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ダンジョン、閉鎖致します  作者: 小名掘 天牙
トウトウ村編
2/26

第二話 奇妙なダンジョン

 結局、サルバを連れた僕が普段拠点にしている町、ロハグへ戻って来たのは日が暮れて大分経った後の事だった。

 途中、つらつらと適当なことを話していたサルバが「だあああああああああ! 敬語はやめろって! ケツが痒くなる!」と発狂するなんて一幕があったけど、それ以外は襲撃も無ければ強襲も無い、いたって平和な帰り道だった。

 帰還したロハグの町では酒場や食堂が既に昼の看板を下ろしていて、代わりに二階に置かれた娼館なんかが灯りが点り始めている。大通りに立った強めの夜化粧をさした娼婦の人達が客引きする端を、邪魔にならないように通り過ぎて裏道へと潜り込むと、そんな娼婦の人達に顔を向けていたサルバが「なあ」と不機嫌そうに口を尖らせた。


「何?」


「何で、態々こんな裏道に入ったんだよ?」


「ああ、それ?」


僕は普段の習慣でそうしたけど、元が閉鎖士じゃないサルバからしたら意味不明だよね。うん、


「サルバ」


「あん?」


「ダンジョン閉鎖士になるとね」


「おう」


「娼婦の人達からは塩撒かれるから」


「おう……おう?」


ぽかんと口を開いて「マジ?」とでも言いたげな空気を漂わせるサルバ。けど残念、ちゃんとマジだよ?


「説明の前に聞くけど、そもそも娼婦の人達ってどういう立場の人が多いと思う?」


「そりゃ、口減らしとかそういう……」


「うん。じゃあ、そういう立場の人はどういうところで生まれると思う?」


「割と困窮した農村とかのイメージが……」


そこで、漸く僕が言いたいことを察したらしいサルバが動きを止めた。


「おい、まさか」


「そ。そのまさかだね」


ギギギッと顔を上げたサルバに、僕は首肯を返す。


「今の町の娼婦なんて、大体が閉鎖したダンジョン村の出身……ってなったら、怨念の先がどこに来るかは簡単に想像つくよね」


「確かに……そう、だな」


要するに、表通りの美人さん達はほぼ一人の例外も無く、ダンジョン閉鎖士というものが大嫌いだし、何なら縁起が悪いとも思っている。その是非は置いておいても、その傾向は認識しておいた方が良いだろう。


「……」


「? どうかした?」


そんな神妙な顔して。

 僕が尋ねると、妙に真剣な雰囲気を立ち昇らせたサルバが「いや……」と口ごもりながら鼻尖を向けてくる。


「そうなるとだな」


「うん」


「俺も娼館には通えないってことだよな?」


心底真剣な口ぶりで、サルバはそんなことを尋ねてきた。


「……ちんちん付いてないのに行くの?」


「ぐふっ……」


「あ、死んだ」


何か、盛大なダメージを受けたサルバが吐血して踏み固められた地面の上に手を突いて項垂れた。なんでわざわざ自爆するかな。


「現実は……いつも俺に厳しい……」


変な哲学の域に入り始めてるし……ちんちん取られるダメージが大きいのは、まあ分かるかな。仕事が仕事だから、娼館には行ったことないし、そっちの方はあんまり分からないけど。


「で、どうする? 今ならまだ引き返せるけど?」


僕と裏通りを歩いてるだけだから、正式な申請とかはまだだし。


「引き返そうにも、引き返したらちんこが無いままなんだよ」


それもそうだ。


「それならこれ以上は言わないよ」


「おう……」


「まあ、そう肩を落とさないで。お金の都合次第だけど女性の相手してくれる娼婦も居るし。最悪、双頭ディルドって手も「てめぇは本気で俺を怒らせたな!!」


あ、やば。

 どうも、最後の一線を越えられたらしいサルバが腰の拳銃に手を伸ばす。咄嗟に後ろに飛び退ると、乾いた発砲音と共に、直前まで居た場所に三つの弾痕が出来上がっていた。


「どうどう、そんなに怒らないで」


「怒らせたのはてめぇだっつーの」


ふーっふーっと荒い息を吐くサルバを宥めると、ムスッと唇を尖らせたサルバはそれ以上何を言うことも無く腰元のホルスターにリボルバーを戻した。


「くそっ、通り一つ挟んだら目移りするくらいエロい格好した女達が列を成してるっつーのに……」


「目移りって、見えてるんだ、その前髪で」


ストレートに切り揃えられた鼻先まで伸びた前髪からは、その視線はどうしても捉えることが出来ない。本人の仕草や口元のせいもあって、感情そのものは割りと豊かなんだけどね。


「と、そろそろ着くよ」


そうこうしている間にロハグの町の裏通りの端、日の出と共に冒険者が走り出し、日暮れと共に冒険者が集まるギルドの裏口が見えてきた。


「裏口から入るんだな」


「一応、職員だからね……あまり気分がよくなかったりする?」


表通りから大手を振って出入りする、花形の冒険者やってたわけだし。


「いやそうじゃないが」


「そう?」


「ああ。ただ、冒険者ギルドって言ったら、大抵は表通りの一等地にあるからな。正直、裏口ってのは新鮮だ」


「そっか」


 何処かしみじみとしたサルバの感想に頷きながら、表通りの大門とは違って立て付けの悪い、まあ、僕からしたら慣れ親しんだ扉を開く。すると、ギルドの職員の人達が忙しく今日のあがり(・・・)と明日貼り出す依頼を確かめている事務所に出る。


「戻りました」


いつも通り機械的な挨拶をすると、一瞬だけ視線を上げた職員の人達が不機嫌そうに眉を顰めて小さく舌打ちをした。


「なんだよ、こいつら……」


そんな職員の人達の対応に、不快そうにするサルバ。初めて相対する人からすると、そう感じるのが普通か。

 この状況に慣れた僕とは対象的な反応をするサルバに、僕は少し新鮮な印象を覚える。ま、それはそれとして、


「ギルドの職員の人達の中にも、故郷が閉鎖されたダンジョン村のだったって人は結構いるからね」


というか、ダムツ帝国自体がダンジョンの出現率が非常に高い国でもあるし。今はそんなことよりもだ、


「ここだよ」


僕がサルバを招いたのは職員の人達が詰める事務室から出た最初の扉。”検査室”というプレートがぶら下がった一室だった。


「ここは?」


見慣れない名称の札に、見上げたサルバが小首を傾げる。


「見たまんま検査室なんだけど……ざっくり言うと”ダンジョン・コア”の識別をする部屋だね」


「!!」


僕が説明すると、サルバがピクンッと小さく肩を跳ねさせる。ま、そういう反応になるよね。


「その識別ってのはどうやってやるんだ?」


「んー、細かくは見てもらった方が早いけど……」


正直、細々としてて説明するの面倒くさいし。


「ま、今回の閉鎖で集めてきた”ダンジョン・コア”の中に性転換をさせるものがあったら、サルバの閉鎖士人生はここで終わりだけどね」


出逢って数時間。短い同道だった……なんてね。

 きぃ……と音を上げた検査室のドアを開いて中に入る。薄暗く埃っぽい部屋の電気のスイッチを入れると、大量のラットが詰められた檻と雑草が生い茂った鉢が姿を現す。

 そして、中央の机に置かれたガラスの器具を前にして不思議そうにするサルバを横目に、僕はブリキ缶に詰めてきた”ダンジョン・コア”を一つ一つ順番に、実験机の上へと並べたのだった。





