* 王子様は悪役になりたくない
「『王国の気高きブルーローズと謳われる公爵夫人によく似て、とてもお美しいです』」
「……」
「『一目見て惹かれました。どうか婚約していただけませんか』」
「……」
「が、どうして、『だからお前のことがすごく好きとかそんなんじゃないからな!』になるのでしょう?」
「……僕も聞きたいなー」
「ご令嬢が殿下に興味を示さず、それに傷つき、また初めての恋に舞い上がってしまわれたとはいえ……殿下は難解な上に斬新な変換機能をお持ちですね。殿下の斯様なお言葉遣いは、初めてうかがいました」
「……初めて口にしたからね」
「ええ。まるで市井のもののような粗野なお口ぶりでしたが、どちらから学ばれました?」
「……」
「……黙秘ですか。ご令嬢の父君である公爵に、一言でも漏らされれば、殿下は廃嫡の憂き目に遭われてもおかしくない大惨事となるところでした。今の所公爵に変わった様子はございません。が、切り札として温存しておられる可能性も否めません。次はないと思し召しください」
「……はい」
二度目の顔合わせで、大失態を演じた僕は、こんこんとお説教を受けた。
すぐにでも詫びるべきだと思ったが、手紙ではなく、ちゃんと面と向かって謝って、なおかつ誤解を解かなければ。そう思った。
――のだが。
引きつった笑顔は、公爵夫妻を恐れているのではなく、僕への怒りを抑えているからだろう。
「次はないと申し上げましたよね?」
「……はい」
「『お会いしたくて、無作法にも訪ねてしまいました。突然で申し訳ありません。少しでも良いのです。お顔を見せていただけませんか』」
「……」
「が、なぜ、『遊びに来てやったぞ! 早く出てこい!』になるのでしょう?」
「……僕もわからない」
「殿下は今のお立場にご不満でも? 一目惚れされたのが公爵令嬢であり、殿下の我儘が通って無事婚約が罷り通ったというこの上ない幸運に何か不都合でもおありですか?」
「……」
また、やってしまった。
内心反省している僕に、外側から容赦ない叱責。
しかし、それはノックによって遮られた。
「お久しぶりです、殿下」
「……久しいね、ユニウス」
入ってきたのは、マルクス・ユニウス。黒髪黒目、長身短髪。筋骨隆々とした大男、とまではいかないけれど、鍛え上げた体に、人好きのする顔立ち。騎士団の隊服がよく似合っている、一言で言うなら美丈夫だ。
「大きくなられましたね」
「……今は公務じゃない。堅苦しいのは無し」
「かしこまりました」
「ここには慣れた?」
「よくしてもらってますよ」
「良かった。彼女とは……どう? 僕のこと、何か聞いてる?」
「それなんですがね、殿下。さっきみたいなのはここのご令嬢にはダメです」
「わかってる。最低だったって自覚してるよ。でも、『ここの』っていうのは?」
「お嬢様は男嫌いなんです」
「えっ」
「あーいや、ちょっと違うか。アイザック……俺の友人なんかには、懐いてるみたいですし、嫌いというよりは、基本苦手なんでしょう」
「……彼女は、君の……友人のことが、好きなのかな」
「いやーお嬢様の方は違うと思いますよ? 懐いてるって言っても……。友人は昔から、ちょっと女に見えるようなやつだったんですよ。子供の頃は結構勘違いされることも多くて。それがコンプレックスだったはずなんですが、ここのお嬢様には役に立つ。それでなんか振り切れちゃったんでしょう。見た目も男か女かわからないような服装にして、主語も『私』にしてますからね。お嬢様もそこまでしてくれるんだからってんで、信頼してる感じではあります」
「……どうしよう。なんだか会ってもいないのに君の友人が嫌いになって来た」
すると、ユニウスは吹き出した。
「そりゃ、完璧に恋に落ちましたね、殿下」
「……そう、なのかな」
「ええ。あいつみたいに女っぽく喋れとは言いませんが、男らし過ぎる、それもこう荒っぽい口調は、やめた方がいいと思いますよ。普段の殿下の口調なら、十分及第点なはずです」
「……でも、彼女を前にすると、口が勝手に……」
「そりゃ重症だ」
「じゅうしょう? じゅうしょうというのは……?」
「いやなんでも。とりあえず、すぐに喋らないで深呼吸でもしてみましょう。下手に喋れないなら、とりあえずにっこり笑って見たらどうです? 殿下は見た目も最高ですから、活かさないと勿体無い」
「……でも、前に会った時も、あまりこっちを見てくれないんだ」
「ははぁ……もしかして、護衛かメイドの後ろに隠れて出てきてくれなかったり?」
「え? いや、そんなことはなかったけれど、ずっと窓の方を見ていて……」
「そりゃすごい。殿下は好感度高いみたいですね。さすが殿下」
「えっ、え?」
「俺と初対面の時なんか、例の友人の後ろに隠れてましたよ、ずっと。めちゃくちゃ怯えられましたね。隠れるというか、友人を盾にしてるっていうか。こう見えても、子供には好かれる方だと思ってたんで、ありゃあショックでしたねー」
「……ユニウスでもそうなの」
「護衛対象に逃げられるとかお初過ぎて悩みましたが、次の時は比較的まともでした。多分、回数重ねりゃ慣れるんでしょう。俺の友人が一番信頼されてるのは、ずーっと家庭教師してるからですよ。殿下もそのうち、頼りにされるようになります」
「そう、かな」
想像すると嬉しくなった。
「ええ。だから、まずは言葉遣いに気をつけましょ。あの友人でさえ、男物の服を着たら、怯えられたらしいですから。人間中身が大事って言いますけど、中身を知るまでは見た目とか話し方とかの外側も大事です」
「……君の友人にも……そうなんだ……うん」
「ってなわけで、今日はとりあえず、お嬢様の挨拶が終わるまでは、にっこり笑って黙ってましょうか。ああそうだそこの人、新しい従者さん?」
「そうだ、会うのは初めて? かな。僕の新しい従者、ノートン」
今まで控えていたノートンは、一歩前に出て、礼をした。
僕からすればノートンも十分背が高いけれど、ユニウスと並ぶと小さく見える。ノートンも黒髪黒目だけど、ユニウスと比べると、茶色みが強かった。ちなみにノートンはこの国では中肉中背と表される範囲の体型。眉目秀麗だけど、神経質そうなところが玉に瑕……と言うのは、お小言をもらうことが最近めっきり増えた、僕の恨み言かもしれない。
「こちらは、騎士のユニウス。小さい頃よく遊んでもらったんだ」
紹介をすませると、ユニウスが面白そうに笑った。
「俺はちょっとばかり耳が良いんです。そこで提案なんですが、殿下が暴言を吐いたら、さっきみたいに翻訳してお嬢様に通訳してやってもらえませんか?」
「ユニウス、それは」
「もしもです、もしも。今日もなんかまずいこと言っちゃったら、です」
「……言わなければ良いってこと?」
「その通り。殿下も嫌われたくないでしょう?」
急いで頷く。
「お願いしますよ。俺もちょっと心配なんです」
「……ユニウス、やっぱり僕のこと、何か聞いてる?」
「あ、いや、お嬢様は殿下のことを、公爵夫妻にも俺にも話してませんよ。そこは安心してください」
「……」
それはそれで、少し寂しい気もする。やっぱり、嫌われてるというより、僕に興味がないんじゃないかな……
「ただ……俺の友人がちょっと、……怒らせると物理的にやばい人間なんで」
「え?」
「ああいえ、なんでも」
にっこり笑って言われたので、それ以上は聞けなかった。




