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比翼の烏  作者: どくだみ
2-3:出雲楓の神殺し
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兵糧攻め

「何だと?」


 訝しげに表情を歪める。そこでようやく蛇神も、自身の身体の違和感に気付いたようだった。

 すかさず僕が術を放てば、赤い飛沫が盛大に花開く。本来ならすぐに治癒した筈の傷だ。

 だが今は……一向に出血が止まらない。蛇神の再生力は目に見えて落ちていた。


「どうしたの? 苦しそうな顔してるけど、もしかして体調悪い? 老体に鞭打って頑張ったから、ガタが来ちゃったんじゃないの?」


 散々バカにされたお返しとして、手始めに思い切り煽り倒す。怒声と共に衝撃波が襲ってきたが、これまでと比べれば面白いほどに弱かった。


「何コレ、新手の扇風機かな。もう十一月だけど、売り出す時期間違えてない?」

「貴様……我に何をしたァ!」

「何もしてないさ。“僕は”ね」


 地面を蹴り、樹上へと跳び上がる。枝を足場に相手の真横へ。急接近した僕に蛇神は目を見開いたが、迎え撃つにはあまりにも図体が重すぎた。

 拳を振り抜く。そこで初めて、蛇神の巨体がグラリとよろめいた。

 確かな手応えを感じつつ、空中で体勢を整えて着地する。腕が痛いな。全力で殴ったし、そりゃ反動も大きいんだけど。


「……“信仰の自給自足”か。本当、よく考えたもんだよ。最初に聞いた時は、こんなのどうやったら勝てるんだって思った。だから少しだけ、発想を変えてみることにした」

「発想だと? ……まさか!」

「分かったみたいだね。僕の狙いは初めからお前じゃない。お前の力の源である村人たち、そこを叩くのが本命だったのさ。仲間の中に洗脳を解除できる人材がいたから、彼女に一任した。仕事が早くて本当に助かるよ」

「では貴様らは、始めから我を倒す気など無かったのか」

「ああ。差し詰め、お前の意識を村の方に向けさせないための囮ってとこかな」


 死なずにいられる体力と、蛇神を騙し抜く演技力が必要な難しい役回りだ。もしも僕たちが敗れるか、こちらの企みに気付かれれば全てが破綻する。思えば綱渡りなやり方だった。

 けれど幸いにも作戦は実った。途中で黒羽が操られるという想定外の出来事もあったが、どうにか十分な時間を稼ぎ……その間に、木崎がキッチリと仕事をこなしてくれた。

 そして今。僕の前には弱体化した蛇神の姿がある。


「信仰から力を得てるなら、その信仰を消してしまえばいい。これが僕の考えた神殺しプラン、名付けて“信仰の兵糧攻め”。どんな風に効果が出るかは分かんなかったけど……一気に来たね。失敗したかと思って焦ったよ」


 ちなみに僕が陽動に回ったのは、四人の中で唯一まともに戦えそうなのが僕だったから。

 昨日の昼、蛇神と相対したとき、僕は奴の術に抗って立ち上がろうとした。まあ結局は立てなかったのだが、それでも指一つ動かせなかった黒羽たちと比べれば大きな差だ。だからこそ僕なら蛇神に対抗出来る。出来るかな。出来ればいいな。出来るかしらん……等々、アレコレと考えた末の組み分けだったのである。

 その場で息を整えながら、僕は注意深く蛇神の様子を窺う。

 攻撃の気配はない。いや、したくとも余裕がないのだろう。膨れ上がった巨大な身体に、数百人規模での精神操作。維持するだけでも相当な消耗を強いられる筈だ。そんな状態で供給が遮断されればどうなるか? 答えは簡単。何もせずとも蛇神は干上がっていく。

 信仰の自給自足とは、借金を返すために借金をし続けるようなもの。金を借りれなければ、膨れ上がった負債に押し潰され、自滅する。この発想に至れたのは、本当に偶然の閃きからだった。