     ◆





「その辺に適当に座ってて」


「お、おう……」


 机に置いたブリキ缶から”ダンジョン・コア”を取り出しながら、後ろできょろきょろと検査室を見?回していたサルバにボロボロになったこの部屋唯一の椅子を勧めて、僕は識別の準備に取り掛かる。

 まず、輸送用の珪藻土が詰まったブリキ缶から取り出した”ダンジョン・コア”を、水を張ったボウルに沈めて振り洗いをする。ボウルの壁面にぶつかって衝撃が掛からないように慎重に。

 水が濁ったら取り替えて、また掻き混ぜてを三回ほど。回収した”コア”全てが水に沈められても砂埃を舞い上げなくなったのを確かめて、洗浄工程を終了させる。

 次に、乾いた布の上に洗い終わった"ダンジョン・コア"を並べてから、別の布で挟み込むようにして水気を拭う。なるべく擦って無駄に傷付けないように注意して。

 そして、ここからが本番。

 準備が済んだ”ダンジョン・コア”を一つ取ると古い電灯の真下に敷かれた丸いろ紙の上に置き、机の引き出しから取り出した鑢を使って、過剰な力が掛からないよう細心の注意を払って研磨していく。

 決して衝撃が”コア”の更に中心に向かわないよう慎重に慎重に削っていくその工程は、研磨というよりは”ダンジョン・コア”の表皮の角質を外していく様な印象だ。

 先に表面を湿らせて予防をしていても、乱暴に扱えばたちまち励起を引き起こす危険物。

その解体作業は常に危険と隣り合わせだ。


「ふぅ……」


そうしてたっぷり時間を掛けて収集した”ダンジョン・コア”の削り滓を、真新しいブリキ缶三本へと均等に割り振っていく。

 最後に、部屋に置かれたラット一匹と雑草一株をブリキ缶の一つに放り込んで、三つの缶全てに難く蓋をする。


「よし」


「手馴れてんな」


「八歳の頃からやってるからね」


識別の下準備を見ているうちに手持無沙汰になったのか煙草をふかしはじめたサルバを見ると、「吸うか?」とでも言うように四角い小箱の口を向けてきている。

 軽く手を振って断りながら肩を竦めると、サルバは「そんな時からかよ」と少し驚いたような声を上げた。


「八歳の頃なんて言ったら、俺なんかただのガキだったな」


「今は違う?」


「いや……今もガキだな」


僕がそう返すと、ぼりぼりと頭を掻いたサルバがニヤッと笑った。


「んで、そっからどうすんだ?」


そして、煙草を口から一旦外すと、煙を吐きながらブリキ缶を指してくる。


「ああ、これ? これはね……こうっ」


サルバの質問に、僕は一番右に置いたガサガサと音を立てるブリキ缶を手に取り、蓋が外れないように上下を強く抑えると、中に入れた砂粒が割れるように努めて強く振動を加える。

 ブリキ缶と蓋の僅かな隙間から、一瞬だけ微かな光が漏れる。その工程を、植物を入れた缶と空っぽの缶にも同様に加える。そして、僅かの音も立てなくなったブリキ缶を机の上に置くと、隣のタイマーのスイッチを入れる。時間は五分。


「これで、ラットが性転換してたら、サルバの目的は直ぐに達成なんだけどね」


「そうなりゃ最高だな」


どこまで本気なのか分からないニヤニヤとした笑みを口元に湛えながら、ふぅっと白い煙を吐き出すサルバ。

 そうしてどちらともなしに口を噤むこと五分。チンッという安っぽいタイマーのベル音にブリキ缶を引き寄せて蓋を開けてみると……


「残念」


三本のブリキ缶の中には、一本の漏れも無くウニか栗を思い起こさせる棘の球が発生していた。

 鋭利な結晶体と、それにめった刺しにされたラットの死骸を見て「うげっ」とサルバが呻く中、僕は机の隣に置かれたごみ箱にラットと雑草を放り込むと、レポートに今の現象をイラスト付きで描き込んで、すぐに二個目の”ダンジョン・コア”へと手を伸ばすのだった。





     ◆





 コツコツとブーツのエッジが床板を叩く音が、黄色い電球に照らされた細い廊下に浮かんでは消える中、隣を歩いていたサルバが「んで?」と首を傾げた。


「ん?」


「今度はどこに向かってんだ?」


「ああ」


その両手には、ブリキ缶と紙束が詰まった木箱。今回の閉鎖巡りで回収した”コア”と報告書をまとめると、丁度二つ分になったのもあって、片方をサルバが持ってくれている。


「もう着いたよ」


僕がそう答えて足を止めると、一拍遅れて立ち止まったサルバが入り口に掛けられたプレートを見上げて「マジか……」と呟いたのだった。

 サルバの鼻尖の先にあったのは、僕達が出てきた検査室のものとは違う、それなりの仕事を感じさせる金属製の厚手のプレート。そして、その中央には”ギルド長室”の文字が彫り込まれている。


「直接会うのか?」


「もちろん。ダンジョン閉鎖士って、普通はギルド長直属の立場だし。それとサルバを補佐にするための申請もあるから」


少し驚いた様に首を傾げたサルバ。その瞬間長い前髪がさらりと流れて、ほんの一瞬だけ深く蒼い瞳が見えた。ダムツ帝国では割と一般的な色味のそれは直後に長い前髪のカーテンが降りて、すぐに表からは見えなくなる。


「んな独立遊撃隊みたいな感じなのかよ」


「単に嫌われ過ぎてて、責任者が仕方なしに引き受けてるってだけだけどね」


僕が説明すると、「知ってた」とでも言うように苦笑するサルバ。咥え煙草のまま肩を揺らす仕草は不思議なくらい色気を感じなくて、なんていうか「ああ、本当に男なんだな」と妙に得心がいく振る舞いだった。


