助視点
時間が飛びます!
ゼェーーヒューーゼェーーヒューーと自分の呼吸音を聞く。
視界は暗く今が夜であることだけが分かる。
家族は側におらず、珍しく一人のようだ。
十六歳で鬼属に覚醒してからと言うもの、随分と丈夫になったのを良いことに、多くの戦いの場にも出たが、こうして寿命を迎えるまで怪我一つしていないのは奇跡と言っても良いだろう。
まあ、何度か命が危うい場面もあったが、呆気ない程簡単に治療してしまえるケータが側に居たことも幸運だったし。
走馬灯と言うやつなのか、昔の事をやけに鮮明に思い出す。
学園を卒業して冒険者として旅をした十年。
楽しく愉快で驚きの連続で、それでもただただ楽しかった。
自由で何処にでも誰の許可もなく行けて、力を試して、騒いで走って慌ただしくて、たまにのんびりして、若者特有の無謀さや未熟さに歯噛みして、無茶もしたが誰一人欠ける事なく過ごせた日々。
縁あって皆同時期に結婚して、各々に子を授かって、ユーグラムの奥方が何と言うか、うっかりミスとでも言うような理由で事故で亡くなり、悲しみに暮れるユーグラムを慰め、後妻に入ったのが我が姪だったのには驚いたが。
出会った当初はケータにベッタリと引っ付いて兄に敵意を向けられてたのに、成長した姪は近況報告で送った写真に写っていたユーグラムに一目惚れして、家族を説得してユーグラムに嫁入りしてしまった。
結婚して子供が出来て、子育てと仕事に苦労して、孫が出来て、仕事を引退して。
自由を得て、皆とまた冒険に出てもみたが、若い頃のようなはしゃぎ方は気恥ずかしく、何よりケータが居ない旅は味気なく物足りなかった。
おっさん四人の旅は、旅と言うより視察に近く、ついつい仕事目線で見回ってしまって、楽しさよりも疲れを感じた。
細々と続いていたケータとの付き合いも、孫が出来た辺りでだいぶ遠退いてしまい、今では十数年に一度会うかどうか。
仲間内で一番最初に亡くなったのはユーグラム。
引退して、以前旅してる間に寄った元ヒルアルミア聖国から持ち帰った資料や魔道具を解析したり翻訳したり孤児院の院長をしたりでのんびりと暮らしていたのに。
まあ既に神が交替しているのであまり意味のある資料はなかったそうだが、それでも幾つかの魔道具や聖魔法の鍛え方等を発見して、教会では大いに称えられていたが。
そんなユーグラムも、カルト宗教家が起こした事件に駆けつけて、人々を守る為に最後まで奮闘し、全員が無事であることを確かめてから魔力枯渇に陥り、さらに事件で使われた魔道具のせいで魔力を自然回復することも出来なくなり亡くなった。
教会関係者だけでなく、多くの市民に見送られ、王族並みに立派な葬儀が行われた。
次に亡くなったのはディーグリー。
国を代表する大商人になったにも関わらず、引退後も道楽だ趣味だと言って奥方とのんびりと行商に出ていた際に、予想外に市街地に現れたドラゴンから街と奥方と荷物を守りきって亡くなった。
葬儀では家族が号泣してなかなか収拾がつかないことになっていたっけ。
そしてアールスハインとシェルがほぼ同時に。
アールスハインも中々に波瀾万丈な人生で、突然一国の王に任命され、思ったよりも早くに嫁が出来た事は喜ばしかったが、苦労して国をまとめ、息子に後を引き継ぐまでは色々とあった。
それまでは従順であることが生き残る唯一の方法と信じていた国民を率いていく責任は重く、意識の改革を進めようにも従うことに慣れすぎた国民は、中々自分の意思や意見を持つことを躊躇って、それなのに豊かになる国を見て、欲だけはどんどんと膨らんでいって。
多くの粛清と修正とを繰り返し、真面目過ぎて人に頼る事の出来なかったアールスハインは、一時期本当に病んで、それに気付いたシェルからの呼び出しで皆で無理矢理悩みを聞き出して修正案を捻り出して、失敗して。本当にヤバくなった時にふらっと現れたケータが、力業で問題を解決して、アールスハインがぶっ倒れて、と、本当に色々あった。
