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ダンジョン、閉鎖致します  作者: 小名掘 天牙
トウトウ村編
8/26

第八話 身の程

 その村の中央に位置する大きな広場に足を踏み入れた瞬間、隣のサルバが「んな!?」と唸って鼻を抑えた。ここに至るまでの道中からじわじわと獣臭と糞便臭と鉄錆臭が綯交ぜになった異臭に苛まれていたけれど、この広場に入ったことでそれらが圧倒的な濃度と密度でもって、一斉に僕達の鼻腔を貫いて前頭葉を掻き毟ったのだった。

 平穏な日常を送っている人であれば一生嗅ぐことのない悪臭。傍から見ても途方もない量の金貨が注ぎ込まれていると分かる豪華絢爛な石造りの街並みにありながら、生理的嫌悪感を覚える異臭に絶えず苛まれるという異常事態に、初めて見舞われた人は大抵が混乱状態に陥ることになる。僕にとっては馴染み深い状況なんだけど、


「ヴォェッ!!!!」


流石にダンジョン閉鎖士に成り立てのサルバにはちょっときつかったかな。


「大丈夫?」


「あ、ああ……」


僕が尋ねるとサルバはおずおずと頷き返す。さらりと流れた前髪の奥では蒼色の左目に困惑と嫌悪感が浮かんでいて、長い睫毛には薄っすらと涙が滲んでいる。ま、無理もないよね。


「これは……」


 そう呟いたサルバの視線の先には、この異様な空間の原因でもある悪臭の“源”達がその陰惨な姿を晒している。




一目で堅気じゃないと分かる風貌の男達に鞭打たれながら、反駁の意志すら見せずに光の無い目で黙々と勝ち過ぎる荷を運ぶ痩せ細った成人男性。


泣きわめく赤ん坊を抱いたまま、頬のこけた男の人達を打擲する暴漢に媚びた笑みを向ける女の人達。


一際貧相な少年を袋叩きにして、手に持った僅かな金屑を奪い取る男の子達。


自分から顔を背ける両親に必死に助けを求めながら、脂ぎった中年の商人に路地裏へと引きずり込まれていく女の子達。




「かつて隆盛を誇った煌びやかなダンジョン村……の、成れの果てだね」


絶句するサルバの疑念への答えは極めてシンプルだ。


「ダンジョン村の……成れの、果て?」


「そ。ごくごく普通のね」


「見るのは初めてだった?」と確かめると、サルバは「あ、ああ……」と困惑した様な表情を浮かべながら、もう一度この陰惨な光景に顔を向けたのだった。


「これが“普通”なのか」


「経験則から来る僕の主観だけどね」


「マジか……じゃあ、俺達が会った最初の村は最底辺ってところか?」


「そうでもないかな。どっちかって言うとあの村は……待った。サルバってあの村に行ったことあるの?」


「お前をつけてた時にな」


「この野郎」


僕が抜き打ちで首元を斬り付けると、サルバはしゃがんで回避した。いくら一本道とはいえ、偶然だけであんな都合よく出くわすとは思ってなかったけどさ。


「で?」


「あん?」


「サルバはどうしてそう思ったの?」


「どうしてもなにも、あっちの村の方がめっちゃ寂れてただろ? しかも、この村とは比べ物になんねーくれーショボい街並みだったし」


「あー……」


「違うのか?」とでも言いたげに前髪の隙間から覗く蒼い瞳で見上げてくるサルバ。そうだね、


「答えを言っちゃうと、実は逆」


「そうなのか」


「何なら、あの村は閉鎖を待つだけのダンジョン村の中でも上から数えた方が良いレベルで優良な方かな。経営も上手くいってたから」


「え? マジで?」


「マジマジ」


「あいつら相当バカだっただろ? まさか、実は賢か「あ、それはない」だよな」


前振りの時点で薄々感付いていただろうというのもあって最初の答えにはそこまで驚かなかったサルバも『経営が上手く行っていた』という言葉には驚いたのか、最初の村の人達に率直な罵倒を浴びせる。まあ、後のことも考えずに闇雲に襲い掛かって来たのを生で見たしさもありなんだけどね。


「答えを言っちゃうと、あっちの村の人達は馬鹿に振り切ってたから単純な浪費しかしてなかったんだよね。中途半端に頭が回っちゃったこの村の人達とは違って」


「つーと……」


「前提の話として、モンスターには生殖能力が無いからダンジョンの価値はその数と種類で固定されていて、更にダンジョン税の額も最初に決まるからダンジョン村が自分達の利益を拡大しようとしたら冒険者の人達にお金を落とさせるしかない……ここまでは分かるよね?」


「ああ。冒険者の常識だな」


「うん、そうだね。それは常識で大前提。だからこそ、その方策に村への設備投資をしようって考えは思いつかない方が良かった」


「設備投資……」


「そ。設備投資」


訝る様に呟きながら、サルバは悪臭に満ちた絢爛な広場に改めて鼻尖を走らせた。


「仕入れる端から出ていくお酒や食料、後は火薬みたいな消耗品や、後はダンジョン村に仮寓する流れの娼婦団なんかは兎も角、箱物の新築なんかは都市級のダンジョンでもない限りは借金してまでドカドカやっちゃダメなんだよ。手狭なのは分かるんだけどね」


