おそらく三人目の攻略対象への私の感想について。
おそらく攻略対象だろう護衛の人は、私が普通にする限り、どちらかというと朗らかな人だということがわかった。
私は基本的にあんまり話しかけない。疲れるから。いや、護衛の人が疲れる性格だというのではなく、基本的に私はあんまりおしゃべりじゃないのだ。日前の家族は、いつ何が原因で機嫌が悪くなるかわからなかったから、基本的に私は本を読んだり勉強したりして、会話をしないようにしていた。だって話が通じないし。沈黙は金なりという言葉を漫画で知ってからはそれを貫いていた。
新しい護衛の人は、私の集中が切れたときに図ったように時折話しかけてくる。
移動中に、「そういや、マリー様。本読む時なんですけどね、たまにで良いんで顔上げて外見てくれません? 章が終わるタイミングでそうすると良いらしいですよ」とか。
本から顔を上げて窓を見た時とかに、「そろそろ散歩しません?」と言った具合だ。
予復習や参考文献などの勉強中ならともかく、趣味の読書中に逆らう理由もない。私のネガティブ一直線になりがちな思考回路には、体を動かすのがいいというのも、本で読んで知っているし。
家から出るのは避けたい。でも屋外が嫌いというわけでもない。そんなわけで、提案に乗って散歩することにした。
乙前では散々自由に出歩いた私を冷たい目で見ていたのに、慇懃無礼な態度で仕方なく付いて来ていたのに、自ら誘い出すなんてと少し可笑しかった。
乙前では護衛というよりは監視役みたいな印象だった。
いつからそうだったのだろう。
護衛の人は、庭を散歩するときに、花の名前を教えてくれた。ちょっと意外だったが、存外花の名前に詳しいらしい。ただ、花言葉を添えてくれるあたり、やっぱり乙女ゲームだよなぁここ……という思いが強まる。
ちなみに私は動植物に対してあんまり興味を示さないタイプの人間で、ジェンダーレスと真逆を行く家庭と時代に育った私は、女の子なのに花の名前も知らないなんて自分でもどうかと思ってはいた。
庭を見て綺麗だなと思う感性はあるし、動物を見て可愛いなと思う感性もある。しかし、それと名前を調べたいと思うかは別だった。やることが多すぎて時間がなかったとも言える。
日前では勉強ばかりであまり外に出る時間もなかった。得られる知識と言えば、本からの受け売りで、印象に残っている花言葉というと、日前の私の誕生花(月の方)が「忍耐」だった。……うん。ぴったり過ぎて渇いた笑いが浮かんだ。「……ですよねー」という感じだ。
日前で読んだハーブティーの本に載っていたのだが、あまりに「知ってました」感が強すぎて、肝心の花の名前を失念した。
私の動植物に関する知識関心はそんなレベル。
ここで再度お伝えするが、私の数多ある欠点の一つ、「好きなことに関する記憶力が異常の裏返し、興味ないことに関する記憶力がミジンコ」。
私はなるべく人の好意は無にしたくない。全然趣味じゃないプレゼントをもらっても喜んでみせたし、嫌いな手料理ならば噛まずに飲み込み、興味のかけらもない本もお勧めされれば時間はかかっても一応目は通す。
まさにNOと言えない日本人。
そんな私は、教えてもらったのだから覚えようと思い、毎度おなじみのお散歩ルートを歩いている最中、前に教えてもらったものを指差して名前を言ってみたが。
見事に玉砕した。まるっきり覚えてなかったり、勘違いしていたり。
久しぶりに日前の母親を思い出して身が竦んだが、笑い飛ばされて気が抜けた。
この人は確かに私を殺す側の人間なのだが、日前の家族のように暴力を振るってくるわけでもない。怒鳴ることもない。恐怖心があまりないせいか、並以下の記憶力しか発揮しない私に意外に忍耐強く教えてくれるので、面倒見の良い性格なのだろう。からっと笑って教えてくれる。
そういえば、騎士団の人は声が大きいと言っていたが、護衛についてもらってから一度もそんなことはない。声を荒げるどころか、声の大きさもどちらかといえば控えめで。
私が怯えないように配慮してくれているのかもしれない。
