~ 二年G組 白鳥 佐生 ~
二年G組の白鳥君は、いつも朝八時二十九分、担任の工藤先生と鉢合わせないように廊下裏の非常階段を使い、自習時間終了一分前に教室に入ってきては、私の左隣、窓際最後列に礼儀正しく座るのが常だった。
雨の日になれば、彼は学校を遠慮なく休むか、二時限目が終わる頃になってびしょ濡れでやってきた。真夏の暑い日には、トゥエンティフォーアイスクリームのストロベリーサンデーキングサイズをなめながら――吹雪の日は、モーソンで買った塩ももの焼き鳥を食べながら学校にやってきた。
先生達は白鳥君のことが学年の不良達よりも嫌いだった。髪型も靴も校則違反はしていなければ、学生服だって第一ボタンも外さなかったし、皺や染み一つさえもなかった。タバコや酒なんてもっての外だったし、爪や髪も女の子が参考にしたいくらい整えられていた。ルックスも中の上で、事情を知らない低学年の間の女子達で密かに話題になるくらいだった。だが、それでも先生達は彼のことが本当に嫌いだった。
「白鳥!お前、この問題解いてみろ!」
二時間目、ある数学の授業のことだった。皆木先生が白鳥君に出したベクトルの問題は、青コンパス問題集の中でも選りすぐりに難しい問題だった。でも、彼は授業中、窓の外にある校庭で、他のクラスがサッカーや野球、テニスをしている様子をぼうっと眺めるだけで、先生の話など全く聞いていないに等しかった。そんな白鳥君が先生に当てられると、彼はこう答えた。
「それ、まだ授業で教えてないやつですよね。不公平じゃないですか」
「お前が真面目に聞いていれば答えられる問題だ」
「すみません。問題ってどの問題ですか?もう解決された問題を問題というんですか?」
皆木先生は教科書を講壇に叩きつけて、白鳥君の席まで早足な怪獣の足音を立ててやってきた。
「ふざけるなよ、白鳥。やる気がないなら出ていけ!」
白鳥君はそう言われると、すっくと立ち上がって、机右側のホックから第二かばんを持ち上げた。そして、表情一つ変えない仏頂面のまま、何のためらいもなく教室を出て行った。彼が階段に足を掛ける直前になると、皆木先生は全速力で教室を出て行った。そして、数秒もすると目の奥が震えるほどの怒声が廊下に響くのだった。
「出ていけと言われて本当に出ていく奴がいるか!!」
「だって、出ていけって先生が言ったんです。授業責任者の先生がそう言ったんですよ。出ていくしかないじゃないですか」
「そういうことを言っているんじゃないぞ、こら!!」
G組だけでなく、その隣の、そのまた隣の、またまた隣の教室から、野次馬達の顔が修羅場をのぞいた。私は恐ろしくて机から離れられなかったが。
「お前、そんなことばかりしていると、ろくな大人にならないぞ!大人になったら誰も注意しないんだからな!すぐに見捨てられるからな!」
「知っています。皆木先生はいい先生です。先生の振る舞いを見ていると、いつも勉強になります」
「なめてんのか!!」
「見て下さい。授業中にかかわらず廊下で大声を出すなって、書いてあるでしょう。今時小学生だって守りますよ」
二秒ほどの沈黙があった。すぐに白鳥君に破られた。
「その手……どうするんですか?」
「もういい!好きにしろ!」
こうして皆木先生だけがG組に戻ってきた。こうなると先生が私達に当たり散らすこともしょっちゅうだったので、白鳥君は教室でも浮いていて、友達もいなかった。おまけに、ついたあだ名が「黒鳥」――白鳥の群れに黒い鳥が一羽でもいれば、明らかに目立つからということだった。でも、私は彼をそう呼ぶ気にはなれない。私は中学の時から彼を知っているが、彼がこんな態度を取り始めたのは、一年D組の十月頃からだったという。それまでは明るく、真面目で、江西区内一の秀才で通っていたのだ。それに、彼は生徒達にはそんな態度を取ったことはない。むしろ、私が先生に当てられて困っていると、彼は教科書の裏にカンペの入ったメモ帳を立てて、私の方にさりげなく向けてくれるのだ。私は一年A組だったので、当時の彼の身にどんな事件があったのかは分からない。私は、彼が授業中に反抗する姿を――三年の夏に彼がクラスメイトの一人に暴行を加えて自主退学をするまで――黙って見守るしかなかった。