妖狐族の里
誤字報告、感想をありがとうございます!
宿屋を出てトコトコと歩き二十分程の所に、妖狐族の集落はあった。
木と石を組み合わせて建てられた家々はそれ程大きくはない。
見る限り女性ばかりの集落だ。
お姉さんに先導されて集落に入って行くと、珍しそうにジロジロと眺められる。
声を掛けられる事は無いが、コソコソキャーキャー言われてる。
集落の一番奥、少しだけ他の家より大きな家に着くと、お姉さんが大きな声で、
「長様~、外の街から妖狐族の男が来ました~」
と声を掛けて、返事も聞かずに入り口のドアを開け放った。
「なんだえ?騒々しいねぇ。妖狐族の男なんて、ここ何十年も見てやしないよ」
答えた声は若々しく、族長と呼ばれるには、艶がある声だった。
お姉さんに促されて家に入って見れば、ロッキングチェアでゆらゆら揺れる妖艶な女性。
ムワッと溢れ滴るような色気のある年齢不詳の女性が居た。
ポヤーっと見ていると、お構い無しにお姉さんが、クラックを族長に押し出し、
「ほら、見て見て!妖狐族の男!まだ1本尻尾だけど、力に目覚めてないだけで、そこそこ魔力は有るでしょ?!」
押し出されたクラックは、族長を前にカチンと固まり、息もしてない感じ。
「本当さね、これは間違いなく妖狐族の男だねぇ、この魔力から言うと、あんたの母親はユリかえ?」
「は、母親は、俺が赤ん坊の頃に、盗賊に襲われて死にました。名前は知りません。………………俺は、本当に妖狐族なんですか?」
緊張してるのか、言葉遣いが標準語になってる!
今までの訛りはなんだったの?!
「そうかえ、赤ん坊の頃にねぇ。ユリは三十年も前に、人間族の男と結婚するって、里を出ていってねぇ。そうかえ、死んだのかえ」
族長さんは、暫く目を閉じて祈るような仕草をしたあと、
「あんたは間違いなく、妖狐族さ、妖狐族に男が生まれるのは、数十年に一度くらいのもんだけどね」
「で、ですが、俺っちは魔法がつかえないでやす!妖狐族てのは、幻獣族の中でも、特に魔法が得意と聞きやす!それでも俺っちは、妖狐族なんでやすか?」
喋り方戻った。
「そりゃ~そうさ、あんたは妖狐族の力の使い方を知らないんだ、知らないまま使える程、簡単なもんじゃないのさ」
「妖狐族の力の使い方は、他の種族とは違うからね~」
「俺っちでも、使えるようになるでやすか?」
「そりゃ~あんたの努力次第さ」
「でもさ~、長様、男の妖狐族の魔法ってどんなの?魅了系は女相手だと効きにくいんでしょ?」
「クククク、そりゃ~お前、妖狐族の男なら、精神操作系の魔法が、大の得意になるだろうよ」
族長さんの笑い顔が恐ろしく見えるのは俺だけ?
「あー、そっちか、これはまた、ジュボーダン様に目つけられるね!」
「そりゃそうさ。妖狐族は代々そう言うもんさ。人の心を操ってこそだからねぇ」
怖いんですけど!
