アールスハイン視点
誤字報告、感想をありがとうございます!
6月9日、4巻発売します!よろしくお願いいたします!
ササナスラ王国の王都に向かって行軍を始めて一ヶ月。
リュグナトフではもう随分長い間、平和な時が続いたので、戦争と言うものには忌避感があるが、国を治める以上は避けて通れない事態な事は理解している。
父上がまだ王太子だった頃は、他国との小競り合いなどはあったらしいが、国王になってからは戦闘にまで拗れる事もなく、交渉と多少の脅迫とを上手く使い分け、表面上は平和的な解決を見ている。
広い街道を王都に向けて進んでいる自国の騎士団ではない我々を邪魔する者は無い。
流石に宿を取る事は出来ないが、夜営をしていても驚く程危険は感じない。
日々の終わりの会議では、
「不味いですね。ササナスラの国民はこの収穫時期に飢えて抵抗する気力もない。どうにもそれだけではないように感じますが、それが何かはわからない。不気味で不安定で先が読めません」
副将軍の言葉に、
「ああ。操られた魔物の軍勢は我々リュグナトフへと真っ直ぐに向かってきた事から、その経路以外の街は無事だったにも関わらず、街は固く閉ざされ人が出歩く姿も見えない。我々の軍勢に怯えているだけなら良いが、それにしてもこうも人の姿が無いとは」
父上の返事にも深く頷いた副将軍は、
「ええ。どのような争いが起きたとしても、必ずそれを自分の目で確かめようとする者は現れます。自分達の身を守るために逃げ出そうとする者、他者に助けを求める者、争いの空気に呑まれて右往左往する者、自国に見切りをつけこちらに寝返ろうとする者。それらが一切見られない、その上街を守る役目の兵士さえ見受けられないのは異常と言えます。いったい何が彼等をそこまで怯えさせているのか、皆目見当もつきません」
「だからこそ不気味だな。正体の分からぬものに見張られている気がしてならん」
「我々を一切阻もうとするものが現れないのも不気味です」
「人がおらぬ事には、事情を問い質す事も出来ぬしな」
「このまま王都まで進んでも良いものでしょうか?」
「進むしかあるまい。その先に何があるかは分からぬが、呉々も油断することのないよう」
「承知しております」
結局不気味なだけで、何があるかも分からぬまま、当初の予定よりもだいぶ早く軍勢は無傷のまま進んだ。
割り当てられたテントへ戻り、軽く体を拭いて寝床へ向かう。
と、ティタクティスのぼやく声。
「あー風呂入りてぇ!」
「仕方ないだろう?ケータのテントではないんだから」
「分かってるけど!慣れって怖いよな?飯にもついつい不満な顔が隠せねぇ」
「確かに。自分達が日頃どれだけ贅沢な旅をしていたか実感するな」
「クク、ハインは自覚してるか?時々手がケータを抱っこする体勢になってんぞ?」
「フッ、お前だって時々自分の角を握って首を傾げてるだろう?」
「フハッ、俺そんなことしてるか?」
「ああ、してる。ケータを肩車する時は常に握られてるからだろう?」
「あ~、癖になってるよな、お互い?」
「自分でも気付いてなかったがな?」
「こんだけ長い時間離れてんのも初めてだからな~」
「考えてみたら、ケータがこちらの世界に来て、もう十年も経つのだな?」
「そ~だな~。十年、十年か。そんだけ一緒にいりゃ~、癖の一つや二つ出来るわな?」
「長いのか短いのかわからない十年だったがな?」
「クク、確かに!双子殿下達がすげぇ成長しててびびったけどな!その間俺達はずっと旅してた訳だけど、確かに強くはなったけど、成長出来てたんかな?」
「多くの事を見聞きして、多くの事を知ったが、成長に繋がるかはこれからだろう?」
「んー」
ケータ自身が騒がしい訳ではないが、ケータのいない場所は普段よりも静かでどうにも落ち着かない。
それはここが戦場になるかもしれない不安から、と言うのとは別の、長い間一緒に行動していたものが居ない寂しさのようにも感じる。
ユーグラムやディーグリーが居ないことにも違和感はあるが、言われてみれば、確かにフとした瞬間にケータの姿を探していたかもしれない。
同じようにティタクティスも感じているのか、たまに自分の角に触れては首を傾げたり振ったりしている。
