表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン、閉鎖致します  作者: 小名掘 天牙
トウトウ村編
6/26

第六話 呪いの装備を手に入れた!

 予定通りトウトウ村での決闘に敗れた僕達がロハグの街に戻って来た頃には既に深夜を回っていて、夜分には耳にうるさいくらい賑やかな娼婦の人達も店の奥に引っ込んでいる頃合いだった。

 珍しく人だかりに邪魔されることなく表通りを歩いた僕とサルバはその足でギルドに入ると、すぐにギルド長室のドアを叩いたのだった。


「ただいま戻りました、ギルド長」


「ああ、お帰りアル坊サル坊」


「あー、流石に坊は止めてもらえないっすか?」


「じゃあ、"嬢"の方が良かったかい?」


「……いや、やっぱ、サル坊で良いっす」


首を傾げるギルド長に、サルバは顔をしかめて「やっぱ、アルタの上司だわ」と呟いた。なんかこっちに飛び火したけど、僕はここまで根性捻じ曲がってないよ?


「それ言う時点で同類だっつの」


「まあ、その通り」


よく分かったね。


「わからいでか」


「そう?」


「そうだろ」


「そっかー」


そっかー。


「楽しそうだねぇ、あんたら……」


「「ん?」」


呆れたように呟いたギルド長がカンッとくわえていた煙管を灰盆に打ち付けながら、「それで……」と身を乗り出してくる。


「こんなに直ぐに戻ってきたってことは、何かしら確信に近いものを見付けたって事かい?」


「いいえ」


残念ながら、そこまでは。


「但し、不自然に好都合な事象は複数」


「ほう……」


囁くように頷いたお婆さん(ギルド長)はニィィッと皺だらけの頬を歪める。


「それは結構結構」


「世間的には不結構なんですけどね」


「ま、そりゃそうだな」


僕が茶化すと、サルバがぼやくように肩をすくめた。


「それじゃあ、そのお前さんの見付けた不自然(・・・)って奴を言ってみな……残らずあたしが食ってやる」


「……何か、言い方がいやらしいな」


「年考えるべきだよね」


「てめぇらから食うぞ、このクソガキどもっ!!」


「やめてください。インポになっちゃいます」


「やべ、想像したら吐き気が……」


「こいつらは……」


いや、割りと本気でね。


「ま、良いや。取り敢えず、始めますね」


ぴくぴくと青筋を浮かべるギルド長を無視して、トウトウ村で書き取った幾つかの調査結果を机の上に広げる。


「まず、ダンジョンその物の追試験に関しては、僕の調査も前の調査と同様、モンスターの密度が若干ではありますが全ての地点で増えているという結果になりました」


「ふむ」


「数字自体は微少ですが、ダンジョンの性状としては……」


「"異常"……だねぇ」


相槌を打つギルド長に、僕も首肯を返した。まあ、ここまでは予想通り。実際、僕がやったのも単なる追試験だしね。


「また、コアの方についても確認をしたのですが、推定でコアの析出部と見られる最深部には特に異常らしい異常は見られませんでした」


「つまり、今わかっている異常以外の異常は見受けられないってことかい」


「ええ」


そう言って、弛んだ顎を撫でるギルド長の言葉に、僕は頷いた。


「他に気付いたことはあったかい?」


「いえ。状況的には却って奇妙な状況なのですが、それ以上のことは何も。ただ」


「ただ?」


「ただ、ダンジョンの調査の最中、奇妙な行動をする一団を見付けたんです」


「その奇妙な行動ってのは?」


「土くれに埋めたピクシーの群を背嚢に詰めて持ち運び、ばら撒く集団です」


「はあ???」


僕の説明に、ギルド長が「訳が分からん」とでも言うように顔を歪めた。まあ、そういう反応にもなるよね。


「ピクシーって、あのピクシーかい?」


「多分ですが」


「本当に何の変哲もないピクシーだったのは俺が保証するぜ。ありゃ、本当にどこにでもいる普通のピクシーだったな」


僕の視線を引き継いだサルバが、軽く肩を竦めながら頷く。どうやら、熟練の冒険者だったサルバにとっても、あのピクシーは特に異常の無い普通のピクシーで間違いなかったらしい。


「ついでにですが、一緒に持ち運んでいた土のサンプルがこれです。物自体はダンジョンの土だったのですが、それ以上に特異なことは何もありませんでした」


「ふむ……」


僕がブリキ缶のケースを開くと、プンと漂う腐敗したリンゴの悪臭。それを一つまみ手に取ったギルド長は指先に付着したそれをぺろりと舐めて「確かに」と頷いた。


「ごく普通のダンジョンの土に、何の変哲もないピクシーを詰めて運ぶ集団か」


「はい。輸送の関係で、モンスターの死骸を持ち替えることは珍しくありませんが、大量の土くれごと生きたまま持ち運んで、しかも他のモンスターも無い中で唯々放棄するような行為は理解に苦しみます」


