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ダンジョン、閉鎖致します  作者: 小名掘 天牙
トウトウ村編
7/26

第七話 不自然な結果と蛇の道は蛇と

 不意に鼻腔を擽った臭いに、僕の意識はフッと現実へ引き上げられた。

 瞼の先にあるはずの街並みは既に懐の温まった酔っ払い達を平らげ終えたみたいで、皮膚を突き抜けてくる光量は日を跨いだ直後に比べると大分淡いものだった。

 そんな時分にギルドが営む冒険者宿で漂った幽かなインクと焦げた蝋の香り。それも、夢の最中にあった僕の意識を微睡の中にまで引き上げたてからはそれも徐々に遠退いていて、後には僅かな残り香だけが記憶と共に僕の中で僅かに滞留するだけだった。


「……」


いつも通り枕元に置いておいた片刃剣をすぐに抜ける様にしながらドアの方を見ると、仄暗く閉ざされた木戸の端にぷかりと浮かぶ欠片が一つ。ベッドから出て近寄ってみると、それはっ小さな紙片だった。力任せに捻じ込んだみたいで皺くちゃになったそれをドアの隙間から引っ張り出してみると、そこには走り書きの様な文字で、


―ギルドへ―


とだけ書き記されていた。


「ふむ」


まあ、よくあることだし行くのは良いとしてだ、


(……サルバを連れていかないと)


適当に身繕いをしたところで、ふと隣室で寝ているサルバ(補佐)のことを思い出す。普段は一人だったから気にしてなかったけど、流石に今は連れて行かない訳にもいかないか。


「ま、しょーがないか」


廊下を挟んで向かいのドアを軽くノックする。……正直、出会って以降のサルバの寝起きってあんまり良いイメージが無いんだけど、流石に酔っぱらってないなら大丈夫……だよね?

 ノックをしてから一分、二分……そして都合五分ほどが経過したところで、首を傾げていた僕の前から不意に木製の扉がキィ……と音を立てて消えたのだった。


「んだよ……」


出てきたサルバは不機嫌そうな顔をしていて……





その上、なぜか丸腰かつ全裸だった。





 眠気眼を擦っているけれど、長い前髪を巻き込んじゃって、却ってかゆみが取れないらしく、次第にその手付きが荒っぽくなっていく。


「……何で?」


そんなサルバと、その所作に合わせてぶるんぶるんと揺れるおっぱいを見ながら、僕は思わずそう呟いていた。


「あ゛?」


つい漏らしちゃった僕の言葉に一瞬首を傾げたサルバは、僕の視線が向かう先(自分のおっぱい)を見下ろすと、面倒くさそうに舌打ちをする。


「別に、どんな格好で寝ようが俺の勝手だろ。裸じゃねーと寝られねーんだよ、俺は」


そう言って、サルバはムスッと唇を尖らせた。トウトウ村で宿泊した時はそんな素振り無かったんだけど、どうやらあの時はサルバなりに気を使ってくれていたらしい。って、そうじゃなくて。


「なんで拳銃どころかナイフも持たずに出てきたの?」


「……は?」


僕がつい問い質すと、なぜかサルバにポカーンとされたんだけど……なんでだろ?


「え、そっち?」


「そっちも何も、それ以外に無くない?」


「いやこう、人前に出る時は服を着ろとか、もっと世間体を考えろとか毒にも薬にもならねーようなことを言われんのかと」


「いや、それは別にどうでもいいし」


っていうか、本当に毒にも薬にもならない主張だね。


「サルバが寝る時に全裸だろうが何だろうが、僕には特にデメリットも無いし」


「おい」


「むしろ、おっぱい丸出しなのは良い習慣だと思うよ? 相手が男なら不意を突くことが出来る可能性もある訳だし」


特にサルバはおっぱいが大きいから必然的に相手が目を奪われる可能性も高くなるだろうし。ダンジョンみたいに自爆する危険が無いなら全然あり寄りのありだろう。


「けど、せっかく相手の不意を突けたのに先手で相手に深手を負わせられなかったら、大事なアドバンテージがもったいないじゃん」


致命傷にしたいかは時と場合によるだろうけど、盤面を完全に掌握するくらいのことはしたいよね、心情的に……ん?