「その費用はダンジョンに釣られてやってくる冒険者から巻き上げねーといけねーわけだからな」


「そういうこと」


考え込むような雰囲気を醸し出しながらムニッと親指と人差し指で頬を伸ばしたサルバに首肯を返す。


「AとかBの上級冒険者なんかは端から最深部のモンスター狙いだしな。他の奴らだって、時間に見合ったモンスターが狩り尽くされりゃー河岸は変えるし」


「そ。開口直後の冒険者ラッシュはある種のご祝儀相場で、以降はダンジョンの価値に合わせて冒険者の数も質も段々下降するっていう原則を完全に無視しちゃってるんだよね」


「本当に頭が良けりゃその辺も織り込むし、バカは目先の利益に囚われて設備なんかに金を使いたがらねーから、こんな事態には陥らねー訳だ」


「そういうこと」


「なるほどな。確かに、そりゃ中途半端だ」


万事納得したサルバはククッと皮肉気に喉を鳴らして、軽く肩を竦めたのだった。


「ってことは、お前の情報源ってのは債権者なのか?」


「半分あたり」


「ん? 半分? なんか見落としがあったか?」


「サルバが貸主だとして、いくらダンジョン村でもこんな街一つ分のお金を丸々貸すのはちょっと無理でしょ? しかも、算盤に明るい貸主なら一目で足が出てるって分かるのに」


「あー……」


「しかも、そんな理由で雪だるま式に借金を増やした村から回収なんて一々手間でしかないし」


「素寒貧なのは分かり切ってるからな。なんだ、要はそーゆーことなのか?」


「うん」


ゴールに行き着いたらしいサルバに花丸をあげて、僕は改めてこの広場の支配者である悪相の人達とそのバックにある無駄に豪華な建物に目を向ける。

 設備投資を考えた村の人達は自分達が思い描く理想のダンジョン村を最終目標として資金を投入する訳だけど、そこに掛かる費用が当座のダンジョン収入からだけで賄えない場合は当然借金を考える。ただ、借りられる金額にも上限があって、それに満足できなかった場合は次の金主を探し始める。そして、それにも満足できなかったら更に次の金主をと。そうして、自分達の思い描く理想郷を創り上げる訳だけど、その観点で見るとこの村は……まあ、中々だよね。


「膨れ上がった借金は当然この村にとっては純粋な負債だけど、貸す側にとってもリスクになる。見ての通り、明らかに支払限度額を超えてるから他の貸主との奪い合いになるし、そもそも回収に時間を掛ければそれだけ無駄も増えるから」


「そこで、回収を請け負うヤクザ者達の出番が回って来るって訳だな」


「そーゆーこと」


「なんかもう末期状態って感じだな」とぼやくサルバに、僕は軽く肩を竦める。

 実際、こういった借金漬けのダンジョン村から最終的な取り立てを彼ら(暴漢)みたいなヤクザ者が請け負う例は少なくない。他業者との煩雑な折衝を省けるし、全ての金主が暴力を背景にした強引な取り立てに精通している訳でもないからだ。


「けど、いくらヤクザだからって本当に取り立てられるのか?」


「んー?」


「だって、いくら蹴ろうが殴ろうが無い袖は振れねーだろ? 労働力には使ってるみてーだけど、こんなんじゃ稼げる額はたかが知れてるだろうし……」


「ああ、それ?」


「無賃労働させるにしても、飯は食うだろうから時間かかりすぎじゃね?」と訝る様に小首を傾げるサルバ。言ってることはまあその通り。ただまあ、


「サルバってさ」


「あん?」


「案外人がいいよね」


「は? なんじゃそりゃ」


僕の言葉に訳が分からないとでも言いたげに腰に手を当てるけど、残念?ながら本心だ。


「だって、元カノに振られてダンジョン閉鎖士になって結構擦れた気もするけど、真っ先に人身売買に思い至らなかったし」


そう指摘すると、事情を理解したサルバは「あー……」と呻いて頭を掻いた。ま、そういう反応になるよね。


「まだ再興を諦めきれないせいで手を付けずに貯め込んでいた美術品やヘソクリなんかを売り払った後で、こういった人達が真っ先に売りに出すのがそれだからね」


「女からか?」


「と、屈強で年若い男だね。そっちの方も確実な労働力として需要があるから。見た感じそれくらいの年頃の人が一人もいないみたいだし、第一陣は売り終わった後みたいだけど」


「……確かにそうっぽいな」


「でしょ?」


ザッと視界に映る村の人達の分布を確かめて、納得した様に頷くサルバ。そのサルバの隣で、僕も改めて今の村の人達の分類を確かめてみる。


「この感じだと、次は人妻か幼女かな。パッと見た感じ顔色が良いし、それなりに良い物を食べてそう。どっちもそれなりに需要はあるし、女の子の方は多少時間が掛かっても確実に回収が見込めるから」