「だけど、意味の無い行為をするってこと自体があり得ない……」


考え込むように、ギルド長が唸った。

 彼らが取った行動を無意味としか認識できないということは、多分僕達がその意図することを察知できていないということなのだろう。少なくとも、その行動が意図するところの端緒でも掴めれば、捉え方は大きく変わるはずだ。ま、流石に現時点では何も分からないだろうけど。


「ただ、取っ掛かりになるかは分かりませんが、一つ気になったことがあります」


「言ってみな」


「不審な行為に直接関係があるかは分かりませんが、そのパーティーを率いていたのは対人戦の訓練経験がある人間でした」


「……まさか」


対人戦とダンジョンという二つの単語から即座にギルド関係者の可能性、それも、どちらかといえばギルドの揉め事を担当するギルドナイトよりもダンジョンに直接携わるダンジョン閉鎖士の可能性に行き着いたらしく、ギルド長が腫れぼったい瞼を大きく見開いた。


「状況は分ったよアル坊。よくやってくれたね」


「こっからどうすんだ? 捕まえて、サクッと尋問でもすんのか?」


 僕と頷くギルド長の間で交互に鼻先を向けたサルバがコテンと首を横に倒す。


「捕まえるのは確定だと思うけど、今すぐじゃないんじゃないかな。まだ、あのパーティーの背後関係が洗えてないし」


「背後関係?」


「そうそう」


彼らが主犯かつ実行犯で、あの行動にも何かとんでもない意味がある可能性も無いではないけど、現時点ではその全てが不明というのが実情だ。極端な例だけど、彼らを締め上げている間に本来の首魁を取り逃がしたのでは元も子もない。


「少なくとも、彼らに報酬を払う人間が居ることは間違いない訳だしね」


「あー……」


 少なくとも、この依頼を指図している人間は、B級の冒険者達相手に時間に見合うだけの報酬を約束できる人物ということなのは間違いない。それが、あのパーティーのリーダーなのか、或いはあのトウトウ村自体なのか、はたまた別の誰かなのかは分からないけれど、少なくとも上位の冒険者パーティー一つが納得するに足るだけの金額が動いていることは間違いがない。そうなると、同じ冒険者である団長のヘソクリじゃ限度があるし、高々C級でしかないダンジョンを保有するトウトウ村でもちょっと難しいように思われる。


「仮に支払えても、村そのものが傾く……か」


「そーゆーこと」


難しい顔をして腕を組むサルバに、僕は首肯しつつ肩を竦めた。


「意図も見返りも分からない話ではあるけれど、直接ダンジョンを保有しているのはあの村だから、一枚も噛んでいないって事はまず無いだろうけどね」


「実際の支払いをするのは、もっと上流の……何かしら、意味不明な行動をリターンに繋げられる人間ってことか」


「うん」


思案しながら、うむむと唇を尖らせるサルバに僕は頷く。まあ、蓋を開けてみたら中にはネズミ一匹すらいない可能性もあるにはあるけど、少なくともより背後の大物の懸念がある時点で、慎重に当たって損はないはずだ。敵の存在を知らずに、闇雲に手を出したらこっちの方が火傷する危険もあるわけだしね。


「だから、接触前にまずは洗い出し」


「成る程な……」


と、納得し掛けたサルバが「ん?」と首を傾げた。


「でも、調べるってどうやるんだ? まさか、それも俺達がやんのか?」


「安心しな。こっから先はギルドの仕事さね」


サルバの疑問符を受けたギルド長がそう言って、不敵な笑みを浮かべる。


「これでも冒険者の統括組織だ。その気になりゃ、木っ端冒険者がダンジョンでした立ちションの回数まで調べ上げられるからね」


「普通に気持ち悪いな!?」


ぷかりと煙草の煙で輪を作ったギルド長に、サルバは産毛を逆立てながら自分の身体を搔き抱いた。はっはっは。


「ま、その気持ち悪さがギルドの大きな武器だからね」


「物凄く、言い方に悪意がないか?」


「悪意があったらこんなものじゃないよ?」


普通にボロクソに言うから。


「ま、そうだろうけどな」


「そうそう」


何とも微妙そうな表情で首を捻るサルバ。段々、僕の事分かってきたじゃん。


「ま、それでも事細かに揃えるにはある程度時間が必要になるから、それまでは暫く各自待機だね」


「待機か」


「実質、これが僕達の休日……ってまあ、冒険者だと、そもそも休日って何?って感じかな?」


「あー……まあ、あんま縁はねえな。面倒な時は勝手に休むし。ただ、ギルドの職員が交代で休んでんのは知ってるぜ?」


「そう?」


「おう」


じゃ、いいか。となるとだ、


「サルバは休日に予定はある?」


「? いや、特にはねーけど」


僕の確認に、少し不思議そうにするサルバ。うん、それなら都合が良いか。


「それじゃあ、明日ちょっと付き合って。今のうちに行っておきたいところがあるから」


「別に構わねーけど……」


「ありがと。明日の朝、ギルドの開く時間にここの裏口で待ってるから」


訝るサルバの前でギルド長に一礼をして、僕は部屋を後にする。多分、予定の中身を知ったらサルバは逃げ出すか嫌がるだろうけど、避けては通れない道だしね。


「少なくとも、逃げたくても逃げられないようにしておく準備くらいは必要かな?」


サルバの逃走能力がどの程度のものかってのも分からないけれど、少なくとも準備しておくに越したことは無いはず……なんて考えながら、僕は公営の宿に向かう道の上でサルバ(獲物)を確実に絶望に叩き落とす方法を思案するのだった。