「……」


「どうしたの? お腹抱えて。下痢でもした?」


「抱えてんのは腹じゃなくて頭だよ!!」


「駄目だよ。悪くなったものなんか食べちゃ」


「してねーよ! 俺は犬か!?」


そう言ってサルバはキャンキャンと吠えてくるけど、正直犬か猫かで言われたら、多分サルバは犬だよね。何となく、目の前のサルバを見ていてそう思った。んー……、


「まあ、いいや」


「良くねえよ」


「それより、優先することがあるから」


そう言いながら、僕はさっき受け取った呼び出しの紙片をサルバに見せる。


「あん?」


僕が差し出した紙片に、不思議そうに首を傾げたサルバは訝りながら中身を覗き込んだ。


「こいつは?」


「ギルドからの召集。出掛けるから準備して」


「こんな時間からか?」


「必要とあれば、一構成員の時間なんてお構いなしだからね」


それがギルドクオリティ。労基署も不要。素晴らしいよね。

 まあ、実際のギルド職員達は殆どが日勤だから、こんなのに呼ばれるのは大抵が僕達ダンジョン閉鎖士みたいな現場関係者なんだけど。


「と、いうわけで、準備してね」


「はぁ……しゃーねーな」


僕が再度伝えると、諦めたように肩を落としたサルバがペタペタと足音を立てながら部屋の奥に引っ込む。長い黒髪に覆われた下でフリフリと揺れる小ぶりなお尻に「下で待ってるから」と声を掛けると、背中越しにサルバがひらひらと片手を振ったのが見えたのだった。





     ◆





 夜は人ならざるものの時間なんて言うけれど、それはダンジョン閉鎖士である僕にも適用される話だ。竈の火が落ちた街並みに人気は呑み込まれて、往来を歩いていても一々誰かに突っかかられて無駄に時間を取られることがない。そして、そんな快適な大通りを抜けてギルドに着くと、日中と変わらず退廃的な空気を纏ったギルド長が僕達を出迎える。


「うわ……」


その両隣に、聳え立つ山の様な書類を従えてだけど。


「初見だと驚くよね」


隣で呆れとも感嘆ともつかない溜息を漏らしたサルバに、ぼくも同意を込めて頷く。本当に、山の様なという比喩が全然比喩になっていないと断言できるくらい、ギルド長の周りに積み重なった書類は膨大な量に及んでいる。


「これ……全部例のパーティーの奴らの調査結果なのか?」


「多少余禄はあるだろうけど、七、八割くらいは間違いなく」


「マジか……」


ぼくの首肯にもう一度溜息を漏らすと、群青の左目でまた紙束の塔を見上げるサルバ。


「腐っても皇帝陛下直属の巨大組織だからね」


「木っ端冒険者の立ちション回数まで調べられるってのは嘘じゃねぇってか……ん?」


そう言って肩を竦めかけたサルバがはたとその動きを止める。そして代わりに油の切れたブリキ人形の様な仕草でギギギギッと振り返ってくる。


「おい、それじゃあまさか」


あ、気付いた?


