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白いキャンバスに描く  作者: 篠羅
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欲しいから奪う、それだけ。




良平くんと出会って、一週間ほど過ぎた。

この一週間、ほとんど良平くんと居た気がする。

林太郎はサッカー部が忙しいらしく、放課後はもちろん昼間も一緒にいられない事もあったからほぼ二人っきりだった。


良平くんは優しくて、僕はどんどん好きになっていった。

隣にいられる事はとても幸せだったけど、周りの人の視線が怖かった。振り払うようにスケッチブックに手を伸ばして気づいたことがある。



良平くんの絵が3枚とも消えていたんだ。



必死で探してみたけど見つからなくて落ち込んでる僕に、良平くんがまた描いてもいいと言ってくれた。

土曜日の今日は、その約束を果たす日。




「あの、ご、ごめんね?動いてもいいしっ…その、僕の事気にしないで…」

「…みつるの言うことなら聞く」

「え、と…ホント、ありがと…」




良平くんの言葉に甘えてベッドで楽な姿勢をとってもらうと、背もたれに寄りかかり僕を手招いた。

近づくとベッドに上げられてここで描いてと言われた。うう、近くて緊張する…

それに、どうしても日曜日の事を思い出してしまうのに…




「じゃ、じゃあ始める、ね。疲れたら、言って、くださ…い」

「みつる」

「な、なに?」

「前髪、上げて」

「え、え?」

「…この前みたいに…みつるの顔が見たい」

「ぼ、僕の顔なんか見ても、つまんない、よ」

「いいから」




鋭い目で言われたら何も言い返せなくて前髪をピンで止める。

僕なんかみても、面白くないのに…

良平くんは不快に思わないのかな……


ぐるぐる頭の中を回ったけど、せっかく良平くんが時間を割いてモデルをしてくれるのだからと頭を振って思考を飛ばした。



良平くんに視線を移せば高鳴る胸。

例えようもない興奮に身を焦がし、鉛筆を手に取れば自然と腕が動き出す。


僕の世界に二人きりとなって、見つめる。

想いを伝えるかのように、鉛筆を走らせた。




静かな時間が流れた。

僕が一枚描き終わる度に良平くんは少し体勢を変えてくれて、同じ角度で描く事がなくて全て違う作品になった。


僕が見ているはずなのに良平くんの視線がずっと僕に向いていたから、僕の胸は静まる事を知らないかのように高鳴り続けていた。

また3枚描き終えたところで、曲げ続けていた腕を伸ばす。集中力が切れるとズキズキ痛む。

僕がこんななんだから、長い時間同じ体勢だった良平くんはもっとツラいと思う…




「りょ、へーく、…ん、あの、ありがとう。お疲れ様!」

「ん…もーいいの?」

「うん。良平くんも、疲れた、でしょ?」

「…別に」




そう言いつつも伸びをして身体をほぐす、きっと無理してくれてたんだ。良平くんは優しいから僕に不満とか言ってくれない。

言っても仕方ないって思われてるのかも……




「見せて」

「え、あ、うん」




差し出された手にスケッチブックを渡すと、もう片方の手で良平くんの隣をポンポンと叩かれた。

……ええと………




「ここ」




移動すればいいのかな……?

示された通り隣に腰をおろせば、当たっていたのか何も言わずにスケッチブックを開いた。


それにしても……

ドキドキする。自分の絵を他の人に、ましてやモデルになってくれた人に見られるのは恥ずかしい。

こんなんじゃねぇよ、とか言われたら困るし…僕はそんなに上手い訳じゃないからそう思われても仕方ないけど……




「ん、さんきゅ」




ウダウダ考えていると見終わったのか手元にスケッチブックが戻り、頭を撫でられた。

どう、思ったの、かな…




「あと…ど、どうかな…」

「………よかった」

「あ、りがと…」




一言だけど、褒められれば嬉しい。自然と笑顔になってしまう。

に、にやにやしてて気持ち悪いって思われたらどうしよう…と思ったけど、止め方なんて分からない。




「あのっ、何かお礼…」

「お礼…?…いい」

「でも、僕、良平くんにいっぱいしてもらってばっかだし…、何か…」

「……なんでもい?」

「うんっ!」




で、でも僕ができる事ってそんなにないんだけど……。




「…また描いて」

「え?」

「俺の事、みて」




言葉と共に頬を撫でられ、一気に熱が触れられている場所に集まる。

でもそれじゃお礼にならない。僕が嬉しいだけだ。




「で、でも、…」

「みつるは嫌?」

「嫌じゃないよ!!…ちがくて…僕が嬉しくなる、だけだから、さ…」




寂しそうな顔をされて急いで否定した。

良平くんに誤解されたくなくて必死に言葉を紡ぐけど、伝わったかな…


頬にあった手が腰にきた、と思うと、あっという間に抱きしめられた。

ええと、抱き枕、みたいに。




「りょ、良平くん…?」

「じゃあ、こうしてて」




こ、これだって僕を喜ばせるだけなのに…でもさすがに恥ずかしくて言うことは出来なかったけど…。


それから良平くんの部屋で夕飯を食べて、お風呂まで入れてもらってさらには送ってくれた。

迷惑ばかりかけているからいい、って言ったんだけど、それでもって言われてしまった。

僕はかなり良平くんに甘やかされてる、絶対!



