君の姉上は、忙しいのですか?」
「そうだ! お姉様はいつも頑張ってるんだ! それがみんなのためだからって、ちっとも遊ばないでずっと忙しくても頑張ってるんだ!」
えっ、えっ、なにこれ。
やばい。やばい、泣きそう。感情がもう上を下へ東奔西走。
「みんなが大好きなお姉様を奪うお前なんか、し――」
ぱしっと、音を立てる勢いで、義弟をぶら下げていた護衛が、義弟の口を塞いだ。
よ、よくやった。
「君は、姉上思いの優しい、良い子ですね」
いや良い子って、殿下もまだ子供……
「むぐ~!」
口を塞がれている義弟は、何か言いたそうにしている。
「初めまして。この国の王の息子、アーサーです」
殿下が、すごくまともな自己紹介をした。その瞬間、なんとか護衛の手を外そうとしていた義弟の腕が、だらんと下がる。
顔面蒼白。
……え? 今?
「君の姉上をこの家から連れ出してしまうことは否定しません。けれどそのあとは、君に代わって必ず守ります」
殿下が目で合図して、護衛が弟の口から手を外す。
「王様の、息子……?」
「はい」
「お、王子様?」
「はい」
はぁ? 殿下って言ってんだろうが、こいつやっぱりバ……
「ご、ごめんなさいいいいいいい」
謝罪のはずの言葉が、私には「びゃああああああああああ!」みたいに聞こえた。鳴き声。間違えた泣き声。
「だ、だって、で、でんかってみんな言ってて、王子様だって、知らなくて!」
いやだから殿下は王子様だろ?
「殿下は敬称です。知らなくても無理はありません。君はまだ小さいから」
……え?
殿下って言葉を知らなくて、名前だと思ってたって、こと?
それであの発言?
は、はは……
私は、この子くらいの歳には、日前でも、殿下も陛下も知っていた。
けど、そっか。知らないのか。
「君の発言は、名乗りの前。知らなかったこととはいえ、罪は罪。ですが、故意と過失は違います。君への罰は、そうですね。向こう1週間、君の姉上と一緒に、お勉強することです。この家にいる間は、君が姉上を守れるように、知識も身につけてください」
「……よろしいのですか?」
「姉上思いの小さな騎士の勇気に免じて」
義弟をぶら下げている護衛の問いに、殿下は微笑んでそう言った。
……ああ、この、殿下は、ちゃんとした人だ。
悪役令嬢物でも、転生しない方だったりすると、王子がクズってパターンもあったりするが、この人はちゃんとした人だと思う。まぁ、私の人物評なんて当てにならないが。
このちゃんとした人に何度も殺されてるわけで。
ともかく、……今日のところは、なんとか。首の皮は繋がったらしい。
ずるずると、思わず、崩折れそうになる私に、気づいたメイドが慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
「ごめんなさい」
すごく落ち込んでいる義弟は、護衛の手から自由になってすぐ、謝ってから退室した。
殿下のお見送りを済ませて戻れば、円柱に隠れるようにして顔だけ出した義弟が謝ってくる。
口先だけじゃなく落ち込んだ様子を見て、私は口を開けた。
「……私は、頑張っているか?」
「え?」
「いや、いい」
「よくないです! なんて言ったんですか?」
「いいんだ」
「教えてください。良い子にするから!」
「やめろっ!」
「え」
「理不尽な要求に自分を差し出すんじゃない!」
「……」
「お前は自分の正しいと思うことをした。別に今までだって悪い子じゃない。気に入られようとして変わる必要なんてない」
「……お姉様」
「なんだ」
「……僕は、お勉強を頑張ります」
「だからっ気に入られようと思って自分を変えるな! どうせ何をやっても」
どう頑張っても、気に入ってもらうことなんてできなかった。
そう続ける前に、子供特有の耳に刺さる大声が脳髄に突き刺さった。
「お姉様の! 言ってることがわかるようになりたいから」
「……」
「教えてください。さっきなんて言ったんですか?」
「……なんでもないって言ったろう」
「教えてくれないと、良い子になります」
この、クソガキ……っ!
