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ダンジョン、閉鎖致します  作者: 小名掘 天牙
トウトウ村編
9/26

「この作り見ると、お前が言ってた無駄ってのも納得しかねーな」


 先のヤクザ者達から勧められた宿に着き、その中の一室に通されたサルバはそんな感想を漏らした。視線の先には一枚の姿見。その縁にはこれでもかという位繊細で美麗な彫刻が施されている。それ以外の調度品もどれもこれも設えが良く、はっきり言って村の規模からは明らかに分不相応な代物ばかりだった。


「ね」


ま、僕も同意見なので、肯定しか回答は無いんだけど。というか、見えるところにあった建物とかだけじゃなくて見えないところも大分無茶な贅沢してたんだね。


「一先ず今日はここで休むって言ってたけど、この後はどうするんだ?」


「取り合えず、今日渡したリストに従って、役場の人達がダンジョンの閉鎖の順番、それと場合によってはまだ閉鎖をしないで欲しいって話をしてくるから、それに従ってダンジョンの閉鎖をしながら、時間を見て、あの土の出所に寄って、ギルドに帰還って流れかな」


「出発は?」


「明日のお昼頃になると思うから、そのつもりでね」


「りょーかい」


サルバが頷いたのを確かめて、僕は備え付けられた棚からタオルを一枚取る。


「? 何処か行くのか?」


「お風呂」


ベッドの上でぐだぐだしていたサルバに答えると、むくりと起き上がって「風呂?」と小首を傾げてきた。


「うん。部屋に来る途中に館内の案内図があってさ、その中に『大浴場』があるって書いてあったから」


「温泉か!?」


「いや、沸かしているみたい」


サルバが興味をそそられた様に声を上げるけど、残念。温泉じゃないよ。というか、こんな平地に温泉があったら、この村はダンジョンが無くてもやっていけた筈だし。


「……それ、水と燃料何処から引っ張って来てんだ?」


「買って来てるんじゃない? この辺り、魔法の類か燃料の類かは分からないけど」


「つまり?」


「推定・借金」


「それもかよ」


「今使ってるのは、多分村が破綻する前に残っていた在庫だろうけどね」


あの人達も、自分達が使うとはいえ、今更新しくお金かけて、こんな設備を完全に維持しようとはしないだろうしね。


「なんつーか」


「うん」


「「本当にやりすぎ」」


「だよね」


「ああ」


頷いたサルバがため息交じりに立ち上がり、同じく棚に置いてあったタオルを取る。


「俺も行くわ」


「そ」


じゃあ、行こうか。


「無駄の贅沢を楽しむのも、たまには良いだろうしね」


僕がそう言うと、サルバはやんわりと苦笑を浮かべたのだった。









「ぐぬぬぬぬ……」


 そうやって部屋を出たのが少し前の事。目的の大浴場を前に一つの唸り声をあげる置物が出来上がっていた。まあ、サルバの事なんだけど。


「ぐぎぎぎぎ……」


歯軋りすら交えてサルバが睨みつけている(と、思われる)のは大浴場の二つに分かれた入口(・・・・・・・・)。より正確に言えば、二つに分かれた入口に掛けられた布に描かれた、男性と女性という大きな文字だった。


「まさか、男湯と女湯を分けられるほどお金を突っ込んでるなんてね。人間の感覚の麻痺って怖いよね」


「そこじゃねーよ畜生!!」


サルバの絶叫が廊下に響いた。はっはっは。ま、そっちだよね。


「でも、いい加減腹を括らないと何時までもお風呂に入れないよ?」


分かり切った事だけど。


「うぐぐぐぐ……」


 当たり前のことを言えば、再び歯を食いしばって懊悩を開始するサルバ。まあ、気持ちは分からないでもないか。


男湯に入れば、他の男の人が入って来た時にトラブルの元になりそう

女湯に入るのは、男の尊厳的な意味で絶対に嫌


このジレンマは理解できないでもないしね。僕もサルバみたい(体が女性)になったら、絶対苦悩するし。けど、それで我慢するには、タダで入れる大浴場の魅力は強すぎる訳で。結果、こうして全身苦悩マンが出来上がっていたのだった。……仕方ないなあ。


