しいたけ
未来世紀3020年、世界の合言葉はしいたけになった。
しいたけ至上経済によって、世界からは貧困も、格差も、深夜二時にシュガートーストに蜂蜜を滴るほどにべったりと漬けて食べる行為も、ありとあらゆる悪徳が姿を消した。
常に資本主義の先を行く共産主義は20世紀に胸像を抱えて崖下に転落したが、一方で慎重に亀のような歩みを進める資本主義も、r(資本収益率)>g(経済成長率)の不等式をついぞ打ち破るには至らなかった。しかしながら、S>r・gの方程式は明瞭かつ簡潔に既存の社会構造に風穴を開け、ついには今日の社会規範、至上主義社会の幕が開けたのである。
しいたけは過去を超克し、現在とし、そして未来をも超越したのだ! あなたは過去・現在・未来、いずれの瞬間もしいたけの光による温かな包容を受けるのだ! しいたけはあなたの頬に祝福のキッスをしている!!
さて、ここで未来世紀3020年現在の生活を見てみよう。
人々はしいたけ・マーケットにて2本のしいたけを支払い、3本のしいたけを手にすることが出来る。
交換されたしいたけは全世界共通しいたけ・バンクに送付され、しいたけ創造という手法によって2本のしいたけから10本のしいたけが生み出され、世界全体のしいたけの総量は無限に増加し続ける。
しいたけは食物であり、食べないと腐るため貯蓄をすることはできない。その性質から経済の動脈は循環し続ける。完全な社会で貯蓄は必要ない。しいたけがしいたけとなることで、無限の成長がここに成立したのだ。
共産主義の失敗は、思想の段階において資源の有限性を看過していたことにある。勤勉で無欲な人々の労働活動によって、無限の資源を利用可能にするという青写真はそのまま遺影になった。
その点、しいたけとは永遠であり、無限であり、神の愛である! そこの2本のしいたけを取ってよろしい。
2本のしいたけを手にしたあなたは、それを迅速に、かつ十分に注意深く、それでいて繊細な手つきで、しいたけ・マーケットへと運搬することにした。しいたけ・マーケットのスローガンは『しいたけと同じ量のしいたけを』である。これは絶対的な金科玉条であり、そのため、あなたが表通りを歩くと見えるその店も、向かいの店も、それから斜向かいの店もしいたけ・マーケットである。これはこの街に限らず、この市、この国、この世界においても全く同様のことが言える。
選択を違え、あなたが陰険で偏屈な店主と顔を付き合わせることも、店を間違えることもない!
人類は多すぎる選択肢を吟味することができない。しいたけは、一種類の絶対的な解のみを提供する。一種類の食事、一種類の商店、一種類の思想だ。
「しいたけー?」
「しいたけ」
「しいたけ、しいたけ。」
なんと! あなたの入ったしいたけ・マーケットには既に先客がいたようだ。
談笑しながらあなたの先頭を歩く親子五人連れ。その両手には、まるで抱えきれないほどのしいたけが握られている。
御年2歳の、まだ直立二足歩行が覚束ない赤子にさえ、しいたけを2本握ることはできるのだから大したものだ。
人間の一生はしいたけに始まり、しいたけに終わる。それを理解し実践する彼らには、模範的国民しいたけが送られることだろう。素晴らしい!
そしてかくも素晴らしき彼らは、手にしたそれを、もう片方の手に持つしいたけと合わせる。そして、しいたけ・マーケットで3本のしいたけと交換することだろう。
つまり、国家によって授与されたしいたけには、ああ、なんと素晴らしいことか! しいたけ1.5本分もの価値があるのだ!
今日の社会において、当然ながらしいたけ以外の食品は存在しない。なぜなら不必要だからだ。不必要なものが淘汰されるのは自然の摂理であり、動物はそのように進化してきた。
高度に調整された──これ以上の表現行為は検閲・発禁に該当する──改造を施されたしいたけは、甘味酸味苦味塩味うま味の味蕾を刺激されることによって受容する味覚と、辛味渋味刺激味ドクターペッパー味などの痛覚受容体によって神経系に直接作用する味覚の、あらゆる要素を完全に備えている。
柄のひとかけらをでも口にするだけで味のすべてが口の中に広がり、脳髄に直接12Vの電気信号を送ることで理不尽なまでに美味しさしか残らない。食事行為による依存症・後遺症は報告されていないので当然健康にもよい。
もちろん栄養も保証されている。海底2万海里、暗黒の宇宙空間、ネグレクトを受けている家庭などの劣悪な環境下において、しいたけを食べるだけで72年間の生存活動を維持することを目標に作られている。
ああ、しいたけよ!しいたけよ! しいたけよ照覧せよ! しいたけこそ、完全な食品なのであると!
