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比翼の烏  作者: どくだみ
2-2:狂乱の蛇神
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傀儡の軍団

 右から左へ視線を走らせ、僕は相手の人数を確かめる。

 見える範囲で……ざっと二十人。多い。全員が男で、しかも武装しているようだ。鎌にスコップ、クワにノコギリ、草刈り機。チェーンソーを持ってる男までいた。田舎らしさと殺意がたっぷりだ。


「……オーケー。みんな、動かないで。そのままジッとしてて」


 下がりたい気持ちを抑えつつ、僕は小声で仲間たちに指示を出す。

 クマに向かい合うときと同じだ。焦って騒げば、相手を刺激してしまう。慌てずに、落ち着いて、決して向こうに隙を見せないように。

 しばらくの間、息の詰まりそうな膠着状態が続く。

 沈黙を破ったのは、村人の方からだった。


「イズモカエデご一行様、お越しくださりアリガトウゴザイマス!」

「は?」


 いきなり名指しで呼び掛けられて、僕は思わずぎょっとしてしまった。


「泣沢村へようこそ」

「ようこそ」

「ようこそ」

「ワレワレはマレビトを歓迎します」

「歓迎します」

「歓迎します」


 最初の男が口を開くと、その取り巻きも口々に復唱する。僕たち……いや、僕だ。僕から目を離さぬままに、村人たちはじりじりと距離を詰めてくる。

 交渉の余地があるのだろうか。にしては持ち物が物騒すぎるが。


「あー……もしもし? ハロー?」


 試しに両手を上げてみるも、彼らは無反応のまま行進を続ける。

 きっとこの人たちも操られているんだろう。現にこうして目を凝らせば……見える見える。絢音の父親に付いていたのと同じ、赤色の霧。全員から湯気のように立ち上っていた。

 僕は迷わず扉を閉めた。

 鍵もかけた。ちっぽけで頼りない造りだが、少しは時間を稼いでくれるだろう。

 振り返った僕に、結城が不満げな様子で異議を唱えた。


「逃げんのかよ? あんくらいなら俺たちで勝てるだろ」

「“あんくらい”ならね! 向こうには戦力が山ほどあるんだ。ここで迎え撃っても、第二波、三波と送り込まれて、物量で潰されるのがオチさ」

「……チッ、確かにそうだな。おい絢音、この家に他の出口はねぇのか?」

「っと、風呂場の近くに裏口があるよ! 着いてきて!」


 土足のまま身を翻し、絢音が廊下を駆けていく。僕たちも迷わず後に続いた。

 哀れな男が放置されたキッチンを通り抜け、そのまま更に屋敷の奥へ。それと同時に、玄関の扉が破られる音が背後から響いてくる。

 もし追い付かれたら面倒だ。狭い場所では戦いづらい。

 迫る怒号と足音にせき立てられながら、何とか裏口まで辿り着いた。

 黒羽がのぞき窓に顔を押し当て、慎重に外の様子を窺う。


「誰かいる?」

「……誰も。待ち伏せはされていないようだな」


 ひとまず安心だ。敵はどうやら、正面に戦力を集中させたらしい。


「行くよ」


 目と指で合図し、僕はゆっくりと扉を開いた。

 絢音と黒羽を真ん中に挟み、危険な先頭は僕が、殿は狐たちが務める。裏口を出た先にはすぐ塀があって、その向こうに深めの用水路が掘られていた。ここを越えるのは困難だと判断した僕たちは、建物と塀の隙間を一列になって駆け抜け、屋敷の玄関側へと回った。

 さっきまで村人の一群が支配していた場所は、大量の足跡と破壊された扉を残して、文字通りもぬけの空になっていた。一人の見張りも残さない杜撰さに敵ながら呆れるが、おかげで苦も無くこの場から離れられそうだ。

 しかし家の敷地から道路に出たところで、神社の方角からざわめきが聞こえてきた。


「うげ……」


 第二陣、といったとこだろうか。振り向いた僕の目に映ったのは、案の定、敵の増援だった。老婆から少年、働き盛りであろう男性から主婦らしき女性まで、老若男女が一様に武器を持ち、徒党を組んで迫ってくる。