俺だけじゃなく、皆も若干腰が引けてるし、クラックも変な汗をかいている。
「い、いや~、俺っち、そう言う怖いのじゃなく、普通に、火とか水とかの魔法が使えると、う、嬉しいでやす~」
「なんだ、そんなことなら簡単だよ~。妖狐族は狐火が得意だしね!」
「なんだえ?妖狐族の端くれのくせに、精神操作のひとつも覚える気はないのかえ?だらしないね~」
「い、い、いや、俺っち、自分が妖狐族だって知ったのも、さっきお姉さんに言われてでやすから~」
「まぁ良いさ、妖狐族の寿命は他より長い、その内覚えたくなるかもしれないしねぇ。サヨ、狐火はあんたが教えてやりな」
「はーい。んじゃ外行こうか!」
お姉さんが元気良く返事して、たったか外へ行ってしまったので、一応族長さんに挨拶して外へ。
家の外へ出ると、お姉さんが待っててくれて、
「狐火なら、今、子供達が練習してるから、そっちへ行くよ!」
そう言って歩きだしたのは、森の方向。
獣道よりは少し踏み均された道の先、広いスペースが出来ていて、そこでは可愛らしい女の子の集団が、狐火の練習をしていた。
女の子達の三角耳と尻尾が、モフモフしてて可愛らしい。
中には三本も尻尾が生えてる子もいて、ワッサワッサしてる。
「みんな邪魔するよ~!」
「「「あー、サヨ姉だ!魔法教えてー」」」
子供達がワラワラとサヨ姉さんに寄っていく。
「悪いけど、今日は新しい生徒の指導だから、あんた達には構えないね!」
「えー?新しい子って、アサイはまだ小さいし、ヨーカも赤ちゃんだよ?」
「ああ、この里の子供じゃないからね、里の外で育って、自分が妖狐族だって知らなかったから、狐火のひとつも使えないのさ」
「………………それって、そこのお兄さん?男の妖狐族なんて初めて見た」
「まあ、長様が珍しいって言う位だからね~」
サヨ姉さんの言葉に、ワラワラと子供達がクラックを囲みだす。
「えー、大人なのに尻尾が一本しか無いよー」
「男の妖狐族だってー、初めてみたー」
「外の街で何してたのー?」
「狐火も使えないのー?」
キャイキャイワチャワチャしてる。
クラックは、どうして良いのか分からずにアワアワしてる。
女の子の中には、体からピンクの靄を出してる子もいて、ちょっと近寄りたくない感じ。
「こーらっ!無闇に魅了を垂れ流すんじゃないよ!」
ピンクの靄を出してた子が、サヨ姉さんにゲンコツされて、頭を抱えて踞っている。
魅了を垂れ流すって!
「ほらほら、練習に戻って!そんであんたはこっち!」
サヨ姉さんに引っ張られて、クラックはつんのめるように、広場の奥に連れていかれる。
広場の奥には、低い石の台と、その奥に、小さな社のような物があり、サヨ姉さんが一礼して、クラックにも同じようにさせた後、台の上に尻尾をのせるように言う。
「ちょっ、ちょっと待って!まずは何をやるか、説明して欲しいでやす!」
「ん?ああ!ゴメンゴメン。あんた里の外の人だった!」
「そうでやす!まずは説明が欲しいでやす!」
「はいはい、ここはねー、儀式のヤシロって場所で、妖狐族の魔力を解放する場所」
「解放って何でやすか?」
「ああ、そっからか!妖狐族ってのは、随分昔には、幻獣族とは認められてなくて、魔物のように扱われてたのよ」
「魔物でやすか?」
「そう、人の心を意のままに操り、自分の都合の良いように物事を動かす。ってね!」
「まぁ、それは恐ろしいでやすね」
「そうなの。で、妖狐族の魅了は、女には効きにくい事から、女達の手によって、妖狐狩りが始まったのよ!」
「う~ん、何とも言いようがないでやす」
「それもそうよね、その時代の妖狐族は、本当に好き勝手に男を誑し込んで、贅沢の限りを謳歌してたらしいし。恨まれて当然だと、私も思うわ!」
「でも今は違うでやす?」
「そうなの。このままじゃ妖狐族が根絶やしになるって、危機感を持った当時の族長が、エルフ族の族長に相談して、魔力そのものを封印してもらったのよ」
「そしたら、魔法が使えないでやす」
「大丈夫よ、儀式を行えば魔力は戻るし、ちゃんと、他種族との共存が出来るだけの知識を付け、魅了の能力を制御出来て初めて里の外に出られる。って協定を結んでるから」
「それなら安心、なんでやすかね~?」
「まぁ、多淫多情は妖狐族の特性だけど、欲望のままに力を振るえば、長様が黙ってないわ!それはそれは恐ろしい目に合うでしょうしね!」
「……………………確かに恐ろしい事になりそうでやす」
「ええ。で!これから行う儀式は、封印された魔力を解放する儀式!」
「具体的には、何をするでやす?」
「尻尾を叩き潰す!」
「ええええええ!!」
「いや、本当にね!尻尾の付け根よりちょっと下に、瘤が有るでしょ?それが魔力溜まりなのよ。それを叩き潰して、魔力を解放するのよ!」
「恐ろしい儀式でやす~」
「広場に居た子供達でも耐えられたんだから、あんたも大丈夫よ!」
「ただ叩き潰すだけなら、里の外でも出来るんじゃないでやすか?」
「うーん、それがねぇ、ここのヤシロに収めてあるハンマーじゃなきゃ、魔力が解放されないようになってるのよね~」
「へー、魔道具かなんかでやすかね?」
「さー、それは知らないけど。で、で?覚悟は出来た?」
「…………………はーーー、お願いするでやす!」
「はーい!一気に行くよ!」
クラックが、石の台に尻尾をのせると、ヤシロの中からハンマーを取り出したサヨ姉さんが、大きく振りかぶり、
「えーい!」
可愛らしい掛け声と共に、豪快に振り下ろす!
