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比翼の烏  作者: どくだみ
2-4:芽生えし侵略者
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ヒストリー・オブ・ビクトリー

「勝手に決めないでもらえるか。勝ち目の薄い戦いには反対だ」

「お主が反対しても決定は覆らんよ。数ヶ月前、儂がこの青年に、半端な気持ちで主の座を委ねたとでも思うたか? 否。与えたのは力のみならず、神としての責務も同時に背負わせた。青年自身、それを承知の上で選択したんじゃ。応えてくれねば困る。儂の娘なら分かるじゃろう」

「ああそうだな、嫌なくらい分かるさ。だけど私だって、楓をこれ以上危険に晒すのはごめんなんだ。そもそも楓、どうして汝まで賛成する? 理由を言え」

「理由か……そうだね、マヤ様の言ってた“神としての義務”ってのが、二割。ここで逃げてもエックスが生きてる限り、落ち着いて暮らせないって思いが八割くらいかな。ほっといて増えられたら元も子もないし、潰せる内に潰すのが最善でしょ」

「だとしても、だ。アレと私らでは体格に差がありすぎる。体術が効くとは思えない。信仰で生きてるわけじゃないから、蛇神みたいな搦め手も無理だろ。それとも何だ、来もしない神風に運命を託すか?」


 んな訳あるかい。僕に特攻の趣味なんか無いぞ。


「神が神風に頼ってどうするんじゃ、バカもん」


 僕と黒羽のやり取りを聞いていたマヤが、やれやれと首を振る。


「奇跡に縋るのが許されるのは、今も昔も人事を尽くした者のみぞ。窮地に立たされた時だからこそ、我々は努めて論理的に考えねばならん」

「撤退が最善と判断したのも、私なりに“論理的に”考えた結果なんだが?」

「承知しとるよ。じゃが取り敢えず儂の話を」

「だいたい私からすれば、師匠の言う“神の責務”ってやつの方が感情的だ。誇りに殉じて死ぬなんて嫌だし、死なせるのも論外――」


 昂ぶったのか早口で言い募る黒羽に対し、ついに、マヤが一喝を発した。


「黙らっしゃい! 黙って儂の話を聞かんか。まったく、感情的とはよく言うわ。その青年が絡んだ時のお主の方が、よっぽど感情的じゃろうに」

「……っ」


 黒羽が押し黙る。言い返せないだろうな、図星だし。本当に君は一途というか、一途が過ぎるというか。好いてくれるのは嬉しいんだけど、時々こうして危うさを感じることもある。大丈夫かなこの娘……。


「誤解があるらしいの。いかな儂とて負け戦に臨む趣味なぞ持っておらんよ。こうして発破をかけておるのも、決して誇りやプライドからではない」


 そこでマヤは、若返った顔に自信ありげな笑みを浮かべ――。


勝てるからじゃよ(・・・・・・・・)


 そう断言してみせた。


「……言い切るからには、ちゃんとした理由があるんですよね」

「うむ。主に、二つじゃな」


 僕の問いかけにも力強く頷き返してくる。推測ではなく、確信があるらしい。僕たちでもエックスに勝てるという根拠……一体何だろうか?


「第一に。儂が戦った株と違って、やつはまだ成長を終えていない」

「えっと……それが?」


 どうしたと言うのか。むしろ伸び代を残してるという意味で、悪いニュースなのでは?


「もっと前向きに思考せよ。発想の転換じゃ」

「発想の、転換」


 試してみよう。エックスは成長の途中にある。僕はさっき、この事実を長期的な視点で捉えようとした。だけど今現在だけで見れば――そうか!


「外に出るのが早過ぎた。あいつは未成熟なんだ」


 本来ならば、もうしばらくの間、蛇神の中でぬくぬくと力を蓄えるつもりだったのだろう。だがそこに、僕たちという予定外の邪魔者が現れた。操っていた蛇神は倒され、エックスは中途半端なタイミングで成長を阻害された。すなわち……。


「マヤ様の話だと、成体の株なら必要な養分は自力で賄える。だけどあいつは、強大に見えてもまだ子供だ。寄生先の霊力に頼って生きてる。それを遮断できれば」

「……草体を維持できずに枯れていく。つまり、弱点は根元の接合部分か!」


 僕の言葉を黒羽が引き継ぐ。そして互いに顔を見合わせた。暗澹たる黒雲を切り裂いて、一筋の光が天空から差し込んできたような感じがした。


「どうかの、希望が見えたじゃろ?」

「……多少は。でもマヤ様。それならこのまま待ってればいいんじゃないんですか? 宿主になった蛇神は、既に死んでます。新たな霊力が供給されることはもう……」

「無かろうな。しかしあそこまで成長した株なら、蛇神の神体に残存する力だけで育ちきってしまう可能性がある。自壊に期待して静観を決め込むのは、ただの希望的観測と言えよう」

