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比翼の烏  作者: どくだみ
2-4:芽生えし侵略者
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提案

「気になってることがあるんですよ」


 珍しく物憂げな表情で木崎が僕にそう言ってきたのは、“鬼火の術”を使った特訓のさなか。基礎的な所を身につけ終え、実戦に近い組手形式の稽古に移った、その矢先だった。


「気になるって何が?」

「……絢音ちゃん。蛇神の知り合いで、わたしたちに協力してくれてるあの娘です。なーんか隠してるような気がしません?」


 問い掛けながら、木崎は僕に接近し、控えめながらも筋の通ったパンチを繰り出してくる。僕はそれを腕で防ぎつつ、切り返す隙を慎重に窺う。

 彼女の戦い方は、黒羽と違って防御寄りだ。こちらの攻撃をいなし、要所要所で嫌らしい一撃を放ってくる。目を狙ったり、関節を極めようとしたり。出来れば相手にしたくないタイプだった。


「なんかって……具体的には?」


 聞き返すと、木崎は小さく肩を竦めて答える。


「さぁ、わたしにも分かりませんね。けど考えてみてください。彼女、この村の人たちの中で、一人だけ洗脳を受けてないんですよ? 明らかに不自然じゃないですか」

「確かにそうだけど……偶然じゃないの? それかただ単に運が良かったとか。――っ、“燃えろ”」


 霊力を集中させ、脳内でイメージを固める。形や威力は二の次でいいから、何よりも素早く火を出せるようになること。それが木崎からのアドバイスだった。たった数秒のロスでも、実際の戦闘では命取りになるからだ。

 事実、僕の炎は不慣れなせいでまだ安定しない。だが、それでも問題ないだろうと、木崎に火球を投げつける。そうして彼女の意識を引きつけ、僕は一気に距離を詰めた。

 喉元めがけて手刀を振り抜く。木崎が愉しそうに笑った。


「あら、危ない」

「“本番”じゃなくて良かったね」


 今は練習。だからこそこうして寸止めなわけで。あのまま行けば当たっていただろう。

 一本先取だ。得意げな思いを抱きかけたところで、僕は下腹部に凄まじいばかりの悪寒を覚えて、ハッとなった。


「……ええ。本当に」


 薄ら笑いに、全身から血の気が引いていく。見れば、木崎の膝蹴りが、僕の股間に叩き込まれる寸前だった。……おい、それは流石に反則じゃないのか。


「等価交換、しちゃいます? 割に合わない気もするけど」

「時々、君の思考回路が恐ろしくなるよ。木崎様の御慈悲に感謝しなきゃ」

「実戦じゃ慈悲も何もありませんけどね。急所攻撃、拷問上等。勝った方が正義です」

「人道って言葉知ってるかい?」

「チャンバラごっこのことでしょう?」


 数秒ほど睨み合ったあと、僕たちは同時に飛び退った。木崎が口元に手を当て、見定めるようにスッと目を細める。


「炎の扱いは悪くないですよ。半神(デミゴッド)らしく霊力も一級品。身体だって意外と鍛えられてる。あとはやっぱり練度ですかねー、素養に胡座をかかないように。放置した鋼鉄は簡単に錆びますから」

「忠告ありがと。……で、何だっけ。絢音ちゃんの話か」

「はい、あの娘が敵とまでは言いませんが。不明な点がいくつかある以上、不用心に信頼するのもちょっと早過ぎる気がして。頭の片隅にでも留めといてくれると助かります」

「……君が言うなら覚えておくよ。何か根拠はあるの?」

「勘」

「は?」


 何だそれ。僕は思わず苦笑を漏らした。


「あ、信じてませんね? 意外と当たるんですよ、女の勘って」


 木崎がウインクをしてみせる。彼女の頭脳は内心で認めていたが、当時の僕は、その警告を真剣に受け止めていなかった。秘密は誰にもあるものだし、あんな良い娘が何かを企むなんて、想像も付かなかったからだ。