ーーガキンーー
と金属のぶつかるような音の後、クラックが、悲鳴にもならない悲鳴をあげて、尻尾を抱え込み踞る。
そのクラックの全身から、ブワッと魔力が吹き出した。
そして尻尾が増えた!
「うん、成功ね!これであんたも魔法が使えるようになったわよ!」
「ううう、こんなに痛いことを子供にするなんて、虐待でやす!」
「子供の頃ならそんなに痛くないのよ!あんたの場合は、大人になるまで魔力を溜め込んでたから、痛く感じるのよ!証拠に、尻尾には異常無いでしょう!?」
「ううう、確かに何とも無いでやす」
「それより、あんたの体から溢れ出てる魔力を何とかしなさいよ!このままじゃ、子供達に悪い影響が出るわ!」
「何とかって、どうやるでやすか~?魔力なんて、生まれてこの方感じた事も無いでやす!」
「ええ~?魔力を感じた事無いって?!他の人が魔法使う時とかに、感じるもんでしょー?」
「そんなの感じないでやす!だから俺っち魔法が使えないんだと思ってたでやす!」
「ええええ、こんなに多い魔力じゃ、私じゃ抑えられないよ!」
なんだか二人してパニクっているので、そろそろ助けた方が良いかな?
魔力がどんどん膨れ上がって、大変な事になりそうだし。
フヨッと飛んで、涙目で踞るクラックの前に。
踞ってもまだ目線が上だけど、その見上げる両頬を、バチーンと手で挟んで、魔力を吸い出してやる。
聖獣特性の、魔力吸収でございます!
まぁ、力の強い精霊も出来るらしいけどね!
一気に魔力が無くなった事で、サヨ姉さんは、更にパニクってるけど、今は後回しにして、
「くらっく、いま、けーたがきゅーしゅーちたのが、まーりょく。わかりゅー?(クラック、今ケータが吸収したのが、魔力、分かる?)」
「うえっ、な、な、なんか、抜けてったのは分かるでやす」
「そりぇが、まーりょく。また、じわじわでてちたでしょー?(それが魔力、またジワジワ出てきたでしょ?)」
クラックは、俺を見て、自分を見て、手をニギニギして、抱え込んでた尻尾を触る。
「な、なんとなく、感じるでやす」
「しょれを、うごかしゅいめーじ」
「これを、動かす」
ゆっくりとクラックの全身から溢れる魔力が、モヤモヤと動き出す。
「おおおー!魔力、魔力感じるでやす!」
「そしたら、それを体に収めなさいよ!」
突然復活したサヨ姉さんに言われて、ビクッとした後クラックは、
「収める、収める、収める?」
「しょとのやちゅを、かりゃだのなかでやりゅー」
「体の外のやつを、体の中でやる?」
緊急事態だからか、俺の言葉が通じてる。
そして、徐々に体の内側におさまっていく魔力。
サヨ姉さんが、あからさまにホッと肩を落としている。
「あーー焦った!溜まってた魔力って、一気に解放すると危険ね!長様も言っといてくれたら良かったのに!」
プリプリ怒りながら、ハンマーを片付けて、こっちを見ると、
「ふう、これであんたも魔法が使えるようになったけど、くれぐれも、精神操作の魔法は使わないようにね!まあ、本格的な精神操作は教えてないけど、妖狐族は魔力が強いから、無意識に魔法を使っちゃう事もあるんだから!常に自分の魔力を感じて、制御する事!あと、人前で獣化はなるべくしないこと!尻尾も出来れば一本以外は隠す事!いまだに妖狐族を利用しようと狙ってる人間も多いからね!」
子供に言い聞かせるように、指を立てて注意してるサヨ姉さん。
聞いてるクラックは困惑顔。
「俺っちは、獣化出来るんでやすか?うわッ!尻尾が増えてるでやす!これはどうやって引っ込めるでやす?!あと、魔法って、どうやって使うでやすか?呪文は?」
「ああ、そうよね、獣化は妖狐族なら誰でも出来るわ!魔法の腕が上がれば、尻尾も自然と増えるし、魔力の制御が出来れば、尻尾は仕舞えるようになる。妖狐族の魔法に呪文は無いわ!見て、同じようにすれば、大抵は出来るわ!ただ、あんたは魔力が多いから、早く制御出来るようにね!」
「………………………制御の仕方を教えて欲しいでやす」
「そんなものは慣れよ!バンバン使えば自然と覚えるわよ!」
何とも大雑把な説明は、サヨ姉さんだからか、妖狐族全体か。
クラックの困惑顔を気にも留めず、
「ほら、まずはこう!」
ポッとサヨ姉さんの掌に炎が現れる。
それは火魔法玉とは違う、青白い炎で、蝋燭のようにユラユラと燃える炎そのもの。
「これが狐火よ!その辺の魔法使いの炎よりも、強いから気をつけて!ほら!ボケッとしてないで真似する!」
「うえっす!」
クラックが、変な返事をして立ち上がり、恐る恐る掌を上に向け、ジーーーーっと掌を見る。
ジーーーーーーっと見る。
「何やってんの?見てるだけで炎が出るわけ無いでしょ?!魔力を掌に集めて、炎が出るようにイメージしなさいよ!」
「ウス」
クラックが言われた通り、掌に魔力を集めようとしている。
モヤモヤと動き出す魔力。
ちょっと危険な匂いがするね!