そんな物足りなさを感じながらも、リュグナトフ国軍は無傷のまま王都へとたどり着き、要所要所に兵士を配置して、王城へと向かう。
リュグナトフ国の城にも負けない程の堅牢な城は、鍵さえなくすんなりと入城出来てしまい拍子抜けしたが、入った途端に薄いベールをかけられたように空気が違って感じた。
他の者は気付いていないようだが、ティタクティスとテイルスミヤ長官は反応していたので、やはり気のせいではないのだと、慎重に進むことを進言した。
気付いた時には遅く、進むにつれてほんの薄く何度にも分けて魔法の罠にかかっていたのか、時間の感覚もおかしく感じられ、城の中であるにも関わらず途中で食事や休息のための仮眠を取る始末。
それをおかしいと思えない不自然さ。
謁見の間に着いた時には、自覚出来る程体が重く、意識は散漫になっていて、広間に集まった人々の顔さえ朧にしか見えないような状態。
ゆっくりと進み出て玉座の前に到着し、ササナスラ国王の顔を見ようと顔を上げた時、ガコン、と音と共に床が抜けた。
咄嗟の事でも体が反応して、素早くマジックバッグからボードを取り出し宙に浮く。
父上達が落ちていくのを追いかけ下降していくが、狭い場所を集団で落ちているので、誰かを救いだす事が出来ない。
隣ではティタクティスもボードに乗りながらオロオロするばかりで、手を出しあぐねている。
「ハイン王子!」
テイルスミヤ長官の声に下を見れば、可視化出来るバリアの端をこちらに向けている。
ティタクティスと一緒にそのバリアの端を掴み、何とか落下速度だけでも緩めようと必死に引っ張るが、数十人の体重を二人で支えられる筈もなく、落下の速度はほとんど変わらなかった。
長い長い穴を落ち下からのうめき声を聴きながら、肉体強化全開でバリアの端を持ち上げ、やっと底が見えてきた所で、テイルスミヤ長官と何人かの魔法使い達が下に向かってバリアと風の魔法を撃ち出した。
ほんの少し落下速度が緩まり、落下に備えての肉体強化出来るだけの隙が出来たが、それでも実際に落ちた瞬間の衝撃は相当なものだった。
父上や副将軍、神官やテイルスミヤ長官を庇うように折り重なって衝撃を緩めようと下敷きになる騎士達に、
「良くやったお前達!」
副将軍の声がかかる。
うめきながらも笑う騎士達を助けられる術を持っていない事が悔しくて仕方ない。
治癒魔法の使える魔法庁職員が直ぐ様治療を始めたが、どう言う訳か落ちた先の広い空間では、魔法が効きづらいようで、通常よりも治りが遅く魔法庁職員達が舌打ちしている。
周囲の様子を見てみれば、赤黒い壁と天井の広い空間。
奥には黒い靄を纏った何かの気配。
無数の触手が蠢いて、こちらの様子を嘲笑うように時々鋭い突きや撫でるような薙ぎ払いを仕掛けてくる。
本気ではないようで、軽くかわしたり剣で打ち返す事は出来るが、あれが本気で一斉に襲ってきたら、中々に困難な状況になるだろう事が予想出来る。
テイルスミヤ長官が怪我人を覆うバリアを張り、俺達が戦闘態勢になったところで、
「ヌハハハハハハハ」
低く地響きのような笑い声が黒い靄から発せられ、何事かを言うのかと思ったら、それがピタッと止まる。
頭上から巨大で圧倒的であるにも関わらず、一切圧迫感を感じない、慣れ親しんだ魔力がゆっくりとこの場に落ちて来るのを感じる。
それに酷く安心するのと同時に、少し悔しくもある。
隣を見れば、たぶん自分と同じ表情をしているだろうティタクティスの顔。
「う~わっ、ヒーローの登場じゃん!」
ヒーローが何かは知らないが、その呆れたような感心したような声に、思わず笑ってしまう。
無言で拳を合わせ、ケータがこの場に降りてくるのを待つ。
現れたケータは、特に緊張も気負いもなく、極自然体でほんのり微笑んで、周りを見て驚いて、直ぐに治療を始めた。
その小さな背が、逞しく偉大で、改めてその存在の尊さを実感した。
ああ、くそっ!敵わないのは分かっちゃいるが、負けてらんねぇ!
心の中だけで本音を吐き出して、気持ちを引き締め、俺達は黒い靄を睨み付けた。
寒暖差にやられている話で、ご心配頂いてありがとうございます!
くしゃみが止まらないだけで健康被害は特にありません。
だいたいの花粉症の終わった時期に、一人くしゃみが止まらないのは、時代に乗り遅れてる感があり微妙な気分にもなります。