 それよりも僕は、来たるべき決戦に向けて強くなることに必死で。


「もう一戦頼めるかい?」

「いいですよ。どこからでもかかってきなさいな」


 両腕を広げる木崎に、拳を固める僕。かくして第二ラウンドが始まる。

 それ以降、立て続けに色々とあったせいで、僕は木崎の言葉を忘れてしまった。

 ……愚かなことに。綺麗サッパリ頭から抜け落ちていたのである。

 彼女の懸念が事実になるなど、考えている筈も無かった。


 ※


「頃合いを見てバラすつもりだったけど、気付いてくれたなら話は早いな」


 胸の前で交互に腕を組み、宮野絢音が悪びれもなくそう言い放つ。

 底冷えのする表情に対し、瞳だけは変わらず活き活きと輝き、隠そうともしない欲望の光をその中に宿していた。

 風に揺れる前髪を掻き上げて、絢音がニヤリと笑う。


「よく分かったね、アタシが人間じゃないって」

「小さな違和感は前々からあったよ。だけど確信を持ったのは今さっき。蛇神を“倒してくれる”って君が言ったときだ。元々の目的は蛇神を止めることなのに、倒すって表現は変だったからね。まるでこうなることを事前に知ってたみたいに」

「そりゃまあ、全部知ってた(・・・・・・)もん。勘が良いねと言いたいとこだけど……残念。もう、色々と手遅れさっ」


 ウインクしながら口笛を吹く絢音に、僕は自然と歯を食い縛っていた。ポツリと、一滴。嫌な汗が首筋を伝って垂れる。


「……君も、ヤドリギだったのか」

「うん、そうだよ。ただしアタシは“成長済”。宮野絢音(人間のアタシ)に寄生し、意識と思考と記憶と生命力とその他諸々を取り込んで成り代わった、完全なる成体なの。未熟なエックスとは違――おおっとぉ!?」


 脇腹を狙って僕はキックを繰り出す。不意を突いたつもりだったが、絢音の反応も早かった。軽快なステップで僕から離れ、不満げに唇を尖らせる。


「ちょっと! 何してくれんのさー! 話の途中で攻撃するとか、アニメだったら失格だよ?」

「黙れ」


 相手に主導権を握られては駄目だ。こいつはエックスと同じヤドリギの怪物。ましてやこのタイミングで、僕がいる此処にやって来た。間違いなく敵だ。外見はボーイッシュな少女でも、笑顔の眩しい無垢な一面を持っていたとしても……敵なのだ。


「……答えろ。お前の目的は何だ。どうして僕たちに手を貸した!」

「落ち着きなよ。焦らなくても、ちゃんと話してあげる。だから……うん。隙あらば殴りかかってくんの止めて欲しいな」


 踏み込んでボディーブローを放つが、絢音に片手で受け流され。僕はその場で無意味に回転する。

 しまった。反撃が来るかと咄嗟に身構える。けれど絢音はただ微笑むばかりで、何もしてこなかった。

 普段なら追撃するチャンスだろう。だがそこで、僕は猛烈に嫌な予感を覚え、慌てて絢音から一定の距離を取る。


 ……くそっ、どうした自分。ビビってるのか? 相手は女、僕は男だぞ。いくら怪物とはいえ、僕と彼女には絶対的な体格の差が――。


「楓さんが知りたいのは、同種のアタシがエックスと敵対した理由、だよね。別に特別なことじゃないよ。同じ種族でも時として敵になる場合はある。例えば縄張り争い(・・・・・)とか」

「……つまりお前とエックスは、泣沢村を巡って対立していた?」

「そう。手頃な数の人間(苗床)に、外部から気取られにくい閉鎖環境。繁殖するにはもってこいの場所だったから、アタシたちのどちらも出て行く気は無かった。……いや、正確にはアタシだけだね。エックスはアタシのこと、認識してすらいなかったから」