「サルバの修羅場とかも遠慮会釈なく抉られてる筈だよ?」


「知りたくなかったわ、くそったれが!!!!!!!!」


はっはっは。


「まあ、サルバが知っていようがいまいが、ギルドには筒抜けなのは変わりないから、諦めが肝心だよ」


「なら言うなよ! 何で態々言ったんだよ!」


「因みに、僕は見ていないし見る気も無いから安心してね?」


「うん、お前変な所でまともな反応するよな」


「どうせ、酔っぱらったサルバ介抱するときに嫌でも聞くことになるからさ」


「上げて落とすな!! 汚名挽回しようとすんな!! せめてもう少し位自分の株を高値で取引させようと思えよ!!!」


「ダンジョン閉鎖士な時点で、未来永劫株価は最低値だよ?」


「そういやそうだったな、畜生め!!!!」


「ついでに助手になったサルバも既に人間としては最底辺だから安心してね」


「安心できる要素ねえええええええええええ!?!?!?」


「はっはっは」


そう叫んで、サルバは頭を抱えて蹲ってしまう。……いつも通りの事か。


「いつもやってるんだねえ……」


「やりたくてやっている訳じゃないですけどね」


「それは俺のセリフだよこの野郎!」


はっはっは。


「で、調査結果はどうだったんです?」


「ああ、中々面白い結果になったよ。正直、かなりのきな臭さを覚える程度にはねえ」


そう言って、ギルド長は書類の山から分けた―それでも十分な重量の―紙束を差し出してきた。


「…………へぇ」


受け取ったその中身を見て、真っ先に僕の口から出てきたのはその一言だった。


「その名前は予想していなかっただろう?」


「ですね」


「? 誰が書かれてたんだ?」


「ん」


横から覗き込んでくるサルバに見える様に紙束を広げると、蒼色の左目でその中身を見たサルバも又、前髪の奥で顔を顰める。


「うわ、此処まで細かいのかよ……」


「まあね。で、予想外なのはここ」


「ん……」


小さな文字でこれでもかと言わんばかりに件の冒険者の情報が詰め込まれていた紙切れの一部を指差すと、そちらに視線を走らせた瞬間に小さく揺れた前髪の奥でサルバがくりっとした目を更に丸くさせた。


「……リーセン子爵だと?」


「うん」


そう、あのトウトウ村でミロと名乗った女冒険者と、その部下らしい騎士然とした痩身の冒険者二人が直近コンタクトを取った人物の一覧の中に、この周辺でも有数の実力者と言われる貴族の名前があったのだった。


「B級以上の高位冒険者が貴族と会談すること自体は珍しくもないんだけど、ちょっとタイミングが良すぎるよね」


「しかも、直接会うんじゃなく、態々リーセン子爵の別荘を使って、間に使用人まで挟んでか……」


「バレなきゃ丁度いい隠蔽工作なんだけど、バレると却って怪しいよね」


「だな」


書類に一通り目?を通し終えたサルバは、顔を上げながらコクコクと頷いた。


「それに、“獲ってこさせるため”ってんなら俺も何度か経験あるけどよ。あいつらその逆で“置きに行ってた”もんな。マジで訳が分かんねえ」


お手上げだとでも言うように吊り下げられた電球を仰いだサルバに、ぼくも同意を込めて肩を竦める。

 いくら統括するギルドが皇帝直属の組織とはいえ、一応自由業である冒険者に貴族が特別に依頼をすることはそう変ではない。何なら、大量の金貨を積み上げて高位の冒険者を差し向けるダムツ帝国なら貴族や教会関係者の特権事項とすら言えるだろう。けれど、それはあくまでもサルバの言う通り何かを“獲ってこさせる”ためのものであって、まかり間違っても“置きに行かせる”ためではないはずだ。逆説的に言えば、“獲ってこさせる”よりも大きなリターンを“置きに行かせる”ことで手に入れられる何らかの仕掛け(・・・)があるってことにもなるんだけど、


(まあ、仮にそんな方法があったとしても、絶対に真っ当な方法じゃないよね)


じゃなきゃ、態々二重に警戒してまで会談する意味がない。


「まあ、今の時点だと限りなく黒に近くてもグレーでしかないから、これ以上は邪推な気もするけど」


「そもそも、今回のダンジョン(トウトウ村)はリーセン子爵じゃなくてハップルカ伯爵の領地だからねえ」


一旦立ち止まった僕達に同意する様に、ここまでジッと会話を聞いていたギルド長がぽつりと呟いた。


「代官は置かれてたりします?」


「置かれてるは置かれてるが、その代官は騎士爵のレミュール夫人。まあリーセン子爵とは赤の他人だねえ」


「ふむ」


確かに、通常の爵位を持つ貴族なら回り回って血縁関係なんて可能性も考えらえるけど、成り上がりの騎士爵じゃそうもいかない。つまり、まかり間違ってもトウトウ村の領主はリーセン子爵と件の冒険団のタッグに繋がる様な存在ではない訳だ。


「じゃあ、逆に持ってきた土の方か?」


「んー、そっちも違うみたい。ほら」


首を傾げたサルバに、各地の関所から割り出した土の出所に関するレポートを見せる。それは幾つかの領地や関所、そしてご当地のギルドと紐付けられていて、件の冒険者がどこから何を持ってどんな歩みをしたのかが詳細に書き記されていた。