何度間違えても怒らなかったり、私の健康に気を使ってくれたり。優しい人だ。家族、使用人、先生に次いで、この人もなるべく不幸にしないことを目標にしよう。
日前の私はど近眼だった。この人の注意がなければ、またきっとそうなる。定期的に遠くを見るように、というのは、目が良くなる系の本にも書いてあったことだ。知っているのに読書中はどうしても忘れてしまう。だから助かっている。
眼鏡なしでも輝く星が見えるのも、山の稜線がくっきりしているのも、本棚の一番上の背表紙が読めるのも、ありがたいことだ。
殴られるときも、眼鏡があると余計痛いんだよね。食い込むからさ。失明するかと思ったこともある。いやまぁいまはそもそも誰にも殴られることないんだけどね。
……断罪の時か。思い出そうとすると、わぁわぁと耳鳴りするようなうるささが耳に着く。
……ひとつだけ、困りはしないのだが、不思議な点というか、なんというか。どうもこの人は、私と先生が授業以外で話すのをあんまりよく思っていないらしい。友人だと言っていたから、殿下の婚約者の私と不名誉な噂が流れないようにとフォローしているのだろう。結構不自然な感じで話に割って入ってくる。
友達思いの人なのだ。
まぁ、あながち間違いでもないか。私と同い年のヒロインの横に並んだこともある先生だ。年齢幅は広いんだろう。
……うわ、ゾワッとした。
そう考えると、ぞわっとする。私にとって未成年の女の子は須らく保護されるものだ。その考えがアレなのは知っている。日本でさえ女の子は16歳で結婚が許されているわけだし。それでも、やっぱりどうしても受け入れられない。
良い歳した男が、年端も行かない子供に色目を使うのは悍ましい。
ってダメだこれ深呼吸しよう。
すー……はー……
よし。
先生がヒロインと恋仲になるのはスクールに上がってからだ。見初めたのは15歳とかそんなもんだろう。別に手を出していなければ犯罪ってわけじゃない。歳の差はあるが、別にペドフィリアってわけじゃないだろう。
それは、護衛の人も同じ。
お門違いな嫌悪はダメだ。多分態度に出る。
……ほんとにこの世界が乙女ゲームなら、なんで私なんかを……先生との恋愛にときめく一般的な女の子をヒロイン枠に放り込んでくれれば良いのに……その手の漫画は気持ち悪くて途中で投げ出した。
生理的に無理っていう人間をなんでこんな世界に入れるんだよ。
そうなんだよなぁ……乙女ゲームに手を出さなかった理由の一つに、先生との恋愛があるところが……一定の需要があることはわかってる。それもたぶん少なくない。誰々先生が素敵みたいな話を、中学でも高校でも聞いたことはある。ただ私個人はどうしてもぞっとする。女子生徒が憧れるのは構わないし、それだけなら聞いてもなんとも思わない。なんなら「そうだね」と相槌だって打つ。ただ、それに応える教師は最悪だと思ってしまう。
これはもうどうにもならないんだろう。
幸い、私自身は悪役令嬢らしき立場だし、人に好かれるような性格でもない。乙前でも何事もなく、ただ死んだ。護衛の人が心配しているようなことにはならない。
ただ、確かに最近は、びっくりするほど近くにいる時がある。頭を撫でられて驚いたのは、基本的に手を伸ばして触られる距離まで人に近づくことは稀だったからというのもある。服を掴んだ時もそうだ。
日前ではかなわなかったが、乙前ではわがままがだいたい通る。くすぐったがり設定のおかげで、家族も使用人も不用意に近づいてこないでくれたし、それこそ身支度を手伝ってくれるメイド以外とは、いつも半径1メートル以内には入らないで済んでいたのだ。……先生が断罪の時の恰好で現れた時は、護衛の女性が抱えて運んでくれたが、あの時は……頭真っ白だったからね……
殿下との婚約が決まって授業が増えた。先生といる時間も増える。先生は幸い博識で、教えられる教科も多いらしい。日前の大学のカリキュラムも可能なんじゃないだろうか。