「あと、よく勘違いしている人がいるんだけど、ギルド長って別にそこまで偉くはないからね?」


「そうなのか?」


「一々公開していないから、冒険者の人には案外知らない人が多いんだけどね」


僕の言葉が意外だったのか、まじまじとこっちを見上げてくるサルバ。んー、そうだね……、


「ギルド長っていうのは殆ど綽名で、本来の役職は”ギルド支所長”だからね。その名の通り、統括するのは各町の支所までなわけ」


「ほーん、そうだったんだな」


隣のサルバが感心したように頷く。


「で、その上にはやたらと細々と役職が続いて、最後にこの国の皇帝陛下に行き着くわけ」


「一般人の俺にゃ雲を掴む様な話だな」


「だよね」


僕もそう思う。


「ま、そういう訳だから、あんまり肩肘張らなくても大丈夫だよ。仮に偉くても、日常的に顔を合わせてたら有難味も薄れるし」


「そういうもんか」


「そういうものだよ」


首を傾げるサルバに首肯を返す。実際、十年も顔を合わせているとね。


「じゃ、入ろっか」


そうサルバに断って軽くドアをノックする。すると、部屋の中から「あいよ」という聞き慣れた気怠げなギルド長の返事が返ってきたのだった。





     ◆





 ギルド長室のドアを開けると、草臥れた雰囲気の老婆。まあ、要するにロハグの町のギルド長が細長い煙管から口を外して、白い煙の輪っかを吐き出しているところだった。


「お帰りアル坊」


「ええ。ただいま戻りました。ギルド長」


ふんっとギルド長が鼻を鳴らすと、こっちの穴からも紫煙が噴き出す。


(何? お前、ギルドではアル坊なんて呼ばれてんのか?)


(ギルド長からはね)


(その年でアル坊か……)


(子供って年じゃないけど、ババアと比較したら年の差はそれぐらいだから)


子供扱いは仕方ないよね。

 僕がそう耳打ちすると、サルバが「それもそうか」と頷いた。


「聞こえてるよ……」


「だってさ」


「さらっと俺に擦り付けてくるよな」


「だって、こんな爆弾持ってても何のメリットも無いし」


だからおすそ分け。


「馬鹿やってないでさっさと仕事の方の報告をしな。ちゃんと片付けてきたんだろう?」


「ええ。特にトラブルはなく」


「さっきの襲撃は何なんだよ」


「あれは通常営業」


何なら、あれ以上の襲撃込みでも、いちいちカウントしてたらキリが無いし。


「荒んでんなぁ」


そう答えると、何故かやたらと楽しそうに笑われたけど、笑うところなんてあったかな? ……ま、いっか。


「襲撃があったのかい?」


サルバの言葉に、ギルド長が首を傾げる。


「ええ。村長宅で一回、村外れで一回の計二回ですね」


「大した事ねぇのに報告はするんだな」


「回数に応じて皇帝陛下が領主に賠償金を請求するからね」


「なるほどなあ……」


どう請求するかは僕達一般人には分かりようもないけど、貴族同士の間でならそれなりに交渉のタネになるのか、報告は厳命もされてる話だし。


「”コア”と報告書は?」


「これを」


僕がブリキ缶に詰められたコアと報告書をギルド長の大机の上に置くと、隣のサルバも同じように抱えていた木箱を提出する。

 木箱に収められた報告書の束から一番上の一冊を手に取って、中を軽く検めるギルド長。そして、串刺しになったラットの死体を確かめて、最後に取り出した”ダンジョン・コア”のサンプルを一つべちゃりと舐めると、「確かに」と納得した様に頷いてから報告書に承認のサインを入れるのだった。


「で、だ」


「?」


いつも通りの手続きを終えたギルド長が、いつもと違って次の言葉を紡いだ。


「その女はどうしたのさ」


「ああ」


「女連れ込むなら、せめて他所にしなアル坊」


「そういうのじゃなくて、ダンジョン閉鎖士補佐希望らしいです」


ニヤニヤとシニカルに嗤うギルド長にそう答えると、ギルド長は「なんだって?」と訝る様な視線をサルバに向けた。


「サルバ」


「お、おう」


少し緊張した様に紅い唇を引き結んだサルバは、ややぎこちなく膝に手を置いて中腰になると、「B級冒険者のサルバです。宜しくたのんます」と頭を下げた。……何て言うか、


「慣れてない感じバリバリだよね」


「仕方ねーだろ。実際慣れてねーんだから」


「っていうか、僕に声かけてきた時とは大分対応が違うんだけど」


「そりゃ、てめぇがいきなり斬りかかってきやがったからな!」


「はっはっは」


ギルド長を前に、ロハグに戻って来るまでの道々での感覚で話していると、僕達を前にしたギルド長が何故か興味深そうにサルバを見ていた。


「B級のサルバ……。”双銃”(トゥーハンド)サルバかい?」


僕がどうしたのかと尋ねるより先に、さっきの襲撃直後にサルバが口にしていた二つ名を呟くギルド長。


「知ってるんですか?」


B級でも、目立つ方の冒険者だったのかな?


「知ってるっていうか、あれだ。……隣町のギルドの中で盛大に愁嘆場を演じて解散したチームのリーダーだよ。あたしも又聞きだけどね」


「がふぉっ!?」


あ、死んだ。……っていうか愁嘆場?

 下を見ると、打ちひしがれた様に床板に手を突いて項垂れるサルバの旋毛が眼に入る。ほんと、何をしたんだろ?


