2日目
目が覚めると、白一色の視界。
一瞬、ギャル男神の所に戻ったのかと思ったが、微妙に違う感触、ツルツルでフッカフッカ………布団だった。
絹らしいツルツル、流石王族、フッカフッカの布団。
起きるにはまだ早いのか、隣にはアールスハインが熟睡中。
マフマフとベッドの端へ、下を見ると、今の俺には結構な高さ。
気合いを入れて、シーツを掴み滑り降りる。
尻餅を付いたが下は絨毯なので大丈夫。
立ち上がろうとしてゴチンとデコをぶつけた、頭が重くてバランスが悪い。
幼児の体とはこれ程歩きにくいものか。
キョロキョロ周りを見回し、まだカーテンの引いてある窓際へハイハイで近付く。
分厚いカーテンを越えて、大きな窓の前に、窓枠に掴まって立ち、薄っすらと映る自分の姿の確認。
夕べ寝落ちしたためか、白いワンピースみたいな絹の寝間着を着せられている。
デカい頭に短い手足、それなりに筋肉を維持していた腹はムッチリと膨れ、グリグリのドングリ眼、モチモチしっとりの頬は、3歳の甥っ子より柔らかい。
そっと覗いたウェスト紐のトランクスパンツの中は………………床に手を突き涙が自然と流れる。
仕方が無いんだ、男の子だもん!
尻を撫でてカーテンが開けられる。
打ちひしがれる俺を見つけたメイドさんが、
「キャッ」
と可愛らしい悲鳴をあげる。
泣いている俺をササッと抱き上げる。
17、8歳位の若いメイドさんが、片手で簡単に抱っこ出来る、自分の小ささを思い知る。
こんな小さな子供の世話などした事が無いのだろうメイドさんは、俺を抱っこしたままオロオロしている。
そんな騒がしい気配に、アールスハインが目を覚ます。
アールスハインと言う男は、目付きの鋭いヤンキー顔である。
ただ、非常に整ったヤンキー顔で、寝起きのまだボンヤリとした顔は、普段の目付きの鋭さを、多分に軽減してしまう。
何が言いたいかと言うと、寝起きのアールスハインは、無駄にフェロモンを撒き散らすエロい男になってしまうと言う事で、年頃の娘であるメイドさんにしてみたら、まさに目の毒。
メイドさんは、顔を真っ赤っ赤にして、俺を優しくアールスハインの腹の辺りに置くと、
「しゅ、しゅつれいしますたー!」
と、凄い早歩きで、部屋から逃げ出した。
アールスハインを見ると、苦笑。
これは、自分を怖がって逃げた、とでも思っていそうだ。
幼児の面倒見の良い鈍感ヤンキー、時々エロい男って………モテるやつやーん!
僻みながら、ジト目で見ていると、目尻に溜まった涙を拭われ、
「どうした?前の世界の家族でも思い出したか?」
と優しく頭をポンポンされる。
…………モテるやつやーん!!
こんな男は僻んでも無駄!と諦めよう。
「おはようございます、ハイン王子、ケータ様、お支度は、まだですね。ケータ様、お手伝いさせて頂きますね」
シェルがそう言って、テキパキと布団を剥がし、アールスハインを追い出すと、俺をベッドの端に立たせて、スポーンとワンピースを脱がせ、きなり色のシャツと紺色の柔らかい生地のオーバーオール、きなり色の靴下を履かせ、それはそれは可愛らしいスリッポン型の靴も履かせて、抱っこで洗面所へ運ばれる。
濡れた布で顔を拭かれ、口にグミのようなものを入れられ、何度か噛んだ後グブグブしてって言われて、何度か噛んでみると、口の中が泡だってきて、グブグブすると液体になった。
「ペッして下さい」
とお椀みたいな物を出されるので、ペッしたら、歯磨き終了。
前の世界でも是非欲しかった。
今度は、洗面台に立たされて、髪を軽く整えられる。
抱っこされて鏡に向けられたが、そこには、甥っ子に似た幼児の姿。
隣にシェルが映っているので、間違いなく俺だと思うが、違和感を感じる。
よくよく見ると、目が、王様よりは薄いけど、紫色に変わっていた。
これは、異世界仕様?特に視界が変化するわけでもないので、気にしないことにした。
用意の調ったアールスハインと共に寝室を出る。
流石王族、王子一人のために、部屋が2つも有るらしい。
寝室の他に、リビング、洗面所にお風呂にトイレ、クローゼット、ドア1つで繋がる侍従室も有るらしい。
シェルに説明を受けながら、リビングに入ると、そこには既に、王妃様とアンネローゼ、まだ眠そうな双子王子が優雅にお茶を飲んでいた。
「おはようアールスハイン、ケータ様」
「おはようございます、ハイン兄様、ケータ様、遅いですわよ!」
完璧に身仕度を整えた二人。
王妃様は薄いけど化粧バッチリだし、アンネローゼなんか、髪をクルクルに巻いている、いったい二人は何時間前に起きたのか?そんな事を考えていると、
「おはようございます、母上、ローゼ、お二人共随分早い、目的はケータですね?しかしカルロとネルロを巻き込むのは可哀想では?」
と、苦笑していた。
有無を言わせず王妃様とアンネローゼの間に座らされる。
6人での朝食が始まる。
メニューは、サラダ、スープ、スクランブルエッグ、厚切りベーコン、フルーツにパン、前の世界では考えられない豪華な朝食。
俺のパンは牛乳的な物で煮た、パン粥になってて、だいぶ甘かったけど食べきったよ!