「話は分かったんだが、良いのか?」


「ん?」


「お前、一応体制側の人間だろ? 直接は取り締まらねーにしても、放置してていいもんなのか?」


「やっぱりサルバって人がいいよね」


「うっせ」


「ま、答え合わせをしちゃうとさ、サルバの言うことは道理だけどギルドは皇帝直属だから貴族の資産である領民の取り扱いについてはどうでもいいのだ」


「お役所仕事!?」


「え? 僕が職務的責任でどうでもいいかを決めると思ってるの?」


「単なる怠惰だった!?」


「はっはっは」


正解。


「そんな訳で、この件に僕はノータッチ。どう? 恐れ入った?」


「ある意味な」


「そ。それなら良かった」


納得してくれたようで重畳重畳。


「後はそうだね……老人なんかはこの村で使い潰すだけとして」


「っと」


「ぎゃっ!?!?」


悪臭の絢爛な広場に不意に風切り音と発砲音、そして猿みたいな悲鳴が同時に響いた。最初のは僕の抜刀音で、発砲音はサルバの拳銃。そして、最後の悲鳴は丁度僕達の間でもんどりうって倒れた両耳の無い男の子のもので、その右手には大人の小指ほどの刃渡りをした小さなナイフが握られている。


「こいつは……」


「えい」


反射的な発砲だったのか、困惑の雰囲気を纏うサルバを置いておいて、一先ず僕の方は目の前の男の子の確保に向かう。幸い、両耳を毟り取られた痛みで逃げる様子は無いけど念のためね。


「ぐぇぇぇ……」


無防備な薄い胸板を踏ん付けると、蛙が潰れた様な声が響く。ただ、広場を満たす悪臭人間達は仲間と思われる男の子が潰されても、誰一人として振り返る様なことはしなかった。


「ナイス。サルバ」


「おう……で、こいつは? スリか?」


「そ。スリ。強いて言うなら“まだ卵の”って頭に付くけどね」


「卵の……」


「うん。スリの卵……略してスリ卵?」


「それだと卵のすりおろしみてーじゃねーか」


「あはは、確かにそうだね」


怯えの混じった目で見上げてくる子供の細い首を掴んで一度持ち上げる。ぱくぱくと口を開いてもがく姿は水から釣り上げられた川魚に似ていた。


「この子に限らず、村の男の子の中には一部こういった仕込み(・・・)を受けている子もいるんだ」


「仕込みって、スリのか?」


「だけじゃなくて、いわゆる犯罪全般かな。見た感じ、この子はまだスリくらいしか訓練を受けてないみたいだけど」


「はん?」


僕の説明を聞いて、吊し上げた男の子に胡乱なものと相対した雰囲気を取るサルバ。


「この村に逗留している債権を買い取った人達も年を取れば算盤仕事に移るし引退もするからね。そういった時のために実働部隊の後継者が必要になると」


「それが潰れたダンジョン村のガキってわけか」


「そーゆーこと」


僕が首肯すると、ふーむと考え込むように鼻を鳴らしたサルバの前髪が流れて、またいつもの様に厚いカーテンで秘された前髪顔になる。


「喧嘩、盗み、スリに恐喝。子供同士で出来る小さな犯罪を試金石にして、適性がある子には実際に自分達の商売の手伝いをさせるんだよ。例えばほら、あっちの方とか」


「ん?」


―さっさと働けやこの穀潰しどもが!!―


サルバの向いた先では広場の子供達より少し年嵩な男の子が村の大人達に向かって怒鳴り声を上げながら鞭を振るっている。


「服装からの推測だけど、あの子なんかはこの村で採用された子じゃないかな? 親戚や顔見知りもいる中で、ああやって躊躇なく鞭を振るえるっていうのは一種の才能でさ。そういう子を選んで丁寧に仕込んでいくんだってさ。その過程でお酒と賭博と女の味を覚えさせれば、もう立派な彼らの仲間ってわけ」


「……」


「ま、それが本人にとって幸せなのかは、彼のみぞ知るってところだけどね」


閑話休題っと。


「ああいう適性のある子に比べれば、この(スリ)は完全に木っ端だね。年恰好を見ても、その割にはこんな下っ端仕事しかしてないし」


「うげっ」


首根っこを握った手に軽く力を籠めると、眼球と舌が押し出されてますます打ち捨てられた魚っぽい顔になる。けど、それでも苦し気な呻き声と共に僕を睨み付けてくるあたり、まだ意識ははっきりしてるみたいだ。うん、重畳重畳。


「君達の元締めは今どこにいるかな?」


「だ、誰g「えい」ぐぇぇぇぇ……」


「おい、アルタ。完全に絞まってる絞まってる。ガチで逝っちまうって」


「……素直に案内する気になった?」


「こ、こn「てりゃ」かっ、はっ……」


「おい、アルタ。完全に白目剥いてんぞ、このガキ。大丈夫か?」


「死なない程度で力は緩めるから……多分」


「多分って、随分と適当だな!?」


「はっはっは」


あくまで僕の経験と勘でしかないからね。


「で、話す気になった?」


「げほっ!? えほっ!?」


「別に村中を虱潰しにしてもそれまでなんだけど、無駄におっきいせいで流石に手間なんだよね」


同時に、君には手間を省く程度の価値しかない。そう言外に伝えると、漸く手の中の男の子は素直に言うことを聞く気になったらしかった。


「あ、案内……」


「んー?」


「案内……します、から……」


「うん。じゃあ、よろしくね」


手を離して地面に落ちた男の子に一応の礼儀としてお願いをすると、なぜか「ひっ!?」と悲鳴を上げられた。なんか失礼なことしたっけ?