「もう腹括って男湯に入る?」


面倒臭いし。


「いや、でも「どうせ、他の男の人達は絶対に男湯には入ってこないし」……は?」


ぽかんと間抜けなお顔になるサルバ。うん、予想通りの反応。


「ど、どういう事だよ?」


「さっき、中に居た人に聞いたでしょ。今からお風呂入れるか? って」


「おう」


「その時に、少し驚きながらにやって笑って大丈夫って言ってたから、この宿の人達も僕達が一緒にお風呂に入る事は織り込み済みだよ」


「……俺とお前が風呂場でセックスするつもりだろうと思ってるって事か。おい」


不機嫌そうに唸ったサルバがさっきの懊悩とは違う意味で牙を剥く。


「半分はね」


けど、それもあるだろうけど、それだけじゃないと思うよ。


「今、この村に居る人間で、態々男湯を選んで入る人って居ないんじゃないかな」


女湯が埋まってたら違うんだろうけど。


「んん?」


「ほら、村の男の人達は実質単なる奴隷に近い状態で、債権屋が態々お風呂に入れる事は無いでしょ?」


「だろうな」


「入るのはセックスが仕事で、ある程度体の清潔さを維持させたいって女の人と、その女の人を抱きに来る債権屋の男の人達が大半だけど、彼らは全員女湯に入るだろうからね」


「そういう事か……」


そ。単にセックスしたいなら、娼婦の人達が居そう、或いは入って来そうな女湯に入るだろうからね。逆に、男湯は特定の相手と楽しみたい時の為の場所にしてあるだろうから、さっきの債権屋の人に声を掛けた段階で僕達が出るまでは誰も入れない様にしてくれているだろうね。


「……ん?」


あ、サルバが首を傾げた。


「なあ、アルタ」


「何?」


「お前、そこまで詳細に説明できるって事はだ」


「うん」


「……分かってて黙ってたって事だな?」


あ、前髪の奥から殺気が漏れ出した。……、


「うん」


まあ、答えは変わらないんだけどさ。


「……何でだよ?」


(サルバ)をエッチな事目的でお風呂に連れ込んだって思われたくなかったから」


勝手に自爆して女湯に行ってくれないかなーって。


「おい」


「僕の慈悲深さに感謝して咽び泣いても良いよ?」


許可してあげる。


「……」


「……」


「お前……やっぱりイイ(・・)性格しているわ」


そう?


「まあ、どうでも良いや、僕は行くね」


「はぁ……」


男湯の入り口に掛けられた布を潜ると、サルバがのそのそと付いてきた気配がした。





 布を潜った先にあった脱衣所は予想通り閑散としていて、手入れの痕こそ見えるもののあまり使われていないのが雰囲気で分かった。


「お前の予想通りっぽいな」


「だね」


ジャケットを脱いで手早く籠に放り込むと、隣でサルバがガバっと袂を寛げた。


「あ、その下着着てたんだ」


「念のためな」


先に服を脱いだサルバが着ていたのは、この前ロハグで買った補正下着だった。

 大分タイトな生地らしく、肩から股下迄ぴっちりと伸びた生地に包まれたサルバの身体は初めて見た時とは見違えるくらいにすっきりとした流線型に見えた。その分、お値段は想定以上だったけど、一番の目的(おっぱいを潰す事)は出来ているみたいだし成功と言えば成功っぽかった。

 但し、その分、脱ぐのにそれなりに力が居るらしく、股の部分の留め金を外して生地を持ち上げたサルバは「よっ」と声を出して胸の下から上へと生地を持ち上げる。ぶるんっと出てきた胸は補正前より軽く一回り大きくなっている。うん、ちゃんと効果あったみたいだね。


「しかし、あっさり脱ぐね」


「あん?」


全裸になって、男らしく腰にタオルを巻きつけたサルバの佇まいに、僕は思わずそんな声を上げた。いや、まあ、一応男同士だけど、普通もう少し警戒しない? 曲がりなりにも全裸な訳だし。


「ああそれか」


僕の疑問に納得したのか、大きく頷いたサルバはにやっとした笑みを口元に浮かべる。


「お前なら大丈夫だろうからな」


そう? 随分信用して「男として枯れてそうだしな。ダンジョンみてーに」る訳じゃないね。うん。


「大丈夫、僕はサルバと違ってちゃんと男の象徴付いているから……ぷっ」


「お? という事は、()の乳に興味があんのか?」


あ、何か凄いにやにやされた。……やるじゃないか。うん、その挑戦買ってあげようか。


「ひんっ!?」


脱衣所の中に、腰にタオルを巻いたサルバの甲高い悲鳴が響いた。


「な、ななな!?」


次いで、顔を真っ赤にしながらおっぱいを両腕で庇って後退るサルバ。うん、予想通り。


「何しやがる!?」


はっはっは。


「おっぱい揉んだだけだけど?」


見ての通り。


「て、てめ、まさかそっちの(・・・・)気が!?」


「は? ある訳ないでしょ野郎相手に」


あったら()ってるからね?