     ◆





 翌朝、約束の通りギルドの裏口に行くと、先に来ていたサルバが僕に気付いたらしく、所々ペンキが剥げた木壁に体を預けたままひょいと片手を上げた。


「よ」


「ん。おはよ」


僕がそれに手を振って返すと、サルバは気だるげにギルドの壁から身を起こすと、ややゆっくりとした足取りで、こっちにやって来た。


「待たせた?」


「いや、俺も丁度今来たところだ」


と、ゆるりと首を横に振ったサルバの唇から漏れる吐息はほんのりと甘い果実酒の匂いをしていて、その声も少しがらがらしている様に思えた。


「昨日も飲み?」


「ん? あー、違う違う」


僕が首を傾げると、サルバはひらひらと顔の前で手を振った。


「昨日の夜、ギルドを出た直後に酔っ払った冒険者から絡まれてな」


「また?」


「また」


呆れる僕に、サルバは同意する様に頷く。


「娼婦に袖にされたのか何なのかは分からねえけど、お前が居なかった俺に目を付けたみたいでな? ―俺達が買ってやるぜ―とか戯言抜かしながら乳に手を伸ばしてきやがったから、タマ蹴り潰して耳撃ち抜いてやったんだよ」


その時のことを思い出したのか、腹立たし気に「けっ!」と吐き捨てるサルバ。やさぐれてるなあ。


「んで、そん時にそいつらが投げ捨ててったもんの中に、未開封の酒瓶が一本あったから、迷惑料代わりに持って帰って、寝酒にしたんだよ」


そう言って、サルバは心底面倒くさそうに小さな肩を竦めたのだった。なるほどねえ……


「美人も大変だね」


「おぞましいこと言うんじゃねえよ!?」


「はっはっは」


 ぞわっと産毛を逆立てながら男らしさの欠片も無い豊満な胸を搔き抱いて「マジで寒気がするわ!?」と身震いしたサルバが、「俺のことよりも今日のことだよ」と強引に話を打ち切って来た。


「どっか、行っておきたいとこがあんだろ?」


「そうそう」


風に長い前髪を靡かせながら先を促してくるサルバに、僕は頷く。前回のことだけじゃ(・・・・・・・・・)なく(・・)そんなこともあった(・・・・・・・・・)のなら(・・・)、なおのこと丁度いいかもしれない。


「今後のことを考えたら絶対に必要だし、何より役に立つところだと思うよ?」


「ほーん……」


僕の説明に、少し興味深そうに唇を尖らせるサルバ。まあ、ここまで率直に断言できるところなんて珍しいしね。


「その役に立つとこってのは?」


「んー……着いてからのお楽しみ?」


「なんだそりゃ?」


僕の答えに、サルバはけらけらと笑いながら首を傾げた。


「ま、損はさせないよ」


「オッケ。なら早く行こうぜ」


僕の言葉を聞くと、サルバは一つ頷いてからトテトテと歩き出す。うん……


(少なくとも、損はさせない(・・・・・・)っていうのは事実だしね)


「ん? 何か言ったか?」


「んーん、何も」


僕の内心の呟きか、或いはこれから起こる未来を第六感で感じ取ったのか、一瞬立ち止まったサルバが不思議そうに小首を傾げたものの、僕が首を横に振るとそれ以上は何も言わずに軽く肩を竦める。


(危ない危ない)


そんなサルバの隣に立ちながら、僕は内心でそう呟く。嘘は言ってないけど、それはそれとして、あの店はサルバが嫌がるだろうしね。

 内心でそんな思案をしながら、僕は例の店(・・・)へと足を向けるのだった。





     ◆






「………………………………………は?」


 それが目的地に着いたサルバの第一声だった。


「さ、入るよ」


「いやいやいや!? ちょっと待て! ちょ、引っ張んなよ!? せめて、なんでここに入る必要が有るのかくらい言ってくれ!!!」


僕が襟首を握ってそこ(・・)に入ろうとすると、サルバはわたわたと両手足を振り回して、必死の抵抗を見せてくる。ふむ……


「説明必要?」


「むしろ、なんで要らないと思ったんだよ!?」


「いや、そういうの無い方が勢いで生けに、サルバを入店させやすいかなーって」


「おい、今なんて言おうとしたこの野郎!?」


キシャーッ!! と長い髪の毛を逆立てて威嚇してくるサルバ。うーん、言葉じゃ丸め込め無さそうか……、


「まあ、話は入ってからで」


「だから、襟首掴むな! 引っ張るな!! 入店しようとすんな!!! それで誤魔化されんのは五歳児までだからな!?」


「ダメ?」


「ダメに決まってんだろ!?!?」


僕の腕を振りほどいたサルバがザザッと距離を取るとギャンギャンと吠えてくる。そうして一頻り発狂し終えたサルバはゼーゼーと荒く肩で息をしたのだった。


「あんまり怒ると血圧上がるよ?」


「全部てめぇのせいだぞ!?」


あ、また発狂した。


「よーし、分かった。てめぇがそのつもりならこっちにも考えがあるからな!!」


「おっと……」


そうして大きく息を吐いたサルバは腰元のリボルバーを引き抜くと、白い肌に青筋を浮かべながらガチリと拳銃の撃鉄を引き落としたのだった。サルバの発狂に何事かとこっちを見ていた通行人達が鈍く光る拳銃に悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らす様に走り出す。