―B級冒険者 ミロ・フロンティア―


―所持品 腐葉土―


―正義の月、四の日―



 正直、いくら肥沃とはいえ、B級の冒険者が相応の時間や燃料費を費やして、ただの土を運んでいる時点で違和感を覚えてほしい気もするんだけど、ダンジョン感知能が無い以上は中から金品の一つでも見付らない限りはそれ以上相手を詰めることも難しいんだろう。まあ、それは置いておいてだ、


「なんだ、こっちもハップルカ伯爵領か……」


「うん」


思わず拍子抜けしたように肩を落とすサルバを見下ろしながら、僕も同意を込めて首を縦に振った。

 サルバの言った通り、あのB級冒険者の人達が通り抜けた一番最初の関所の記録が、当のトウトウ村の領主でもある貴族様と全く同じ名前になっていたのだった。


「ハップルカ……ハップルカ……ん?」


「? どうかした、サルバ?」


「ああ、いや。大したことじゃねーんだけどな」


「うん」


ポリポリと頭を掻いたサルバに頷くと、記憶を掘り起こす様に小首を傾げたサルバが「俺の記憶だとハップルカ伯爵とリーセン子爵って、なんかクッソ仲が悪かったとかそんな話があったような気がするんだが……俺の気のせいか?」と唸った。


「……」


「……」


そんなサルバの言葉に、僕とギルド長は思わず視線を合わせた。そんな僕達を見比べながら、間に立ったサルバは「ん? 違ったか?」と暢気に頭の上で疑問符を浮かべている。


「そうだねぇ……サル坊の言う通りだよ」


やがて大きな溜息と共にそう呟いたのは、イスに深く腰掛けたギルド長の方だった。


「今でこそ明確に上下が出来ちゃいるが、ここに至るまでの間に幾度となく骨肉の争いを繰り広げた怨敵同士だったからねえ」


「確か、今の爵位に両者が落ち着いたことで、漸く二人の権力争いも収まったんですよね」


僕の確認に、ギルド長が神妙な顔で頷いた。

 元々、この辺り一帯は国境でこそあるものの、その多くを海岸線に面しているせいで帝国的には最前線とは言えない土地だった。結果、皇帝と元老院が軍権を持つ侯爵の設置を行わないことで合意。以降は変わらず伯爵が一人に子爵が数人というのがロハグ近郊の貴族の勢力図となっていた。

 そんな土地で、現ハップルカ伯爵とリーセン子爵は領地を持たない中央の法衣貴族だった頃からのライバル同士で、赴任後も家柄才覚的にも抜けていた二人は互いを最大の仮想敵として血みどろの権力争いに及んだと聞いている。

 そんな二人の権力争いは最初の陞爵でリーセン子爵が一歩抜きんでたものの、次に行われた伯爵への陞爵の際にハップルカ伯爵が巻き返していて、以降は完全に決着がついたのか長らく今の体制のままロハグの街を含む一帯は取り仕切られていると聞いている。で、


