次の町へ 、行けないんですけど!
ジュボーダン伯爵邸に着くと、門番の人が顔を覚えていてくれて、直ぐに取り次いでくれ、メイドさんの案内ですんなりと中に入れた、のだが、中では少々揉めているらしい。
争うような声が聞こえ、ドカンと床を踏む音が響く。
メイドさんはオロオロしてるだけなので、音のする廊下の角を覗いてみる。
曲がった先の廊下では、午前中の闘技大会で集中攻撃を受けていた、ジュボーダン伯爵の弟アルファンが、頭を包帯でグルグル巻きにしながら、怒り心頭と言った様子で仁王立ちして、対面する相手を部屋に入れまいとしている。
対峙しているのは、獣相の無い黒いローブの男。
「帰れ!貴様の言うことになど従う道理が無い!我々獣族を愚弄するのも大概にしろ!」
「ほう?ならば貴様ら獣族は、このリュグナトフ国の庇護を失う事になるが、それでも良いのか?」
「我々獣族は、リュグナトフ国国王様を尊崇しておる!だが貴様の言い分は、国王様の申し出とは到底思えぬ!」
「それはおかしい、ここに国王様の権利代行を任された、侯爵家当主の命令書もある。それに従えぬと言うのなら、それは反逆と捉えていいのだな?」
黒いローブの男は、人間族のようで、何やら獣族側に取って理不尽な要求をしている様子。
それにしても何故アルファンが対応しているのか?普通、ここはジュボーダン伯爵が対応する場面では?と思っていたら、アルファンの向こうからジュボーダン伯爵登場。
「アルファン、客人と何を揉めている?」
「兄上!」
「兄上?なに?貴様がジュボーダン伯爵本人では無いのか?!ならば何故口を出してきた!身分を弁えろ!」
「貴様の相手など、俺で十分だろう!獣族を馬鹿にした命令になど、兄上とて聞く訳もない!」
「ふーー、アルファン、まずは下がれ、そして私に使者殿と話をさせろ!従うかどうかは、その後だ!」
「だが、兄上!」
「アルファン、私は下がれと言ったぞ!」
怒り心頭で追い返せ!と主張するアルファンに、ジュボーダン伯爵の威圧するかのような声が低く響く。
納得はしていないが、従うアルファン。
ジュボーダン伯爵最強は本当のよう。
「では使者殿、まずは話をお聞かせ願いましょう。ただし、我々獣族は国王様より自治権を認められ、人間族の法には疎い部分も有ります。したがって、立会人を同席させて頂けますかな?」
「獣族風情に、人間の法に明るい者が居るとでも?」
「立会をお願いするのは、人間族の方です」
「ふん、勝手にしろ!こちらには正規の命令書が有るのだからな!」
そう言って部屋にズカズカと入って行く使者。
見張る為なのかアルファンも続く。
ジュボーダン伯爵は、部屋には入らず、覗いていた俺達の方に来て、
「申し訳ないが、少々お手を貸して頂けないだろうか?」
と頭を下げてきた。
「ええ、我々でお力になれるのなら。少々不穏な気配も致しますので」
アールスハインが答えれば、もう一度頭を下げたジュボーダン伯爵の後に続いて部屋に入る。
全員が座った所で、メイドさんがお茶を出して部屋を出る。
俺達が立会人として紹介されると、何故か途端に挙動不審になった使者。
それに構わずジュボーダン伯爵が、話を切り出す。
「それで、使者殿、国王様代行の命令書とは何ですかな?」
「……………これだ」
使者がピランと机に置いた命令書には、労働力として獣人を差し出せ、と書いてあった。
報酬や期間、仕事場所等は一切書いていない。
その事をジュボーダン伯爵が突っ込めば、
「貴様ら獣族は、言われた通りに人を集めさえすれば良い!」
とか言ってる。
そりゃあアルファンが怒るのも無理は無い。
「………………これは本当に、リュグナトフ国国王様の権利代行を行っている方の、正式な証書でしょうか?」
ジュボーダン伯爵の声が凄く低い。
「当然だろう!何を疑う事がある!?」
ジュボーダン伯爵は、ふぅーーーと深い息を一つ吐くと、証書をこっちに渡してきて、
「これは本物でしょうか?」
聞いてくるので、アールスハインが証書の隅々まで見た後に、
「有り得ませんね。これは、その侯爵の独断でしょう」
断言した。
更に挙動不審になる使者。
それを見て、助が呆れたように、
「なぁ、いい加減そのフードを取れよ、エチェット・ハウアー。あんた何でこんな悪事に加担してんの?ギリギリ官吏の仕事に就けたのに、本格的に破滅してーの?」
名前呼びされて、アワアワしてる使者を、ジュボーダン伯爵は不思議そうな顔をして聞いている。
「それで?この違法な奴隷契約のような命令書を、本気で実行するつもりか?」
駄目押しにアールスハインが聞けば、
「クソッ、何でお前達がここに居るんだ!?だいたい何なんだその冒険者のような格好は!?俺は上司の命令で嫌々ここまで来たのに、何でこんな目に合うんだ!!」
頭を掻きむしって俯く元生徒会長。
お久しぶりね!言われるまで欠片も思い出さなかったけど!