「お前が洗脳されなかったのも……」

「考えてみれば当然だよ。人間を対象にしてたんだから、人じゃないアタシは見逃される。十中八九、眼中に無かったんだろうね」


 まさに節穴。嘲るように言い、それから絢音は左手でチョキを作った。


「楓さんの予想は正解。元々、種は二つあったの。一つは絢音(アタシ)、もう一つは蛇神に寄生した。アタシの方が成長は早かったけど、宿主が人だから、単純な強さはあいつの方が上だった。アタシが成熟したときには、あいつはもう村人全員に唾付けててね。種を植え付けたら絶対に殺されるから、アタシは大人しく人間のフリして、逆転の機会を窺ってたの。そこに、楓さんたちが現れた」

「……僕らの味方になり、そそのかして蛇神と戦わせた」

「そゆこと。アタシの見立てじゃ勝率は五分五分ってとこだったもん。まあ賭けるよね」

「……っ」


 拳を固める。よくもまあ、人を良いように使ってくれたものだ。

 絢音の話を一言でまとめるなら、所謂“漁夫の利”。僕らとエックスの力が拮抗しているなら、いかなる決着であれ、勝った側もそれなりに消耗する。そこへ絢音が満を持して介入、というわけだ。

 エックスが勝てば、再生する前に絢音がトドメを刺す。当初の目的を達成し、ハッピーエンド。万々歳だ。逆に僕たちが勝てば……勝てば?


「……おい、お前まさか――!」

「フフ、やっと分かった? アタシがどうしてここに来たのか」


 脳裏に浮かんだ最悪のシナリオ。それを肯定するかのように、絢音は首を縦に振る。


「妖怪なんていう最高の“苗床”。みすみす逃す訳ないじゃない。……さて、それじゃあ」


 アタシのものになろうか。


 そう呟くと、絢音はこちらへと距離を詰めてきた。消耗の影響で反応が遅れ、一瞬で目の前まで近付かれる。

 反射的に腕を十字に組んだ……まさにその直後。鋭い蹴りがとんでくる。女の子の身体からは信じられないような威力を受け、僕は後退を余儀なくされた。


「うっ!?」

「……ああ、一つ言ってなかったね。楓さんは特別扱いだよ」

「何、だと……?」


 構えたまま僕が聞き返せば、絢音は恍惚とした表情を浮かべ、人差し指の先を僕に向ける。


「だってそうでしょ? 人間と神の混ざり物。こんな逸材そうそういないよ。妖怪三人とは比べものにならないほど高品質な霊力。それが沢山、あなたの中に詰まってる。ホントもうっ……魅力的すぎて魅力的すぎて! (そば)にいるだけでおかしくなっちゃいそう!」


 頬を真っ赤に染め、蕩けるような瞳で僕を凝視する。狂気じみた絢音の振る舞いに、僕の背中を冷たいものが走った。蛇に睨まれた蛙も、きっと似たような気持ちを抱くのだろう。

 絢音の勢いに呑まれそうになりながら、僕は昨夜の出来事を回想する。


 ――何があっても、君に手出しはさせないよ。

 ――事が終わるまで君を守るって意味。


 ああ、悲しきかな。気恥ずかしい言葉を告げた相手が、まさかこんな女だったなんて……。


「安心して? 楓さんのことは人としても好き。ちょっと影のある爽やか系のイケメン、超タイプだし。……ねぇ、アタシの彼氏にならない?」

「っ、ふざけるな!」


 飄々とした態度を崩さない絢音に、僕は地を蹴って飛び掛かった。

 分かってる。状況はこちらに不利だ。霊力が枯渇しているせいで、術は使えない。それどころか身体だって満足に動かない。

 それでも。こいつは今、ここで倒すんだ……! さもないとみんなが……。


「遅いなぁ」

「――っ!?」


 次の瞬間、絢音の姿が視界から消える。顔面目掛けて振り抜いた拳は虚しく空を掻いた。

 どこだ。どこに行った?


