宰相視点
誤字報告、感想をありがとうございます!
もう少しケータの出番はありません。
「…………………報告は以上です」
「ご苦労」
薬師ギルドとラバー商会、教会の三ヶ所からの緊急の陳情にその場に向かってみれば、使者として来た者達は同じ内容の報告をしてきた。
王都より南の地域で奇妙な病が発生し、それが人から人へと次々に感染する類いの病だと言う。
症状は全身の軽い痺れが十日程続いた後に、高熱が出て、身体中に緑色の発疹が出て、膿を出し酷い臭いと痒みをもたらし、その膿に触れると触れた者が感染すると言うもの。
まだ死者は出ていないが、高熱は続き、著しく体力を消耗するので、時間の問題と言われた。
薬師ギルドではすぐさま症状を見て、幾つかの薬を試したそうだが効果は無く、また別の薬を試すなどしているそうだが、今のところ効果は得られていないとのこと。
ラバー商会も教会も同じようなもので、教会での治癒魔法も効果は無いらしい。
聞き取った事態を陛下へ報告、陛下は将軍へ命じ急遽兵を派遣、感染地域の隔離をする手配をした。
「ここへ来て問題が一気に吹き出したようだな?」
「ササナスラの件と言い、警戒はしていたが思わぬ手を打ってきやがったからな!あの老いぼれジジィめ!」
陛下の言葉に、近衛騎士団長として部屋に居たイングリード太公がイライラとした声で答える。
イングリード太公の言うように、リュグナトフ国はここ数ヵ月、何かと物騒な問題が多く起きている。
ササナスラ王国の御家騒動は、我が国には関係ないものとして考えていたのだが、予てからリュグナトフ国の領土を狙っていたササナスラの国王によって無理矢理巻き込まれ、追放された元王子からの情報で、先日多くの兵を派遣したばかり。
その前にも複数の小さなダンジョンからあり得ない数の魔物が溢れたり、他国から来た盗賊団が複数の町や村を襲撃したり、海が荒れて巨大な魔物が港を襲ったりと、国の各地で様々な問題が起きていた。
その度に兵を派遣したり各貴族の私兵を動かしたりと問題を解決するのに頭を悩ませる事も多くなった。
そして今度は疫病。
薬師ギルド、ラバー商会、教会からの報告では、まだそれほど爆発的な感染の広がりは見られないものの、効果のある治療法も見付かっていないので予断は許されない。
「聖女の厄災、なのでしょうか?」
「聖女が居なくなってずいぶんたつのにか?」
「元女神が居なくなった事で、遅れていたのやも」
「ケータ殿が魔王の芽は摘んだだろう?」
「たしか、流行り病もケータ殿の技術で広まる前に潰せたはずだよな~?」
「そうなのですが、こう、立て続けに我が国だけで事が起こるとなると、つい勘ぐってしまうのです」
「そうだな。歴代の聖女の登場でも見られた厄災の類いが、次々とやってくるように感じる」
「近頃じゃ~、聖女が厄災を連れてくるって奴もいるよな?聖女本人は厄災に立ち向かう立場を取って、人柄も良いって事から、聖なる乙女扱いされちゃ~いるが」
「此度の聖女は酷かったからな」
「それもこれも全て、元女神の仕業、企みであったようだが。神の座を追われてからもまだ影響を及ぼすだけの力があったのだろうか?」
「ケータ殿に言わせると、新たなる神によって、力は全て取り上げられたらしいし、その上あの芋虫にされた姿を見ると、力が残っていたようには思えね~がな~?」
「元女神によってばら蒔かれた厄災の種が、この十年で芽吹いたと言ったところだろうか?」
「ああ。もう十年になるのですね。驚くような事が様々起きて、瞬く間に過ぎてしまって、長くも短くも感じますが」
「クククッ、確かに!ケータ殿のお陰で、この国はより強くも豊かにもなったが、十年と言われるとあっと言う間に感じもする」
「そうだな。ケータ殿がこの国にもたらしてくれた総力を持って、厄災を打倒しようではないか!」
「「おう!」」
勇ましく返事を返しそれぞれの仕事へと戻る。
備蓄量の確認、兵糧の運搬の手配、貴族達への説明、全体兵力の確認。
