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* 五里霧中

 パッと見、きれいな女の子にしか見えなかった友人は、見た目に反した勇ましい名前を付けられていた。

 年齢が同じで親同士も交流がある俺たちは、当然のように連むようになっていた。

 友人は子供の頃はそれはそれは体も弱くて、本当に女の子のようだった。

 対して俺は腕白坊主そのもので、早々に騎士団に入れられることが決まった。

 子供の頃はよく友人を連れ回しては、両親にこっぴどく叱られていたものだ。

 入るまでは騎士団は恐ろしいところだと思っていたから、今の内に興味のあることは端からやっておきたかった。

 そして体の弱い友人は放っておくとあまり出歩かなかったから、肌も真っ白でどう見ても病的だった。子供の浅知恵というか、俺はそんな友人をお日様の光に当ててやらなければ死んでしまうと思っていて、それで連れ回していたのだ。今思えば、ありがた迷惑と言ったところだろう。


 スクールに上がる頃になると、友人は割と丈夫になった。

 けれど見た目はあんまり変わらなかった。直線的にはなったが、俺と違ってゴツゴツしたところも無骨なところもなく、所作も女々しくはないが、粗雑さもなく。

 母上譲りのきらきらしい髪と相まって、男女両方にモテていた。特に年頃の女の子、中でも男に免疫のない高位貴族のお嬢様方が、子供の頃に絵本で見て思い描いただろう王子様そのものの見た目に、瞳をハートにしていたのを覚えている。

 かたや本人は学問に夢中で、その視線に気づいていたかどうか。


 まぁ女子の方は良いとして、男の方は露骨にからかう奴もいた。俺とは付き合いが長いから、俺が髪に触ったり褒めたりしても特に気にはならないようだが、年頃の男で程度の低いやつは本当にびっくりするような真似をする。

 最初はおどおどしていたあいつも、度重なってついにキレた。天才様は何をやらせても天才らしい。

「……おま、……いつの間に……」

「本で読んだ」

 いや、読んだだけじゃ普通できないだろ。ということを数回繰り返した頃には、今までは俺が冗談で言っていた女扱いに、毛を逆立てて怒るようになっていたし、あいつをそうやってからかうやつは、俺以外には一人もいなくなっていた。

 まぁその分、女子人気は上がった。美しくて強い者が女の子は大好きらしい。欲張りなとは思うが、女の子はわがままな方が可愛いからまぁ仕方ない。


 卒業後、俺は騎士団へ、友人は象牙の塔へ入ることを希望していた。

 そんな友人の元へ、舞い込んだのがお嬢様の家庭教師という職だった。

 最高位に君臨する公爵家、そして政治手腕と経営手腕を見込まれて婿に入った公爵、美貌と知略を兼ね備えたという王国の生きた伝説気高きブルーローズ。

 空恐ろしくて絶対関わり合いになりたくないところからの招集に、友人は世間知らずぶりを遺憾なく発揮してホイホイ応じた。

 どんなわがままお嬢様が現れるかと思いきや、友人に言わせると人見知りはするものの勉強熱心で素直な良い子だということだった。

 だいたい優秀な親を持つ2世はバカが多いと俺は思っていたのでにわかに信じられなかった。


 久しぶりにあった友人は口調を変えていたし、見た目も変えていた。

 そこで、やっぱり世間知らずのこいつが気づいてないだけで、劣悪な労働環境なんじゃないかと疑った。

 それからしばらく経って連絡が来た。互いに成人していたから祝い酒でもということだろうと思ったら、お嬢様に名前を聞かれたことのお祝いという、微妙な内容だった。

 しかも内容が内容なだけに、お嬢様はマセガキだろうというのが俺の中で確固たるものになった。

 公爵家が相手だと分が悪い。

 色々考えているうちに、殿下の婚約者がお嬢様に決まった。お嬢様と殿下は同い年、家格も問題ない。外交カードとして使わないのかと不思議に思ったが、まぁ妥当なところだ。友人が心配なのも本当のところで、舞い込んだ護衛話に乗ることにした。


 対面して見ると、俺の中に元からあったイメージがガラガラと崩れ落ちた。

 将来美人になることが決定している見た目と裏腹に、中身は全くもって可哀想なくらいの弱者だった。

 ありゃあ護衛が必要だわ。それも、ぴったりくっついて離れない女性の護衛が必須。

 お嬢様は恐怖で声が出なくなるタイプの人間のようだった。それに体が動かなくなるタイプだ。あれじゃ、何かあっても護衛が気づけず駆けつけられないし、一人で逃げ出すこともできやしないだろう。

 可哀想に、という思いと、友人は別に世間知らずの学徒ってわけでもなかったんだと少し安堵した。

 本当にこのお嬢様は人見知りで、男嫌いだ。というより、男性恐怖症とでも言うのか。近づいた友人の服を震える手でつかんだのは、他に頼れる人間が手近にいなかったからだろう。