「そんな目の上のたん瘤(ハップルカ伯爵)の領地で、リーセン子爵の息が掛かった可能性のある冒険者が奇妙な行動に走っている……って事だよね」


「仮に何も無かったとしても、胡散臭いと言わざるを得んわな」


腰に手を当ててぼやいたサルバの言葉に、僕も全面的に同意だった。はっきり言って、怪しいとしか言いようがない。


「後は代官のレミュール夫人がどんな役割を持ってるかも気になるところだよね」


「無関係って線はねーのか?」


「もちろんあるし、何なら結構な確率だとも思うんだけど、ここまできな臭いと、ちょっと勘繰りたくなっちゃうよね」


「じゃあ、小金目的で何かに目を瞑っている可能性は?」


「そっちも同じくだとは思うけど……」


「けど?」


「今度はどう算盤を合わせているのかが分からないところ」


その場合は何かしらの利益を上げる目算があって、更にその中から代官であるレミュール夫人を抱き込む価値と納得できる額を撮り揃えられるって事になる。


「つまりは?」


「まだ情報不足ってところ」


月並みな上に結論にもなってない結論もどきだけどね。


「……」


「ふぅ……」


僕の結論()にサルバは難しそうな顔をしながら腕を組んで、ギルド長は面倒臭そうにたっぷりと吸い込んだ紫煙を吐き出したのだった。


「じゃあどうすんだ? ギルド権限で拷問でもすんのか?」


「さらっと拷問を提案できるようになってくれたことに個人的には頼もしさを感じたりもするんだけど、流石にまだちょっと時期尚早かな。現状はあの冒険者と子爵が繋がってるっていうのもギルドの推測でしかないし。仮にあっても権力通り順当に考えるなら子爵が主で彼女達は従犯にしかならないから、下手すると蜥蜴の尻尾にされちゃって、せっかくの本命に辿り着く貴重な糸口を失う結果になりかねないし」


「それもそうか……」


「うん」


「因みに、アルタの中での本命は誰なんだ?」


「うーん、現段階じゃ正直何とも言えないんだけど、今この瞬間だけで話をするならリーセン子爵が妥当じゃない? 対抗はあの冒険団で、大穴はハップルカ伯爵かな。レミュール夫人も居ないではないけど、流石に本命や大穴に比べると貴族としては小物過ぎるし……。ちなみにサルバはどう見てるの?」


「俺も大体は同じだな。強いて言うならレミュール夫人?が単に利用されただけの小物だとはあんま思えねーってくらいか」


そう言って、サルバは難しい顔をして小首を傾げた。


(へぇ……)


つまり、サルバは間に入っているだけのレミュール夫人に何らかのきな臭さを感じていると。


「その心は?」


「勘」


「勘ね」


「ダメか?」


「んーん。状況的に考えたら、下手に理屈をこねくり回すより全然良いと思うよ?」


どうせ、情報は不十分なんだs「後は……」うん?。


「手玉に取ることこそあれ、女がただ利用されるがままって事だけは絶対にありえねーともうから……だな」


「……」


「女ってのは男なんかよりも遥かに賢くて、何よりもシビアな生き物だからな」


「実感籠ってるね」


まあ、助けようとしたっていう過程は一切勘案されずに、女の人から切り捨てられちゃったもんね。


「……」


この場で唯一の(・・・)女性であるギルド長の方を振り返ると、なぜか呆れ混じりに肩を竦められた。


「まあ、その見立ては正しいだろうね。少なくとも、その辺の感覚は暢気に構えてるアル坊よりは遥かに信用できるだろうよ」


「あれ? 何か馬鹿にされてます?」


まるで、僕が異常者みたいな言い草だ。


「みたいじゃなくて、普通の感覚殆ど持ってないだろ、お前さん」


ギルド長は「まあ、真人間が続けられる仕事でもなし、ダンジョン閉鎖士ならそれくらいの方が丁度良いんだろうけどねぇ」と付け足しながら鼻を鳴らす。


「じゃあ、別に何も問題ないですね」


「それで良いのかお前は……」


「?」


「不思議そうな顔すんな。頭痛くなるわ」


そう言って、サルバはなぜか蟀谷をもみほぐす様にグリグリと強めに指圧する。んー?


「話を戻すけど、一先ず相手の狙いを読み解くまでは、リーセン子爵にしろ例の冒険団にしろ、闇雲に手を出すわけにはいかないからね。むこうさんが尻尾を見せるまではギルドが継続して調査を行うさ:


呟いたギルド長が煙管の先を灰盆に打つと、カンッという良い音が狭い室内に反響した。


「具体的にはどうするんだ?」


「基本的にはリーセン子爵の方にも手を伸ばしてみるだけなんだろうけど、それ以外によくやるのは情報を媒介している書類の検閲とかだね。最終的には賄賂とかハニートラップを経ての拷問になるんだろうけど」


「おい」


「隠すって事は、探られたくない理由があるって事だからね。真っ当な理由や取引じゃ中身を見るどころか面会すら難しいし、仕方ないよ」


「まあ、まずは期間雇いの中にギルドナイトを潜り込ませる辺りからさね」


「調査って一口に言っても、結構色々とやってんだな」


冒険者として接する一側面からは見えないギルドの行動に、サルバは何ともなしに、そうぼやいたのだった。ま、そうだよね。


「情報ってのはどこにどんなものが転がっているのか分からないからね。その人の立場や役割からある程度予想は出来なくもないんだけど、生きた情報とか生々しい情報は多角的に色々な人間から裏付けを取らないと見えてこないって場合が多いんだよ」