…しっかり、しなくちゃ……


余計な期待はしたくないから。





「あーあ、…早く、壊しちゃいたい」




1人部屋なのか、暗く、広い部屋に1人の男がボソリと呟いた。男が手にしているのは、誰かの寝姿の絵。

ぐちゃりと一枚を握り潰し火をつける、瞬く間に灰になり消え去った。




「堕ちてくれればいいのに」




その言葉は誰に聞かれる事もなく消えた。







「……………?」

「みつる?」

「う、ううん、なんでもないよ」




良平くんを描かせてもらってから数日が経った。

今じゃお昼ご飯を一緒にするなんて当たり前のように過ごしている。

そんな幸せな一時に寒気がした。

最近寒くなってきたから、風邪でもひいたの、かな…?




「…風邪?」

「違うと、思う、けど…」

「…暖かくしたげる」

「へぁっ?!」




わ、わ、わ!!

だ、抱きしめられてっっ!!

最近気がついたんだけど、良平くんはスキンシップが多い。僕はそのたびにドキドキしてるんだけど、気づかれてない……よね……?




「あったかい?」

「う、ん…」

「俺も、あったかい」




呟かれる声が耳に当たってくずぐったい。身をよじれば強くなる抱擁。

こんなの、期待するなって言う方が無理だよ!

…でも、期待しちゃいけない。僕じゃダメなんだから。




「みつる、夜、一緒にいれない」

「え、あ、うん。大丈夫だよ」

「…ん」




そっか、今日は1人なんだ…

林太郎も遅いだろうから、早めにいろいろ済ませて絵でも描こうかな。それとも遅くまで美術室に居させてもらおうかな…そうだ、そうして林太郎と一緒に帰ろう。

後でメール送らなきゃ。




時間はあっというまに過ぎて放課後になり、良平くんは僕の頭をクシャリと撫でて帰っていった。

僕も、美術室に向かおう。





「調子のってんじゃねーよ」

「何様のつもりなの?」

「さっきから黙りっぱなしで…何とか言えないのかよ?!」




どうしよう…。

僕は今体育館裏にいる。

久しぶりに林太郎のことを描こうと思ってグラウンドの近くまで移動し描いてた時に声をかけられて連れてこられてしまった。

待っていたのは10人ほどの可愛いと言われる男の子たちだった。




「林太郎は平凡顔だけど笑った顔は爽やかで皆に優しい、そんな林太郎が皆から好かれてるの知ってるでしょ?!」

「滝川様にしても、お前あの方の側にいるとかなんのつもりなわけ?身の程をわきまえろって言ってんだよ」




それから始まった罵倒の数々。耳を塞ぎたい気持ちで一杯だった。

だって本当のことだから。僕が二人の側にいることは簡単に許されたものじゃないから。

でも僕は二人とも一緒にいたいし二人もそれを許してくれる。だから…だから!