「その名前の冒険者はね、B級パーティーのリーダーだったんだよ」


「へぇ……」


優秀だったんだ。


「チームワークも中々のもんでね。ガンナーの坊やと剣士が一人、それとファイターに……あと、エーテルソーサラーも一人いたんだったかね。まあ、パーティーメンバーは四人と最低限のものだったけど、A級ダンジョンにも潜っていた成長株だったのさ」


「で、愁嘆場ですか?」


首を傾げた僕に、ギルド長が「そうさ」と嗤って白い煙を吐く。


「これも又聞きだが、リーダーのサルバ……そこのお嬢ちゃんが”ダンジョン・コア”で女になっちまっただろ? そのせいで恋人だった剣士が宿で同じパーティーメンバーの一人と宿の一室で寝てたとかそんなだったかね。結局パーティーは四散して、最後どうなったかはギルドでも把握してないってところさ」


「はー……」


正直、何とも言えない状況に、特に感想が思いつかなかった僕はそれだけ答えた。


「ベッドに誘ったのは恋人……いや、元恋人の剣士の方だったと記録されてたはずだよ」


「何て言うか、泣きっ面に蜂ですね」


女性はその辺シビアとは聞くけどさ。

 僕が妙な関心をしていると、足元でズーンと項垂れていたサルバが「畜生……」と呻いたのだった。その、ドンマイ。


「……ていうか、今更なんだけどさ」


「うぅ?」


「何で女になっちゃったの?」


「……」


僕の質問に、サルバがはっきりと硬直する。でも、結晶化した”ダンジョン・コア”の採掘はダンジョン感知能を持たなきゃ出来ないし、”コア”が手に入る様な資源が枯渇したダンジョンにB級冒険者が態々足を運ぶとも思えない。


「………………だ」


「?」


僕の質問に何かを呟くサルバ。けれど、聞き取れなかった僕が首を傾げると、何故か意を決したような表情になって血色の唇を大きく開いたのだった。


「”マガタマ”……だ」


「”マガタマ”?」


その口から出た耳慣れない言葉に首を傾げると、ギルド長の方が先に「アル坊が愛用している片刃剣と同じ、”砂漠渡り”の装飾品だろう?」と言って煙草を咥えた。

 その言葉に僕が何となく左腰の刀に目を向けると、サルバが「ああ……」と小さく頷いたのだった。


「……あの日、俺は昔から好きだった幼馴染……剣士のダリアに告白して、首を縦に振ってもらったんだ」


「……」


ってことは、告白にオーケーをもらったその日に女の身体になって、他のパーティーメンバーと寝られちゃったと……、


(本当に踏んだり蹴ったりだね)


流石に口に出しては言わないけど、傍から見ててもそんな評価にならざるを得ない気がする。


「丁度その日、近場で古物市があったのを知ってたから、せかっくだしってことで何か記念になる物を買いに出かけたんだよ」


「ふんふん」


「初めは何が良いのか分かんねえガラクタとかばっかだったんだが、市の一等地の辺りには結構良い宝石類なんかもあってな、ちょこちょこ綺麗なアクセサリーも置かれてたしで、その辺を中心に、二人セットで身に付けられそうな物を探してたんだ」


「なるほどね」


つまり、そういった宝石類の中に……、


「ただ、そういう一等地って、どうしても人が集中するせいか、狭い通りに人間が密集することになんのな」


「ま、だろうね」


じゃなきゃ、一等地なんてものもないわけだし。


「どっちが悪いとかじゃねぇんだけど、人を押して人に押されてって感じで店の前を歩いてた時に、ダリアが大砂漠を回ってるっつー行商の店の方に押し出されたんだよ。んで、その拍子にダリアが商品の一つを引っ掻けちまってな」


「”マガタマ”を落としちゃったか何かしたと」


「ああ」


サルバの口調がそこで一気に重くなる。


「直後に光り出した”マガタマ”を見て、咄嗟にダリアの前に出たんだよ。何も考えてなんか

いなかったけど、明らかにやばいってのは分かったし」


「で、蓋を開けてみたら性転換……いや、女体化の”ダンジョン・コア”だったって訳か」


「今となっちゃ判断もつかねぇけどな……」


俯いて頷いたサルバが腕で顔面を覆う様にしながら電球が揺れる天井を仰いだ。


「ダリアにもそれを言われたんだよ。町の医者から体診てもらって、ギルドに”ダンジョン・コア”の暴発の事を届け出て、そんで、へとへとになって宿に帰ったら、あいつの部屋から声が聞こえてきて、開けてみたら裸でヤッてるあいつらがいて。男じゃなくなった俺になんか魅力はねぇって。俺がこんな身体になったのだって、元はと言えばお前のことを庇ったからだって言ったら『別に頼んでもないし、そもそも女になるだけなら庇われる必要もなかったじゃない』ってさぁ! ホント、そこまで言うかよ……」


最後はもう半分泣きが入っていた。なんていうか、色々といたたまれないね。まあ、要するに、


「恋人選び、普通に失敗したんだね」


「言うなよ! マジでそれ言うなよ!?」


「だって、女になるだけなら庇われなくても良かったって本当に結果論だし。何でそういうこと言う人と付き合ったのさ?」


“ダンジョン・コア”が”女体化”だったなんて、本当に結果論でしかないし。何なら冗談抜きで命を落とす可能性だってある訳で。その辺を全部無視して、別のパーティーメンバーと寝るって中々アレ(・・)な性格の人って言わざるを得ないんだけど。


「恋人作る時間がなくて、手近で済ませたんだろうさ。冒険者だと割りと多いパターンだね」


「焦りで、評価が甘くなったと」


「後は、女からの愛情が無限で無条件だって信じる男特有の変な自信だねぇ。あたしゃそれなりに色んな冒険者見てきたけど、無条件で愛し愛されるって信じてるのは基本的に男の方だけだったよ」


「悲しい生き物ですね」


「仕舞いにゃ訴訟も辞さねぇぞ、てめぇら!?」


ニタニタと嗤うギルド長と興味本位でまじまじと見下ろす僕に、天を仰いでいたサルバがキレた。


「ファイターと寝たってのも理由は簡単さ。あんたが元々そのファイターと比較して低い点数を付けられてたか、もしくはもう一人のエーテルソーサラーへの当てつけってところだろうね」


「当てつけですか?」


「ああ、剣士とファイターが寝てたところに出くわしたエーテルソーサラーがキレてエーテルをぶっ放したって記録が上がっているからね」


「ぐいぅぃ……」


ギルド長の推測に、サルバが胸を抑えて呻いた。


「結局一晩中暴れた末にパーティーは解散だったね。そこのあんたとエーテルソーサラーの娘は離脱。残ったファイターは剣士に連れられて河岸を変えたってのが連絡事項であったよ」


そう言って、ギルド長はまたぷかりと煙草をふかしたのだった。本当に容赦ないね。


「あんたと付き合ってたらしい剣士の娘がファイターの子を連れて行ったってのも、そう考えりゃ筋が通る」


「トロフィーみたいですね」


僕が率直な感想を言ってみると、ニヤッと笑ったギルド長が「まさにだね」と頷いた。そして、隣のサルバの方は立ち上がる気力も無くなったのか、床板に手を突いたまま、ズーンと重い空気を漂わせている。


「実際、女同士のマウントの取り合いってのは、そう間違ってないと思うよ。あんたが剣士の娘と付き合うことになった切っ掛け自体、ファイターの子とエーテルソーサラーの娘の交際が発端じゃないかい?」


「……」


あ、ついに何も話さなくなった。……無言を貫いてるけど、それって殆ど答えを言ってるようなものだよ?