ベーコンは固くて食えなかったけど!
なのにアンネローゼは、野菜が苦手なのか、つつくだけで全然食べていない、元農家の息子としては、
「やしゃいきりゃいは、ぶしゅのもちょ(野菜嫌いは、ブスの元)」
と教えてあげましたよ。
アンネローゼは慌てて全部食べたよ。
王妃様に良い笑顔で頭を撫でられたよ。
双子王子は、未だ半分寝ているようだが、ゆっくりと完食してた。
和やかに?朝食がすみ、それぞれの今日の予定へ。
アールスハインの今日の予定は、午前中王様に呼ばれてるので、王様の執務室へ、アールスハインの抱っこで向かう。
執務室には、王様、宰相さん、将軍さん、イングリード、メガネ長官が揃っていて、
「すみません、遅れました」
とアールスハインが謝ると、皆から苦笑が返ってくる。
王妃様とアンネローゼが、双子王子を連れて、部屋に乱入してきた事を知っているらしい。
シェルが言うには、朝と昼のご飯は特に約束も無ければバラバラに取るらしい。
今朝は、俺と食べたくて、無理矢理押し掛けてきたらしいよ。
なので遅れるのは予想済みで、苦笑されただけだった。
俺達が座ると、すかさずザ・執事なデュランさんがお茶を出してくれる。
昨日、俺がお茶を飲まなかったからか、今日はお茶ではなく、青汁が出てきた。
ギョッとして、でも折角出してくれたのだからと、恐々一口飲んでみる。
!なんと青汁は、桃味のジュースでした!ビックリしたけど、美味しいので問題無し!デュランさんには笑顔でお礼を言ったよ。
「さて、今日集まって貰ったのは、昨日発覚したアールスハインの呪いの件について、クシュリアの部屋を捜索させた結果、幾つかの疑問の答えが出た。その事で皆の意見を聞きたい」
「では、私から捜索の結果、発見された物の説明をさせて頂きます」
王様の言葉に続き、捜索に参加した宰相さんが女性用のコンパクトに似た道具と、液体の入った幾つかの瓶を机に並べる。
その道具からは、アールスハインの呪いと同じような良くない感じがする。
つい、アールスハインにしがみついてしまったらポンポンされた。
そんな俺を皆が見て、頷き合っていた。
「こちらは昨夜の捜索で、クシュリア様の部屋の隠し部屋で発見された物です。
茶色の瓶に入った物は、小匙1杯ほど飲ませれば、身体中の穴と言う穴から出血し、3日程で死に至る、西の砂漠にいるスコルピオと呼ばれる蠍の魔物から採れる毒で、透明の瓶に入った物は、瓶の半量を飲ませる事で、眠ったまま目覚める事無く生涯を終わらせると言う、北海の海竜の血液から採取される毒です。最後にこちらは、古代魔道呪具と言われる物で、大変稀少で扱いも難しい物ですが、使用した際の効果は絶大、その上使用された痕跡がほぼ残らないと言う恐ろしい道具です、そしてこの魔道具は使用済みです」
恐ろしい事をスラスラと無表情で言う宰相さんが、とても怖いです!
「この魔道具を使ってアールスハインを呪ったと考えていいだろう、だからこそ今まで誰も呪いに気付かなかった……」
「それはどうでしょうか?この古代魔道具は1度作動してしまえば、術者がどれだけ未熟でも、対象が死亡するまで呪いの術は止まる事はありません、そして術者が未熟であればあるほど、返された反動は大きな物になる。そこから考えますと、この魔道具を使って、ハイン王子もクシュリア様も死亡していない事自体、異常なことなんです」
「……それは、どう言う事だろうか?魔道具が不完全と言う事か?」
「それは分かりません、ですが、もう1つ気になる点が」
「なんだね?」
「時間です、呪いの術とは、術者の多大な魔力が必要になる術です。たしか、クシュリア様の魔力は緑色、ハイン王子は赤色、この魔力差を魔道具で埋めたとしても、ハイン王子が呪われたと思われる幼少のころから10年以上も呪い続ける事など不可能です」
「誰か、他の術者が手を貸した、と言う可能性が?」
「それも考慮に入れるべきかと」
メガネ長官と王様の会話で、新たな犯人が増えた。
毒も、何処で手に入れたかも分からないし、何だか怖いことになってる。
そして何だかさっきから、魔道具とか言うのから、ちっさいウニョウニョが出てきてる!つい出来心でツンツンしてみたらビチビチし出した。キモッ!
ウニョウニョを凝視していると、俺の様子に気付いたアールスハインが、不思議そうに魔道具と俺を見て首を傾げていた。
俺があんまり凝視していたためか、皆も気付いて、メガネ長官が何かゴニョゴニョ言うと、ウニョウニョを包むように丸い半透明のバリア?で魔道呪具ごと包みこんだ。
バリア?に包まれた途端、実体化したウニョウニョはバリアの中で暴れるが、バリアは割れる事無く、割れない事を理解?したのか、バリアを転がし移動し出した。
コロコロ転がる様を皆で見送る。
コツンとドアに当たって、コツンコツンと開けろと言うようにドアに当たる。
イングリードがそっとドアを開けると、コロコロ転がり出す。
何処か、向かいたい場所があるらしい。
国でも上から偉い順番の5人プラス抱っこの俺が、コロコロ転がるバリアの玉を無言で追いかける。
何てシュール。
誰も声を掛けられない。