4日目午後
テイルスミヤ長官の部屋には、シェルが先に来て、昼食の準備をしていてくれた。
メニューは、サンドイッチとカップに入ったスープ、以上。
いつもよりはメニューが少ないけど、ボリュームはかなりあるので、物足りなさは無い。
俺はサンドイッチのパンが食えないので、いつものパン粥だけどね!甘さは控えめにしてもらったよ!
アールスハインの隣に座ってアムアム食ってると、正面に座った怪しい男ジャンディスが、ガン見してくる。
何やらメモを取りながら食べているので、ボロボロ溢している。
幼児な俺より汚い食べ方に、シェルが無言で歩み寄り、スパーンと怪しい男ジャンディスの後頭部をひっぱたいて、メモを取り上げ、
「汚い食べ方をケータ様に見せないで頂きたい」
と、目が笑ってない笑顔で言った。
怪しい男ジャンディスは、自分の周りを見て、俺を見て、また自分の周りを見て、ボリボリ頭をかいて、大人しく食べ始めた。
食後のお茶の時間、怪しい男ジャンディスが、はあああああああと、盛大に溜め息をついた。
「何ですか、ジャンディス副長、非公式とは言え王子の前で溜め息をつくなど、不敬ですよ」
「ああ!アールスハイン王子すみません。つい、目の前に聖獣様が居られると思うと、しかも食事までご一緒させて頂いて!聖獣様が!俺っちと同じものを食べてるなんて!!」
だんだん興奮してきた怪しい男ジャンディスの後頭部を、テイルスミヤ長官がひっぱたく。
「同じ研究者として、新しい発見に興奮するのは分かりますが、貴方はもう少し抑える努力をしなさい!今の貴方は客観的に見て、幼児に興奮する変態ですよ!そんな姿を騎士団に見られたら、投獄されますからね!」
「えー?さすがに言い過ぎじゃないっすか?投獄まではされないでしょう?」
「想像してみなさい、幼児に向かって息を荒らげ、今にも連れ去るかのようにワキワキと手を動かし、すぐ傍まで迫っている変態を!捕まるのは当然でしょう?」
「!そこまでっすか?俺っちそこまで酷く無いっす!ねぇ?」
テイルスミヤ長官の酷い言われ様に、反論しようとしたが、テイルスミヤ長官に同意して、アールスハインとシェルが何度も頷いているので、さすがに反省したらしく、しょんもりしている。
チラチラこっちを見てるので、いつまで続くかは不明だが。
「それにしても、食事をしていただけで、随分と興奮していたな」
アールスハインの言葉に、テイルスミヤ長官が苦笑して、
「今までは、目撃情報は有ったものの、それも数百年前で、魔法の痕跡が消えないと言う事実が判明してから、あれは聖獣だったと推測出来るだけで、実物が見れただけに留まらず、目の前、触れられる距離で食事までしているとなれば、多少研究をかじった程度の私でも興奮してしまうのは仕方ない事でしょう。ですが、ジャンディス副長は興奮し過ぎて気持ち悪かったので、反省して下さいね!」
「はーい、すんませーん」
本当に反省してんのか、疑問の残る返事だが、一先ずは、それで納得する。
さて!気分を変えて午後の訓練です!
「午前中にも申しましたが、午後はもう一つの防御魔法です。相手の感覚器官を麻痺させる魔法ですが、人を相手に練習すると危険な場合が有るので、こちらに用意した人形に魔法をかけてもらいます。上手く魔法がかかると、人間と同じような反応をしますので、効果が分かりやすいと思います。ではやってみますね」
ヅラの無いマネキンの上半身だけ、みたいな人形に、テイルスミヤ長官が魔法をかけると、人形の目から大量の涙と鼻からも鼻水が出てくる。
人形は、顔を両手で覆い、頭を激しく振っている。
なにこれメッチャ怖い!
思わずアールスハインにしがみつくと、隣で俺をガン見する怪しい男ジャンディスが、俺に向かって両手を広げ、来い来いアピールをしている。
その間抜けな姿に、冷静さを取り戻した俺は、アールスハインから離れ、テイルスミヤ長官の魔法の効果の消えた人形に向かって、魔法を放った。
行動阻害の魔法は、どの属性を使うかは、人それぞれ違うらしく、属性のどれを使うかによって効果も様々らしい。
俺の使った魔法は、闇。
闇は、視界を遮るのは勿論、午前中に習ったバリアの魔法の応用で、音と匂いも遮ってやった!人形は、こっちから見ると、闇の魔法玉をスッポリ顔に被せられただけに見えるが、人形本人?からすれば、目も見えず、匂いも音も無い世界に放り込まれた様に感じているだろう。
人間なら、精神的に長時間は持たないと思う。
現に、人間と同じ反応を示すらしい人形は、ガタガタと体を震わせ、暫くすると脱力して、腕をダランと下げたまま動かなくなった。
「………………ケータ様、これは何をしたのですか?」
「やみでめちゅぶしちて、おととにおいけちた!(闇で目潰しして、音と匂いも消した!)」
「目と耳と鼻を同時に塞がれた感じですね、それでこの反応ですか、人形でも恐怖を表せるとは驚きました」
テイルスミヤ長官がまたブツブツし出したので、闇玉を消してやると、人形は何事もなく元の通りに戻る。
「では、ハイン王子どうぞ」
とアールスハインに促す。
アールスハインは、ちょっと考えて、水の玉で人形の顔を覆い、人形を窒息させていた。
「お二人共素晴らしい!ですがこれはもはや、防御ではなく、充分な殺傷力の有る攻撃です。もう少し威力を弱めるか、他の方法を考えなければいけません。魔物相手ならば構いませんが、犯罪者相手の場合は生きたまま捕縛する必要も出てきますからね」
もう一度、と言われて考える。
行動阻害行動阻害………痺れ?電気?いやいや下手すると一発で死にそう………眠らせれば良くね?!うんそれで行こう!