「こっちだよ。楓さんの、う・し・ろ」


 狼狽する僕の背後から、鈴を鳴らしたような声が降ってくる。

 慌てて振り向けば、絢音の顔がすぐ目の前に迫っていた。思わず蹈鞴(たたら)を踏んだ僕に向かって、絢音はわざとらしく首を傾げ、微笑みかけてきた。


「どうしたの? 疲れてんの? 楓さんの本気はこんなもんじゃないでしょ」

「くっ……!」


 残り体力はあと僅か。短期決戦しか方法が無い。募る焦燥を抑え込み、僕は攻撃を続ける。


「……ジャブ。右フック、と見せかけてフェイント。ローキック、これもブラフ。本命は接近しての前蹴り。悪くない。だけどまだ、慣れてないのかな」

「っ、の!」


 手の内が見透かされてしまうのは単純に練度の差だろう。空手を習ったと言っていた。期間は不明だが、おそらく数年。対してこちらの格闘術は、始めて三ヶ月の付け焼き刃でしかない。

 僕の蹴りをステップで避けていく絢音は、貪欲に機を窺う肉食獣の目付きをしていた。


「……戦い方、初めて見るけどキックボクシングに似てるんだね。でも少し違うな。誰に習ったの? 黒羽さん?」

「別に誰でもいいだろ。君には関係無い」

「辛辣ぅー。好きな人のことなら何だって知りたいと思うのは当然でしょ」

「教えるかどうかはこっちの勝手だ!」


 腕を振るう。キックもパンチも躱されるなら。どこでもいい、相手を掴んで力技で抑え込めば……。


「わぉ、積極的!」


 絢音の服に手をかけた、次の瞬間。視界が反転する。組み伏せようとしたのを逆手に取られ、気が付けば、僕は背中から地面に叩きつけられていた。


「んっ……ぐぁ……」

「ほら。もっと激しく来なよ。ここで負けたら、(いと)しの黒羽さんが苗床になっちゃうよ? 腹突き破って化け物が出て来る光景とか、見たくないでしょ?」

「黙れ……!」


 立ち上がる間も惜しい。寝たまま身体を回転させ、足払いを放つ。いつもの半分の威力も出ないそれを、絢音は軽々と弾き返し、僕の間合いから素早く遠ざかっていく。


「キツいなら降参すれば?」

「……誰が。絶対に嫌だね!」


 君のものにはならない。拳を握り締め、振る舞いで僕の決意を示す。対する絢音の顔は、どこか嬉しそうだった。


「うんうん。そうこなくっちゃ」

「……こっちが断るっつてんだろ。我慢しなよ。二兎を追う者は一兎も得ず。世界はそういう風に出来てるんだ」

「我慢? 面白いこと言うね。我慢ならこれまでずっとしてきたよ。日影に咲いた花の気持ちが楓さんに分かる?」


『悲しいよね。種族も生まれも同じなのにさ、ちょーっと運が悪かっただけでこんなにも周りと差がついちゃう。小っさい方からしちゃ堪ったもんじゃないよ』


 ……そういえば、そんなことも言っていたな。あれは彼女なりの自己主張だったのか。


「……はっ、分かるわけないだろ。他人の気持ちなんて、心を覗かない限り完全には理解出来ない。ちょっと前に思い知ったんだよ」


 どれだけ親しい相手でも、内心で殺意を抱いてたりする。結城や木崎がそうだった。彼らの好意は完全に偽物だったが、当の僕はそれに気付けもしなかった。

 黒羽だけが例外だ。彼女だけは、自分の明るいとこも、暗いとこも、全部まとめて僕に見せてくれた。だから僕は彼女を好きになった。何があっても信じようと決めたのだ。

 大切な……人なのだ。苗床になんかさせない。僕が守る。絶対に――。


「諦めるつもりは、無いんだね」

「ああ」

「上等だよ。それじゃアタシも、全力で応えよっかな」


 直後、絢音の背中が内側から盛り上がった。

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