「だから、調べる方法も多くなると」


「そーゆーこと」


呟くサルバに、僕も首肯を返す。


「ま、そういう訳だから、僕達もギルドの()の一つとしてのお仕事だね」


「調査の方か」


「うん」


「でも、それって、ダンジョン閉鎖士の仕事なのか?」


「人手が足りないっていうのもあるけど、ダンジョン閉鎖士にはダンジョン閉鎖士にしか集められない情報っていうのがあるからね」


「ダンジョンの状態以外にそんなもんあんのか?」


今一ピンとこないのか、首を傾げたサルバの前髪の隙間から訝る様な視線が向けられた。そうだね、


「もう配置は決まっているんですよね?」


「ああ」


頷いたギルド長が差し出してきたのは数枚の依頼書。


「? これは?」


「ハップルカ伯爵領の閉鎖予定ダンジョンの一覧。一部はまだギリギリ閉鎖前だけど、五、六個は今すぐに閉じちゃってもよさそうだね。丁度良く彼ら(・・)も居るみたいだし……このまま出発しちゃいますね?」


「ああ、頼むよ」


一瞬、「彼ら?」と小首を傾げるサルバの前で、新しい煙管に火を点けたギルド長が煙混じりに頷く。そんなギルド長に軽く頭を下げてから、まだ少し首を傾げているサルバを促して、ギルド長室を出る事にする。さて……


「面倒な事になってきたけど、サルバは大丈夫?」


疲れてない?


「問題ねーよ」


そう?


「最初っから大概面倒くさいからな」


「それもそっか」


はっはっは。……。


「それよりも、だ」


「ん?」


「お前、何か引っ掛かってるんだろ」


「……」


「……」


あー……、


「何で?」


「勘だ」


そっかー、勘かー。


「まさか、サルバに気付かれるとは思わなかった」


「そうか?」


「うん」


正直、そういうことに気付く方だとは思ってなかったし。


「おい」


「はっはっは」


けどまあ、


「正解。さっきの資料を見てて、一つしっくり来ていないところがあったからね」


「っつーと?」


「あの冒険者の人達……正確には団長と副団長二人の経歴は覚えてる?」


「さっきの資料に書かれていた奴だよな? それなら覚えているぜ?」


「じゃあ、今言える?」


「あん? あー……確か、南の方の寒村で産まれだったよな。んで、金稼ぐために中央に出て、十三で騎士になると。そっから騎士を辞めてさらに北に来て冒険者になったのが十八。その後は順調に等級を上げて、今に至る感じだったよな?」


「ん。あらましはそんな感じだったよね」


「おう……おう?」


「気付いたみたいだね」


件の冒険者二人の略歴を諳んじたところで、サルバがはたとその動きを止めた。その雰囲気を見る限り、僕が言いたかったことは伝わったらしい。


「……ダンジョン閉鎖士になってねーな」


「そうだね」


案の定、ムッ……と唇を尖らせたサルバが口にしたのは、僕の気にかかっていたことドンピシャだった。

 ギルド長も言及はしなかったけど、彼女達二人の経歴を見ると、僕の見立てとは違って前歴にダンジョン閉鎖士のダの字も見当たらなかったのだった。


「ってことは、経歴自体がまるっと嘘ってことか……」


「ん? 僕の見立てが斜め上だったって可能性もあるよ?」


「バカ言うなよ」


極めて妥当な可能性を提示したはずなのに、なぜかサルバはふんっと面倒くさそうに鼻を鳴らした。


「付き合いは短いけどな、お前がこういう見立て外すたまじゃねえことくらいは分かるっつの」


「随分高く買ってくれるね」


「買わいでか」


けっと吐き捨てたサルバは「んで?」と首を傾げてくる。


「ん?」


「その前歴を踏まえた上でのお前の見立てはどうなんだよ?」


「そうだね……」


改めて言葉にしてみると、うーん……


「言っちゃあなんだけど、消去法的には二人の経歴が完全なでたらめって事になるんじゃないかな。特に、このダムツ帝国じゃ冒険者はセーフティネットの側面もあるから嘘の可能性は全然あるし」