取りあえず両手を挙げて降参のポーズを取った僕に、揺れた前髪の隙間からサルバは鋭い視線と共に問い詰めてくる。


「で?」


「うん?」


「なんでてめぇはこんな店(・・・・)に、しかも野郎二人で入ろうだなんて考えたんだ? あ゛あ゛ん゛!?」


「ちょ、近い近い」


青い左目を血走らせながら恫喝してくるサルバ。いくらキレてるからって、胸倉まで掴もうとしてきたら、拳銃の意味が無いだろうに。

 そんな周りの見えていないサルバが顎でしゃくった先にあったのは、少し濃いピンクの外壁の中でフリルを思わせる青い装飾が窓枠や軒の縁を彩るという独特の店舗。その看板には淡い色の衣装を身に纏った妖精のシルエットと“Fairy Wings”の文字。そして、薄っすらと色付いた窓ガラスの奥にはチラッと見ただけでも無数の特殊な衣装(・・・・・)が所狭しと並べられている。まあ、包み隠さず有体に言えば下着屋。それも、極端に煽情的で際どい、端的に言えば明らかに娼婦向けのそれなのだった。


「しょうがないじゃん。いくらロハグが大きめの街とはいえ、一からオーダーメイドで対応してくれる下着屋はここしかないんだから」


「そっちじゃねえよ!!!」


「おわっと」


キレたサルバが引き金を引いたのを見て、僕は急いでその場にしゃがんで回避をした。


「クソボケなてめぇの脳髄でもよぉーく理解できるように嚙み砕いてやる」


「あ、ひどっ」


クソボケって。あ、うるさいって? はいはい。黙ってるから先どうぞ。


「なんでそもそも、俺が下着屋に入らねぇといけねぇんだ!? しかも、野郎二人で!! 必要なことって言ったよな!!」


「だって、トウトウ村からこっち、サルバのおっぱいが問題の引き金になり続けてるじゃん」


「……」


僕が答えると、サルバがピシリと硬直した。より正確に言えば、直前の激情に冷や水を浴びせられて、一瞬で物言わぬ彫像にでもなった感じだった。

 ギギッギギギッと油の切れたブリキ人形の様に顔を上げたサルバに、僕はこれまでのことを思い出しながら、首を傾げる。


「そもそも、トウトウ村でのトラブルの発端はサルバのおっぱいにあの冒険者の人達が目を付けたからだし」


「ぐふっ!?」


「その次の日の探索でもダンジョンの中でおっぱいがつっかえちゃったでしょ?」


「ぎゃぼっ!?」


「で、ロハグの街に戻って来てからも、おっぱいに目をつけられて絡まれたわけじゃん」


「がふぉっ!?」


「身元を引き受けてるダンジョン閉鎖士としては今後の安全を考えて、適正な装備でおっきなおっぱいを何とかするべきだと思うんだけど。何か間違ったこと考えてる?」


「うぐぅぅぅ……」


僕が首を傾げるのと同時に、崩れ落ちたサルバがその場で膝と手を突き啜り泣き始める。……ふむ、


「身の程を知った?」


「言い方ぁ! つーか、それ、そういう意味じゃねーだろ!?」


あ、生き返った。


「ま、必要って部分だけじゃなくて、役に立つっていうのも損をさせないっていうのも本当だってことは分かったでしょ?」


「男のプライド的には損しかしてねぇんだよ……」


俯いて、それでもまだ諦め悪くぶつぶつと何かを呟くサルバ。んー……流石にそろそろじれったいな。


「のわっ!?」


「はいはい、愚痴は後から何時間でも聞いたげるから、それより早く入ろ。“地獄の底”にさ」


「ちょ!? 離せよ!? っつか、“地獄の底”って叩き込むお前が言うのかよ!?」


「はっはっは」


肩に担いだサルバが「チクショウ、離せよおおおおお!!!!」と悲鳴をあげながらじたばたと無駄な抵抗をして来る。


「いや、だって立場上野郎(サルバ)の下着を把握しなきゃいけないんだよ? 僕だって普通に割と地獄でしょ」


「そう思ってんなら回れ右しろよちくしょおおおおおおおおおおおお!!!!!」


「っていうか、そろそろうるさいんだけど」


肩の上から聞こえるサルバの絶叫に鼓膜を叩かれながら、僕はいい加減話を打ち切るためにも、目の前にあるピンク一色の店舗(娼婦向けの下着屋)へと踏み込んだのだった。


「いやだああああああああああああああああああ!!!!!!」


まだ陽も昇らない空の下、一人の女の子(サルバ)の悲鳴だけが青い天幕を叩いたのだった。





     ◆





下着


下着、下着


下着下着下着下着……




下着!!!!!