「……さっき、殿下に話していたことだ。……私は、頑張っているか?」
「はい」
至極当然と言った様子で、あっさり頷く子供。
「そうか」
「はい」
「……そう、か」
不思議に思うでもなく、子供は頷いて、それから。
「はい!」
何が嬉しいのかわからないが、とびきり無邪気な笑顔で頷いた。
先生はあらかじめ話し合いをしてくれていたようで、日前の単位で言うと、毎日一コマだけ、義弟も一緒に授業を受けることになった。科目は日替わり。
私にとっては時間の無駄になるかもしれないが、そこは我慢してくれと。
いや、別に復習は何回やってもいいことだ。特に私は、理系にいたとは自分でも思えないくらい、算数が苦手な子供だったから。
だって正直、つるかめ算とか記憶にないし。算数の文章題とか難しすぎるし、それだったら私三元連立方程式を延々解き続ける方が楽。むしろ微分積分の方が楽。いっそ点Pを探しに行きたい。
……脱線した。
そんなこんなで、先生の授業を一緒に受けることになったものの、……まぁ、……子供って、集中力、ないよね。
先生はさすがだった。義弟が何かに気をとられると、それについて解説を初めて義弟の興味を引く。その話の流れでいつの間にかもとの授業内容に戻す手腕。すごい。
まぁこの義弟は標準だろう。日前の私の同級生には、いわゆるボーダーの子がいた。授業中も席についていることができず、あちこち歩き回る。けれど担任の先生は知的障害についてもすごく勉強していたらしく、叱りつけることもなかった。唯一、先生が怒ったのは、その子が、工作用のナイフを、図工の時間ではない時に持ち出していた時だ。
一方で、私は逆に過集中な子供だった。やり始めるとなかなか終われない。理系にありがちだと言われたことがある。
その私と、クラスメイトの子と比べれば、義弟は標準だ。ホッとした。養子に選んだお父様の目に狂いはない。
弟という存在にイライラする私が計算外だったろうけれど。
「では、時間ですね。これで終わります」
先生の声に、義弟は顔を輝かせた。
「お姉様、休憩です!」
「先生に挨拶!」
「えっ」
「ありがとうございました」
と言って頭を下げると、弟は不思議そうに礼を繰り返した。
「はい、ありがとうございました」
先生は苦笑気味にそう返してくれる。
義弟だって家庭教師がついているはずなのに、なんでこう礼儀がなってないんだ?
先生の目がなければ舌打ちしていたところだった。
先生が退室したのを確認してから、座り直す。
「お姉様、休憩です」
「わかってる。お前の授業は終わりだ。好きにしろ」
「お姉様、遊びましょう!」
「私は復習と次の授業の予習をする」
「ふくしゅうとよしゅうって何ですか?」
私の手から筆記具が滑り落ちて床に転がった。メイドが拾ってくれる。「ありがとう」
「はい」と手渡してくれつつ、メイドが笑っているのが不思議だった。
「あの……?」
「お嬢様、予復習は、坊ちゃんくらいの年齢ではあまりしませんよ、普通は」
「え?」
「ね、ルディ?」
護衛は頷くと、「私はスクールに入ってからもしませんでした。私は領地を貰えません。勉強するよりも腕を鍛えなければ生きていけません」
……ああ、まぁ、そうか。
けど、義弟はその領地を預かる身だ。
……でもまぁ、確かに、小学校低学年で予習復習はしてなかったかもしれない。宿題はあったけれど。いや一年生はそれさえなかったか? 私が一年生だった頃なんて、まだ週休1日だったからな……。それに天才タイプは予復習いらないか。私の異様な記憶力も、予復習する時間が物理的になくて身についたってのもあったからなぁ。
ここだと命の危険がないから、復習しないとポロポロ記憶が抜けていく。
結局、お茶をすることになった。
あーイライラする。
顔が良いとなんでも許されると思って、マナーも何もあったもんじゃない。
腹が立つ。
「行儀作法はこれからですか?」
「……そう、みたいです」
苦笑しっぱなしの先生に申し訳なく思いながら答える。
先生は一度控え室に戻られたが、結局「休憩です」を連呼して黙らない義弟を見かねて、メイドたちがお茶の時間にしてくれたので、先生にも声をかけたのだ。
久しぶりだった。
先生は見た目通りの上品さでお茶を飲む。
一方義弟は、ティーカップをあろうことか両手で持った。可愛いとか思ってんのかそれ。今すぐ殴りたい。適温に入れてくれてるメイドたちの心遣いをなんだと思ってやがる。それ温いぞこのお茶って催促の合図なんだよ。てめえ何様だ。
ガキが食べこぼすのはまぁ仕方ない。私もこぼす。てか私は大人になってもこぼしてたから、もうそこは申し訳ないがしょうがないと思うけど、カップの両手持ちとか断じて許せん。
あと背中曲げるな。
「……お嬢様がああやって食べているところは、私は見られませんでしたから、少し残念です」
はい?
「とても愛らしかったでしょうに」
「あーアイザック。お嬢様。そろそろ次の授業のお時間では?」
何か先生が言っていたが、大きめの護衛の声がかぶさって聞こえなかった。
先生がちょっと顔を顰めて、護衛を見た。
「……まだ早いのでは?」
「坊ちゃんとお嬢様のお別れの時間を作って差し上げたいというこの涙ぐましい思いやりの心を察して」
いらねぇ。強烈にいらねぇ。
とは思うが、言えるわけもない。
「坊ちゃん、お嬢様はこれから先生とお勉強です。坊ちゃんは剣のお稽古の時間でしょ? 夕食までお別れの挨拶を」
促された義弟が寂しそうにしつつ喋るのに、「ああ」とか「さっさと行け」とか言いたいのをぐっと堪えて、「またね」と微笑む。接客業で培った作り笑いもおまけでつけたんだ。文句ないだろ。
すごく嬉しそうに笑って「またね!」と手を振る義弟に頷く。
早く視界から消えてくれ。いちいち振り返るな。なんなんだ。あと数時間で嫌でも会うんだぞ。
「……年相応ですね」
「アイザック。相手は一応公爵家だからな? 言葉には気を付けろよ?」
「マルクスこそ」
「おっと失礼」
……ああ、やっぱり、年相応な子の方が、可愛いよね。
今更真似してもイタいだけだし、無理なんだけど。
一度くらい、天真爛漫な生き方をしてみたかったなぁ……。
自分でも嫌なんだ。いっつも、恨みとか妬みとか嫉みとかでいっぱいの頭ん中。
「……手紙?」
「はい」
「先生から?」
「はい」
「……なんでわざわざ」
「ですよね! どうせほぼ毎日会うんですから、捨てちゃいましょう!」
食い気味に言われて気圧されつつ、私は頑張って口を開いた。
「……読みます。ごめんなさい。わざわざとか言ったのはその、読みたくない、とかじゃなくて」
「……そうですか」
いやなんで落ち込むんです!?