「あんたのそのいい加減な仕事振りのせいだろ。自業自得つーんだよ。
学園で習った程度の知識があれば、その命令書が違法だってくらいすぐ分かるだろうに」
メッチャ馬鹿にした声で助に言われて、にらみ返しているが、反論は出来ない元生徒会長。
「それでは、この証書は無効と言うことでよろしいか?」
「ええ、形としては正式な証書の書き方はしてますし、おそらく侯爵の印章も本物を使っているでしょうが、そもそも国王の代行を任されるのは、次代の国王であるクレモアナ第一姫だけです。侯爵が代行を名乗ることこそが違法行為です」
「成る程。これは国王様に至急報告せねばなりませんな」
「ええ、こう言う事態を想定していた訳ではありませんが、是非とも先日お持ちした魔道具をお試し下さい」
「ちょっ、ちょっと待て!それでは俺はどうなる?!」
「当然、違法行為に加担したんだから、捕縛されるだろう」
「な、何故俺が!」
頭を抱えて踞っているが、
「自業自得つったろう」
「上司の命令で、逆らえなかったんだ!仕方無いだろう!逆らえば、更に降格させられるのだぞ!」
「はあ~、だからさ、それを告発もせずに、命令を聞いてるから、違法行為の共犯になったんじゃん?」
「こ、こ、告発など」
「出来ただろう?あんたのお父上は、魔法庁の副長官なんだから。縁はまだ切られて無いはずだよね?」
グヌグヌしております。
それを気付かないから、ここまで落ちちゃったんだろう。
元々の頭は悪く無いはずなのに、自尊心とか自己顕示欲とかが邪魔をして、己の立場に不満を募らせ、怪しげな話に引っ掛かったのかな?
そう言うのは大概、自分に都合の良いことしか聞こえない人が引っ掛かっちゃうよね!
元生徒会長は、アルファンが嬉々として縛り上げ、邸の牢に連れて行かれた。
伯爵は、早速魔道具を使ってお城に連絡している。
まず電話魔道具に出たのは、お城に勤める高位文官さん。
事情を話し、更に偉い人に繋がる。
大きな体でペコペコ頭を下げてるジュボーダン伯爵に、前世の光景が重なる。
何故人は電話越しなのに頭を下げてしまうのか?ええはい、自分にも経験が有ります。
微妙な顔で見ていたら、ジュボーダン伯爵に呼ばれて、アールスハインが電話を代わった。
「どうも…………いや、偶然ですよ!狙ってるわけないでしょう!予想もしませんでしたよ!ええそうですね、そのようにしたほうが、今後問題も速やかに解決するでしょう。…………いや、そんなに長居はしませんので!ええ、それとは別件で騎士団への要請書も送ってますので、検討してください。………はい、ではそのように、はい、はい、分かりました。では」
アールスハインがもう一度ジュボーダン伯爵に電話を代わって、ジュボーダン伯爵が挨拶をして電話終了。
元の応接室に戻ると、アルファンが居て、全員が座ってお茶を一口、
「いや、緊張しました!画期的な魔道具ではありますが、あのように耳のすぐ近くに声が届くとは!しかも遠い距離を一瞬で!いやいや、王都とは恐ろしい技術を開発する場所ですな!ハッハッハッ」
「おい、兄上、どうした?大丈夫か?頭でも打ったか?」
「ああ、いや、大丈夫だ!最新式の魔道具に感激していただけだ!」
「ヘ~?そんなにスゲェの?俺にも使える?」
「いや、あれは緊急事態用だから、私にしか使えん!」
「なんだよケチくせえな!ちょっとくらい良いだろ~?」
「いや、あれの繋がる先は王都の城だぞ?お前に用はあるまい?」
「まあ、そりゃ城に用はねーな?」
「そんなことよりも!まずは、先程の違法行為とそれを指示した侯爵の事だが、城から派遣される騎士団の預かりになる。同時に侯爵家の捜査も行われる事になった」
「ふ~ん、俺らには手を出すなって?」
「下手に手を出して、獣族を巻き込む訳にも行くまい。徹底的に捜査を行うと、宰相殿自ら確約を頂いた」
「!それはまた、随分と大物が出てきたな?!」
「繋がった先が宰相殿だった!」
「ああ、そんであんなに緊張してたのか?」
「直接ご本人が出てくるとは思わなかった!」
「アッハッハッ!そりゃ俺が興味本位で使わなくて良かったぜ!」
「お陰様で、騎士の派遣も速やかに行われるだろう」
「速やかに、つっても二月は掛かるだろう?王都から最速で馬を乗り換えても」
「いや、最速なら一週間程で来られるだろう」
アールスハインが口を挟めば、ジュボーダン伯爵は疑問顔、アルファンは訝しげな顔で見てきた。
「二月の距離を、どうやったら一週程で来られると言うのですか?」
「王都の騎士団では、新しい魔道具を使用して空を飛ぶことが可能になっている。その魔道具を使えば六日でジュボーダンまでたどり着けるだろう」
「空を飛ぶ~?それは鳥族に喧嘩売ってんのか?それとも本当にそんな魔道具が有るとでも言うのか?」
何故かアルファンが凄んで聞いてくる。
「そう言えば、クラックもそのような事を言っていたな?」
「実際に有りますし、持っていますので」
「…………………見せて頂く事は出来ますか?」
「良いですよ、どうぞ」
アールスハインがマジックバッグから取り出したボードを見せると、繁々と眺めながら疑問顔の伯爵兄弟。
一通り見せた後、アールスハインが実際に使って見せる。
部屋の中なので上下にプカプカ浮かぶ程度だけど。
アングリと口を開けて驚く顔が似てますね!