「おー……」


 ピンク色の分厚い扉を開いた先にあったのは一面を埋め尽くす無数の下着だった。それも、乳首と秘裂を辛うじて封せる程度の極小の下着や肩紐が胸の先端と股間を通して(V)状になった一本の紐を思わせる下着。果ては薄手過ぎて着用したとしても局部が透けて見える様な下着から、その当て布に大きなスリットが開けられたそういうプレイ用(・・・・)の下着までが所狭しと並んでいる。


「……」


 そんな下着の着用者となるはずのサルバはといえばこれから自分がするであろう格好に軽く絶望したのか、僕の肩の上でだらんと四肢を垂らしたまま、ピクリとも動かなくなっているのであった。まあ、


(状況を考えると、そのまましばらくぐったりしてる方が気楽かもしれないけど……)


僕はそんなことを思いながら、軽く店内を見回した。

 僕達が入店した直後から、煽情的な下着類が所狭しと並べられたせいで細くなった廊下の端々で強い殺気が沸々と沸き上がっていた。

 まあ、娼婦御用達のお店という時点で、ダンジョン閉鎖士が顔を出したら向けられる感情なんてものは推して知るべしである。ごく稀に夜の御供として店を潜る市民が居ないではないけれど、そんなのはごく少数だ。


(それよりも注文注文)


「すみませーん」


「はいは……」


 店のカウンター奥に声を掛けると、品の良い返事と共に顔を出した老婦人が僕の顔を検めてはっきりと表情を強張らせたのが見て取れた。


「あ、あの「下着を二三枚、オーダーメイドでお願いします」


銀縁の老眼鏡を掛けた店主らしきおばあさんに注文を伝えると、おばあさんは「え、ええ?」と驚いたように目を白黒させた。


「あ、僕じゃありませんよ? 着るのはこっち(・・・)です」


そう伝えて、肩の上のサルバの襟首を掴んで差し出すと、猫みたいにだらんと両手足を落とすサルバを見た店主のおばあさんは忙しなく僕とサルバを見比べた。んー?


「どうかされましたか?」


「えっとですね……」


「ギルドの強制執行書が必要ならお見せしますが」


「あ、そういうのは大丈夫なのですけどね」


僕がそう伝えると、わたわたと手を振った老店主さんが気持ちを切り替える様にコホンと小さく咳払いをした。


「ご希望のデザインなどはお決まりでしょうか?」


「ダンジョンに入る時に着る下着なので、この胸が邪魔にならなくなるようなのでお願いします。あと、大抵は着ながら動き回るので、そういう想定で使えるもので」


僕の回答に、一瞬驚いたように両目を見開く店主さん。けれど、少しの間サルバの身体を上から下まで眺めた結果何かしらの得心がいったのか、「少々お待ちください」と頷いたのだった。


「ん? えっ? おわっ!?」


と、そこでようやく我に返ったらしいサルバが、再び僕の手の中でばたばたと藻掻き始める。


「あ、それ以外のデザインは特に気にしないので、全てお任せでお願いしますね」


「ちょ!? おまっ!? 何を話した!? つか、どこまで話した!? まさかもう下着のデザインまで決めやがったんじゃ!?「よし、もう少し寝てようか」キュゥ……」


 暴れ出したサルバの細首を手早く裸締めにして、再びその意識を暗黒の淵へと叩き落すと、何を思ったのか店主のおばあさんが「仲がよろしいですねえ……」と実にちんぷんかんぷんな感想を言ってきた。


「うーん、まあ?」


正直、反論しても良かったは良かったんだけど、これ以上無駄に時間を使っても面倒なので、特に訂正をすることもせずに、適当に頷いておく。


「まあ、内容は分かりました。それでは早速彼女の身体の方を測定したいのですが」


「お願いしますね。あ、どこか別の部屋に持ってた方が良いですか?」


僕が首を傾げると、店主のおばあさんは「申し訳ないのですが、気絶されたままですと正確に測れないので、そのまま吊るしておいていただけますか?」と言う。


「分かりました」


「それでは、失礼しますね」


 勘定台の下から掌程の小さなメジャーを取り出した店主のおばあさんがサルバのダンジョンコートの釦を外して、胸元から腰元、そして股下と順繰り採寸を行っていく。やがて出来上がった数値からサルバの体形の全貌を絵図に引くと、店主のおばあさんは最後に何かを確かめる様にサルバの胸に手を挿し入れて、フニフニとそのおっぱいを二度三度揉んだのだった。


「これだったら、そうねえ……」


 サルバの体形図を前に、思案する様にコツコツと蟀谷をペンのお尻で小突く店主さん。


「うん、あれ(・・)が良いかしら」


「あれですか?」


店主さんの言葉に首を傾げると、店主さんが「ええ。あれ」と頷く。いや、なにも分かってはいないんだけどさ。


「じゃあ、それでお願いします」


「えぇ……」


店主さんの言葉に頷くと、なぜか唖然とした顔をされた。んー?