網でサッと炙り、塩をトトン、とふた匙かける。じんわりと表面が肉感的にてらつきだしたら、それが食べ頃だ。香ばしい芳香、口の中に広がるうま味と、ほどよく利いた塩が貴方の食欲を刺激し、手元の日本酒へスイと手が伸びるしいたけは、未来世紀3020年までには完全栄養食になり、完全嗜好食になり、完全究極食に至ったのである。さあ、歓喜せよ!
なお、一日の摂取目安量は4本であり、食べすぎれば過剰な栄養によって腸・膵臓・肝臓が綿状にちぎれ飛び、全身の細胞が痛覚に変わる地獄の苦しみが最大52週続いたという事例が報告されていることも附言しておきたい。しいたけの完全さに、不完全な人間の肉体が耐えることができないのである。
なお自殺という悪徳も、発狂という悪徳も未来世紀3020年では許容されていない。脱水し、衰弱し、地獄の責め苦を負うことで、この世に生を受けたことに呪詛の言葉を吐き捨てることとなるだろうが絶対に死ぬことはない。しいたけは安全に配慮されている。
しかし、長く書き連ねたが、しいたけの摂取目安量を誤る不信心者などこの世界には存在しないので安心してほしい。
続いて、未来世紀3020年今日の娯楽の紹介に移ろう。今日の情報メディアは、コンパクト化を重ねに重ね、ついには形をなくした。
脳髄を"ひねる”ことで、網膜の裏側に映像が流れる。これを《チャネル》という。同じ箇所を"ひねった"──《チャネル》を共有したもの同士で、時間も空間をも超越してコミュニケーションを行うことができる。
かつては、一部の人間にのみ許されていたこの技術は、未来世紀3020年ではしいたけの愛の力を通じて誰もが享受することが可能だ。
ここはひとつ、人気の《チャネル》を覗いてみよう。
目を瞑るだけで、ヒトは暗黒の世界を享受することができる。これは人類が目蓋という器官を得た瞬間から行使することができる権利で、未来世紀では法的に保証されている。
さあ、目を閉じて。ゆっくりと暗黒に身を委ねていると、その中から、極めて悪魔的なギザギザを象った、我々を激しく威嚇するように変形する、ツチノコ色の野生の歯車が浮かんでくるはずだ。こいつは、油断すると噛んでくる。
それを息の根を止めるように"つかみ"、拳骨を二発ほど落とし込んだら、"ひねる"。
すると、鮮明な光景が目を灼く! あなたの眼前には、煌びやかなしいたけが広がっている!
これは演劇の《チャネル》だ。
有史以来236回目(主流の学説だが、242回派も一定数存在し、日夜学会では激論が繰り広げられている)のルネサンス運動により、[西暦時代]当時の演劇の再演が流行している。
演目はオスカー・しいたけ・ワイルド『サロメー』より、未来世紀に生きる人々の嗜好によって原作からわずかばかりの翻案を加えたものとなる。
* * * * *
サロメー改め巨大しいたけは愛する男の首改めしいたけを胸に抱いた。それは彼女の罪であり、愛であり、絶望であった。じんわりと濡れた傘に眩むような赤色の唇を這わせるのは肉感的で、背徳的で、涜神的でさえあった。
与えられないのであれば、奪い取る。燃え盛る熱情は巨大しいたけの胸を焦がし、狂気へと駆り立てる。
そして、抱擁するただ一瞬の時を──永遠とすることを、彼女は望んだのだ。
あなたの眼前には、演劇を通して表現された、圧倒される人生が広がっている。
一流の俳優は、喫茶店のメニューを上から朗読するだけで周囲の人間の心を揺さぶることができる。悪徳を演じ義侠心を高ぶらせ、悲恋を見せつけ胸を痛めつけ、喜劇を全うし温かな涙を流させる。
しいたけの技芸は、高度に洗練されている。人類史のあまねく演者と比しても、その表現力の鋭さは一切の引けを取らないであろう。そう、芸術文化は今ここに、円熟の極みへと達しているのだ。
「しいたけっ……」
しいたけは己へ振り向かぬしいたけへの愛を込めて叫んだ。
しいたけの四文字は、彼女の想いを千里先に届けた。
「しいたけっ──!」
しいたけは手に入らぬ愛への嘆きを叫んだ。
しいたけの四文字は、彼女の心を万里先に伝えた。
「しいたけ」
しいたけは、万感の想いを込めて叫んだ!