「で、どうだった?」


「……何がだよ」


「おっぱい揉まれて感じちゃった感想は?」


「がはっ!?」


精神的ダメージを受けたサルバはお腹を抱えて突っ伏した。ざまぁ。


「俺が悪かった。すっげー精神的にきついから勘弁してくれ」


「良いよ」


仕返ししたらすっきりしたし。


「それよりさっさと入ろうよ」


「後で覚えとけよ」


「残念、もう忘れちゃった」


「さよか」


「うん」


「……」


「……」


サルバがハイキックをした。


僕はしゃがんで回避した。





 脱衣所の木戸を引いた先にあったのはもうもうと湯気の立つ広く大きな、いや、こんな村には分不相応な巨大な浴槽だった。


「もう驚かねーけど、ここまでくるといっそ見事だな」


「だね」


ぼやく隣のサルバに僕も同意する。本当に見事な大散財。馬鹿かな?


「取り合えず、入るか」


「うん」


一先ず身体をさっさと洗って、お風呂に浸かる事にする。昨晩から夜通し歩きっぱなしだったこともあり、結構体中が汗でべとべとだったしね。


「「あ゛~……」」


身体を洗い終えてお風呂に入ると、二人揃ってなんとも親父臭い声が漏れた。


「昼間っからこういうのはやっぱ贅沢だな……」


まだ日が高い青空を見上げながら呟いたサルバが、顔を洗うためにお湯を手ですくおうとしたところで、胸元でぷかぷかと浮かぶおっぱいが邪魔になっている事に気付いて渋い顔をする。


「こいつさえ無けりゃ、満点なんだがな」


「でも、サルバが女の身体になっていなかったら、そもそもここには来ていないけどね」


「そりゃそうだ」


肩を竦めたサルバが、おっぱい越しに掬ったお湯でバシャバシャと顔を洗い、ざばっと乱雑に濡れた前髪を掻き上げた。


「……」


「ん? どうした?」


「いや、やっぱり顔は美人だなって。男の冒険者にやたらと声を掛けられるのも仕方ないよね」


「気持ちわりぃ事言うなよ、おい」


はっはっは。

 体を抱いて、ぶるりと身震いしたサルバは中々お湯に浸かりきらないおっぱいを力任せに沈めて、もう一度「あ゛~……」と漏らす。……。

 そうやって、暫く二人揃ってぼんやりとお風呂に浸かって空を見上げていると、ふと隣のサルバが何かを思い出したように「そういや」と口を開いた。


「?」


「気になってたんだが、随分とこの村のヤクザ者達からは真っ当というか丁重に扱われるよな」


「ああ、それ?」


「おう。他の場所でのダンジョン閉鎖士の扱いとは正反対でちょっと不思議なんだが」


「正直不気味だ」と首を傾げるサルバ。まあ、事情を知らないと、そう思っちゃうよね。そうだな……。


「種を明かしちゃうと、あの人達、まあ債権屋は『ダンジョンの閉鎖のタイミング』が凄い重要なんだよ」


「? どういう事だ?」


興味がそそられたらしく、サルバがぬっと身を乗り出してきた。


「ダンジョンの閉鎖で僕達の仕事は終わるけれど、ダンジョンがあった土地にはまだ人が残るし、土地に残った人達はダンジョン閉鎖後も生活が続いていくでしょ?」


「まあ、そうだな」


「そうなると、当然ながら税金を払う義務も残り続ける訳」


「ふむ」


「でも、ダンジョンが開かれていた時期とダンジョン閉鎖後の時期で税金を同じにするわけにもいかないから、ダンジョン閉鎖直後、次の年の税を決めるためにその土地を治める貴族様から必ず徴税官が派遣されてくるんだよね」


「それが重要なのか?」


「うん」


まだピンと来ていない様子のサルバが「はて?」と首を傾げる。切れの長い鋭い目と流麗な眉毛が訝る様に歪んだ。


「徴税官が取り仕切る仕事は究極的には来年の税金の決定なんだけど、その税金を決めるためには結構色々な工程が必要になるんだよね。まず、その土地の持っている家屋などの財産、人口、収穫される食糧などの資源の確認。これをしないと税の設定もくそもないでしょ?」