「あの……」


「? 何ですか?」


「私が言うのもなんですが、そんなあっさりと丸投げしてよろしいのですか?」


伺う様な表情のおばあさんが、ちらちらと僕とサルバを見比べてくる。とはいってもね、


「僕はサルバと違って今まで一度も女性の身体になったことがありませんし、サルバはサルバで女性ものの下着に関する知識なんてある訳もありませんから、全部お任せするしかないんですよ」


何なら、下手に意見した方が却って失敗しそうだし。


「それは……そうなのかしら」


「そうだと思いますよ」


ちょっと、言葉に困った様子を見せる店主さんに率直に頷く。いやだって、知識皆無な人間が口出しする方が絶対に裏目でしょ。そもそも、野郎(サルバ)の下着とか絶対に選びたくないし。


「お連れ様のご意見は」


「あ、こっちは無視して大丈夫です。多分、あの世でも事情は分かってくれるはずですから」


「まだお亡くなりにはなってませんよね……なってませんよね???」


僕の手に吊るされてぐったりしたままのサルバを見ながら、なぜか店主のおばあさんは心配そうに悲鳴を上げてくる。もちろん、殺さない程度に殺しただけなので、大丈夫ですよ?


「それより、出来れば気絶している間に試着まで完了させちゃいたいんですけど」


起きられて暴れられたら面倒だし。


「そうですね。それでは奥の方へどうぞ。私の仕事部屋がありますので」


そう言って案内された奥の間に入ると、無数の布束とは別に大きなミシンが置かれた部屋があった。


「彼女はそちらへどうぞ」


そうして手招きされたソファの上にサルバ(生け贄)を横たえると、店主のおばあさんが「そちらの方についていらっしゃらなくてよろしいのですか?」と首を傾げる。うーん、まあ大丈夫でしょ。


「装備の類は持っていかれても換金の段階で確実に足が着きますし、何ならこのお店の規模を考えたらハイリスクローリターンも良いところですから」


僕の答えに「まあ、それはそうなのですが」と難しい顔になる店主さん。……ま、いっか。


「それじゃあ、僕は外で待っているので、後はよろしくお願いしますね」


軽く手を振って店内を抜けると、なぜか周りの娼婦の人達から普段みたいな敵意と殺意の籠った死線じゃなくて「まじか、こいつ」みたいな目を向けられた。んー?


「ま、いっか」


 特に被害がある訳でもないので、軽く肩を竦めながら外に出ると、丁度太陽が一番上に着いたころだった。





     ◆





 サルバを“地獄の底(下着屋)”に放り込んで数時間後のこと。


「あ、お帰り」


カチャリという軽快な音と共に下着屋の扉(地獄の釜の蓋)が開き、中からそろそろ見慣れてきた感のある黒い前髪の元冒険者(サルバ)が顔を出した。


「……ロス」


「ん?」


「オマエ……コロス!!!」


「おっとと」


訂正。どうやら顔を出したのは元冒険者ではなく地獄の悪鬼だったようだ。

 前髪の隙間から覗く左目を吊り上げ、白い牙を剥き出しにして躍りかかって来た悪鬼(サルバ)を受け止めると、中空でキャッチしたサルバがブンブンと両の細腕を振るう。普段、冷静にキレている時なら腰元の拳銃を抜いているはずなのにそれすら忘れているということは相当キテ(・・)いるらしい。んー……、


「あんまり怒ると血圧上がるよ?」


「そう! させてんのは!! おまえ!!! だろうが!!!!」


 咆哮の都度に固められた拳を振るうサルバ。流石にこの不安定な体勢じゃまともに掠りもしないけど、下手に放すと落っことしそうでちょっと怖い。


「っていうか、そんなに怒るって一体どんな下着になったの?」


「ぐふっ!?」


「あ、死んだ」


どうやら、あの店長さんが用意した下着はサルバに対して深いトラウマを植え付けるだけの威力を持つ代物だったらしい。


「大丈夫?」


「心配するなら聞くなよ!? せめて男の情けで聞くなよ!?」


「復活早いね」


僕の質問に、バッと顔を上げて五割増しのボルテージで絶叫するサルバ。


「ま、いっか」


「良くねえからな!? 勝手に納得してっけど、全っ然よくねえからな!?」


「はっはっ「見つけたぞクソアマ!!!!!」ん?」


フシャー!と唸るサルバに肩を竦め返して裏通りの方に促そうとしたその時、不意に夕焼けに染まったロハグの街に鋭いどら声が響いた。


「あ゛あ゛ん゛???」


そのどら声の言葉(クソアマ)に反応したサルバが再び殺気を噴き出して振り向いた先に居たのは、五人組の冒険者だった。


「知り合い?」


 その冒険者の人達……なぜか顔面に青痣やたん瘤、引っかき傷といった怪我を負い、そして何より全員が例外なく片耳に当て布をしている一団に、僕はサルバに尋ねた。すると、サルバはどうも心当たりがあるらしく、少し気まずそうに「あー……」と呻いて頬を掻いている。んー?