ということで、屋敷内に先生の控え室が作られ、教科ごとの休憩時間は先生はそちらで休み、私は授業の予習をすることにした。いままではメイドがお茶を運んできてくれて、先生と一緒にティータイムだったのだけれど、先生の友人も心配してるのだろうし、何より先生の名誉のためにも、この方がいいだろう。
しかし、私の方はといえば、予復習をする予定が、授業の合間に散歩に連れ出されている。もちろん護衛に。
「勉強ばっかしてると体が鈍りますよ。適度に動かした方がいいです」
まぁ私もどちらかといえばインドア派ってだけで、体を動かすのは苦手だけど嫌いなわけじゃない。体育が嫌いだったのは、私の小学校時代はまだ体操着がブルマだったせいだ。
行儀作法などの実技がない日は、先生の授業を受け、庭をいつもどおり一回りして戻り、の繰り返しだ。
庭に出るときは護衛二人は必ずいる。メイドは時々、ほかの仕事があるとかでいない時もある。
だから自然と護衛と話すことが増えた。昔から護衛をしてくれている女性は私と同じであんまり喋らない。だから話すのが増えたのは、先生の友人の方。
思ったよりも親しみやすい性格の護衛に気が緩んだこともある。いつか考えていた、乗馬をしてみたい旨を勇気を出してなるべく控えめに言ったところ、二つ返事で引き受けてくれた。
騎士団所属ならば乗馬は必修のはずだし、あとは私の好感度の問題だ。馬術を教えてくれるような知り合いでもいないかなぁというような感じで切り出してみたのだが、技術面は口頭で(そこはめんどくさそうな半笑いをされたが)、慣れるまでの相乗りや一緒に手綱を持つとかそう言った面は女性の護衛がしてくれることになった。
当面の問題は私のスケジュールだ。
日本でも明治時代の良家のお嬢様は複数の外国語を喋れるのが当たり前とされていたこともあり、和洋折衷半端ないこの世界でも、公爵令嬢の私は結構忙しい。
乗馬ともなると服を着替えたり、馬場まで移動したりと、結構手間がかかる。
何かの時間を削るしかない。
日前の私なら睡眠時間を削れば済む話だが、今の私が時間を確保しようと思えば、勉強の時間を削らなければならないらしい。
読書時間を削ろうと思ったのだが、なぜかメイドと護衛二人が強固に先生の授業時間を削ろうとしてくる。
私は先生の契約がどうなってるのか知らないが、もしシフト制なら勝手に勤務時間を減らすイコールお給料が減るだ。
それは良くない。とてもよろしくない。
私も日前の学生アルバイト時代、勤務先の経営悪化で営業時間が短縮され、バイト時間が1時間減らされた。1日1時間減らされると、月では結構な額になる。その結果、大学の講義で指定された書籍を買えなくなったという苦い経験がある。
だから、それはなしの方向で。
先生の都合で時間を減らしたいとか、純粋に私の家庭教師をやめたいとか、思っているならそれでも良いのだけど、と言葉を考えながら告げたところ、三人とも、バツの悪そうな顔になった。
……あ、マジでそのパターン? もう嫌われ始めてた? やっぱりこの前服掴んだのがダメだった?
「……それなら、あの、大丈夫です。先生のせいじゃなくて私のわがままだってちゃんとお父様には言いますから、先生には」
パンっと大きな音がして、驚いて顔をあげる。いつの間にかうつむいていたらしい。
私の正面に回って頭を下げてその前で両手を合わせている姿があった。
「……え?」
頭を下げたまま、彼は弱り切った声をあげた。
「勘弁してください。俺があいつに殺されます」
……いやいやいやいや待て待て待て待て。
殺されるのは私でしょ? あなた私を冷たく睨んでる先生の隣で先生の肩に肘乗せて嗤ってこっち見てたでしょ!?
あなたの定位置、ヒロインの隣か先生の隣かどっちかでしたよねいつも!?
——と、思いつつも言えない私は、この人の思考回路が全く読めず、ちょっと途方に暮れてしまった。
ブックマーク、評価、有難うございます。
とても嬉しいです。
ブックマークに舞い上がって、ゴールデンウィーク中は連続更新してみました。
評価が嬉しかったので、もう1話、短いですが、明日。
本当にありがとうございます。