しいたけの四文字は地球を三周半してから耳にした人間の渦巻管を破壊し平衡感覚を失わせ、かくして愛と絶望と悲劇と喜劇の物語は人々を魅了したのである。
* * * * *
聡明なる諸兄はもうお気づきであろうが、未来世紀3020年において、しいたけ以外の単語は用いられなくなって久しい。
現行人類の舌はsとtとkの子音を発音するのに特化して、それ以外の子音を発することができないし、発そうとしようものなら酷く聞き難いノイズとなり、舌は千切れて中空を舞うことになるだろう。母音もまた子音と同様、aとiとeを発するために口角は横に裂け、uとoを発することがないため頬の筋肉が劣化しており、無理に発音しようとすれば筋断裂で苦しむことになる。なにより、口という器官を痛めるとしいたけが食べられなくなってしまうという致命的な問題が発生する!
なお、断っておくがこれらはすべて合理的な進化である。人為的な操作は一切加えられていない。適応だ。なぜなら、この世界でしいたけ以外の単語は必要ない。
世界の合言葉はしいたけであり、それがすべてなのだから。
ところで、あなたは西暦時代2200年代まではまだ確認できていたとされる言語必要論者だろうか。もしそうであるならば──そうでないと心から思いたいが──あなたの思い違いを正すため、ここでひとつの例を挙げることとしたい。
『さくらがまっている』
言語とは解釈者によってその性格を変える不安定なものだ。表現には限界がある。上記の短文は、受け取り手次第で幾通りもの解釈が可能である。
上記の短文の解釈として、最も一般的なものは当然ながら『しいたけ』(100%)であるが──これは説明が不用だろう。二番目に多いとされる『桜が舞っている』(67%)という解釈を例とし、論じていこう。
桜が舞っている。その光景を、あなたは想像することができるだろう。
しかしいまこの瞬間、あなたが心に映した風に舞う桜の美しさを、その場にいない他者に、果たして言語という手段で伝えきることができるだろうか? できない。言語表現には限界性が存在する。
風の角度も、吹きつける強さも、肌をくすぐる風も、爽やかな春のにおいも、食べている桜餅がなぜか舌に痺れを感じさせその後現在に至るまであなたの左半身に不可解な麻痺が残っていることも、すべてを言葉で伝えてたとしても、その解釈、その度合いは受け手の想像に頼るしかない綱渡りだ。
あなたの感じた風は、あなたの感じた春は、あなたの感じた半身麻痺の苦しさは、すべてあなただけのものだ! だというのに、言葉が伝えられるのは情報だけだ。発された言葉は、発された瞬間そこで生命活動を止めて情報となる。情緒は表現しようとした段階で死んでいる。息づかいも、抑揚も、イントネーションも春風に吹き消えてしまう。
寂寥感のひとつすら残さずに。
さて、もしあなたが哀れにも言語固執性障害を抱えている場合、本疾病固有の症状である《反駁症》の発作が出てきているかもしれない。
『言語には伝達機能がある』『ツールとしての利便性がある』そんな言葉が、体の内から聞こえてくる──あまつさえ、口に上ってしまったとしたら! ……その時は残念ながら(こちらとしても、この事実を口にするのはたいへんに心苦しい!)あなたは、病気だ。
けれど大丈夫! 顔を上げて。治療の方策を、二人でじっくりと考えていこう。大丈夫、治し方はわたしが知っている。
これはマインドフルネス・コントロールの一環だ。是非復唱してほしい。
わたしはペットを飼っている。
かれは自慢の友人だ。
少し紹介させてほしい。
名前はしいたけ。
かれはとても穏和で、慎み深く、近隣住民を滅多に襲わない。
住まいは水槽の中で、時折ノックをよこしてくれる。全身は甲殻で覆われており、5対10本の脚は鋭利で、横歩きを行う。
1対の脚にのみ、鉗脚──先に鋏状の爪が付いている。この爪で今まで18人が犠牲になった。口の端から泡を吹く。
さて、ここまでで想像できる生物はいただろうか? いたならば、その姿を心の中に十分に思い浮かべてほしい。
水辺で横歩きをする彼の姿の想像ができただろうか。
できたならば、紹介を続けよう。
キック力は3t。
人語を解し、ウィットに富んだジョークを披露する茶目っ気を見せる。
突き出た長い耳は、体温調整の役割がある。
元々砂漠地帯に生息しており、マッハ2で滑空することができる。
かれは哲学者だ。
そのヘーゼル色の瞳には深い憂いを湛えている。
想像ができただろうか?