「あ、あの、えっと、お茶を、淹れていただけると、すごく嬉しい、です。あの、いつも美味しいから」
「かしこまりました」
受け取った手紙の裏書きを見れば、確かに先生の名前だ。先生の名前は覚えた。間違いない。
ちなみに私は、この世界の人には標準で備わっているだろう、筆跡を見分ける能力には恵まれなかった。綺麗・雑・癖字。その3つの判定しかできない。ちなみに私の筆跡は雑だ。仮にも公爵令嬢がそれじゃまずいんだろうってんで、頑張って書き取りやってるんだが、いかんせん上達しなくて泣きそう。
開封して目を通す。
あまりにすぐに自分が泣いてしまったものだから、思わず笑った。
良かった。お茶を淹れに行ってもらって。
先生は根っからの教育者だ。
弟妹ができた長子の気持ちを汲んでくれてる。
先生の前では取り繕っていたつもりだったが、めっちゃバレてる。
そうか、それに先生と護衛の人は友達だ。どんなに私の態度がひどいか、聞いてるんだろう。
それでも責めるようなことは書いてなかった。
”あなたが心配です”と、とても綺麗な筆跡で書かれていた。
そういえば、殿下と婚約が決まった時、先生には本音を言って良いって。
だけど、いつの間にかお茶の時間はなくなったし、護衛の人が先生にあらぬ噂が立たないようにって結構私語はさせないようにしてくるから(いやそれは友達思いだなって思うし、良いんだけど)、本音を話す機会もなくなっていた。
だから手紙なんだ。
返事で本音を書けば良いのか。
養子が必要なことはわかっているけれど、弟という存在というか、あの子がどういう子かは関係なく、そう言った役割の生き物が嫌いで、自分でもどうにもならないと。
だけど、どう聞いたって酷い話だ。わがままで醜い心。ヒロインに浄化されたいのは私の方だ。
こんなことを書いて、ありきたりの窘めるような返事がきたら、私は結構立ち直れない。もともと酷い真似をする相手から酷い扱いをされても大して傷つかないけれど、一度この人ならとオープンハートした人に傷つけられると、そりゃあもう辛くて辛くて、涙ちょちょぎれるわけで。
だから、まぁ、ぐっちゃぐちゃのドッロドロな心の内をそのまま書くのはやめよう。
オブラートで包んで、……直球の本音は、あのノートにでも書いておこう。断罪イベント前日に暖炉で燃やして隠滅しときゃ良い。
私の死後あの義弟の目に触れないように。たとえ自分が嫌っている相手からだって、自分に対する呪詛みたいな言葉を投げつけられるのは嫌なものだ。
ノックの音がして、慌てて目元を拭う。
先生からの手紙は引き出しにしまう。
振り向いた、瞬間。
ガッシャン!
と、茶器が大きな音を立てた。
「っ」
びっくりして肩が跳ねる。
「だ、大丈夫、」
ですか、と言えなかった。
「燃やします?」
「え?」
「燃やしますか? こう、炎でパーっと」
「……え?」
「お嬢様が嫌だなと思ったら、パーっと燃やしますよ?」
「……手紙はあの、燃やさないでいただけると、すごく助かります」
「先生は?」
は!? という前に、ゴフッという誰かが咳き込む音がした。
「……あの?」
「失礼しました。アイザックは、ああ見えて、すごく強いんで、燃やせないと思いますけど」
「……加護持ちでも?」
「最恐の賢者ってご存知で?」
「まぁ」
ちょっと心外だ、というように目をみはるメイド。
「私でもそのくらいは。……え?」
「ええ、はい」
「……え?」
「……はい。マリー様」
「はい!?」
「あいつからの手紙、なんかやなこと書いてありました?」
「……いいえ。あの、嬉しすぎて。本当に」
泣くほど、というのは恥ずかしかったのでやめた。
え、ちょっと待って。今舌打ちしたの誰?
「そりゃあ良かった。なんかやなこと書いてあったら、俺がきつーく言っときますんで、俺に言ってください」
「……はい」
「一応、付き合い長いんで弱みとかも知ってるんで。それで許してくれませんかね?」
後半は私じゃなくて、メイドの方を向いての言葉だった。
すごく渋々頷きながら、お茶の用意を始めてくれた。