「要するに、剣士とエーテルソーサラーでどっちが上かの権力争いの結果、ファイターと付き合い始めたエーテルソーサラーに対抗してサルバと付き合ったけど、元々ちょっと格落ちだと思っていた上に、女になっちゃったから、直接ファイターを奪う方向に方針を変えたってことか」


「アルタも十分容赦ねーからな!? そこのババアのこと言えねーからな!?」


「はっはっは」


どうやら元気を取り戻したらしく、サルバはこっちを見上げてギャンギャン吠え始めた。


「まあ、でもそういう意味じゃ安心しな、サル坊」


「あ゛あ゛ん゛!?」


あ、やさぐれてる。


「ダンジョン閉鎖士はほんっとにモテないからね。金はそこそこあるのに商売女からの受けも最悪だから、女のことで心を病むことは絶対にないよ」


「何の救いにもなってねえじゃねえかあああああああああああ!?」


サルバの絶望が夜の町の空に響き、そして歓楽街の歓声にひっそりと掻き消えたのだった。





     ◆





 あの後、散々ギルド長に虐められた末に、無事?に僕の補佐になった失意体前屈のサルバのささやかな歓迎会を開いていた。その結果、


「おらっ! 飲んでんのかアルタァ!! 全然酒が減ってねーぞ!!!」


ギルドが経営する酒場のど真ん中に、見事な酔っ払いが出来上がっていた。


「一応飲んでるよ。自分のペースで」


「ああっ!? 自分のペースだぁ!?」


あ、やべ。


「な ん で ! 俺のペースに合わせねぇ!? 足りねぇんだよっ!! てめぇら、何時も何時も酒場のど真ん中の癖にチビチビチビチビやりやがって!!! お陰で俺まで気を使ってペース落とす羽目になるじゃねえかっ!!! しかも、何だぁ!! 別れるときになってから『お酒の飲み方もせこくてカッコ悪かった』だぁ!? お前らに合わせてたんだよ!! 気を使ってたんだよ!!! なのに、俺のせいで酒が好きに飲めなかった!? そもそもてめぇらが酒飲めねぇだけろうがよぉ!!!!!」


「……」


何か変なスイッチ押しちゃったな。というか、飲みでもトラウマあるの「おら、お前も飲めっ!!」……。何か、ジョッキ通り越してピッチャー突き付けられたんだけど。


「いや、流石にそれ「飲め」えーと「いいから飲め」うーん……」


参ったな。こうまで酒癖が悪いとは。「おいおい、俺の酒が飲めねぇのか? あんま、たらたらしてっとビンごと喉にぶちこんじまうぜっ!?」しかも酒乱かぁ……。


「……」


「お? 漸く調子出てきたみてーじゃねーか!! おらっ! もっと飲め飲めっ!!!」


こういうのに正論を言っても無駄なのは万国共通と諦め半分にジョッキに口を付けると、サルバも満足したのか、笑いながらパッカパッカと杯を空にしていくのだった……本当にそのペースで大丈夫かなぁ?





     ◆





「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 ダメでした。

 結局、あの後明らかなオーバーペースに入ったサルバは高笑いと暴走の果てにプツッと動きが止まり、青い顔になって口を押さえたのだった。そのまま、何の予兆か察した職員の人達に追い立てられるように酒場を出ると、直後に最後の防波堤が決壊したのだった。

 辺りに漂う、アルコール臭い饐えた臭いに思わず顔をしかめる。何で、こんな夜中に野郎の介抱しなきゃいけないのさ。いや、女の人でも嫌だけどさ。


「がふっ!」


ゲロゲロっという音が終わり、最後の一押しと共にびちゃっとつまみのソーセージが落ちたところで、漸く地獄の時間が終わったのだった。うーん、どんだけ吐いたんだ……。


「ほら、行くよ」


「お、おう……うおっ!?」


と、よたよたと着いてくるサルバが、何もないところで蹴躓いてきた。


「おっと」


「ぐえっ……」


咄嗟に避けると、地面に落ちたサルバは蛙のように呻いた。うん。もう。


「う、うぅ……うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


あ、泣き出した。「ダリア……ダリアァァ……」と譫言のように、恋人だった剣士の名前を繰り返しているけど、これどうしようかな。


「……仕方ない」


「うぁ……?」


「風邪ひいてもつまらないから宿までは連れてくよ。落ち込むなら。後はそこで存分にどうぞ」


本人に言えばまた落ち込みそうだけど、おっぱいの大きな柔らかい身体を小脇に抱えると腕の中から小さく「すまん……」という囁き声が聞こえた。


「ま、パーティー入り記念てことで、特別サービスね」


ダンジョン閉鎖士なのにパーティー?と自分で自分に首を捻るけど、腕の中のサルバは何も言わずにこくりと小さく頷いたのだった。


(しかし……)


うつらうつらと顔を上げたサルバの前髪が少しずれて、その風貌が露になる。


「普通に美人だよね……これ」


さっきの乱痴気状態でも思ったんだけど、何かを拒むように固く瞼を閉じてなお、顔の造形に関して言えば間違いなく美人だ。いや、はっきり言って、そこらの女冒険者が足元にも及ばないくらいには。

 サルバの自己申告を信じるならばという前提条件は付くけれど、体つき以外は殆ど変化がないらしい。

そうなると、男だった頃のサルバは相当な美形だったことになるわけで。そんなサルバに元恋人が低評価をつけたってことは、比較対象だったそのファイターって最早人間じゃなかった可能性すらあるんじゃないだろうか。


「うーん……」


今更僕が考える話でもないんだけど、この外見に内心不満を溜めて同じパーティーの別の男の人と寝るって、ちょっとどんな女の人なのか、怖くもあるけど、好奇心もそそられるかな……。


