やっと1日目の終わり
ふぅ、と一息つき、本を閉じる。
近代の歴史は、サラッと読み飛ばし、聖女の歴史を思う。
女神が何をしたいのか、全く理解出来ない。
乙女ゲームなどやった事は無いので、全然詳しくは無いが、確か、妹が妊娠中に嵌まっていて、ちょっとだけ聞いた記憶がある。
乙女ゲームには、ヒロインと攻略対象者がいて、いかに攻略対象者達と困難を解決し、恋に持って行けるかを楽しむゲームだとか?
数人の攻略対象者の誰を落とすか、もしくは全員を満遍なく落とす事を楽しむ、とか?
どちらにしても、最後はハッピーエンドを迎えました。
で、終わるから、他のゲームより気持ちが楽だ、とか何とか言ってた気がする。
……………歴代の聖女、誰もハッピーエンド迎えてなくね?
バッドエンドと言うやつか?
女神的には、結婚したらハッピーエンドか?
ハッピーエンドを迎えたら、後は興味が失せて放置したのか?
何だか、以前見かけたあの女神なら、そんな事も平気でしそうな気がする。
フツフツと女神への怒りが再燃してくる。
改めて乙女ゲームぶっ潰す!と決意し拳を挙げると、シェルと目が合った。
微笑ましげに俺を見るシェル。
その向こうに、書類越しに俺を見るアールスハイン。
いたたまれず、目をそらし、何事も無かったように本を棚に戻す。
「ブハッ!」
振り向けば、シェルが声も出さずに爆笑してる。
アールスハインも心なしか肩がプルプルしてる。
自分の頬が、意思に関係無く膨らむ。
剥れる俺を見て更に笑い出す二人。
一頻り笑われた後、アールスハインが書類を片付け、近付いて来る。
「歴史の本は面白かったか?と言うか、文字読めたんだな」
態々膝をついて、目線を合わせて聞いてくる。それでも相手の方が高いけど!
「ももしゅろくはなかったー、じーはみたりゃよめちゃ(面白くはなかった、字は見たら読めた)」
「そうか」
頭を撫でられた。
ウム、この世界に来てから、まだ半日も経っていないのに、既にこの小さい体に慣れ始めたのか、頭を撫でられる事に違和感を感じなくなってきた。
自分が大人であることを話しても、この見た目では、大人扱いしろと言う方が無理だろう。
取り敢えず、もう少し言葉を何とかしてからまた考えよう。
アールスハインと戯れていると、
「晩餐の用意が調いました」
シェルに声をかけられた。
アールスハインに抱っこされて移動。
食事室に入ると、王様、王妃様が既に座って仲良く話していた。
王宮の晩餐と言われたら、ながーーいテーブルに溢れんばかりのご馳走!を想像してしまうが、そんな事は無く、入社当時、社長に連れて行かれた全個室のフレンチレストラン位の規模で、テーブルもそんなに大きくは無く、ご馳走も無くカトラリーが並んでいるだけだった。
アールスハインと一緒に部屋に入ると、王妃様が素早く寄って来て、優しくアールスハインから俺を奪うと、王様との間に置かれた子供椅子に座らされた。
なぜここ?