「道義の上では正しいのかもしれねーけど、それを直前まで自分の首根っこ掴んでたやつにやられたらただの恫喝だろうが」


「そうかな?」


「そうだろ」


「そっかー……」


ま、いっか。


「で、どっち?」


「こっちだよ……」


なぜか妙に腰の引けた姿勢で先を歩き出す男の子の後を追いかけながら、もう一度この小さな小さな(・・・・・・)村を見回す。直後に子供から鞭を打たれたお爺さんが敷石を詰めた袋を取り落としてどさりと倒れ伏した音がした。





      ◆





 スリの少年が僕達を案内したのは広場から少し歩いた先にあった、一際大きく豪勢な細工の施された建物だった。窓から見える中の構造を見た感じ、ダンジョンが盛況だった頃には村の役場か何かとして使われていたものみたいだった。


「こ、これで良いだろ!?」


僕達が建物を見上げたところで、じりじりと距離を取っていた男の子が悲鳴の様な声を上げた。


「うん。ありがとうね」


「!!!」


一応お礼を言ってみたけど、それには特に反応も無くて、代わりに男の子は無言のまま脇目も振らずに走り去ったのだった。その背中に「気を付けてねー」と手を振りながら見送ってると、隣のサルバが「良かったのか?」と聞いてくる。


「まあ、特に何もスられてないからね」


「……」


「サルバ?」


「ん? ああ……」


不意に押し黙ったサルバに首を傾げると、それに気付いたサルバが気まずそうに頬を掻きながら「ちょっとな……」と呟いた。


「あのガキはこれからどうなるのかと思ってな……」


「サルバって、やっぱり人が良いよね」


「うっせ。そんなんじゃねーっつの」


「そう?」


「おう」


まあ、別にいいけど。

僕と同じ様にあの子の背中を見送る左目の青い瞳にはどこか物憂げな諦念ともつかない苦いものが映っていた。


「基本的にはなる様になるんじゃない?」


ダンジョン村の崩壊なんて、今時珍しくもないし。


「ま、だろうな」


そう言って肩を竦めたサルバは「それより入ろうぜ」と役場のドアを顎でしゃくる。そうだね、別段何も無いところでボーっとしてる暇も無いし。


「あ゛? 何だてめぇら!?」


役場のドアを開けると、真っ先に僕達を出迎えたのは無精ひげを生やしたガタイの良いおじさんの怒号だった。


「おい」


さっきの広場の時点で予想はしていたみたいだけど、想定以上に殺気立った粗野な歓待に、サルバが小さな声に警戒を滲ませてチョイチョイと肘でつついてくる。まあ、本拠に侍ってる幹部は外で仕事をする構成員とは文字通り格が違うからね。


「突然のお邪魔失礼いたします。私はハップルカ伯爵領ロハグのダンジョン閉鎖士、名をアルタと申します。本日は近隣ダンジョンの閉鎖にあたり、ご挨拶をとお邪魔させていただきました。お手数ですがこちらの仕切りをされている方にお取次ぎいただけますか?」


「っ! これは失礼。手前、当ゲド村を取り仕切っておりますザヴォン一家の若い者、名をゲデと申しやす。主のザヴォンは奥の間にて休んでおります故、恐れ入りますが少々お待ちなすってくだせぇ」


「ありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします」


自己紹介をすると、すぐさま慇懃な態度になった無精ひげのおじさんは一礼して足早に奥の部屋へと引っ込んでいった。じゃあ、少し待ちますか。……ん?


「サルバ?」


ふと視線を感じて振り向くと、隣にいたサルバがなぜか長い前髪から覗いた左目をまん丸にして絶句していた。


「ど……?」


「……」


「どうかした?」と言いかけた瞬間、これまたなぜか右の頬を意味も無く引っ張られる。


「あの?」


「……」


一拍置いて今度は左頬。


「サ」


「……!?!?」


そして最後に両頬に手を掛けたところで、脳天への手刀をお見舞いしたのだった。


「っ~~~~~~!!!!!」


「ザマアミロ」


頭を押さえて声にならない悲鳴と共に悶えるサルバを見下ろしながら、僕は軽く自分の頬を摩る。


「で、どういうつもり?」


「いや、お前が本物かって思って……」


「むしろ、それ以外の可能性をどうして考えたのかを聞きたいくらいなんだけど?」


「だって、やたらと長々しい挨拶してたじゃねーか。普段のお前じゃぜってーありえねーだろ」


言うじゃないかこの野郎。やたらと神妙な表情が余計に腹立たしさを増幅してくるんだけど?