人形に向けて魔法を放つ。
「ねむねむねむねー」
寝ました!ドヤ顔でテイルスミヤ長官を見ると、笑顔で拍手してくれた。
続いてアールスハインは?
土の魔法で人形に砂を高速でぶつけている!目潰しですな!
こちらも無事成功で、テイルスミヤ長官に拍手をもらった。
イェーイとハイタッチを求めると、笑顔で応えてくれた。
隣で怪しい男ジャンディスも、手を挙げていたが無視で!
「今日の訓練は、以上で終了です。バリアの魔法等は、常に身に纏うように張っていると、練度が上がって、固さや大きさを自由に変えられる様になります。更に練度を上げていくと、特定の人だけ自由に出入出来るバリア等も張れる様になりますので、練習してみて下さいね!」
「ありあとーごしゃましゅた」
「有り難うございました」
アールスハインと二人でお礼を言って、シェルと3人で部屋に戻る。
後ろから、怪しい男ジャンディスが何か叫んでいるけど無視で!
部屋に戻る途中も、テイルスミヤ長官に言われたバリアの練習をしてみたよ!
アールスハインの張ったバリアに弾かれて、危うく俺が床と激突!と思ったら、偶々通りかかった宰相さんにキャッチされて、お互い暫く見つめ合ってみたり、宰相さんの抱っこがかなり上手でビックリしたりしながら、バリアの練習を続けた。
庭園の見える廊下を通りかかった時、外からワーワーキャーキャー声が聞こえたので見てみると、二股聖女とキャベンディッシュ、その取り巻き騎士達が綺麗に整えられた庭園で、魔法の練習をしている。
彼等の周りの庭園の植物は、土に埋もれたり、風で飛ばされたり、燃やされたりしてグチャグチャになって酷い有り様になっている。
庭師さんが丹精込めて整えただろう庭を、笑いながらメチャメチャにする奴等の神経が知れない。
呆れた表情で俺達が見ているのに気付いたキャベンディッシュが、こちらに近付いて来ながら、勝ち誇った顔で、
「なんだお前達、敵情視察か?残念だったな!お前達など足元にも及ばないほど我々は先を歩いている!悔しいだろうがこれが実力の差と言うものだ!ハーハッハッハッ!」
「ディッシュ~何してるの~?そんな人達相手にしてないで、こっちに来てもっと魔法教えてよ~!」
見ていた限り、魔法玉しか使えていないが、足元にも及ばないほどなのだろうか?自分の実力を過信し過ぎて、バカにしか見えない。
相手にするだけ無駄である。
無言で通り過ぎようとすると、
「キャ~、間違った~」
と棒読みの二股聖女の声が聞こえて、振り向くと、間近に迫った火の玉。
でも俺達が慌てる事は無い。
当然バリアを張っているからだ。
アールスハインと俺が、練習のため交互にバリアを張っているのだが、今バリアを張っているのは俺、勿論反発バリアを張っている。
何度も練習しているうちに、反発と言うより、反撃バリアになっている。
そんな事が分かる筈もない二股聖女は、俺に向かって魔法玉を放ってニヤニヤしている。
バリアに当たった魔法玉は、来た方向にまっすぐ返って行く。
魔法玉しか使えない二股聖女に防ぐ術は無く、バスンと音をたてて二股聖女に火魔法玉が命中し、無駄にきらびやかなドレスが燃え上がる。
「ギャーッ!イヤーなになになに!ギャー」
叫び暴れる二股聖女。
取り巻きは呆然と見ているだけで何もしない。
キャベンディッシュも、アワアワするだけで、どうする事も出来ずにいる。
しょうがないので、水の魔法玉を造って、二股聖女にぶつけてやると、火はすぐに消えたが、ドレスはボロボロで水に濡れたせいで化粧もボロボロの、酷い有り様になった二股聖女。
こっちを物凄い形相で睨んでくるが、自業自得である、文句を言われる筋合いはない。
しかし、話の通じない男キャベンディッシュが、
「貴様ら!聖女様に何をした!尊い聖女様に危害を加えた罪で、今すぐ捕らえてやる!そこを動くな!」
叫びながら、剣を抜いて向かってくる。
俺は呑気に、バリアって物理攻撃防げるかしら?とか考えていた。
なぜ呑気にしているかと言うと、キャベンディッシュのヘッポコ剣より、アールスハインの素手の方が強いと知っていたからだ。
案の定、キャベンディッシュの剣は、アールスハインが軽く払っただけで、飛ばされた。
「よくも、よくもよくも私に逆らったな!覚えてろよ!聖女様に危害を加えたこと、俺に逆らった事を父上に進言して、お前達を牢にぶちこんでやる!」
と喚き散らして、ボロボロの二股聖女を連れてどこかに消えて行った。
ふぅやれやれである。
今のやり取りでどっと疲れた。
魔法の練習の方が百倍楽である。
部屋について、グッタリする俺達二人に、シェルがお茶を出してくれる。
お茶とは言うが、俺の分は、毎回違ったフルーツジュースであるが。
お茶を飲みながら、ぼんやりしていると、晩御飯の時間になる。
食事室に移動しましょう。