隣に座った王妃様が、俺の世話を焼く気満々でスタンバっている。
王様とアールスハインは苦笑するばかりで、止めてくれる様子は無いようだ。
イングリードが入って来ても、それは変わらなかった。
パタパタと軽い足音をさせて次に入って来たのは、8、9歳位の、濃い目の長い金髪で、目の色は赤、フワフワヒラヒラの水色のドレスを着た、生意気そうな、でも可愛らしい女の子。
それと女の子に手を繋がれた、4、5歳位の明るい金髪の黄色い目をした双子の男の子。
部屋に入り、双子がメイドさんの助けを借りて、子供椅子に座り、イングリードの隣に座った女の子が、何か話そうと口を開けた瞬間、俺と目が合って、固まった。
ゆっくりと二度瞬きをすると、
「きゃーっ!何それ何それ!!カワイイーカーワイイー!!」
少女特有の甲高い声で叫び、椅子を蹴倒して突進してきた。
興奮のまま力の限り抱き付かれて、息も出来ない。
必死になってタップするも全く通じない。
命の危険を感じた時、助けてくれたのはイングリード、少女の腕をベリッと剥がし、ヒョイッと俺を救出、が、猫の子を扱うように後ろ襟を摘ままれているので、命の危機は続く。
「ダメだぞアンネローゼ、そんなに力一杯抱き付いたらケータ殿が潰れるだろう!」
「それは兄上もですよ、後ろ襟など掴まれたら、息が出来ないではないですか」
言葉と共に救出される俺。
急に呼吸が楽になって、ちょっと咳き込む。
すかさずポンポンされて、やっと落ち着く。
「おお、すまんなケータ殿、つい摘まみやすかったもんでな」
イングリードに軽く謝られる。
「ねえ!ハイン兄様!その可愛いのを早く!早く!!」
アンネローゼと呼ばれた少女が、人の話を丸無視で、俺を寄越せと跳び跳ねている。
「アンネローゼ」
名前を呼ばれただけ、それだけでアンネローゼは、ピタリと固まる。
何故ならその声が、怒りを含んだ母の声だからだ。
「お食事をお運びしてもよろしいでしょうか?」
ザ・執事さんの問いに、
「ええお願い」
と答える王妃様。
メイドさんが配膳する時には、全員が席についていた。
無言での晩餐が始まる。
コース料理的な物が出てくるのかと思ってたら、スープ以外はサラダ、肉料理、パンが何種類かずつ大皿で運ばれてきて、メイドさんやザ・執事さんが取り分けていく感じ。
メニューは洋風なのに並べ方が中華、テーブルは回らないけどね。
王様と王妃様の間に置かれた俺に、取り分けてくれるのは、にこやかなザ・執事さん。
「ケータ様、何か食べられない物は有りますか?」
お菓子の事を考えると、食えるかどうか分からないが、取り敢えず、
「ちゅききりゃーはにゃいれす(好き嫌いは無いです)」
「それは素晴らしい事です。では少しずつ色々な物を取りますので、好みの物を見つけて下さいね」
「あい、おねがーちまちゅ」
取り分けられた物は、俺の小ささを考慮してくれたのか、小さく切り分けられていた。
盛り付けが完璧なのが流石です。
ではいただきます。
パンは4、5日放置したフランスパン的な物で、肉は血抜きがあまいのか、何とも言えない臭みが残って、筋も取りきれておらず、焼きすぎて固い、それを香辛料で何とか工夫している様子。
つまり俺の食べられる物はサラダとスープのみ。
俺が自分の食べられる物はと、色々奮闘している間、チラチラチラチラチラチラとアンネローゼの視線が突き刺さったけど気にせず食べられる物のみ食べきった。
「……ケータちゃん、お口に合わなかったかしら?」
俺が食べてる間中ずっと隣からガン見していた王妃様が、困ったように首を傾げて頬に手をあてた。
はいそうですね、とも言えず、同じ様に首を傾げていると、
「ケータ殿、ちょっといいか?」
王様が、俺の口を開けさせて口の中を確める。
王妃様までが、俺の口の中を覗き込む。
「歯が小さいな、成る程、噛む力が無いのか」
「そうですわね、離乳食なら食べられるかしら?」
「おにゃかいっぱーよ?」
「なら、明日の朝食からは離乳食を試してみよう」
王様の有り難い言葉。
「ありあとーごじゃましゅ」
双子の男の子は、肉もパンも、食べづらそうではあるが、食べきっていた。
少々情けなくなりながら、お礼を言うと、王様に頭を撫でられた。
食事の後は隣にあるサロンで、お茶とデザートを頂く。
デザートは、フルーツの沢山乗っかったタルトだった。
大きさがかなりおかしいけど!
大人はワンホールずつ、子供は半分の量って、おかしくない?
フルーツは、とても美味しかったが、フルーツとタルトの間に挟まったクリームがめちゃくちゃ甘くて、タルト生地がフォークの刺さらない固さだった。
皆が、アンネローゼと双子までもが普通に食ってたけど、ガリッボリッゴリッて、デザートからしていい音だろうか?