「ダリアァァ……」


「……ふんっ」


「おごぉ!?」


「ぺっ、バカが」


その瞬間、情けない声と共に人様の股間へと手を伸ばそうとしてきたサルバ(バカ)。うん、


「捨てられたの、これが原因かもね……」


何となくそんな事を思いながら、土手っ腹への直突きで気絶した助手を引き摺り、僕はこれ(サルバ)を放り込むため、ギルドが運営している公営宿へと急いだのだった。





     ◆





 翌日、待ち合わせ場所にしていたギルドの裏口前で立っていると、あからさまに調子の悪そうなサルバがやって来た。


「おはよ。調子はどう?」


「……何か、くっそ腹痛ぇ」


「そ」


「つか、俺の腹、拳の形に真っ赤になってたんだけどよ」


「……」


「……」


さて……。


「酔っぱらって、フラれた元カノと勘違いして、人様の股間に手を伸ばそうとしたガンナーが居たらしいんだけど、心当たり「マジすんませんでしたぁ!!!」


ま、そういう反応になるよね。

 その場で即座に土下座したサルバに「よろしい」と頷きながら、僕は後ろのドアを開ける。


「素直な謝罪に免じて、ホモ疑惑だけは掛けないでおいてあげようか」


「お前、本当に容赦ねぇな!?」


「野郎にいきなりちんこまさぐられそうになったら、普通の男は大抵こうなると思うよ? サルバだったらどうする?」


「耳と鼻と目を引きちぎってから、股間切り落として蜂の巣にしてやるぜ」


「……」


「……」


……僕なんかより、ずっと具体的でえぐくない? ……あ。


「もしかして、けいけ「よしっ! そろそろ仕事だな! 俺のダンジョン閉鎖士補佐としての初仕事だ! 気合い入れていくぜ!!」


そう言って、強引に打ち切ろうとしてくるけど。そっかー、経験ありかー。まあ、僕と違って、顔の作りも良いも……。


「もしかして、前髪伸ばしてる理由もそれ?」


「……想像に任せる」


そう言って、曖昧に頷くサルバ。うん。そっか、前髪は痴漢避けかー。何て言うか、


「ドンマイ」


「同情するなら深掘りするんじゃねえよ」


ごもっとも。


「さ、それじゃ、ギルド長の所に行こっか」


「なんか、朝からドッと疲れたな」


そう言って、深々とため息を吐いたサルバがガックリと項垂れながら後を着いてくる。そうそう。人生諦めが肝心だよ?


「うっせ、諦めたら一生息子と御別れしたまんまじゃねーかよ」


「そういえばそうだね」


サルバの尤もな言葉に頷きながら、「俺はぜってー諦めねーからな」呻くサルバを連れて、僕は昨日と同じくギルド長室へと足を向けるのだった。





     ◆





 ギルド長室のドアを開くと、いつも通り煙管を咥えたギルド長の隣で、微笑を浮かべた見慣れない白髪のおじさんが佇んでいた。


「丁度いいところに来たね、アル坊、サル坊」


白髪のおじさんと話をしていたギルド長がこっちを向いて、ぷかりと白い煙を吐き出す。


「こちらは他所のギルド長でね、ちょいと妙な話を持ってきたのさ」


「初めまして」


ギルド長の紹介に、他所から来たという白髪のギルド長さんが品の良い笑みを浮かべて滑らかに腰を折った。


「ご丁寧にどうも。アルタと申します。ロハグの町のダンジョン閉鎖士をしております。で、こっちが」


「っと、助手のサルバです」


僕が頭を下げると、隣のサルバも慌てて僕に倣ってくる。

 そんな僕達を確かめて、ギルド長が「あんたらに一つ頼みたい仕事がある」と、今しがた他所のギルド長としていたらしい話の内容を語り出したのだった。


「「ダンジョンの復活?」」


大まかな話をまとめると、どうもそういうことらしかった。


「ああ」


同時に首を傾げた僕とサルバに、ギルド長も半信半疑といった表情で頷いた。


「実は私の支所が所管しているダンジョンの一つで、モンスターの生息数が拡大していることが確認されたのです」


話を引き継いだ白髪のギルド長の説明に、僕とサルバは顔を見合わせる。

 ダンジョンに住まうモンスターという存在は、その一切が繁殖能力を持たない。当然、冒険者に狩られれば単純に数が減少し、その数量は回復すること自体が無い。仮に生殖器を持っていて、返り討ちにした冒険者を犯したとしても、そこから子が出来る可能性は皆無だ。


「サンプルの揺らぎ(・・・)の可能性は?」


「微差なのは事実です。が、広域で数度。その全てでこの傾向が見られるというのは、やはり不自然と言わざるを得ないでしょう」


(かぶり)を振った白髪のギルド長の言葉に、僕は首を傾げた。


(なあ)


(ん?)


と、現状を思案していると、隣のサルバがちょいちょいと左肘でこっちをかるく小突いてきた。


(何?)


トイレか何か?


(これ、もしかしなくてもなんだが)


(うん)


(俺、かなーりまずい時にお前の補佐になったか?)


(……)


はっはっは。





(僕の経験でもトップクラスにややこしそう)


(最悪だなおい!?)





小声で絶叫するという、器用なリアクションをするサルバ。まあ、僕から見ると、サルバが来た辺りから面倒ごとが増えたように見えなくもないんだけど……、


(サルバ、何かに憑かれてない?)


(訴訟も辞さねぇぞ、この野郎!?)


(どうどう)


食って掛かってくるサルバを宥めながら、僕はギルド長と白髪のギルド長さんを見比べる。


「その話が丁度いいってことは、僕達にもそのダンジョンの調査をしてこいってことですか?」


「ま、そうなるね」


「私の支所には非閉鎖士の職員しか在籍しておりませんでしてな。通常の覆面調査は行えますが、ダンジョン閉鎖士の様なダンジョンの実態を把握できる人間が居ないのです」


そう言って頷く白髪のギルド長。ま、態々ダンジョン閉鎖士が居る支所に足を運ぶってことは案の定か。……それにしても、こっちのギルド長さんはうちのギルド長と違って、随分と品の良い笑い方をするね。