「ぬおおおおおおお!? てめぇ!? ちょ、待った待った!? 明らかに今の本気だっただろ!?」


「はっはっは。そこまで本気じゃないよ? 具体的にはギルド長が新作の薔薇小説買うために深夜から本屋の列に並ぶくらい」


「意味わかんねーけど、それが本気って事だけは伝わった!!!」


「はっはっは」


そうして追い詰めた役場の角で両手を挙げた(降参のポーズを取った)サルバの「だーもう悪かったっつの!! だから短刀はやめ!」という悲鳴に「分かればよろしい」と返して、僕は追撃を止めて短刀を鞘に戻す。


「お待たせしやした。親分がお待ちしておりや……」


「あ、どうもありがとうございます」


するとタイミングよく準備が整ったのか、さっきの無精ひげさんが奥の廊下から顔を出した。その視線がなぜか僕とサルバを行き来してるけど、まあいっか。


「じゃあ、案内をよろしくお願いします」


「へ、へぇ……」


「サルバも何してるの? 早くしないと先に行くよ?」


なぜか困惑している無精ひげさんを促しながら奥の部屋へと続く廊下に向かったところで、ふとサルバの気配が遠くなったことに気付いて後ろを振り向くと、役場の角に寄りかかったサルバが頻りに自分の細い首筋を撫でている。んー?


「やっぱ、お前はいつも通りのサルバだったわ」


「そう?」


そうして、妙な評価を口にしたサルバの言葉に首を傾げながら、隣に並んだサルバに歩調を合わせて、先導する無精ひげさんの背中を追いかけたのだった。





     ◆





「おお、これはこれは。ようこそおいで下さいましたダンジョン閉鎖士様」


 奥の部屋で待っていたのは愛想の良い笑顔を浮かべた、小太りのお爺さんだった。


(このじーさんがさっきの奴らの元締めなのか?)


(そうだよ?)


その風貌を見て、隣のサルバが少し驚いたように囁いた。まあ、外の人達とはイメージが重ならないもんね。けど、こういう笑顔はヤクザな稼業を人達には有り勝ちな外向きの演技でしかないから。

 実際、目の前のお爺さんは入室からこっちニコニコとした笑みを崩さないでいるけれど、細められた双眸からは明らかに真っ当とは思えない鋭利な光が見え隠れしている。


(確かに……こりゃカタギじゃねーか)


サルバもそのことに気付いたらしく、顎を引くようにしてほんの僅かだけ頷く。


「突然の訪問失礼いたします。改めて名乗らせていただきますが、ロハグのダンジョン閉鎖士のアルタと申します」


「ご丁寧にどうも。この村の"今の"代表を務めさせていただいております、ザヴォンと申します」


「"今の"ですか」


「ええ、"今の"です」


「どうぞ、おかけになってください」と丁寧に椅子を勧めてきたものの、そのねっとりした言い方は実にヤクザ者らしかった。


「それで、今日は一体どういった御用向きで?」


そう言って、ちょっと首を傾げる親分さん。


「一つはご挨拶です。これから暫くの間、この村を含む近隣のダンジョン村を回って、閉鎖業務を行う予定ですので」


「ほう……」


僕が懐から折り畳んだ書類を取り出すと、俄に親分さんの目に剣呑な色が浮かぶ。


「中を検めさせていただいても?」


「ええ。どうぞ」


僕が頷いたのを「有難く」と頷いて、早速中に書かれた地図に目を通す親分さん。そこにあるのは近隣の村々を含むこの辺一帯で、閉鎖を予定しているダンジョン村にだけ軽く色が振ってある。ただ、中に記されているのは本当にそれだけで、それ以外は正確な情報はおろか、順路すら指定されていない。


「確かに……」


そんな簡素な地図の意味するところを正確に理解したらしい親分さんは「おい! 客人に茶と菓子を持ってこい!!」と怒号を上げる。最初の挨拶の時の甲高い声とは違う、酒と煙草で焼けた、ドスの利いた声だった。


「へいっ!」


奥からお盆を両手に出てきたのは先の無精ひげさんとはまた別の少しやせ気味の男の人で、こっちもこっちで眼光が鋭い。


「どうぞ」


「「いただきます」」


僕とサルバがフォークを取る前で、親分さんが給仕を終えた男の人に地図を渡すと「こいつに道順を書いて差し上げろ」と手短に指示を出す。その地図を受け取った男の人は無言で頭を下げると、そのまま一言も発することなく、また部屋の外へと消えていったのだった。


「誠に丁寧なごあいさつ、痛み入ります」


「いえいえ」


そんな子分の一人を見送った親分さんは改めて僕達の方を向き直ると、最初よりも幾分か柔らかい視線で軽く頭を下げた。


「昨今は我らが皇帝陛下の権威が高まりつつあるのもあって、こうした()を解す閉鎖士様が珍しくなりましたからなあ……。こっちの方は長いので?」


「大体十年くらいですかね」


「それにしてはお若い」


「まあ、スカウトを受けたのが八つの頃でしたからね……あれ? それくらいだよね?」


「俺に聞いても分かんねーぞ」


むぐむぐと保存の利く甘味を頬張っていたサルバがクリームの付いたフォークを向けながら肩を竦める。


「まあ、私達も立場上皇帝陛下の権威に逆らうことはできませんからね。聞かれれば答えはしますが、それでも気持ちよく答えられるかと言われればまた違う訳です」


そう言って愛想笑いを深めた親分さんがゆったりと自身の座る椅子へと背中を預ける。


「こうして良い土産を頂いてしまった以上、私達としても返礼をせずに帰す訳にはいきません」


言外に「線引きはあるが、基本的には包み隠さず答えさせてもらう」という意図を乗せながら腕を組んだ親分さんの姿に、隣のサルバが「どうすんだ?」とでも言いたげな視線を向けてきたのだった。