俺は、食えるとこだけ食ったよ。
そこで初めて皆が自己紹介してくれた。
王様が、ジュリアス・フォン・リュグナトフ、43歳、
王妃様が、リィトリア、32歳
第1王子が、イングリード、20歳
第2王子、キャベンディッシュ、16歳
第3王子、アールスハイン、15歳
第2姫、アンネローゼ、8歳
第4王子、カルロ、4歳
第5王子、ネルロ、4歳
王妃様は最初、歳は内緒って言ってたのに、アンネローゼがぽろっと32歳ってばらしてしまって、王妃様に無言の笑顔で威圧されたり、イングリードが見た目より大分若い事に驚いたり、後は、もう二人王妃様がいて、イングリードとアンネローゼは、5年前に亡くなったもう一人の王妃様の子供。
今いない王妃様は、第一姫と、双子王子の母で、立太子した第一姫を連れて、近隣の同盟国に挨拶廻りをしてるらしい。この国は、能力が有れば、女性でも王様になれるんだって。
魔物と言う、死に直結する脅威が常に有るので、力の強い男は先ず戦えって事らしい。
その間家を守るのは女性なので、最初から女性を当主にしてしまう家も多いらしい。
割合は半々らしいけど。
男尊女卑の無い世界みたいね。
今日捕まった元王妃クシュリアの子供がキャベンディッシュ、リィトリア王妃様の息子がアールスハインってことらしい。
そう言われれば、髪色の濃淡はあるが、皆金髪で、目の色はイングリードとアンネローゼが赤、キャベンディッシュが緑、アールスハインが青、リィトリア王妃様が青、双子王子は明るい金髪で黄色の瞳をしている。
他の王妃様は知らないけど、其々の母親からと考えると、納得がいく。
ちなみに王様の目の色は、濃い紫。
後、ザ・執事さんはフランデュラン・グラムさんで、シェルの親戚なんだって。
全然呼べる気がしないね!
そんな俺の思考を読んだのか、気軽にデュランて呼んでいいよって許可を貰った。
俺の自己紹介は、名前を言っただけで、皆に誉められた。
そんな和やかな自己紹介タイム中、それはもう、穴が空きそうな程ガン見してくるアンネローゼ。
王妃様の目が怖いので、突進こそしてこないが、ちょっと怖い。
そんなアンネローゼの為に、王様が今日有った出来事を分かりやすく話した。
聖女のこと、俺のこと、アールスハインの呪いのこと、元王妃クシュリアのこと、今日一日で、1度に色々起きすぎ!と思ったが、起きてしまった事は仕方無い。
黙って聞いてたアンネローゼは、話が終わった途端にアールスハインに抱き付いて、
「さすがハイン兄様!ハイン兄様は呪いに打ち勝ったのね!」
「いや、俺はなにも」
「何を言ってますの?ハイン兄様ご自身が長年呪いに耐えたからこそ、今日ケータ様が呪いを発見出来たのですわ!それは誰にでも出来る事ではありません!」
もう!とばかり、小さい子供に言い聞かせるように、腰に手をあて、困った顔で言うアンネローゼに、周りが和む。
アールスハインも苦笑しているが、とても嬉しそうだ。
そんなほのぼのとした空気の中、突然俺は、ガッと両脇を持たれ、持上げられた!
「それにしても、ケータ様はやはり天使様なのね!こんなに可愛くて、しかも凄いお力を持っているなんて!!かわいい!かーわーいーいー!!」
と振り回された。
怖い怖い怖い!怖すぎて声も出ない!
それを良いことに、今度はムギューと抱き締められる。
食べたばかりの色々が飛び出しそうだ。
好き勝手され過ぎて目を回していると、アールスハインが慌てて俺を抱っこしてくれた。
安定した場所に戻れて、グッタリしていると、王妃様が、
「ア、ン、ネ、ロー、ゼ!」
と、目が笑ってない笑顔で、一字一字区切るように名前を呼んだ。
シャキッと背筋を伸ばしたアンネローゼが、恐る恐る振り向く、
「ケータ様は、まだお小さいのよ、あなたがいくら非力でも、力一杯振り回したり抱き締めれば、壊れてしまうかも知れないのよ!いくら可愛いらしくても、加減を忘れてはダメ、貴方は夢中になると、周りの声が聞こえなくなって、以前にも、カルロとネルロに怖がられていたでしょう?こんなことを何度も繰り返せば、ケータ様もあなたを怖がって近寄ってもくれなくなるわよ!それでも良いのね?」
「嫌です!私はただ、ケータ様が可愛いらしくて、つい興奮してしまって………ケータ様、乱暴してしまってごめんなさい、どうか嫌わないでください」
王妃様に怒られて、自分の興奮ぷりを思いだし、反省したのかすぐに謝ってきたので、大人の俺は、
「ほどほどにぇー」
と許してあげた。
完全に許してしまうのは、まだちょっと怖かったので。
お腹が満ちて、強制的とは言え適度な?運動も済むと、幼児の体が求めるものは一つ。
急激な眠気に、頭がガックンガックンする。
それに気付いた皆が、今日はこれでって解散になった。
アールスハインに抱っこされた俺は、半分眠ったまま挨拶をして、部屋につく頃には夢の中だった。