「聞こえてるよアル坊」


まあ、目が笑ってないせいで、どう見ても堅気には思えないけどさ。


「聞こえておりますぞ?」


そう言って、二人のギルド長に殺気を向けられる。うん、怖いね。


「俺から言わせりゃ、あんたら全員目が笑ってなくてこえぇよ」


「「「やかましい」」」


隣のサルバの頭をぺちりと叩いて突っ込みながら、考え込むように煙草をふかしているギルド長に目を向ける。


「それで、ギルド長の判断は?」


「そうだね……何とも妙な話だが、一先ず手を突っ込んでみないと判断がつかないからねえ」


そう言って、ぶわぁと一際大きく鼻から紫煙を噴き出すギルド長。やがて思案がまとまったのか、顔を上げてギラリと爬虫類を思わせる視線を向けてくる。


「アル坊」


「はい」


「一つ頼んだよ」


「分かりました」


何がとも言わないし、何がとも聞かない。代わりに差し出された資料を黙って受け取る。


「こうなると、僕としてはサルバを助手に出来たのはタイミングが良かったかもね」


「あん?」 


「覆面調査なら、冒険者のフリをする必要があるから」


「あー」


首を捻ったサルバの前髪がさらりと流れて、少し細められた青い左目と視線が重なった。


「取り敢えず、僕とサルバの分の偽造の冒険者パーティー登録をお願いします」


「ああ。すぐに準備させるよ」


「で、サルバは僕と資料の読み込みね」


「おう」


僕が件のダンジョンの資料を捲ると、頷いたサルバも隣に立って、割れた前髪の間から素早く青い左目を紙面へと走らせていく。……、


「……どうかしたか?」


僕の視線に気付いたのか、ギルドの資料を読み込んでいたサルバがふと顔を上げて、不思議そうに小首を傾げた。


「いや、なんかさ」


「おう」


「意外と文字得意なんだなって思ってさ」


「うぐっ……」


僕の感想に、何故か胸を抑えるサルバ。……あー、


「もしかして、恋人さんのために頑張って覚えたの?」


パーティーのリーダーってそういうこと(雑務)もやることが多いらしいし。


「言うなよ!? 気付いてても言うなよ!?」


「ま、それは置いておいてさ」


「置いとくなよ!!」


「え? じゃあ穿り返されたかった?」


「そういうことじゃねぇ!」


ぎゃーぎゃーと叫ぶサルバに組み付かれながらページを捲ると、数分で最後の一行まで読み終わる。

 最後の一ページを閉じてサルバにも「頭に入れた?」と確認すると、既に落ち着いたサルバも「おう」と頷いた。


「じゃ、終わったら署名ね」


「あん? 署名?」


僕がギルド長の机の上からペンを取ると、その言葉が不思議だったのか、サルバがコテンと首を横に倒した。


「そ、署名。ギルドの資料って、大抵は何時誰が読んだかっていうのも記録するものだからさ」


「ああ、そういうことか」


頷いたサルバにペンを差し出すと、受け取ったサルバは僕の名前の下に自分の名前を書き込む。


「やっぱ、公的機関だけあって、こういうところはシビアだな」


「そう?」


記入を終えて、苦笑をしながらそんなことを言うサルバに、僕は首を傾げた。


「でも、変なマウント合戦の結果じゃないだけ、マシじゃない?」


「反論しづれーよ、それ」


「反論しにくい様に言ってるからね」


僕が首を傾げると、サルバが苦笑交じりに肩を竦めた。……ま、いっか


「それじゃ、早速準備に取り掛かろっか」


「あいよ」


ギルド長達に一礼をすると、頷いたサルバを連れて、僕は普段から荷物を入れている検査室へと足を向けたのだった。





     ◆





 検査室に入った僕は、サルバに確認を取りながら普段は滅多にしない冒険用の装備の確認を行っていた。


「これでどうかな?」


「そうだな……これなら問題ないだろ」


僕が中身を詰めたナップサックを見せると、隣のサルバがコクリと頷いた。その中には軽い応急手当用の薬や包帯と、適量の食料、武器類のメンテナンス道具なんかが収められている。

 普段、ダンジョンの中に入る時でもモンスター戦や長期の潜航を想定していない僕としては、こういう正規の冒険を想定した荷造りは意外と手間取るところなのもあって、サルバの様な熟練の冒険者のサポートは素直にありがたかった。


「流石に手慣れてるね」


「これでもB級冒険者だからな。数の多いC級ダンジョンはそれこそ腐るほど潜り込んでるし、あんだけ情報があるなら見立ては普段より簡単だ」


先の報告書と任務の概要から、想定されるモンスターの数と種類、そして潜航日数を算出して、更に必要なマージンを手早く割り出したサルバがどこか擽ったそうに肩を竦めた。


「で、それはそれとしてだ」


そんなサルバが、僕がナップサックを閉めたのを確かめて、考えるように口を尖らせる。その鼻尖が僕の方を捉えたのを見て、僕は「? どうかした?」と首を傾げた。


「どうかしたっつぅか」


「うん」


「ダンジョンコート着るのへたくそだな、アルタ」


なんか、ドストレートに喧嘩を売られた。


「ま、そもそも着る機会自体が無いからね」


軽くて丈夫で道具類を括り付けやすいダンジョンコートは駆け出しからベテランまで、広く冒険者の人達に愛用されている外套だけど、僕の様な”ダンジョン・コア”しか狙わないダンジョン閉鎖士からしたら、ちょっと過剰装備過ぎるんだよね。


「ま、言わんとすることは分かるけどよ……もっとこう……」


「っとと」


「うん。これでよし」


そう言いながら、僕のベルトを引っ張って、軽く位置調整をするサルバ。そして、すぐに納得がいったのか、うんうんと頷きながら顎に手を当てたのだった。


「他は大丈夫か?」


「僕の方はね。サルバも忘れ物は無い?」


「俺の方も大丈夫だぜ」


そう言って、サルバがニッっと笑ったのを確かめて、僕達は検査室の入り口に目を向ける。そこには休憩がてらなのか、ギルド長とさっきの白髪のギルド長さんの姿があった。


「じゃ、行ってきます」


「ああ、頼んだよ」


一応声を掛けると、サルバを連れてギルドの裏口から外に出る。目指す先は白髪のギルド長さんが指定したC級ダンジョン。”トウトウ村”の洞窟だった。





     ◆





 トウトウ村に向かう道は概ね両端を水田に囲まれた長い畦道だった。この手の田舎道にしては太く整備されたそれは、これから向かうC級ダンジョンとそれを保有する村の力を暗にではあるが物語っている。


「……」


隣をのっしのっしと歩くサルバの姿は何処までも堂々としていて、年季の入った冒険者とダンジョン閉鎖士の違いを如実に表している。冒険者に扮する機会のあまり無い僕としては、冒険慣れしたサルバの存在は素直に有用だった。


「そういえばさ」


「あん?」


「サルバは枯れかけのダンジョンに潜った事ある?」


「いや、ねぇな」


僕の質問に、サルバはふるふると首を横に振る。


「あ、そうなんだ?」


「ああ。俺達のパーティーは基本的にモンスターが少なくなる前にはダンジョンに移ってたからな」


「ああ、"渡り鳥"だったんだ」


「まあな」


僕の言葉に、サルバがコクリと頷いた。

 冒険者の人達は特定のダンジョンを集中的にアタックする"モグラ"と、有力なダンジョンを渡り歩く"渡り鳥"の二つに大別される。

 どっちが良いということはないけれど、長期に渡って特定のダンジョンを攻略対象にする”モグラ”は自然とそのダンジョンへの理解も深まり、継続して周囲の土地にお金を落とすことになりやすいせいか、人によってはダンジョン町や村の名士の様に扱われる例も少なくない。逆に”渡り鳥”は新たなダンジョンを渡り歩く分、初回のアタックには危険が伴う代わりに、高鮮度のダンジョンを狙って動くおかげで、短期で大金を得る傾向にある。