「確かにそうですね。じゃあ二つ目の根拠は?」

「歴史じゃよ」

「歴史?」

「かつてヤドリギと戦った際の話を、もう一度思い返してみよ。我らに勝利をもたらしたのは、如何なる神であったか。その力は(のち)にどうなって、何を経由し、誰に流れているのか」


 脳内で記憶を遡る。ヤドリギの中で最も力の強かった株は、猪の神が命と引き換えに倒した。神の位は死に際にマヤへ引き継がれ……今は、他ならぬ僕がそれを持っている。


「五百年前、あの場には一柱の猪神と、傍らに従う一匹の副官がいた。対してここには、猪神の力を継ぐ男と、その横に寄り添う伴侶がおる。これより先は説明せずとも分かるじゃろう?」

「……もう一度、繰り返すんですね」

「世界はそういう風に出来ておるからの。勝利の歴史を再現し、“運命を我らの味方につける”。役者は揃った。条件も悪くない。どっかの誰かさんが了承しさえすれば、何ら問題は無くなるんじゃがな、んん?」


 マヤが笑顔で圧をかける。黒羽はギョッとした顔でたじろいだ後、躊躇うようにそっぽを向いて、爪先で地面をせわしなく叩き始めた。瞼を降ろし、「ううう」と唸りながら唇を噛む様は、彼女なりの抗議のつもりだろう。だがそれでマヤの意が翻ることは無い。僕もまた、そうせざるを得ないという理由で戦いに賛成の立場だ。

 渋々といった表情で、黒羽が両手を顔の横に掲げた。


「……はぁ。ったく、分かったよ。私も協力する。どっちにしたって、楓を一人で残していくなんて出来ないからな」


 降参だ降参。呆れた様子で呟いて、わざとらしく肩を竦めた。


「んで? 具体的にはどうやって戦う気なんだ。根元が弱点だとしても、そこに辿り着けるかはまた別問題だぞ」

「あの蔦の中を抜けてかなきゃならない訳だもんね。エックスに死角とかあればいいんだけど……。どうなんですかマヤ様」

「目の無い樹木に死角なんぞあると思うかね?」


 無いな。考えてみれば当然だ。


「どの方向から攻めても正面突破と同じ。攻撃の成否は、私たちの連携次第か」

「初対面ってわけでもないし、そこは大丈夫じゃないかな。それより僕は、スピードが足りるかどうか気になる。黒羽は速いからいいけど、僕なんかほら、そうでもないし」


 途中で脱落しないか、それが不安なのだ。一応言っておくと、僕だって鈍足というわけじゃない。むしろ神様パワーのおかげで、僕の身体能力は一般人を遥かに凌駕するレベルなのだが、黒羽とマヤが俊足過ぎて置いて行かれるのである。


「ふむ、ならばお主は儂の背に乗ると良かろう。移動と回避に専念する故、進路の指示と迎撃を任せる」

「分かりました。根元に辿り着いたあとは」

「お主の出番じゃよ、出雲楓。半熟といえど神の霊力、黒羽や儂より勢いは出る筈。なぁに、遠慮することは無い。背後の守りは儂らに委ね、全身全霊、一意専心。最大出力をやつに叩き込め」

「……えーと、それって」


 話の風向きが変わった気がして、一抹の不安を覚えた僕はおそるおそる問い返す。マヤが「うむ!」と頷いた。近年まれに見る力強さだった。


「つまり、殴れということじゃ。前進あるのみ一歩も退くな!」


 強引な作戦に聞こえるが、良い対案があるわけでもない。首を縦に振り、僕は決意と肯定を示す。

 “最強の寄生体”とマヤは言った。だがそれは、“無敵”や“不死身”とは別物だ。

 攻撃は効く。死の概念だってある。現に先程エックスと対峙したときも、黒羽の術で敵の蔦を切り落とせていた。

 傷が付けれるなら、殺せる筈だ。


 ※


「退くに決まっているでしょう。わたしは自殺志願者じゃないんですよ」


 蛇神の後に現れた、正体不明の何者か。獣の直感でその気配を察知したとき、木崎加奈の判断に迷いは無かった。


「命じられた仕事は既に果たしてます。楓くんたちを放置するのは気が進みませんが、予定外の出来事が起きている以上、下手に首を突っ込むなど愚策。安全確保を最優先とすべきではないでしょうか」