「昨日の夜、ちょっと街の冒険者に絡まれたって言っただろ?」


「あー、サルバのおっぱいに負けて手を出そうとしてきた……もしかしなくても、その時の人達?」


「ああ」


頷いたサルバが渋い顔をする。なるほどなるほど……


「やっぱり、サルバっておっぱいが呪いの装備になってるよね。完全に」


「言うなよ……」


僕が正直な感想を口にしてみると、なんとなく本気でそう思えていたのか、サルバはがっくりと項垂れるのだった。


「おい、何ごちゃごちゃ言ってやがる!」


と、事実確認をしている僕達の間に、一番前でどら声を張り上げていた冒険者の人がのっしのっしと前に進み出てくる。そして、僕とサルバの間に立つと、威圧する様に体毛の濃い胸を張ったのだった。


「よぉ、まさかこんなとこに居たとはな」


そう言って、サルバを見下ろしながらへっへっへと妙な笑いを浮かべる冒険者。


「……何の用だ」


そんな冒険者の表情に、サルバは油断なく腰を落としながら、誤記を強めに問い返した。


「おーおー。そんな警戒してんじゃねえよ。元はと言やぁ、俺らをこんなんにしたのはてめぇじゃねぇか……なあ?」


そう言い募りながら、これ見よがしにガーゼの当てられた右耳を指さして仲間を振り返る冒険者の人。そんなどら声の冒険者の人の言葉に、他の冒険者の人達が似たような妙な笑みと共に三々五々頷いた。


「あれは元々っ「おいおい俺達が悪いってのか? 単に嬢ちゃんに声を掛けただけだぜ?」


カッと顔を赤くして反駁しようとしたサルバに、ぬっと腰を折って冒険者の人がギョロリとした眼を合わせる。どうやら、一貫して自分達が被害者だというスタンスで話をする腹積もりということらしい。んー……、


「で?」


「あん?」


「それを言うためにサルバを探していたんですか?」


「……てめぇにゃ関係ねえ」


一瞬だけこっちを振り向くも、僕の問いかけにそう吐き捨てて再びサルバに視線を向ける件の冒険者。


「嬢ちゃんに付けられたこの傷……痛かったぜぇ。ほんっとうに痛かった……」


最初の第一声のアマ(・・)から嬢ちゃん(・・・・)に呼び方を変えて、似合わない猫なで声と共に舐める様にサルバを見上げてくる視線を見て、怖気が走ったのか薄っすらと鳥肌を浮かべたサルバ。


「……何が言いてぇ」


その気色悪さに顔を歪めながら、それでも問いかけたサルバに冒険者の人は「いや、なにも?」とはぐらかすような言葉を口にする。


「なら、さっさと「でもまあ、あれだ。俺達もこんなひでぇ目に合わせられたんだ。誠意ある対応(・・・・・・)ってのがあっても良いんじゃねぇか? ……なあ?」


「てめっ!?」


その言葉と殆ど同時に伸ばされる冒険者の太い腕。それに細腰を抱き寄せられて、汗くさい懐に無理矢理抱き寄せられたことに一瞬で沸騰するサルバの語気。


「ああ、そう心配すんな。俺達はこれでもC級の冒険者だからなそこまで手荒なことはしねぇよ」


「もっとも、この人数を相手にしてちゃ、最後はどうせ腰砕けだろうがな!」


ぎゃっはっは!という声が響いて、道行く人達が顔を背ける様に足早に通りを過ぎ去っていく。既にこの冒険者の人達の中ではサルバを宿かどこかに連れ込んで輪姦(マワ)すのは確定事項らしい。……はぁ


「……なあ、アルタ」


「なに?」


「こいつら、やっちまっても良いんだよな?」


チラリとこっちを向いたサルバの一転して落ち着いた声音。けれど、その手は腰元の拳銃に伸びていて、既に撃鉄も上げられている。


「もちろん」


頷いた僕の前で、その冒険者が「なにをごちゃごちゃ言ってっ!」と吠えるが、その言葉は結局最後まで紡がれることはなかったのだった。


ザンッ!


 空気をおろし金で削る音が響き、道行く人達の足も止まって、まるでこの場が一枚の写真か何かの様に停止した気がした。

 一拍置いて、どさりと崩れ落ちたのはサルバに手を伸ばした冒険者で、直後露になったサルバの愛銃からはゆらゆらと火薬臭い白の硝煙がゆっくり天に昇っていたのだった。


「……な、何を!?」


最初に我に返ったのは一団の中でも年嵩な印象の禿頭の冒険者の人で、明らかに動揺の色を浮かべた両目を忙しなくサルバと仲間、そしてなぜか僕へと走らせて着ている。


「何って、見ての通りですけど」


「冒険者がギルド関係者に手を出したら反撃も止む無しって知ってますよね?」と首を傾げるけれど、その説明に対して目の前の冒険者の人達は明らかな狼狽の色を見せていた。んー?