「ぼ、僕だってわかってるよ!」

「は?!じゃあとっとと二人の前から失せろよ」

「嫌、だ!」

「っ、お前の意見なんて聞いてねーんだよ!!」

「ムカつくムカつく!なんなの、やっちゃおうよ!」




バシリと叩かれた頬が熱い。

これだけは譲れない、二人に言われるまで側にいたい。




「こいつって確か絵描いてたよ」

「じゃあ指とか折っちゃう??」

「うっわエグいことすんねー」




クスクスと笑う子達が怖くて、体が震えた。

どうしよう、どうすれば…




「押さえて」

「や、…やめ…」

「後はちょっと傷つけるぐらいかな?」




前の子がポケットからハサミを取り出した。瞬間、冷や汗がつたった。

嘘、嘘だ、こんなの…

恐怖を煽るかのようにゆっくりと近づけてくる。




「後悔しなよ、目一杯さ」






「何やってんだよお前らっ!」




聞き慣れた優しい声がいつもより固く怒りを含んで僕の耳に飛び込んできた。




「林太郎?!?!」

「嘘、なんで」

「行こうよ、ねぇ早く!」




僕を囲んでいた人達は林太郎の登場に驚き、一目散に逃げていった。

張りつめていた恐怖が薄まり、立っていられなくなって座り込んでしまう。




「待てよおい!!」

「り、ん」

「っ、満!大丈夫か?!ケガは?!」




声が出なくてでも心配かけたくなくて必死で首を横に振る。

林太郎はキョロキョロと僕の身体を一通り眺めると安心したのか息を吐いた。それからぎゅっと抱き締められた。




「よ、かったー……」

「りん…ど、し…て?」

「うん?ほら、久しぶりに満がグラウンド出てきてるなーって見てたらなんか連れられてって…ホントはもっと早く来れればよかったんだけど…、ごめんな」




謝る林太郎に首を振った。いつもいつも頼ってばかりで、今回だって心配かけさせて部活脱け出させちゃって…林太郎には、感謝してもしきれないぐらいなのに、謝ってもらう事なんか1つもない。

そう言いたいのに言葉が出てこなくて、小さくありがとうと呟くしかなかった。




「ごめ、ね…林太郎、ごめんなさ…」

「なーに謝ってんだよ?満が無事でホントよかった。あんまり人に易々とついていったらダメだからな」

「うんっ」




元気良く返事をすると、林太郎は呆れたように笑って頭を撫でてくれた。


その後、腰が抜けて立てなくなった僕を担いでいこうとしてくれたけどこれ以上迷惑かけるわけにもいかなくて、気にしないで部活に行くように言ったのに林太郎は断固として譲らなかった。

結局僕はまた、林太郎に迷惑をかけることになっちゃったんだ。




次の日、良平くんが現れることはなかった。

どうしたのかと思って連絡をいれても返信はない。

…ホントにどうしたんだろう…?

林太郎は昨日のことを心配して部活はしないで帰るように言ってくれたけど、林太郎を描きたかった僕は林太郎の目の届くところにいると言うのが条件で、描かせてもらうことになった。


林太郎の姿を描くのは楽しい。コロコロ変わる表情に目を奪われる。




「こーんなところに居たの、みつるっち」




集中して描いていたところにいきなり声をかけられビクついてしまう。

絵に影響はないみたい、よかった……




「あ、と、桐生くん…」

「なんでこんなとこにいるの?」

「えと…林太郎を、描きたく、て」

「ふーん?あの平凡を、ねー」




平凡?昨日の人たちも言っていたけど、林太郎が平凡だと思ったことはない。

だって林太郎、いつだってキラキラしてるのに。




「林太郎は…キラキラしてるん、だよ」

「ぷっ、何それ?」

「…………」




わかってもらえなくてもいい。僕が思う林太郎の良さは心が、雰囲気が、表情が、キラキラキラキラ輝いてるところだから。

視線を林太郎に向けると、心配そうにこちらをみていた。大丈夫だと告げるために手を振ると、林太郎も大きく手を振り替えしてくれた。

うん、キラキラしてる。




「おもしろく、ないなー…」

「え…?」




ポツリと呟かれた声は聞こえなかった、なんとなく桐生くんが沈んだような雰囲気になった気がしたんだけど気のせいかな?



「ねぇみつるっち」

「?」

「滝川とは決別する気になった?」




ニコリと笑いかけられたその笑顔の意味を、僕は理解しておくべきだったんだ。



「…え」

「前に言ったじゃん、忘れたー?」




もー、記憶力悪いなぁと笑かけてくる桐生くん。

忘れるわけない、ずっと悩んでたんだ。でも昨日決めた。

本人達が嫌だと言うまで、離れないって。




「離れ、ない、よ」

「……」

「僕は、好きだから」




今まで笑顔だった桐生くんの顔から表情がなくなる。

だけど僕はそんなことを気にしていられなかった。好きだと口に出したことで、胸がぎゅうと締め付けられたから。




「好き、ねぇ…」

「あ、あの、深い意味はないよっ?ホントに!」




バレてしまったかもしれないけれど、なんとなく気恥ずかしくなって慌てて取り繕う。

すると桐生くんはぷっと吹き出して笑った。




「わかってるよー、みつるっちってばそんなに動揺してたら逆に疑われちゃうよ?」

「そ、そうなの…かな」

「そうそー。…そろそろ行くわ」

「あ、うん」




バイバイと手を振って桐生くんは去っていった。話はわかってくれたのかな…

桐生くんの姿が見えなくなってから林太郎に視線を向ける。

だんだん暗くなってきたから早く描き出さないと。


林太郎を見つめて一番輝いた瞬間を切り取って、鉛筆を持ち直しガリガリと描いていく。

そこからはもう僕の世界。







「「「っしたぁ!!!」」」




大きな声にビクリとする。どうやら終わったらしい。




「お待たせ満」

「大丈夫だよ」

「描いた?」

「うん!」




林太郎と他愛ない話をしながら寮に向かい1日を終えた。

鳴らない携帯を抱きしめながらーー……





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