 似た光景をどこかで見たような……ああ、思い出した教科書だ。フランス革命。バスチーユ牢獄を打ち壊す民衆の図。ここでのルイ十六世は僕たちで、行く手に待つのは市中引き回しとギロチンだ。

 縁起でも無い。こんなところで殺されてたまるか。


「絢音ちゃん――逃げれそうな道を! 案内して!」


 僕の叫び声に、絢音が素早く辺りを見回した。


「あの裏道は……っ、ダメか。じゃあこっちだ! 走るからはぐれないでね!」


 僕たちが駆け出したのと同時に、村人たちも一斉に足を早めてきた。家から出てきた集団と合流し、その規模は更に膨れ上がる。僕の危惧した通り。一人一人はただの人間だとしても、これだけの数を相手取るのは無謀だ。

 それに彼らは蛇神に洗脳された身、いわば僕たちと同じ被害者でもある。敵だとしても出来るだけ殺したくはなかった。

 大通りを逸れて小道に入る。両脇を木立に囲まれているせいで、道幅は狭く見通しも悪い。顔と腕に蜘蛛の巣が引っ掛かってきた。

 お世辞にも通りたいとは言えないそこを、絢音は慣れた様子でカモシカのように走っていく。

 すぐ後ろで彼女を護衛していたとき、不意に横から肩を叩かれた。

 黒羽だ。息を弾ませながら、人差し指で空を指差している。


「飛ばせてくれ。上から敵の位置を伝える」

「――っ、了解! 頼んだ!」


 黒羽が頷いた。両腕を本来の姿に戻して、矢のような速度で天高く舞い上がる。それを見た絢音が驚いたように目を見開いたが、事前に黒羽の正体を伝えていたおかげで、すぐに納得してくれたみたいだった。

 しばらく進むと視界が開け、僕たちは元の大通りに出た。

 そろそろ撒けたか? 希望的観測を胸に振り返ってみる。……そんなことはなかった。二つ目の角から僕たちの後ろにいた集団が現れる。そしてもう一つ別の方向から、第三波とおぼしき奴らが迫っていた。彼らは交差点上で合流し、軍団となって僕たちに追いすがってくる。

 ゾンビみたいだ、なんてことを考えてる場合じゃない。こちらに絢音がいるとはいえ、この村は敵の本拠地なのだ。つまり地の利は向こうにあるので、早めにあいつらを振り切らないと、回り込まれて包囲される危険もある。

 何とかしないと。

 僕が脳内で打開策を考え始めたとき、上空の黒羽が警告を発した。


「――敵車両二台! 前から来るぞ!」


 ハッと息を飲む。ほぼ同時にカーブの先から、軽トラック二台がエンジンを吹かして現れる。

 図ったかのような挟み撃ち。僕たちの足が反射的に止まった。

 このままじゃ轢き殺される。現人神の身体がいくら頑丈と言っても、鋼鉄の塊に時速数十キロで突っ込まれれば無事では済まない。重傷、人間の絢音はもしかすると即死。仮に運良く生き残れたとしても、遠からず後詰めの村人に惨殺されるだろう。

 もちろんそんなことをすれば運転手もダメージを受ける筈だが、蛇神の支配下にあるからか、トラックが減速する気配はない。

 くそ、どうする。どうすればいい。今いる場所は山沿いの道。右も左も急斜面で、進むのは不可能だ。

 なら後ろは? そう思い身体を反転させるも、時既に遅し。村人の軍団がすぐそこまで迫っていた。


「こっちは何とかしますから!」

「そっちを何とかしてくれよ!」


 木崎と結城が戦闘態勢を取る。……ああもう、仕方ない。僕は大きく深呼吸をすると、二人を信じて背中を任せ、前方のトラックに向き直った。

 一つ、思い付いたことがある。

 危険な策だ。出来るなら試したくはないのだけど……他に可能性がない以上、これに賭けてみるしかない。


「――絢音ちゃん、脇に避けてて」

「え、どうするつもり!?」

「あれを止めてみる!」


 返事は聞かず、僕は覚悟を決めて地を蹴った。

 鬨の声を上げる。怖くても、いや怖いからこそ無理矢理に自分を奮い立たせ、接近するトラックに正面から向かっていく。絢音の悲痛な叫び声が聞こえたが、ここまで来ればもう後戻りは効かない。目測で車体との距離を測り、タイミングを合わせて宙に跳び上がった。