「だわな」


「ただ……」


「うん?」


「仮にそれが真でも、僕の想定が斜め上な可能性は全然あるんだけどね。自分で言っておいてなんだけどさ」


小首を傾げたサルバを振り向きながら、僕も軽く肩を竦めた。


「信じてくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり大前提として僕の推測には無理があるんだよね」


「トウトウ村でも言ってたな」


「うん」


頷きながら、僕はチョキの形に立てた二本の指の一つを折る。


「まず、ダンジョン閉鎖士だったとしたら、どうやって足を洗ったのかが不明」


「足抜けか……」


「うん、僕も二、三回、サルバの事斬り殺そうとしたじゃない?」


「記憶にはあるけど、人を斬り殺そうとしたのを『したじゃない?』で聞いて来るのはどうなんだ」


はっはっは。


「サルバみたいな成り立ての補佐でも、既に足抜け即ち死っていう中で、頭から足の先までギルドにどっぷり漬かっちゃったダンジョン閉鎖士が生きたまま足抜けを許されるとは到底思えないんだよね」


「なのに、あの女は死んでないと」


「そ」


それが一つ目。


「もう一つは?」


「仮に辞められたとして、今度は冒険者になれるのかって話。冒険者自体は基本的に前歴なんて関係なしに全ての人間を受け入れるものだけど、いくら身分を偽ったとしても元ダンジョン閉鎖士っていう存在を見逃すとは思えないよ」


「あの、阿呆みたいな量の資料の事を考えたら、誤魔化せる気もしねーもんな」


「そーゆーこと」


そう、僕の勘は置いておいて、現実問題としてダンジョン閉鎖士が冒険者になるのは実質不可能だ。


「この前の俺らみたいに、ギルドの命令で動いていたってパターンは?」


「そうなると、元々ダンジョン閉鎖士が居ないからっていう理由で僕達を指名してきた隣街のギルド長の意図が意味不明だし、理由を言えないにしても依頼のタイミングでもう一組のダンジョン閉鎖士の存在は申し送りするでしょ」


「まあ……確かに」


唇を尖らせたサルバが顎に手を当てながらむぅと唇を尖らせた。


「そもそも、ダンジョン閉鎖士だろうがそうでなかろうが、土塗れのピクシーをばら撒くのは意味不明だしね」


「だから、何か引っかかったままってことか」


「そーゆーこと」


軽く前髪を揺らしながら念を押してきたサルバに、僕は軽く肩を竦めながら頷いた。


「ま、ここまで言ってなんだけど、僕の考えはあくまで個人的な想像でしかないし、状況証拠とは必ずしも合致しないからごり押しは出来ないんだけどさ」


「けど、やっぱりダンジョン閉鎖士っていう経歴が出てこないのは納得できない……と」


「うん。我ながら感情論も良いところだね」


「じゃあ、証拠に任せて感情を引っ込めるのか?」


「それこそ、まさか。納得がいくまでずっと疑い続けるつもり」


「だろうな。お前、そういうところはしつこそうだし」


「おい」


言うじゃないかこの野郎。


「ま、お前が引くつもりがないっつーなら好都合だ」


「そう?」


「ああ。俺の方も一つ腑に落ちてねーことがあるからな」


「? そうなの?」


「おう」


頷いたサルバが軽くコキリと首を鳴らす。


「どの部分が?」


「リーセン子爵と繋がっていたってとこだな。あいつらがリーセン子爵と繋がってたのは事実にしてもだ……なんでわざわざあいつらだったんだ?」


「ふむ……」


「単にダンジョン内のピクシーを移動させるだけっつーなら、わざわざB級冒険者なんか雇う理由がないだろ? それこそ、蜥蜴の尻尾にすることまで考えりゃ、あんな目立つやつらなんか猶更だし」


「確かに」


サルバの言うことは前提を踏まえれば筋が通っている。


「だけど、リーセン子爵はギルドのばーさんが情報を集められる程度には密にあの目立つB級冒険者連中と連絡を取り合ってたって訳だ。つまり、どう見ても作為的に、あの冒険者を選んでた、選ぶ必要があったって訳だ」