冒険者ギルドへの根回しに、薬師ギルドとの連携、教会への協力要請に武器の補充。
やることを挙げれば切りがないが、前線で戦う者へ少しでも助けになるならと、万全の備えを目指す。
戦争ではないがそれに近い事態に備えて、王家主催のパーティーも開かれる。
これは軍資金の寄付を受け付けるものでもあり、貴族間の協力体制をより強固にするためでもある。
王家がパーティーを主催するとなると、それに倣って各貴族家でも続々とパーティーが開かれる。
そう言ったパーティーの主役はご婦人達で、私も妻と情報を共有し、話すべき内容、相手、派閥の変化等を度々話し合う。
小さなダンジョンから溢れる魔物は小物ばかりなので、その地を治める地方貴族や冒険者だけでも対応できる。
他国から流れてきた盗賊団には、被害にあった土地の領主貴族と巡回中の騎士を派遣して早々に捕縛。
目下の大問題と言えば、ササナスラ王国が誘導して我が国を襲わせようとしている魔物の種類と数と強さ。
これは密偵と一部の暗部を派遣して随時連絡を取っている。
それと疫病。
原因も不明で症状は深刻。
今のところ対処方法も定かではなく、隔離するしか方法がない。
薬師ギルドからは出来るだけ清潔を保つと進行が緩くなるとの報告はあったが、有効な手だてはまだない。
似たような症例を国立図書館でも探しているようだが、見付かったとの報告も無い。
兵糧と武器を乗せた馬車を見送って、一息付く。
「お疲れのようですね?よろしければお茶をご用意致しましょうか?」
不意に声を掛けてきたのはアールスハイン殿下付きの侍従だったシェル。
アールスハイン殿下が旅に出てからは、執事長であるデュランの補佐を務めている。
「そちらも中々忙しいだろう?」
「ええ。今はどこも忙しくしていますが、少し休憩するくらいの時間はあります。実は密かに練習していたプリンが、やっと上手く作れるようになったので、誰かに自慢したかったんです!」
「ほぅ?魔法でかね?それは素晴らしい!是非ともご馳走になりたいものだ」
「ええ、是非。次の会議まではまだ時間もありますよね?」
「ああ。今日の会議は地方から来る者も多いから、時間を遅らせたのでね」
「伺ってます。なのでお声を掛けさせて頂きました。疲れた時は甘いものを食べると頭が働く、と以前ケータ様とティタクティスが話しているのを聞いたので、試してみたら、これが中々」
雑談をしながら案内されたのは、小さな部屋だったが、休憩するには丁度良い落ち着いた部屋だった。
そして披露されたプリン魔法は、城の菓子職人にも負けない旨さで、多少固めに作られたそれをゆっくりと堪能した。
「中々の味だな。随分練習したのか?」
「ええ。旦那が甘党なもので、好みの味になるよう何度も失敗を繰り返しましたけどね」
シェルの言葉にその夫の顔を思い出す。年齢よりも老けた顔には眉間に深い皺がある。
「ククッ、そうか。奴も苦労人だから甘いものは必要だろうな」
「そうなんですよ~、上司が飛び出していくのを宥めるのが一番の大仕事だそうです」
「ああ。あれは一度動き出すと中々止まらないからな」
幼馴染みで猪突猛進で脳みそが筋肉な将軍の顔も浮かぶ。
奴は奴で騎士の訓練と配置、移動等の割り振りに無い頭を悩ませていると聞く。
美味しいお茶と菓子にお礼を言って会議室に向かうと、先程の話題に出た二人が、酷く難しい顔を突き合わせて話し合っていた。
それに思わず吹き出すと、
「なんだ?人の顔を見て吹き出すとは?お前にしては珍しく上機嫌じゃないか?」
「ああ。先程休憩を勧められて、旨い菓子と茶を堪能したからな」
「何だと?何故俺も誘わない?俺だって休憩したい!」
「お前の休憩は茶と菓子ではすまんだろう?剣を振り回し出したら一時は帰ってこない。そんな奴に易々と休憩を取れとは言えんな」
私の指摘にグヌヌと言葉を返せない将軍にまた軽く笑って、副団長にも軽く会釈だけして席につく。
ああ、頭の痛い事は多いが、それでも一人でも多くの民を救うために万全の備えをしなくては。