「じゃあ、お言葉に甘えてなんですが」


「ええ」


「ここ最近、ハップルカ伯爵とリーセン子爵の間で何か表に出てないトラブルの話なんかは耳にしてたりしませんか?」


「……」


僕が質問を口にすると、親分さんはピタリとその動きを止めた。


(おい、あからさまに固まってんぞ)


(だね)


どうやら想定質問に無かったらしく、隣で耳打ちしてくるサルバの言う通り、僕の言葉を聞き終えた親分さんの表情筋ははっきりと強張っていた。


(まあ、どうでもいいけど)


それよりも答えの方が知りたいところ。


「あー、質問に質問で返すようで恐縮ですが、ダンジョン閉鎖士様?」


「何です?」


「ダンジョン閉鎖士様は私達とリーセン子爵の関係について聞きに来た……そういうことでしょうか?」


いえ(・・)


恐る恐る。或いは探る様な視線で逆に聞き返してきた親分さんに対してすぐさま首を横に振ると、それが意外だったのか親分さんは「おや?」と細い両目を幾分膨らませた。


「違いましたかな?」


「ええ。僕達が聞きに来たのはあくまでハップルカ伯爵とリーセン子爵の間の話“だけ”なので」


―あなた達に対しては何らタッチする気はない―


その意図は伝わったらしく、「ふむ」と頷いた頭目さんは既に落ち着きを取り戻していた。そして直後、今度はさっきの探る様なものとは正反対の分かりやすい悪意に満ちたニターッという粘着質な笑みを浮かべた。まるでたっぷりと肥え太った古狸が突然人がましい嘲笑を見せたかの様な薄気味悪い笑顔に、隣のサルバが前髪で隠れているのを良いことに眉間に皺を寄せたのが雰囲気で分かった。