目覚めたアールスハインは奥方にこっぴどく叱られて、シェルにも嫌味満載で説教され、その時にはもう退位されてたリュグナトフ元国王の父上に相談して、ケータのその場限りの方法ではなく、長期的でもより国民の為になる方法を考え、実行して、やっと国が安定に向かって。
全ての問題が解決した訳ではないが、息子に後を継がせる事が出来て。
リュグナトフ国とは反対側の小国の一つを治めるある部族との和平交渉に成功し、その祝賀パーティーでの事。
他国の国賓も多く招いたパーティーに、王位を譲って十年たったとは言えアールスハイン達も参加していた。
件の部族の主要人物も多く招かれたパーティーで、和平の条件が気に入らなかったらしい部族の若者数名が事件を起こした。
アールスハインを庇って負傷したシェル、他国の賓客を守って負傷したアールスハイン、どちらも部族特有の毒によって瀕死になったが、ケータが残していった万能薬で事なきを得て、その後も精力的に国を回って俺もそれに付き合って。
ケータには水○黄門って爆笑されて。それでも寿命には勝てずに最後はとても穏やかな顔で逝って。
それを見届けるようにシェルも亡くなって。
鬼属に覚醒した俺は、人よりもだいぶ寿命も長くなったらしく、それでも何時までも年寄りが幅を利かせるのも気が引けて、アールスハインと同時期に引退して、旅に付き合って、アールスハインが亡くなってからは領地に引っ込んで、妻を看取り、魔物との戦闘で負った怪我が元で亡くなった次男を看取り、俺よりも早く年を取っていく長男も看取り、孫を見送り、ひ孫が将軍になったのを祝い、ようやく自分の番が来たようだ。
フワッと風が頬を撫でて、誰かが部屋に入ってきたようで、回想から意識が現実へと戻る。
足音は聞こえないがベッドの片隅が沈み、誰かが自分の顔を覗き込んでいる気配を感じる。
「たしゅく、としとったね~?」
舌っ足らずの言葉は、もう随分と遠くなった耳にも何故かはっきりと聞こえ、数十年振りのその声に、斜のかかった目ではなく、記憶にある顔が浮かぶ。
「………………けー、た」
「うん。ひしゃしぶり~」
「お、せ~よ」
「ちょっとのんびりしゅしゅぎた」
「はっ……………はは」
「しわしわのじ~さんなったね~?」
額に触れる手が柔らかく撫でるのを感じながら、
「にひゃ、く、………さんじゅう、まで生きた、んだぞ?…………じじいにも、なるだろ?」
「そ~ね~。人間にしてはながいきちたね~」
「………ゴホッ、…………………お前を、一人、残していくのは、心配だよ」
「え~?ケータ聖獣よ?」
「それ、でも…………」
「だいじょぶ~よ。ケータすげえながいきしゅるから、たすくが生まれかわっても、まだいりゅかもよ?」
「ふっ、ははっ。……………それまで、一人で、大丈夫かよ?」
「へ~きよ。ペットたちも~たすく達のこどもたちも、そのさきもいっぱいいりゅよ。一人ららい」
「そ、かよ。なら、安心…………だな?」
「うん。だいじょぶ~」
「ふふ、はーーー、なら、ケータ、また来世で」
「ふふっ、らいしぇで!会ったら、いっぱいいろんなとこ、ちゅれてってやるよ!」
「ああ、たの、しみ、だ…………」
フゥっと体が軽くなり、触れられている額の感覚もなくなる。
ああ、そろそろだ。
前半が学園編、冒険者編は後半、と考えるなら、後半を考え始めた当初の予定では、このページがラストのはずだったんですよ。
それが何故かラストにちったいさんが出張ってきたので、もう一話で最後になります。
10月中に終わる予定だったのに、ちったいさんの分ちょっとだけはみ出しました。