「その話、明らかに周知不足なんじゃね?」


そう言って、サルバがフッと銃口を吹きながら首を傾げる。んー、言われてみればそうかも? あんまり気にしたことも無かったんだけど。


「く、くそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「あ」


「んあ?」


と、そんなことを話していると、サルバに射殺された冒険者の仲間の一人が緊張感に耐え切れなくなったのか、悲鳴混じりの絶叫と共にこっちに突貫を仕掛けてきたのだった。


「っと」


咄嗟に前傾姿勢になって泳いだ上体を膝でかち上げるが、「ぐふっ!?」と唸った冒険者の持つ慣性は止まらず、僕の膝蹴りで釘付けにされた冒険者の短剣がその手を離れてサルバの方へと飛んで行ったのだった。


「うおっ!?」


咄嗟に体を捻るサルバ。その回避がギリギリ間に合って紙一重。短剣の刃はサルバのシャツを切り裂くだけで後ろの下着屋の壁へと突き刺さったのだった。


「……」


「……」


本当に唐突なギリギリの攻防に、僕とサルバは思わず顔を見合わせる。突然の会敵が多いダンジョンとかならままあるのかな? まあ、その辺は置いておいてだ、


「やっぱり、下着買っておいて良かったじゃん」


「うっせ」


正しく紙一重で胸元を通り過ぎる短剣を回避したサルバにそう言うと、サルバは不本意そうに唇を尖らせたのだった。と、


「ん?」


「あ」


直後に何かを感じたのか、自分の胸元を見下ろすサルバ。その下では着慣れたダンジョンコートが裂けて、中から今日サルバが新調したであろう下着が露になる。

 幸い、下着地そのものには傷一つ無く、光沢のある生地の中で胸の下の部分に空いた穴のあたりを上手く掠めてくれたみたいだった。っていうか、その穴って……


「……ちんちん挿入()れるための穴か」


「言うなよ!? 分かってても言うなよそこは!?」


一拍置いて答えに辿り着いた僕に、サルバは悲鳴を上げた。まあでも……ねえ?


「うひっ♪」


と、一部が露になったサルバの下着を見て、近場に居たさっきの冒険者の仲間の一人が分かりやすく鼻の下を伸ばした。


「隙あり」


「がっ!?」


一瞬空いた隙間に素早く短刀を投げ込むと、狙い通り件の冒険者の一人の眉間に刃が通り、都合三人目の処理が完了したのだった。


「さてと」


「ひっ!?」


こうなると、後は全部烏合の衆というか腰砕けで、追い散らしても抵抗はたかが知れているだろう。そう算段をつけながら抜刀すると、それを合図に件の冒険者の人達は蜘蛛の子を散らす様に壊走したのだった。


「これで全部かな?」


「だな」


僕が首を傾げながら片刃剣を納める横で、サルバもホルスターに拳銃を戻しつつ頷く。と、同時にそのお腹がきゅぅと鳴ったのだった。


「ギルドに届出だけしたら、晩御飯にしよっか?」


「そうだな。今日は何か心身ともにくそ疲れたわ」


そう言ってぼやくサルバに僕は軽く肩を竦める。


「夕飯はどこにする?」


「ん。任せる」


「そう? じゃあ、そうだね……」


サルバの言葉に頷いて、僕は少しギルド近場の料理屋を頭に思い浮かべる。……あ、


「そういえば、ギルド裏の方に安いステーキ屋が出来たって話があったね」


僕がそう言うと、なぜかサルバは妙な顔をしていた。


「あれ? もしかして、ステーキは嫌だった?」


「いや、そういう訳じゃねえんだが……」


そんなサルバに首を傾げると、サルバはフルフルと首を横に振りつつも、やっぱり少し妙な顔をする。


「さっきの今で、よく肉食いたいって思えるなって」


「そうかな?」


肉、美味しいじゃん。


「いや、死体見た直後だろ?」


ふむ……。そうだね……。


「それはそれ、これはこれ」


「うん、それであっさり話が終わるのはお前の脳内だけだと思うぞ。いや、お前だから、逆にそれで良いのか」


何か、変な納得の仕方をされた。……ま、いっか。


「因みに、サルバは何か食べたいものある?」


「食い物より、酒だな」


「了解。それなら別のお店の方が良いかもね。心当たりもあるし」


「はん?」


「美味しいし、安いし」


「ほう」


「何より、僕が通いすぎたせいで、ギルドの強制執行証を見せなくても、さっさと諦めてくれる」


「それはそれでどうなんだ」


「? 何か駄目だったかな?」


「ダメじゃねーけど、心が折れるまで執行証見せられ続けた、その店の店長が哀れだ」


「はっはっは」


酷いなあ……。


「まあ、俺もそこで良いぜ」


「はいな」


「アルタのおすすめってのもそれなりに興味湧くしな」


「そう?」


「ああ。人格破綻者のお前の味覚は果たして破綻しているのか否か……怖いもの見たさでな」


「この野郎」


僕はサルバの脛を蹴った。サルバはジャンプして回避した。


くっくっくと喉を鳴らすサルバの横で、僕は鉄錆の臭いの中で、どの肉にしようかなんて考えていた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