「まあ、だろうな」


「で、さっきの債権屋さん達はこの資源の確認をされちゃうと困るんだよね」


「……あ」


分かったみたいだね。


「債権屋は村に残った最後の資源の類の転売と、村の人身売買で利益を上げる仕事だからね。人も資源も移動や売買全てで時間が掛かる以上、債権購入後から徴税官の派遣までの時間を何とか引き伸ばしたいんだよね。けど、貴族様にそんな事をお願いしても首を縦に振ってくれる訳がないでしょ? そこに住む人間は全て貴族様の資産って事になるんだから、彼ら債権屋の仕事は借金を盾に貴族様の財産を掠め取る仕事にあたる訳だしね」


「お前も、人的資源に気を使って、自分では人を斬り殺さねーもんな」


そうそう。


「そうなると、彼らとしては徴税官派遣の取り決めである、ダンジョン閉鎖士によるダンジョンの閉鎖。こっちを何とかして遅らせたいって話になるわけ」


「ダンジョンの閉鎖が完了しねーと、税収の計算が出来ねーからって訳か」


「無理にやろうと思えば出来なくも無いんだろうけど、それをやっちゃうと、今度は想定よりも税収が下がった場合に真っ先に担当の徴税官本人が横領を疑われちゃうからね。身の潔白を証明するためには、ダンジョン閉鎖士の連絡前に計算の開始はしたくないってのが本音だろうね。どうせ、多少債権屋に持って行かれても自分の給料が悪くなるわけでもなければ、数日徴税金額を早く報告しても徴税の開始は翌年で、自分の給料が良くなるわけじゃないからね」


だから、債権屋(彼ら)は僕達と仲良くしたいわけ。


「成程な」


サルバは興味深そうに目を丸くしながらこくこくと頷いた。


「僕達ダンジョン閉鎖士というよりも、ギルドの方も結構彼ら(債権屋)とは仲良くしたい事情があってさ、彼ら債権屋はその仕事のやり口や内容から、その土地の貴族からは嫌われるけど、代わりにその貴族と敵対している貴族や他所の土地の人間とは仲が良いんだ。さっきもリーセン子爵が大のお得意様って話が出たでしょ?」


「ああ」


「そういう、複数の土地を跨って、しかも貴族に手を突っ込める情報源っていうのは本当に貴重なんだよね。今回に限らず、貴族がバックに居そうな案件だとギルドって手を出しにくいところがあるから」


曲がりなりにも、元老院、つまり、貴族の傘下にあたる組織だからね。


「だから、貴族の意に逆らっても仲良くしたいわけか」


「いや、逆らう訳じゃないよ」


「つーと?」


彼ら(債権屋)の居ない土地の貴族様の意を汲んでいるって事」


「物は言いようだな」


けっと吐き出したサルバだけど、目が笑っているよ?


「ま、そういう訳で僕達(ダンジョン閉鎖士)彼ら(債権屋)は持ちつ持たれつな関係って訳」


だから、閉鎖の順番くらいは、自由に決めさせてる訳だしね。


「実際、彼らからは面白い話を聞けたでしょ?」


リーセン子爵の今の状態とか、ダンジョン閉鎖士の失踪とか。


「納得は出来るんだが」


うん。


「ダンジョン閉鎖士が嫌われてんのって、そーゆー奴らと連んでるのも原因じゃねーの?」


かもね。


「それで良いのかよ、おい」


「社会全体が既にそういう仕組みになっちゃってるからね。仕方ないと思うよ」


「割り切るなあ」


「じゃないと、仕事にならないしね」


僕が答えると、サルバは呆れた様に両肩を竦める。腕が離れたせいかぷかりと浮かび上がってきた大きなおっぱいが揺れて、湯船に広い波紋を作ったのだった。





「……しっかし」


「んー?」


 再び無言で空を見上げていると、またサルバが思い出したように口を開いた。


「どう育ったら、お前みたいなどんな柵もドジョウみてーにぬるぬるすり抜けてそうな全身割り切り人間になるんだ?」


「どうしたのさ、急に?」


「いや、ここ数日お前とつるんでみて、改めて俺が会った中でも指折りの変人だなって思ってな」


失礼な。


「……」


僕が肩を竦めると、少し体が火照ったのか、ざばりとサルバが立ち上がり、湯船の縁にどっかりと足を開いて腰かけた。ぎゅっと握った拳を膝に置き、外から流れてくる風に気持ちよさそうに「あ゛~」と目を瞑る姿は、何て言うか実におじさん臭かった。