あるいは、あなたのイメージと今示しているわたしのペットに、いくばくかの齟齬が発生しているかもしれない。あるいは、まだそちらでは未確認生命体である可能性もある。聡明なあなたは、このヒントで正解にたどり着けただろうか?
答えを発表しよう。今も私のすぐそばで、鋏をカチカチと鳴らしているこいつは、しいたけだ。
なお、わたしはペットなど飼っていないし、水槽も所有していなければ、隣にいるはずもなく、よって鋏で殺された人間も存在しない。あるいは存在している。
さて、どうだろう?
しゃきん……、しゃきん……とあなたの耳元で、不吉な鋏音が聞こえてきてはいないだろうか。もちろん、これは想像だ。存在しない鋏が存在しない人々を剪定する。これは想像にすぎない。
そして、つまるところ言語はそれである。
言語の裏には、常にその背景に話者の文化が存在しており、無限で無尽蔵の想像の余地を残している。そしてその陰がふっと顔を覗くだけで、情報伝達に不備が生じうる、不完全なものだ。
伝達機能が正しく機能するのは、幾千ある言語のうち、同じ言語を使い、同じ文化を共有する相手のみであり、そのいずれかの条件が破綻すれば、いつ情報伝達にエラーが生じてもおかしくはない。
ならば絶対の、『しいたけ』という四文字の他に、何も必要ないのである。
論理性と合理性、それから宗教的熱狂に基づいた判断だ。しいたけと言葉を発し合うことで、人は言葉の裏にある想いを慮ることができる。隣人を愛するのに、虚飾に彩られた言葉など、必要がないのだ。
さあ犬を見よ! 猫を見よ! モンゴリアンデスワームを見よ! 彼らが言語を用いないのは、人類よりも知能が劣っているからではない。ただ、本来言語などというツールが必要ではないだけだ。母国語の違いなどという些細な問題に悩まされることもなくなった人類は、こうして真に団結することが出来たのである。
言語を『しいたけ』への統一。それは世界から紛争と、殺戮が消えた瞬間であった。
そして世界には、ただ、愛だけが残る──。
さて、続いては未来世紀3020年における生殖活動を──おや! あなたのもとへ、髪を揺らしながら少女が近づいてくる。
髪の色も、髪の長さも、あなたの理想とするものだ!その体格も理想であるし、何より、目と、鼻と、なんと口も! 付くべきところにきちんと収まっている!
さて、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、あなたに、
「しいたけ?」
と、蠱惑的な声色で問うてきた。
コマンド?
* * * * *
──しいたけ? しいたけ。
「しいたけー?」
──しいたけ、しいたけ。
「しいたけ、しいたけしいたけ?」
──しいたけ。
「しいたけ……」
──しいたけ、しいたけしいたけ?
「しいたけ。しいたけっ」
「しいたけ……♪」
──しいたけ。しいたけしいたけ。
「しいたけ♪」
ギシギシとベッドが揺れる。
荒い息づかいが部屋中に響く。
──しいたけ。しいたけ、しいたけ。
「しいっ、たけっ♥♥ しいっ……♥♥たけっ♥♥♥♥」
──しいたけ、しいたけ!
「しいたけっ──♥♥♥♥♥♥」
* * * * * *
しいたけしいたけしいたけ、しいたけしいたけしいたけ。
しいたけしいたけしいたけしいたけ。しいたけ。しいたけしいたけ。
しいたけ。しいたけ? しいたけ! しいたけ。
しいたけ! しいたけ!! しいたけ!!!
しいたけ……、しいたけ。しいたけ。しいたけ。しいたけしいたけ。しいたけしいたけしいたけしいたけ。
しいたけ。しいたけしいたけ。しいたけしいたけしいたけ。しいたけ。しいたけ。
──しいたけ。
──しいたけ。しいたけ。
──しいたけ。しいたけ。しいたけ。