 社の方角を指差しながら、いつもより早口で言い募る。距離があるため詳細な情報は得られない。だが、出現した何かが自分たちにとって危険な存在であることは確実だ。でなければ、産毛がこうして逆立っている説明がつかない。

 数分前。謎の揺れの直後から上空で渦を巻き始めた黒雲は、不思議な力で今なお形と位置を保っていた。直下にいるだろう楓と黒羽は、果たしてどうなったことか。生き残ったなら合流したいが、連絡手段を持ってない。死んでたら? 残念無念。サヨナラバイバイの時間だ。


「あー……いや、うん。お前の理屈は分かるぜ? 分かるんだけど……」


 撤退を求める木崎に対し、宗像結城はあまり乗り気でなかった。


「もうちょっと様子見てもいいんじゃね? アレが何なのか知んねぇけどさ、取り敢えずこっち来る気配はなさそうだしよ」


 楓にやられた狐時代のことを思い出すので、元来彼は逃走が嫌いであった。加えて今回は楓を置いていくことになるので、結城的には微妙に気が食わなかった、彼は楓を殺したいのであって、楓に死んで欲しいとはまたちょっと違うのである。


「そんなこと言ったって、ジッとしてるのは良くないと思いますよ? 様子見するにも、もう少し距離を取りたいです」

「だったら一旦工場まで戻るか。絢音と合流して、これからのことを話し合うってのはどうだ」

「そうしましょう。あの娘の安全も確保したいですし、ね」


 木崎は狐だが、別に人間が嫌いではない。案内人として世話になった絢音を放置するほど、義理人情が欠落している訳でもない。所詮ただの顔見知りとはいえ、気にかけるくらいはするし、しなくなったら終わりだと思っている。

 まあ今回は……もう一つ、他の理由もあるが。そちらはあくまで副次的なもの。頭の片隅に留めておくくらいで、十分だろう。


「さて」


 方針が決まったからには、急ぐとしよう。何となくだが急がなければならない気がするのだ。根拠は、獣の勘が半分、女の勘が半分。論理の欠片もありゃしない。が、これが意外とよく当たる。


「走りますよ」

「おう」


 狐の快脚をフル活用し、南へ向かってひた走る。そこかしこで村人たちが意識を取り戻しつつあったが、木崎たちを襲う気は無いようだった。それもその筈、彼らの暗示は既に解けている。再度上書きをしない限り、こちらに敵対することは有り得ない。

 拠点にしていた廃工場が見えてきた。見る限り、魔除けの結界は今なお健在。外からの侵入者は無かったということになる。

 結城が入り口の扉を開け、工場の中に足を踏み入れる。そしてすぐに、眉をひそめて立ち止まった。


「……おっかしいな。やけに静かじゃねぇか?」


 言われて木崎も違和感に気付く。廃墟だから静かで当然なのだが、だとしても絢音がいる以上、微弱なりとも人の気配があってしかるべきだ。しかしここは……。


「どっかに隠れてるんじゃないですかね。大声で呼んだら出て来るかも。絢音ちゃーん?」

「おーい! どこにいるんだ返事しろー」


 返事無し。工場内部を手分けして探し回ってみたが、絢音はどこにも見当たらない。さーて、これはどうしたものか。


「ったく、あのガキどこに行きやがったんだ。攫われたりしてねぇだろうな」

「可能性は低いでしょうね。結界が無事である以上、ここはまだ見つかっていません。結界を壊さずに入ってきても、術主のわたしが気付きます。つまり」


 外からの侵入は有り得ない。おそらく、その逆だ。


「絢音が自分から出てったっていうのかよ!? 何のために?」

「さぁ、何のためでしょう。ここを動くなと言ったんですけどね」


 現時点で理由は不明だ。憶測で物事を語るしかない。

 たしか絢音には霊感があった筈だ。自分たちと同じように、“何ものか”の出現を察知して、一足先に逃げてしまったのだろうか? ……いや、彼女はそんなことをする性格ではない。だとしたら村の奥に向かった? どうして? 危ないことくらい馬鹿でも分かるだろうに。

 もしかして。

 もしかして絢音は――。


「……楓くんに、合流しようとしてる?」


 だとすればよろしくない。多分、猛烈によろしくない。一刻も早く追い付かねば……。


「結城くん、あなたに伝えておかなきゃいけないことがあります」

「どうした?」

「ちょっと長くなるんで、あの娘の後を追いながら話しましょう」


 そう言うと木崎は指を立て、結城の鼻をコツンと突いた。


「匂いを辿るの、わたしより得意でしたよね」

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