「良いんだよ。どうせ十年もすれば俺もお前もおっさんだろ」


「サルバはちんちん取り返す必要があるけどね」


「ぶっ殺すぞこの野郎」


はっはっは。


「んで?」


僕も釣られて湯船から上がって縁に座ると、改めてサルバが小首を傾げた。


「ん?」


「実際どうなんだ?」


どうって言われてもなあ……。


「正直、起伏も何もなくて、特に聞いても面白い話じゃないよ?」


「良いんだよ。俺の個人的な興味だし。それに、一応相棒であるお前の事、知らねーってのも座りが悪いだろ」


「本音は?」


「俺の人生最大の黒歴史を一方的に握られてるのが純粋にムカつく」


「だろうと思ったよ」


むしろ、それ以外の理由だったら一体どうしようかと。でもまあ、


「特に弱みになる様な事は……いや、特に弱みに成れるような事は無いけどね」


それくらいは別に良いか。





「僕はロハグの町から西の方にあった、小さなダンジョン村で生まれで、家は普通の農民だった……と思う」


「疑問形なのか?」


「小さいとはいえダンジョンがあったっていうのと、正直、記憶が朧気であまり良く覚えていないんだよね。ダンジョンの無い農村なら、当時の記憶のある頃の僕の年齢はもう両親の仕事を手伝っていた時期だっただろうけど、そういうのが無かったし」


「裕福だったんだな」


そうだね。当時の半分くらいはそうだったんじゃないかな。


「けどまあ、小さな農村っていうのは変わらなくて、日々の生活には不自由はしないけれど、大きな贅沢も無い、小さなダンジョンだったんだろうね」


この稼業を始めてからの経験則だけどさ。


「まあ、所詮は子供の頃の古い記憶だから、この時点では人生の起伏とかは特に無かったと思うんだけど、ある日、突然村の端から悪臭を感じる様になってさ。獣臭くて、生臭くて、そのくせ鉄錆みたいな、そんな臭い」


「それって」


「うん、ダンジョンの臭いだった」


その事を知ったのは少し後だったから、その時は気付かなかったけど。


「その事を両親に言ったら、酷く狼狽されて、取り消せとか、そんな筈はないとか……うろ覚えだけど、そんな事を言われていた気がする」


けど、結局それ以降の記憶は飛んでいて、何となく(くさ)い村で顔を顰めながら生活していたんじゃなかったかな。


「で、更に時間は飛んで、村にダンジョン閉鎖士の人が急に現れてさ、村の大人とダンジョンの閉鎖について話をしていた」


「ダンジョンが限界に来たって事か」


「だったんだろうね」


あの悪臭の話から何があったかを理解して、気まずげに顔を逸らされるけど、余り気にする必要は無いよ?


「で、当然ながら村の大人達は抵抗していたかな。中には農具を持ち出す人も居たけど、多分余り意味なかったと思うよ。相手ダンジョン閉鎖士だったし」


「お前見てると納得しかねーな」


「そう?」


「おう」


「……」


何か、酷い納得の仕方をされた気がする。……まあ良いや。


「で、何とかあれこれ誤魔化そうとしてたところに丁度通りかかっちゃってさ」


「お前が?」


「うん」


間が悪い……かは分からないけど、多分、あの偶然は割と人生を変えた瞬間だったと思う。


「『そっち、臭いよ』ってその時のダンジョン閉鎖士の人に言ったら、物凄い目で見られてね」


「ダンジョン閉鎖士って数が少ない訳だからな」


「うん。でも、タイミング悪く、大人達がダンジョンの事を誤魔化そうとしていた時だったからさ、周りの大人から袋叩きにされそうになったわけ」


「そりゃそーだ」


ね。僕もそう思う。


「けど、ダンジョン閉鎖士の人に止められて、僕はダンジョンの奥に案内させられたんだ。で、"ダンジョン・コア"の回収もやった。だから、僕の初めてのダンジョン閉鎖業務は自分の村って事になるかな?」