「ふむ」


「その理由が……」


言葉を切ったサルバは、ふと前髪から手を放して僕の前で立ち止まる。


「お前が言うように、"元ダンジョン閉鎖士だから"ってんなら、俺は納得がいく」


「……」


「だから、お前の見立ては外れていねーと思う。そんな感じだ」


「……そ」


案外、サルバなりに考えての事だったらしい。感覚的に納得がいってない僕なんかよりずっと理性的だね。


「ま、どちらにせよ全ては暴いた後の話だろ?」


「そうだね」


今の段階じゃ、どれもこれも結局は推測でしかないし、


「一先ず、出来ることを出来るところまでやろうか」


案外、途中であっさり解決する可能性もあるし。


「だな」


頷いたサルバを伴ってギルドを出る。


「「ふぁ……」」


まだ暗い夜道で、二人揃って欠伸を漏らしてから、渡された指示書に従って、僕達はハップルカ伯爵領内の閉鎖予定ダンジョンを目指すのだった。





     ◆





「そーいやあアルタ」


 朝。じわじわと白み始めた空を欠伸混じりに見上げながら、不意に無言だったサルバが口を開く。指示書で指定されたダンジョンとダンジョン街はもう目と鼻の先だ。


「ん? 何?」


「夜に、ダンジョン閉鎖士じゃないと集められない情報があるって言ってたよな」


「うん、言ったけど?」


それがどうかした?


「いや、それがどういう物なのかってのが今一ピンと来なくてな」


「あー……」


それね。


「まあ、大抵の情報収集はギルドナイトがギルドの名前を出せば十分だからね」


「だよな」


僕の肯定に、サルバはうんうんと頷く。揺れた前髪の間から覗いた蒼い瞳がきらきらと朝日を反射する。


「ただ、裏を返すと、"大抵"に当て嵌まらないごく少数からは情報を引き出せないって事でもあるんだ」


「その"例外"はダンジョン閉鎖士なら情報が引き出せて、しかも、態々足を運んで情報を引き出す価値があるって事か?」


「まあね」


首を捻るサルバに、もう一度肯定を返す。


「蛇の道は蛇なんて言うけれど、実際役に立つ話を聞けることが多いからね」


「つまり、これから会うのは"蛇"って事か」


「そ。その通り」


丁度、あの辺りに縄張りにしているのは、あらゆる意味で"蛇"みたいだし。


「今から行くダンジョン村は、そういう人達が居るところを選んでくれたし、丁度良いからサルバの顔合わせも済ませちゃおうね。今後の事を考えると、確実にその方が良いだろうし」


「おう」


頷いたサルバだけど、やっぱり疑問符が尽きない様だった。まあ、口で伝えてもちょっと伝わり辛いし、実物を見た方が分かりやすいから少し待ってね。


「あ、見えてきたね」


そうこうしているうちに、道が峠を越え、なだらか下り坂になる。すると一気に広くなった見晴らしの先に、一目でそれと分かる住居の塊、これから閉じる予定のダンジョン村の姿があった。


「さて、まともな情報得られるかな?」


「さっきの"役に立つ話を聞ける"は何処に行ったんだよ」


「"ことが多い"とも付け足したでしょ」


逆に言えば、聞けない時もあります。


「おい」


はっはっは。


「まあ、どうせ五件回るつもりだし、その何処かで捕まえられればいいかな」


数撃てば当たるでしょの理屈。


「タフだなあ、お前」


そう?


「これくらい普通でしょ?」


「それはない」


そうかなあ? ……、


「ま、いっか」


「良いのか」


うん、割とどうでも。と、


「そろそろ村の入り口だね。何時でも銃を抜ける様にしておいて」


「? 何かあるのか?」


「特別な何かは無いよ?」


ただ単に、下手すると、腕ごと持って行かれるだけから。サルバも、そのつもりでいてね?


「『そのつもりいてね?』で済む話か!? おい!?」


はっはっは。


「じゃ、行くよ」


「いや、ちょ、待てよ!? なあ!?」


叫ぶサルバを引っ張りながら、僕達は潰れたダンジョンと村……いや、それよりももっと致命的な(・・・・・・・)村に足を踏み入れたのだった。






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