部屋の片隅に立ってた羊な執事さんも、腰を抜かしそうに驚いている。
「…………………ま~じか、王都では空まで飛んじまう魔道具まで作れんのか?!一体何処に攻め込むつもりだ?」
「いやいやいや!攻め込むつもり無いから!これは王都の騎士団と上級兵士にのみ支給され、普段は見回りや、緊急事態に備えての、訓練にしか使われてないですから!」
助が慌てて否定すれば、
「?それはまた随分緩い使い方だな?鳥族以外なら、空から攻撃されりゃ~イチコロだろ?」
「クラックも言ってたけど、何故そんなに好戦的なのか?戦う相手として想定してるのは、スタンピードとかですよ!」
「ああ、だから迅速な連絡手段と移動手段と言うわけか!」
ジュボーダン伯爵の言葉に、アルファンが感心している。
「カ~ッ!王様の考える事はスゲェな!国を守る範囲がちげぇ!象族の町で一番とか、自慢してる自分が恥ずかしくなるぜ!」
「ああ、その庇護の中に我々も入れて頂いていることを、忘れてはならんな!これは細やかでは有りますが、鳥族や他の種族には私から話しておきましょう。騎士団の皆様には、存分に空を飛んで頂きたい!」
「ところでよ~、何で騎士団の支給品を、冒険者のあんたらが持ってんだい?」
凄まれましたよ!
「ああそれは、我々が学生時代に魔道具の開発に関わったからですね。ただし、我々が持っている魔道具は、他の者は使えないようになっていますがね」
「はあ?!魔道具の開発って!学生って!王都の魔法学院かよ!?何でそれで冒険者だよ?普通はもっと城で働くとか、貴族のお抱えになるとか有るだろうに?」
「アルファン、人にはそれぞれ事情が有る。そう詮索するでない」
「いや、だって!学院に通ってたってことは、貴族かそれ並みに金持ちって事だろう?ならもっと安全で高給取りな職業があるだろうよ!何でわざわざ命の危険のある冒険者だよ?」
「特に命の危険には、今のところ合ってないっすね~?」
「何だ?まだ駆け出しか?」
「一応Bランクですけど」
「はあ?それで命の危険が無いって、ショボ依頼専門かよ?」
「ランクに合った依頼を受けて来ましたよ?」
「?話が噛み合わね~な~?」
「俺らは全員、常時バリア張ってるんで、深傷を負った事がほぼ無いんですよね!」
「はあ?常時バリアって!それどんな魔法使いだよ?!」
「元々魔力は多い方ですが、訓練次第で結構いけますよ!」
「そんな簡単に?!」
「まあ慣れですよ慣れ。常に使ってれば魔力消費も抑えるコツも解ってきますしね」
「ふ~ん、そう言うもんかよ」
「そう言うもんすよ」
何となくそれで話は纏まり、闘技大会のお礼を言った後は、今後の軽い予定を話して伯爵邸を出た。
宿に戻ればユーグラムとディーグリーが既に居て、ディーグリーがラバー商会から大量の唐揚げを持ち帰ってきてた。
レストラン店主と宿屋主人が、練習の為に大量に獲物を狩って来ては、揚げまくっているらしい。
従業員さんも、三食唐揚げには飽き始めていて、大量に貰って来たそうです。
部屋で昼飯を食べて、午後はクラックと会うためギルドへ。
読んでいただきありがとうございます!
最近、コメディというジャンルのままで良いのか悩み中。