「ほーん」


「戻ってきたら当然村の人からは盛大に怨まれていて、その中には村八分を恐れた両親も居たんだ」


「……」


「で、そんな両親にダンジョン閉鎖士の人が僕の身柄とダンジョン閉鎖士としての能力について話をしていて……」


「……」


「金貨三枚で売られた」


「反応うっすいな、おい!?」


「もう十年以上前の事だからね」


「それにしたってうっすいわ。つーか、やっすいな、お前の値段」


「娼館に売られる女の子より安いあたり、今思い返すと大分足元見てたよね、あのダンジョン閉鎖士の人」


「だろうな!」


サルバが吠えるけど、実際、それ以外反応のしようもないよね。ほんと、よくあんな値段で買えたなあ。僕っていう個人としてはむしろ高すぎる値段だけど、ダンジョン閉鎖士一人って考えると逆に安すぎるよね、実際。


「で、それ以降はロハグの町に送られて、ダンジョン閉鎖士補佐を二年くらいやって、多分十歳になる少し前から一人でダンジョンの閉鎖を繰り返していたかな。多分、もう閉鎖したダンジョンの数は三桁行くんじゃないかな」


「なんつーか、お前がどうしてそういう性格になったのか分かった気がしたわ。お前、何て言うかあれだ、表裏もなくというか裏も表もダンジョン閉鎖士って感じなんだな」


「そう?」


なら良かったね。相互理解が深まって。


「今のは間違っても"相互"理解とは言わねーよ」


そうかな?


「まあ、どうでも良いけれど」


ね。

 難しい顔をしてサルバが腕組みをしたのを横目に、もう一度お風呂に浸かった所で、僕とサルバの声ぐらいしかなかった風呂場に、不意にきぃっと木が軋む音が響いた。


「「ん?」」


つい、互いに顔を見合わせるけれど、当然どっちもあんな音は立ててない。と、


―でさ……だから―


―あはは、うそ……―


続いて、響いてきた高い女性の話し声が、女湯と男湯を仕切る柵の方から来ている事に気付き、ああ、そういう事かと直ぐに疑問は氷解した。


「娼婦の人達、お風呂みたいだね」


「だな」


「そろそろ、寝る頃なのかな?」


「かもな」


娼婦という仕事の都合上、彼女達は昼に寝て夜に起きて男の相手をする場合が多い。それを考えると、今からがこの村の女の人達の入浴の時間なのかもしれない。

 柵越しに聞こえてくる声の数が次第に多くなり、それに合わせて時折笑い声が聞こえてくる中で、不意にガンッと乱雑に何かがぶつかる音がした。恐らく、脱衣所から続く木戸の音だと思われるそれが鳴ると、今度は「おお、集まってやがる集まってやがる」とガラガラした数人の男の声が響いてきた。ていうかこれって、


「まさか、本当に予想通りとは」


いや、自分でサルバに言ったは言ったんだけど、まさか本当に女湯をセックスの為に使っていたとはね。まあ、驚く程の事でもないか。


「きゃっ!?」


「もう、嫌ですよ旦那様。んっ♥ こんなところで始められちゃったら、あっ♥ せっかく身体を洗ったのんんっ!!」


響いてきた声も遠慮が無いし、多分、此れがこの村の日常なんだろうね。……ん?


「サルバ?」


「んっ!? あ、お、おう」


女湯から村の女の人の喘ぎ声が聞こえ始めてから、じっと硬直していたサルバに声を掛けると、サルバはびくっと肩を跳ねさせて、何故かしどろもどろに返事をしてきた。んー? ああ、成程。


「サルバ」


「お、おう、何だよ?」


「覗く? 女湯」


「……」


「……」


「………………………………は?」


何故か、びしりと硬直した末に、間抜けな顔をされた。


「な、なななな、何を言ってるんだ!?」


「声大きいよ」


「大きくもなるわっ!!」


ざぶんと飛び込んで来たサルバがヘッドロックと共にべしべしと人の頭を叩いて来る。痛くはないけどおっぱいのせいで苦しい苦しい。


「頭おかしいんじゃねーの!?」


「産まれてこの方、正常だよ?」


「正常な奴は隣の湯でおっぱじめたのを『覗く?』なんて言わねーんだよっ!」


「でも、さっきから興味津々でしょ? 大分ムラムラ来てるみたいだし」


「な、ば、馬鹿言ってんな!」


「それ、器用だよね。小声なのに叫んでるって」


動揺して、変に力んだサルバの腕から抜けると、案の定ちらちらと興味ありげに女湯の方に視線を走らせていた。それ、誤魔化しているつもりだろうけど、目の方向でバレバレだよ? まあ、別に良いけど。