「推測になるけどさ。お前が自由に使える霊力の量、そんなに多くないんだろ?」

「何を――」

「お前ぐらいの神様になれば、僕たちなんて瞬きの間に殺せても変じゃない。なのにお前はそうしなかった。というより、出来なかったんだよね。派手なことしたら回復が追い付かなくなって、自身の存在が不安定になる。僕と黒羽を殺し合わせたのも、そうすれば霊力の消費を抑えられると踏んだからだ。違う?」


 返事は無い。その沈黙こそ、紛れもない肯定の証だった。

 わなわなと震える蛇神。初めて対峙した際に感じた、押し潰されそうな程の神威はもうそこに無く、膨れた風船が萎むように、急速に力が衰えていく。

 僕は再び地を蹴って、狼狽する相手の眼前へと肉薄した。

 ここまで来れば、すべきことはただ一つ。


「――お前の負けだ、蛇神」


 相手が体勢を立て直す前に、たたみ掛ける。


「これは、お前に操られた人たちの分!」


 固めた拳を振り下ろす。蛇神の鼻先に命中し、骨の砕ける音が響いた。


「こっちが、お前を心配してた絢音ちゃんの分!」


 すぐさま腰を落として下から。霊力を集めて威力を高める。反動で腕が悲鳴を上げたが、気にせずアッパーを叩き込んだ。真上に打ち上がった蛇神の頭部は、木の梢あたりにまで到達して、そのままゆっくりと落下してくる。

 ……実を言うと、パンチはあまり好きじゃない。

 僕の体術の師匠は黒羽だ。彼女は半人半鳥だから、基本、腕を使わず足だけで戦う。彼女から教わったのもほとんどが足技で、逆にフックとかストレートは、動画を観て真似した独学に過ぎない。

 要するに何が言いたいかというと、僕が得意なのは、腕を使った打撃ではなくて――。


「でもってこいつが黒羽の分だ! 歯ァ食い縛れっ!」


 身体を反転させて、回し蹴りを繰り出す。全身全霊、渾身の一撃。その瞬間、踵から伝わってくる衝撃と共に、蛇神の意識を刈り取った確かな感覚があった。

 吹き飛ばされた巨体は後方へと崩れ落ち、朽ちかけの祠をなぎ倒して止まる。けれどすぐには気を抜かず、油断なく構えたまま、数秒。蛇神が起き上がってこないことを確認する。

 当然ながら、殺してはいない。

 というか、このくらいで死にはしないだろう。腐っても弱っても神格だ。色々と問い質したいことだってあるし、死んでくれては困る。


「頭を冷やして反省しな、張りぼての神様」


 聞こえてないのを承知の上で、そう吐き捨てた。……ちょっとキザったらしかっただろうか?


「はぁ……疲れた」


 戦闘の熱気が退いていけば、それに従って意図的に切り捨てていた痛覚が蘇ってくる。

 蛇神をぶん殴った腕。酷使した足。黒羽に蹴られたお腹と頭。全身が焼けるように痛かった。骨とか折れてるかもしれない。加えて、霊力もいつになく消耗している。

 相手が相手とはいえ流石に無茶しすぎたか。まあ、勝てたので別に構わない。僕の身体は休んでいれば治る。それよりも……今は、彼女の方が大切だ。


「黒羽。起きて」


 膝を付き、眠りの姫を抱き寄せて。桜色の口元にそっと唇を重ねた。残った霊力を惜しみなく流し込み、彼女の体力を力技で回復させる。とはいえ、大盤振る舞いはあくまで僕が気絶しない範囲においての話だ。