「そういう事でしたら、我々が知る事を全てお話ししましょう」


「ありがとうございます」


お礼を言うと、親分さんは「なんのなんの」と鷹揚に手を振る。


「リーセン子爵の話なぞ普段あまり出すことはありませんから。特にここ、ハップルカ伯爵領ではね」


そう言って薄っすらと開かれた親分さんの双眸には明らかなせせら笑う色があった。


「二人の仲が悪いからっすか?」


「いいえ、そんなんじゃありません」


隣のサルバの確認に、意外にも親分さんは否定を口にする。


「二人の仲が死ぬほど悪いからですよ」


「おおう……」


どうやら、僕達が思っていた以上にハップルカ伯爵とリーセン子爵の仲は険悪みたいだった。


「元々、あのお二人は帝都にあるアカデミーの同窓生でしてな? 互いに家を継ぐ前から敵対関係にあったんですよ」


「敵対関係ですか」


「ええ。敵対関係です」


僕の鸚鵡返しに、親分さんは一切の躊躇いなく首肯する。


「昔のお二人は確たる領地を持たない法衣貴族でしてな? それが実利を巡って日々優劣を競い合ったのです。憎悪が育まれん方がおかしいでしょう?」


「それは確かに」


「道理だな」


僕の首肯に合わせて、隣のサルバもコクコクと首を縦に振る。喧嘩するほど仲がいいなんてのは、基本寓話の中の話でしかない。


「おかげでお二人が領地持ちになった後も諍いは続いて、今でもハップルカ伯爵とリーセン子爵の領地の境では小競り合いが無い日の方が珍しいってくらいなもんですよ」


「現場はクッソ迷惑だな」


「案外、主人の好悪に引っ張られた末端の役人達も相手のこと嫌いだったりして」


「あー、そっちはあるか?」


「で、ハップルカ伯爵とリーセン子爵は今もお互いに相手を追い落とそうと?」


同意する様に頷いたサルバを一旦置いて、目の前の親分さんの主観を聞いてみる。ここまでは事実として、僕達が知りたいのは真実の方だ。


「それなんですがね……」


僕が水を向けると、人の悪い笑みを深くした親分さんが身を乗り出す様にして声を潜めた。


「確かに今も毎日の様にお二人の間では小競り合いが絶えませんが……既にそんな気は毛頭無いのが実情なんですよ」


「それはどっちが?」


「喧嘩を仕掛けている側……リーセン子爵の方です」


「へぇ……」


親分さんの口から出た真実は、事実に対して一ひねりが加えられていた。


「現在、伯爵と子爵で付いた格付けに承服できず、日夜ハップルカ伯爵にちょっかいを掛けているというのが表出している情報ですが、あれは単なるポーズでしてね」


「それは初耳ですね」


「でしょうな」


仲が悪いっていう話は耳にタコができるくらい聞いたけど、頷いた親分さんの話は聞いたことがなかった。


「まあ、勘の良い人間の中には気付いている人間もいるかもしれませんが、外の人間で断言できるのは私らだけだと自負しておりますよ」


どうやら、握っている情報の中でもとっておきを出してくれたということらしい。


「もう、ハップルカ伯爵に本気で手を出す気は……勝つ気は無いってことですか?」


「ええ。あれはもう尻尾を丸めております」


念を押してみれば、愛想の良い笑みから実に辛辣な評価が出てくる。


「この土地にやって来たお二人は早速陞爵争いをおっぱじめましたが、子爵への陞爵で一歩先んじたリーセン子爵様はよりにもよって辺境の最高位である伯爵位への陞爵の際にハップルカ伯爵に敗れてしまったんですよ。お二人の争いはあれでもう(カタ)です」


「何か、一手感じている可能性はないですかね?」


「まあ、世にも不思議なことが起こって、子爵様が実は皇帝陛下の御落胤だったとかみたいな話がぶちあがれば無くはないですな」


「つまり、限りなくゼロに近いってことですか」


「加えて言うなら、リーセン子爵様もその辺の道理が分からない程馬鹿ではありませんからな。自身の敗北を悟ると旗を巻いて素直に転封願いを出しておりました。ですがここで待ったが入った」


「それは?」


「皇帝陛下ですよ、皇帝陛下。我らがダムツ帝国を統べる皇帝陛下がリーセン子爵の転封を認めなかったんです」


「んー? ……ああ」


そういうことか。


「ハップルカ伯爵様と仲の悪いリーセン子爵様を枷にしようって腹でしょうな。何せ、毎年出されるそれが悉く却下でしたから」


「ふむ……」


「そうして十度目が出されたのが一昨年。以降、リーセン子爵様が転封願いを出した形跡はありません」


そう言って締めくくった親分さんは自分の前に置かれたカップを手に取って、しゃべり通した喉を潤したのだった。ふむ……


「一つ良いですか?」


「おや? まだ何か?」


「さっきの話に関してなんですけど、追おうとした理由は何ですか?」


「ほう?」


僕の質問に、話し終えてリラックスしていた親分さんの表情がなぜか太々しい、何かを試すようなものになる。


「どうして、そんな疑問を?」


「今の話が詳細過ぎたからですかね」


僕の答えに、ますます可笑しそうな顔になった親分さんが無言で先を促してくる。まあ、別にいいんだけど。


「話していただいた内容は詳細かつ明確でしたし、僕としても腑に落ちるものだったんですが、転封願いの件はいくらなんでも詳細過ぎました。状況証拠からの推測なら兎も角、リーセン子爵のちょっかいが本気だと気付いていないどころか知らない人もいる中で、そこまで明確な情報を持ってるとなったら能動的に尻尾を掴みに行ったとしか思えないんですよ」


「そして、私達が尻尾を掴もうとするに足る情報を持っている……と?」


「そう推測しました」


僕の肯定に、親分さんはククッと面白そうに喉を鳴らしたのだった。


「降参です。存外敏いですな」


「存外って言われるようなことしましたっけ?」


「あれじゃね? スリのガキンチョを問答無用で即斬しただろ?」


「ああ」


そういえばそんなこともあったね。サルバの答えに頷くと「ご名答です。そして、私の見立ては間違ってました」と目の前の親分さんが二度三度と頷き返してきたのだった。


「白状してしまいますと、うちで今最も売れている商品というのが他ならないハップルカ伯爵領で仕入れた女でしてな。生まれが明白ならば、多少見目が悪かろうが薹が立っていようが、構わず割り増し料金で買ってくれるんですよ。他ならぬリーセン子爵様が……ね」


「憂さ晴らしか?」


「“復讐も兼ねた”だろうね」


サルバが口にした予想に付け足すと、目の前の親分さんが「双方ご名答です」と頷く。


「現在私達一家が主にハップルカ伯爵様の領地で稼業を行っているのもそれが理由でしてな。負債を抱えたダンジョン村に行けば確実に仕入れることが出来る商品で大金を得られる上に、飽きればこちらに払い下げることまでしてくれますので、私どもはリーセン子爵様に足を向けては寝られない日々なんですよ」


はっはっはと愉快そうに呵々大笑する親分さん。その言葉に、僕もサルバも概ね納得した。つまり、今の話は払い下げられた女の人達から回収した情報を基に組み立てた想定ということなんだろう。鬱屈を抱えた人間が閨で相手に自身の境遇を嘆き心情を吐露するのはそう珍しいという話でもない。そして、先の話から幾度となく納品と払下げをくり返してたとなれば、まず的外れということはないはずだ。つまり、総合するとだ、


(リーセン子爵は本当にもう終わった貴族ってことなんだろうね)


 そもそも、買った女性を飽きたから捨てるにしても、こう雑なのは珍しい。暇を出すにしても作法があって、屋敷で見聞きしたことを口外しないように言い含めるのは基本中の基本だ。それをせずに放りだすというのは、最早自邸の内情を口外してくれと言っているようなものだ。多分外部にリーセン子爵の心情が外に漏れていないのも、事情を察した目の前のお爺さんが自分のところに火の粉が飛んでくる可能性を考慮したのと、その情報を握る優位を認識しているからにすぎないだろう。