 多分、手が届く範囲にいたのが女性の護衛なら彼女を、メイドなら彼女の手を掴んだにちがいない。

 彼女たちはお嬢様の後ろに控えていて、お嬢様の表情が見えていなかった。

 俺は子供にそんな表情をされたのは生まれて初めてだったから、驚いたし、少しショックも受けていた。

 けれど、本当にショックだったのは、友人の顔を見た時だ。

「……あいつもなぁ……庇護欲がヤバい方向に突っ走らにゃ良いんだが……」

 殿下の前では言えなかったことを、独りごちながら頭を掻いた。

 噓から出たまことというか、瓢簞から駒というか。


 お嬢様が俺を見て怯えた時はまだ普通だった。困り顔は見慣れたもの。そこから取り成すような笑顔を浮かべるのを見れば、こいつも大人になったもんだと感慨を覚えもした。

 問題はその後。

 お嬢様が青白い顔をしてぎこちなく震える手であいつの服を掴んだ時。

 

 あいつの顔に浮かんだ表情は、付き合いの長い俺でさえ初めて見るような顔で—— 



 お嬢様にとっては恐怖の、俺にとっては色んな意味でショックな顔合わせから数日経った頃。

 その頃には、お嬢様はぎこちないながらも目が合えば笑顔を向けてくれるようになってはいた。

 意を決したような顔をしたお嬢様は、俺を前に丁寧に頭を下げた。

「……あの時は……取り乱して、……申し訳ありませんでした」

「いいえ。クビにされなくてホッとしています」

「しません!」

 ものすごい勢いで言われて、驚いた。お嬢様、そんなでかい声出るんすね。後、お嬢様はやっぱ反応がとろい(失礼)って訳でもないのか。

「あ、あの、すみません、大きな声を……」

「いいえ、大丈夫です。俺の周りには――失礼、私の周りには、声の大きな者が普段多いですから」

「そうなんですか?」

「はい。騎士団はそんなもんです。お――私の声が大きいようでしたら言ってください。努力します」

「……ありがとうございます。それと、『俺』で構いません」

「良いんですか? 俺はありがたいですけど、お嬢様はご不快なのでは?」

 若干青い顔になったお嬢様は、それでも首を振った。

 ということは、あいつが僕から私にしたのは、お嬢様に強制されたからじゃないのか。

「……何かを強制されるのは嫌なものだと私は思います。職務に必要ならば折り合いもつきますが、そうでないなら」

 ……なんかお嬢様、まるで働いたことがあるみたいな口ぶりだな?

「……いえ、あの……私は。王族ではありませんし、私自身はそこまで敬語を徹底して欲しいとは思いません。公式の場では改めていただく必要もあるかと思いますが、おそらく護衛の方が公に話さなければならないことはほぼないと思います。……契約にないことを私は強制したくないんです。そんな権利もないはずです。それはあくまでボラン……いえ、その方の思いやりです。私はそれを全員に強制したり、してもらえないことを不満に思ったり、してもらって当然だと思い上がりたくないんです」

 ……ああうん、この子確かに勉強熱心なんだろうな。

「いえ、あの、違、すみません……その、どちらでも良いんです。あの、そうしたい、と思う方でお好きなようにしてください」

 ……っていうかこの子、ちょっとあれだよな。昔のアイザックに似てる。

 何言ってんのかこっちが理解してないかもしれないって思うと話打ち切るっていうか。必死にわかりやすい言葉探そうとしてるっていうか。説明しようと思ってついつい話長くなって慌てて中断するところとか。


「じゃあ俺、俺って言いますね。あとお嬢様のことは名前で呼んでも?」

 実はちょっと気になっていたことがある。


 お嬢様は、「お嬢様」と呼ばれると、反応にワンテンポ遅れが生じる。わざとしている風でもなく、ハッとして慌てて返事をするところから、まるで自分が「お嬢様」だと理解していないような、そんな不思議なタイムラグがあるのだ。

 緊急事態に陥った時、名前を呼んで咄嗟に反応してもらえなければ、命取りになることもある。

「構いません」

「ありがとうございます」

「……こちらこそ、ありがとうございます」

 うーん、まぁ、この見た目の良さで、こっちの理解度を推し量ろうと必死に目を見るところとか、それでこの笑顔とか、スクールに上がりゃあ確かに、波乱万丈になりそうだよなぁ……

 アイザックの再来だ。

 その前に、そのアイザックをどうにかしないとなぁ……

 誰にも懐かない野良猫が自分にだけ懐くみたいな優越感、っていうレベルで、なんとか留まってくれないと。

 確かに後十年、いや十五年もしたら口説きたい美人になるのは間違いない。勝ち気な美人に見えるのに、根は引っ込み思案っていうのもギャップ萌えで堪らないに違いない。だけど今のこのお嬢様相手って……


 あいつ、このままじゃロリコンに転げ落ちかねないよな、まじで。


 見たこともないような嬉しそうな顔がちらついて、俺はまた頭を掻いた。

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