「それで、掌に炎が出るようにイメージして!」
サヨ姉さんの言葉に、イメージしたのか、クラックの掌に炎が出現。
と、同時に全身が青白い炎に包まれるクラック。
「ギャーーーーー」
「ちょっと!危ないから走り回らないで!落ち着きなさい!止まれ!」
必死に呼び掛けるサヨ姉さんの声は、炎に包まれるクラックには届いていない様子。
仕方ないので、クラックをバリアで覆い、動きを止めてから、バリア内を水で満たす。
ガボガボ溺れるクラック。
炎が消えたのを確認して、バリアを解除。
ゼエゼエしてるクラック。
そこへサヨ姉さんが、
「ちゃんと制御しなさいよ!こっちまで危険になるでしょう!」
「………………………」
説明が下手すぎるサヨ姉さんと、初心者な上に、自分が魔法を使える事になるとは、考えてもいなかったクラックの相性はとても悪い。
「クックックックッ、やっぱりね、こんなことになると思ってたよ」
「長様!何がおかしいんですか!私、焼け死ぬ所でしたよ!」
「クックックックッ、あんたの説明が下手すぎるからねぇ。初心者、力の強い、解放直後の子供に教える要領で教えなきゃ、危険になるのも当然さ」
「だってこの人大人でしょ!」
「魔法を使えるようになったのは、さっきだえ?」
「広場の子供達には通じました!」
「あの子達は、基本的な制御の出来る子達だえ?」
「それは、そうですけど」
「分かったろう?お前に、解放直後の子供の面倒を、任せられない理由が。お前は、人の気持ちを汲み取る能力がまだまだなんだえ、順序立てて教える能力も足りない。一人前には程遠いねぇ」
「そんな!私だって出来ます!」
族長さんが、物凄く色気ある流し目でこっちを見て、
「出来て無いから、この男は死ぬ目にあったんだえ?こっちの子が居なければ、今頃ここら一帯焼け野原だろうよ」
「それは!思ったよりもこの人の魔力が多かったからで!」
「お黙りよ、言い訳とは見苦しい、子供が相手でもその言い訳をするのかえ?」
族長さんの恐ろしい睨みに、何も言えなくなるサヨ姉さん。
「お前はもうお下がり。自分の何が悪かったのか、確り考えることだえ」
涙目で走り去っていくサヨ姉さん。
はあーーと、ため息まで色っぽい族長が、
「悪かったねぇ、あの子は悪い子じゃー無いんだけど、迂闊でそそっかしくてねぇ」
「はぁ」
「それと、ありがとうございました。貴方様のお陰で、里に危険が及びませなんだ」
膝を付いて深く頭を下げる族長さんが目の前に。
「いーよー、くらっく、ちゅれてきたのおれたちらし!(いいよ、クラック連れてきたの俺達だし!)」
軽く返したけど、その丁寧な言葉から、俺の正体がバレてる気配!
「お詫びに、我々妖狐族で役に立てる事があれば何なりと」
更に深く頭を下げられてしまった!
「きにちなくていいよー」
特に人を誑し込む予定はありませんよ!
「そうでございますか?なれば、いつか機会があれば」
「はーい」
予定は無いけどね!
その後は、族長さんの紹介で来てくれた、新たなお姉さんに指導されて、クラックも徐々に制御を覚え始めた。
俺達はただ見てても暇なので、クラックを里に置いて、幻獣の町を見て回る事に。