 こんな雑な……いっそ自暴自棄としか思えない投げやりな対応をしているのも、ただ純粋にハップルカ伯爵への復讐心を満たすためだけで、性欲は二の次ということなら話は分かりやすい。もっとも、周囲からしたら始末に悪いことこの上ないだろうけど。何せ、鬱屈なんていうものは自分で弄んでいるうちにどんどんと肥大化していくものである以上、リーセン子爵のそれは既に歯止めが利かなくなっている可能性が高いからね……。


「なんつーか、しょーもない話だな」


「そうだね。本当にみみっちいと思う。人間が小さい……いや、小さくなったのかな?」


多分、伯爵位を狙っていた時のリーセン子爵なら、こんなことはしなかっただろうからね。うん。


「大変興味深い話をどうもありがとうございました」


「いえいえ、こちらの方としてもダンジョン閉鎖士様にはいつもお世話になっておりますので。持ちつ持たれつとう奴ですな」


鷹揚に言った頭目さんは「今後ともどうぞよしなに」と付け加えてはっはっはと笑う。


「こちらこそ。詳細は先のリストの返却時にでも教えていただければ」


「ええ、それはもちろん」


あくまで機械的な訪問でしかなかったんだけど、予想外の収穫だった。で、それでだ、


「リストの確認が済むのは明日でしょうから、今日はここに泊まらせていただいても?」


「当然です。すぐに案内させましょう。おいっ!!」


「へいっ!」


頭目さんが声を張ると、さっきのおじさんが直ぐに顔を出してきた。


「ダンジョン閉鎖士様に部屋を宛がえ。一等宿がまだ使えるからな」


「へいっ」


「おっと、これはどうもありがとうございます」


僕は寝るのは何処でも気にならない方だけど、心遣いには感謝しておくべきだろう。


「いえいえ。ゆっくり旅の疲れを癒しておくんなさいな」


そう言って、愛想よく笑った頭目さんは立ち上がり、入り口まで僕とサルバを見送りに来る。と、そこではたと足を止めた。


「? どうかしました?」


「いえ……」


一瞬言い淀んだ頭目さんは何かを思い出したように口元に手を当てて声を潜めてきた。


「ダンジョン閉鎖士様だから注意させていただきますが、リーセン子爵様といえば、昔、領地でダンジョン閉鎖士様が行方不明になった事があったのですがね? 実はそのダンジョン閉鎖士様、リーセン子爵様に殺されたと専らの噂だったんですよ」


「!」


へぇ、それは……


「本当なぐふっ!?」


声を上げそうになったサルバの腹を突いて一旦黙らせる。


「結構確信してます?」


「何とも言えませんな……ですが」


首を横に振った元締めさんは、しかし、一層声を小さく窄めた。


「ダンジョン閉鎖士様とその補佐様が一人、ある日突然消えたというのが一つ」


「ふむ」


「ギルドの方が泡を食っていたというのが一つ」


「……」


「最後に、そのダンジョン閉鎖士様なのですがね……




 リーセン子爵様の私生児だったと専らの噂だったんですよ」




「……」


「おいおい……」


復活したサルバが声を上げたけど、正直僕も少し驚いていた。貴族が自分の子供を手に掛けたねえ……?


「消えたダンジョン閉鎖士様は他のダンジョン閉鎖士様同様、氏素性も定かではありませんでしたが、リーセン子爵様と風貌が良く似ておりましてな。私も一度件のダンジョン閉鎖士様とはお会いしましたが、確かに顔つきは男女の差こそあれで瓜二つでして」


ふむ。


「ですが、それが悪かったのかもしれませんな。折も折、リーセン子爵様が陞爵活動をしていた時期。子爵位の際には先んじたリーセン子爵様でしたが、蹴落とした筈のハップルカ伯爵様は後を追うように子爵に進まれておりましたので、天秤がどちらに傾くのかは非常に危うい状態でした」


「だから、失点を少しでも減らすために……ですか」


「と、私は思っております」


確かに、怪しい点だらけだね。うーん……。


「そういえば、僕はリーセン子爵の容姿を知らないのですが、そのダンジョン閉鎖士の人って、くすんだ金色の癖のある髪をした美人だったりします?」


「いえ」


あれ、違った。


「美人ではありましたが、黒い炭の様な長い髪の閉鎖士様でしたな」


「別人だな……」


囁いたサルバにだけ分かるように頷きながら、改めて今聞いた話を反芻する。どうも、大分核心に迫る様な話を聞けたものの、決定的な話を聞けた気もしないという悩ましい状況な気がした。


(まあ、その辺を考えるのは僕じゃなくてギルド長の仕事か)


有益な情報だけど、生かすには生かせる人に渡す必要があるしね。


「良いお土産をありがとうございます。私達のギルド長も喜ぶでしょう」


「いえいえ」


深々と頭を下げた老人に見送られながら僕とサルバも一度頭を下げて、村役場を後にしたのだった。





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