「それより、実際どうする?」


「ど、どうするって」


「女になっちゃってから、色々と溜まってるんでしょ? 流石に性風俗とかはダンジョン閉鎖士に足突っ込んじゃったせいで入れないと思うけど、覗きくらいなら笑って許してくれると思うよ? この村では債権屋の人達が完全に上位者だし」


これでムラムラが解消できるなら儲けものだしね。


「お前は俺をどうしたいんだよ!?」


「別にどうもしたくないけど、一応福利厚生を考えているつもりだよ?」


性欲は人間の正常な欲望だからね。


「一人で覗くのが嫌なら付き合うよ? それくらいなら、僕もそこまで苦じゃないし」


「付き合おうとすんな! 止めろよ! むしろよぉ!」


「そう言ってるけど、また目が泳いでたよ?」


というか、最早ガン見なんだけどね。

 騒いでいる間にも壁の反対側はどんどん盛り上がっているのか、始めは押し殺していた嬌声は完全に開放されて、今や風呂場どころか村の広場に迄響いているだろうしね。で、


「どうする?」


「さ、流石に不味いし」


「どうする?」


「お、お前だって世間体とかあるだろ?」


「ダンジョン閉鎖士にそんなものある訳ないでしょ」


「ぐ……」


「で、本当にどうする? 正直、僕としては別にみても見なくてもどっちでも良いし、サルバがもう一度首を横に振ったらお風呂上がろうかなって思ってるんだけど」


「っ~~~~~~~~~~~~~!!!!」


頭を抱えて沈んじゃった。


……


…………


………………


「ぷはぁっ!!」


「あ、出てきた」


「ふんっ!!」


「ちょ、頭押し潰さないでよ。痛い痛い」


それに目が据わってて怖いんだけど。びしょ濡れの長い髪が頭全体にへばり付いていて水死体みたいだし。


「お前の頭が痛ぇのも、俺の目が据わってんのも、全部お前のせいだっ!!」


そう? 別に良いけど、どうするか決まった?


「……」


「……サル「……いいじゃねえか」うん?」


「やってやるよ、やってやろうじゃねーかっ!!!」


「気合入ってるね。そんなにムラムラしてた?」


「お前のせいだよ!!!!」


あれ?


「まあ、良いや。取り合えず、足場作るから桶持って来よ」


「おう」


頷いたサルバが鼻息荒く付いて来る。お風呂の端に置いてあった風呂桶を集めると、今度は引き返し、それを三角状に積み重ねて階段にしていく……サルバの手がやたらとテキパキしているね。まあ、乗り気なら良いのかな?


「よしっ」


詰み上がった風呂桶の階段を点検し終えたサルバが腕を組んで女湯へと続く仕切りを睥睨する。……、


「どうした? アルタ」


「ん? んー」


何て言うかさ、


「全裸なのに欠片も色気がないってある意味凄いなって思ってさ」


「中身が男なのに色気もくそもある訳ねーだろ」


そりゃそーだ。


「アホな事言ってねーで、早速覗こうぜ」


「お、やる気だね?」


今の今までと違って。


「けっ、もう腹括ったっつの」


「そ」


「それに、確かに興味あるからな」


「抱けねーし、触れねーしで、せめて見れる時くらい見るわ」とサルバは鼻息を荒く噴き出した。


「じゃ、行くぜ?」


「はいはい。何時でもどうぞ」


サルバに頷き返すと、そっと音を立てない様にサルバが一歩目を踏み出す。それに合わせて、バランスを取りながら、一段、また一段と風呂桶の階段を登っていくと、少しずつ柵の天辺が近付き、それに合わせているのか、どんどんととなりの女湯から聞こえる嬌声が大きくなっていく。風呂桶の階段の一番上の段まで上り詰めて、柵のへりに手を掛けると、僕とサルバはどちらともなしにもう一度顔を見合わせた。


(いくぞ、準備は良いな?)


(オッケーだけど、やっぱり随分ノリノリだね)


(当たり前だろ。あんだけ焚き付けられたら、誰だってこうもなるっつの。それにな)


(?)


(前のパーティーじゃ、絶対に出来なかったから、女湯の光景は素直に興味がある!)


(あ、はい)


どうやら、心底ノリノリだったみたいだ。


(じゃあ、今から三つで行くぜ?)


