* からかいの訳
しきりと怯えていた初対面を思うと、友人がお嬢様の護衛を務めるのは無理があるのではと心配していたが、杞憂だと知った。
「なんとかやっているようですね」
安心したとそう告げれば、親友は何故か顔を顰めた。
「マルクス?」
「……顔と言葉がちぐはぐだ」
「お嬢様は素直ですよ?」
「ちげーよ。ああまぁいい。そうだな。マリー様は素直でおとなしい」
「お嬢様です」
「名前呼びの許可もらったんだよ」
「……」
「わっ!? お、お前ももらえばいいじゃねーか!」
「分をわきまえろ」
「……普段身分制度のない国の研究とかもしてるお前の発言とは思えないんだけど」
「お嬢様の侍女と護衛はなんて言ってる?」
「はん? ……あぁ、なぁる。そういうことか。二人とも、妙にでかい声で『お嬢様』を連呼してんなぁと思ったら、あれ、俺にそう呼ばせたいってわけか。お嬢様が反応悪いからってわけじゃなく」
「お嬢様の要望でないなら、戻した方が良い。そのうち虫扱いされるかもしれませんよ」
「なんて?」
怪訝そうな友人に、以前相談しようとしてやめた話を持ち出した。
ひとしきり笑った後、友人はまた笑いを収めるのに苦労しながら、「合点が行った」と頷いた。
「男の庇護欲を唆るような女は大抵同性に嫌われるもんだが……お嬢様は見た目はキツめで中身にギャップがありまくりだし、男嫌いときてるからなぁ……母性を擽るのかね?」
「よくわかりませんが、使用人に好かれているのは良いことです」
「ああ、そりゃ間違いない。お前が目障りな虫扱いされてんのも間違いない」
「……」
「執事長と家政婦長に雁首揃えて事前注意されたんだが、お嬢様のお体に触れるのは厳禁だってな? どこのご令嬢もそうだろうが、お嬢様は特になんだそうだ。護衛として庇う場面もあるだろうから、有事の際は構いませんね? と確認とったら、それもダメだってんで、恐れ入ったよ。それじゃ万一守れなかったらどうするんだと訊いたら、ルディ……多分、お前を殴る代わりに壁を殴った護衛のことな。が、守るから良いんだと。ルディがお嬢様を守ってる間に、俺が取り押さえるなり殺すなりしろってさ。攻守完全分離だ」
友人はやや困り顔でそこまで告げて、それからまたおかしそうな顔になった。
「んでもって。護衛ですら触っちゃならんと言われているお嬢様の多分初めてをお前は奪ったんだ。それも業務上必要な訳でもないのに。そりゃ憎かろうよ」
言い方! と怒鳴ろうと思った。
けれど、頭が茹だったようになってしまった私の口からは、何も出なかった。
「……こりゃ思ったよりマズイなぁ」
友人は呆れたようにボソリと呟く。
「……何がだ」
「いんや。しかしお嬢様は結構変わりもんだな? あの年齢のご子息ご令嬢は、街に出かけたがるもんなんだが、ずっと篭って本ばっか読んでる。メイドがお茶お菓子で気を引かなきゃ、彫像みたいに同じ姿勢で指だけ動いてページめくってるから、ちょっと怖いぞあれ」
「……読書は見聞を広めるのにも役立つ、熱心なのはいいことです」
「そりゃそうだ。けど程度ってもんがあるだろ」
「……集中を遮ると嫌われるかもしれない。その覚悟があるなら、止めてみればいい。私はお前と違ってずっと一緒にはいられない。私に言われてもどうにもできない。お前がどうにかすればいい」
「……なーんか言い方ひっかかるなぁ」
「……お嬢様は勉強でもそうだ。根を詰め過ぎる。そう思って声をかけても、私ではどうにもならなかった」
「……そういや、お嬢様はちぃとばかし背が低過ぎるな。食事量も少ない。動かなすぎて体が成長しねーのかもな。ちょっと散歩でもするように勧めてみるよ」
「ああ、頼む」
「おう、任せとけ。だからそんな落ち込むなって」
茶化すような声音とは裏腹に、心配そうな瞳。
いつだってそうだった。
そこにあるのはいつも心配で、他のからかってくる者たちにあるような、奇異の目やともすれば好色は微塵も感じられなかった。