 まあ、この傾向もあくまで大まかな傾向でしかないし、”モグラ”とされていた冒険者が塒にしていたダンジョンの枯渇に伴って他のダンジョンへと河岸を変える例もあれば、逆に”渡り鳥”と呼ばれていた冒険者が美味しいダンジョンに巡り合って”モグラ”になるパターンもあるから、実際は言葉ほどの意味は無いんだけどね。


「一か所に留まってても、B級パーティー程度じゃダンジョン村からの扱いなんてたかが知れてるって言われてな」


「誰に?」


「……ダリア」


首を傾げた僕に、サルバは苦しそうに呻く。周りの水田をさーっと撫で上げた微風がサルバのコートの裾をハタリとはためかせた。


「……やっぱ、告白したその日に寝取られたのは辛いわ。つか、恋人を寝取られたんじゃなくて、寝られたって感じだし」


血色の唇を引き結んで、サルバは「前を向かねぇとってのは、頭じゃ分かってるんだけどな」と付け足した。


「ちんこが無ぇと、セックスすら満足に出来ねぇし」


「おい」


何か、シリアスな雰囲気が一瞬で吹っ飛んだ。


「いや、これ割と洒落にならねぇんだよ」


けど、何故かサルバは一層真剣な空気を纏って、強張った声を発する。えー?


「考えてもみろ。宿の自室で一人籠って丸まってても、性欲は溜まるんだよ。具体的には白濁液が」


「きんたま付いてないじゃん」


「心のって意味だよ」


「さよで」


「で、ここからがやべぇんだけどな……。女になってオナニーするってなると穴に指突っ込むことになるだろ?」


「そうなの?」


「そうなんだよ」


女性の自慰とか知らないし。っていうか、なんで男にここまで実感込めて説明されることになっちゃったんだろうね。


「だけどこう、それしちまったら、マジでもう引き返せないって思うだろ?」


「んー、まあ、そうかな?」


実際に女になった事ないから分からないけど。


「数日は我慢できるわけだ。玉もちんこも付いてねぇから、漏れるもんもねぇし」


「生々しいなあ」


本当に。


「けど、あるタイミングでこう思い始めんだよ」


「……」


何だろう、あんまり聞きたくない。

 そんな僕の正直な願いが当然サルバに届く訳もなく、声を潜めたガンマンはまるでこの世の終わりの様な表情でそれを口にする。




「も う 男 で も い い や っ て な」




「うわぁ……」


「どう考えても末期症状じゃん、それ」


明らかに性欲が男としての尊厳とかフラれた悲しみとかを全部凌駕しちゃってるじゃん。


「まあな。はっきり言って、俺自身恐怖したぜ? だって、これまでんなこと欠片も考えたことのなかった俺が、マジで男を目で追ってんだからな。別にかっこよくも無ければ、女っぽい見た目でもねぇのに、兎に角ヤリてぇってだけで男を買う妄想までしちまってたし」


「まあ、それは恐怖だよね」


そりゃ、ビビッて”ダンジョン・コア”を求めるよ。


「だろ?」


僕の同意に、サルバが激しく首を縦に振る。……ん?


「ってことは、その状態で僕のところに来たってこと?」


「正直、割と限界だったからな」


僕の確認に、サルバはあっさりと首を縦に振る。そうかそうか……


「つまり、サルバを殺そうとした僕の判断は間違ってなかったってことじゃん」


「あ……」


僕の言葉に、サルバが「しまった」とでも言うように硬直する。けど、もう既に手遅れだ。どうやら、僕の直感は正しかったらしい。唯一間違ってたのは、狙われてたのが命じゃなくてお尻だったってことだけど。


「どうしよう。このあたりって遮蔽物が無いから、昼間に殺したら見られちゃうよね……」


「具体的な殺処分の検討を始めんじゃねぇよ!?」


「それに死体の処理方法も考えないと……」


「怖ぇなおい!?」


ズザザッと後退るサルバだったけど、それはお尻を狙われた僕がすべき反応だと思うんだ。


「そもそも、昨日股間狙われた時点で半分くらい殺処分予定だったからね?」


「マジすんませんしたぁ!!」


その場で宙返りまで入れて、器用に土下座をするサルバ。うーん……、


「実際、今はどうなの?」


「正直、これから冒険って意識があるから治まってるところはあるな」


「じゃあ、このまま一生仕事をさせないとね」


「冗談キツイぜ」


「……」


「……」


ひゃっひゃっひゃと笑うサルバに目を向けると、視線に気付いたサルバがギギギッと油の切れたブリキ人形の様にこっちを見上げてきた。


「え? マジで?」


「こういうのって、ギルド長に言えばよかったんだっけ?」


「あ、マジだこいつ」


僕がギルドの作業手順を記憶から引っ張り出してると、何故かサルバが愕然としてた。んー、まあいっか。


「他に手を打つとしたら二度と性欲必要ないようにするとかだけど……」


「それはマジで勘弁してくれ」


「俺はまたちんこを使いてぇんだ」と言って、本気で畦道に頭を擦り付け始めるサルバ。うーん、


「まあ、いっか」


「良いのかよ」


「本当に良いわけじゃないけど、今だと死体の処分に困るしね」


「本当に良くねぇな!?」


「はっはっは」


思わず立ち上がったサルバを指さして笑うと即座に発砲されたので、銃口の下に潜り込んで回避する。ま、その辺は血も涙もないダンジョン閉鎖士の感想ってことで。


「それより、そろそろ村が近付いてきたね」


ふーっ、ふーっと肩で息をするサルバに背中を向けて歩き出すと、曲がり角を越えた瞬間、この田舎道に似つかわしくない大きな村が眼に入った。人通りも多くなってるし、何ならこっちに向かってくる商隊みたいな一団も窺えた。


「じゃ、ここからはサルバがリーダーって設定だから宜しくね」


「……おぅ」


拳銃をホルスターに戻しながら、軽く息を吐いたサルバが頷いた。前髪で口元以外が覆われた風貌なのに、不思議と顔つきが変わったのが分かる。


「じゃ、行くぜ?」


「うん」


頷いた僕はトトトッと小走りで駆け出したサルバを追いかける。

 この瞬間から、僕達二人はトウトウ村を初めて訪れる”渡り鳥”の中堅パーティーだ。







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