「……これくらいでいいかな」


 かくして追加で一仕事を終えたとき、僕は文字通りヘロヘロになっていた。

 黒羽を抱え、近くの石灯籠に背中を預けた。もう無理、取り敢えず休憩。全身の筋肉痛を甘んじて受け入れつつ、僕は半ば無意識に黒羽の髪を撫で回す。

 彼女はお洒落に無頓着なので、いつも風呂上がりに僕が手入れしてる髪だ。最近手触りが良くなった。いい匂いがするのは変わらない。

 そのままボーッとしていると、腕の中で黒羽が身じろぎをした。

 どうやら、目が覚めたらしい。


「おはよ」

「うぅ……ここは……?」


 朧気な瞳を何回か瞬かせ、それからハッとなって跳び起きた。


「楓っ! あいつは!?」

「倒したよ。すぐそこでオネンネしてる」


 僕がそう伝えると、黒羽は安心したみたいだった。「そうか」と頷いた後で、翼を人間の腕に変えた。そのまま地面に手を突いて立ち上がろうとする。

 ……立ち上がろうとして、唐突にへたり込んだ。


「黒羽?」


 どうしたの。訊けど黒羽からの返事は無い。それどころか彼女は頭を抱え、「ああ、ああ……!」と悲鳴のような声を上げ始めた。


「私、は」


 青ざめた顔に涙を浮かべ、ガタガタと震え出す。


「私はっ……! 何てことを――!」


 そしていきなり、自分の首に手刀を叩き込もうとする。慌てて手首を掴んで止めた。


「ちょ、ストップ! ストォップ! いきなり何してんだ気でも狂った!?」

「放せっ! 私は汝を殺そうとした、もう生きてる価値なんて無いんだっ!」


 操られた時の記憶が残っていたのか。自分のしたことを思い出して、それで錯乱状態になったんだな。


「何バカなこと言ってんのさ! 忠義を果たそうとしてくれるのはありがたいけど、そこまでしなくたっていいだろ!? 目の前で自害されたら、僕さすがにトラウマになりそうなんだけど」

「で、でも! あと少しで私は汝を殺していたんだぞ! そんなの許せない!」

「間違えればね。実際には殺せなかった。未遂だよ」

「楓が良くても私が駄目なんだっ! 死ぬ! 死んで汝に詫び――」

「黒羽!」


 肩を抑えて名前を叫ぶ。黒羽の身体が固まった。


「僕のこと、そのくらいで愛想尽かす男だと思わないで」

「ふぇっ、ぁ……」

「死んで僕に詫びる? そんなのされても嬉しくもなんともない。君が死んだら僕は悲しむって、君だって分かってる筈だよね?」


 俯かないよう顎の下に指を当てる。黒羽の頬が瞬く間に赤く染まった。


「“二度とするな”」

「……っ!」


 語気を強めて言い聞かせれば、黒羽は涙目になりながら首を縦に振る。その様子があまりにも可愛かったので、僕は気紛れに、余計な一言を付け加えてみた。


「返事は?」

「ひゃい」


 あ、噛んだ。


「……はい」


 そして言い直した。何だこの娘、天使か。


「……すまない、楓。私、パニックになってたみたいだ」

「本気で焦ったけど、大丈夫。落ち着いた?」

「なんとか。汝には迷惑をかけてしまったな」

「こっちこそ。首、苦しくしてゴメン」

「謝らないでくれ。あの時はああするしかなかった。あれが最善だろう」


 そう言ってくれると気が楽だ。僕を殺そうとした黒羽と、黒羽の首を絞めた僕。どちらにも致し方ない事情があった。お互い様ってことで、手打ちにしよう。


「作戦は……成功したのか」

「バッチリとね。効果が出てきたのは、君が気絶した後だったよ」

「なら良かった。実を言うと、上手くいくか少し不安だったんだ」

「不安?」

「狐どもが裏切るんじゃないかって」


 それは僕も思った。幸いにして、杞憂だったわけだが。


「楓、この後はどうする?」

「んー……蛇神が起きないとどうしようもないから、しばらく待とっか。結城たちも追々、来てくれるだろうし。みんなで纏まって話を聞こう」

「了解した。それまではゆっくりと、だな。汝も疲れてるだろ、休め」

「僕? 僕はまだ……」

「休め」

「あの」

「休めと言ってるのが聞こえないのか? こういう時に無理したがるのは汝の悪い癖だな」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 黒羽に促されて僕は身体を横にする。頭を黒羽の膝に乗せた、いわゆる膝枕。彼女の方を向いて寝ると、直後に良い匂いの直撃を食らった。別の意味で休めない。というわけで体勢を逆にした。瞼を閉じれば、蓄積した疲労が一斉に自己主張を強めて、僕の意識は微睡みの中に沈んでいく。

 お休み、と。優しいアルトが耳元で囁かれた……その時だ。


 地鳴りのような音がした。

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