(うん。分かった)


(よし、……一)


(二の)


((三))


三の合図と同時に柵の上に顔を出すと、


「おう、どうだ、今日一日でお前の旦那の腹と背の皮を鞭で剥いだ男の"へのこ"は?」


「あん♥ ああ、ごめんなさい貴方!! ごめんなさいぃっ!!♥」


真正面に湯船で交わる男女。一人はさっきの広場でちらりとみた債権屋の男性。抱かれているのは確か、


「さっき、ガキ抱いて男に買われてた女だよな、あれ」


「そうだね」


期待に満ちた顔で覗き込んだのに、顔引き攣ってるよ?


「え? つか、旦那?」


「赤ちゃん居るんだし、既婚者なのは変じゃないんじゃない?」


むしろ、そっちの方が可能性があると思うけど。


「……旦那居るのに、ああいう事してんのか」


「あの人達も稼がないといけないしね」


自分の分なり、子供の分なり。


「債権屋の男の人に気に入られれば、それだけ扱いも良くなるからね。特に偉い人の情婦になれれば、売られる時にも多少なりとも割の良いところに割り振ってもらえるし」


経済力はそれだけで男の魅力そのものと言っても良いしね。


「だからほら、債権屋の男の人に選ばれた女の人達は良い笑顔しているし、美人が多いよね。周りも頑張って債権屋の人達に媚び売ってるけど、やっぱり見て楽しむなら実際に抱かれている人達がおすすめだよね」


実際、お風呂に入っている女の人の中でも、今抱かれている人達は特に美人だし。


「いや、確かに美人だが、その背景を聞くとすっげー気が重くなるんだけどな」


「そう?」


「つか、お前はそういうの無いのかよ?」


「別に見て楽しむだけだし、その人の背景とかどうでもよくない? それよりも、どうせなら美人の方が良いと思うんだけど」


「半分は否定しねーけどよー」


何故かサルバは眉間を抑えながら天を仰いだ。うーん?


「……まあ、性欲は解消出来たみたいだし、別に良いか」


「これは解消出来たんじゃなくて萎えたんだよ、くそったれ」


「おや、ダンジョン閉鎖士様じゃねーですか!」


「あんっ♥」


と、話し声が大きすぎたのか、話題の人妻からずるりと性器を引き抜いた債権屋の人がこっちの方に歩いてきた。


「どうも、お邪魔しています」


壁の上から手を振ると、にっと愛想笑いを浮かべた債権屋の人はくいっと親指で後ろの女の人達を指す。


「どうです、もし宜しければ混ざって行きませんか?」


セックスのお誘いか。うーん……

 隣を見ると、既にサルバの目からは情欲の色は消えていて、最近感じていたムラムラもなくなっている。……うん、じゃあ、別に良いね。


「いえ、そろそろ、部屋に戻るつもりだったのでお気遣いなくー」


「そうでしたか。じゃあ、あっしらもこれで!」


仕切りの上から答えると、手を振ってきた債権屋の人はまたばちゃばちゃと湯船の方に戻って行った。


「サルバ」


「んおっ!? あ、おう」


「帰るよ」


「ああ」


頷いたサルバと風呂桶の階段を下りる。女湯の光景が見えなくなるのとほぼ同時に、再び嬌声が辺りに響き始めた。


「……なあ、アルタ」


「? 何?」


「さっきの女の人達、すっげー幸せそうだったな」


「そうだね」


「でも、旦那もガキも居るんだよな」


「全員かは分からないけどね」


「それなのに……口では旦那の事を呼んでたよな?」


うーん、そうだね……。


「別に良いんじゃない? 実際、本心は幸せだろうし」


確実に、今のこの村で一番裕福な暮らしをしているだろうからね。人間、周りの人間より少しだけ贅沢出来ると幸せを感じるって言うしね。全員、既に味見(・・)はされてるだろうけど、美人ならそれだけで売られた後も食べるのにはそこまで困らないだろうしね。


「そういうもんか」


「そういうものだと思うよ?」


知らないけど、債権屋に売られた女の人達は割とそんな感じだったかな。


「……なあ、アルタ」


「? 何?」


「やっぱ、女ってわかんねーな」


「そう?」


「おう」


頷いたサルバが深々と嘆息した。……ふむ。


「次は男の人が居ないときにする?」


「もう当分いいっつの」


苦笑交じりのサルバに、ぺしっと脹脛(ふくらはぎ)を蹴られたのだった。






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