 敵は二台。縦列を組んでいるので、目標は先頭の一台目だ。

 空中で身体を斜めにする。片膝を曲げ、息を吸い込む。そのまま、僕はフロントガラスに狙いを定めて……。


「――ハッ!」


 飛び膝蹴りを叩き込む。膝から足先にすさまじい衝撃が走り、ガラスに巨大な放射状のヒビが入った。

 手応えありだ。僕はそのままトラックに取り付くと、肘を使い、脆くなったガラスを強引に叩き割った。

 車内へ腕を伸ばす。流石に驚いたのか、運転手が慌ててブレーキを踏む。慣性で吹き飛ばされそうになったが、咄嗟にハンドルを掴んで持ちこたえた。

 車体がスリップしながら止まる。よっしゃ上手くいった! こうなりゃ後は消化試合だ!


「悪いね……ちょっと借りるよ!」


 転がるようにして身体を中へ。運転手を殴って気絶させれば、この車はもう僕の物。猛烈に膝が痛いのは、致し方ない必要経費だ。


「みんな乗って!」


 以前の持ち主を叩き出し、外に向かってそう呼び掛ける。

 圧倒的な物量差を前にしつつも、狐組は善戦していた。四人を同時に相手取る結城に、ジェイソン気取りを狐火で焼き払う木崎。絢音は複数人に襲われていたが、降りてきた黒羽が傍について守っていた。

 全員が無事なことに安堵しつつ、僕は車の向きを変えようとハンドルを握る。

 真横から強烈な殺気を感じたのは、まさにそのときだった。


「……ッ!?」


 咄嗟に頭を下げる。直後、轟音と共に車の窓が砕かれて、粉々になったガラスの破片が、僕の背中に容赦なく降り注いだ。

 続けざまに運転席の扉が開く。歯を食い縛りながら顔を上げた僕は、襲撃者が構えている武器を見て、全身に氷水を浴びせられたようにゾッとなった。

 斧だ。

 防御しようにも防御できない、最悪の相手。襲ってきた男が持っているのは、非常用に備え付けられているようなハンドアックスだったけれど、不意を突かれた僕にとっては十分過ぎるほど威圧的だった。

 男の振り上げた斧が、陽光を反射して銀色に煌めく。死神の鎌と同じ色だ。慌てて後ずさろうとする僕だったが、狭い車内に逃げ場なんて無い。


 待って。

 嘘だろ、こんなのっ……!


 身体が竦んで動けない僕へ、無慈悲にも刃が叩きつけられる寸前。

 肉体のぶつかる鈍い音が響いて、男の手から斧が叩き落とされた。


「お兄さんに――近付くな!!」


 凜とした声が鼓膜を揺らす。黒羽より一回り小柄で細い、絢音の背中がすぐそこにあった。

 彼女は両腕を広げ、僕を庇うように男の前で立ちはだかる。危ない、逃げて。そう叫んだが一向にどこうとしない。毅然と立ち向かってくる姿に劣情でも催されたのか、男は下卑た笑みを浮かべて絢音に掴み掛かった。


 次の瞬間、悲鳴がこだまする。

 股間に膝蹴りを食らった男の悲鳴が。


「近付くなって……アタシ言ったよねぇ!?」


 よろめいた相手に、絢音は間髪入れず追撃を加えていく。顎に拳を、ボディに蹴りを。そして背中には踵落としを。茶色混じりの短髪を振り乱しながら、あらゆる打撃を凄まじい速度で打ち込み続ける。

 かくしてボコボコにされた男は、トドメのハイキックを首筋に受け、そのまま地面に昏倒した。


「おらァッ!女の子だからって舐めんじゃないよ!」


 何これ。多分……カラテだよな? しかもめっちゃ洗練されてるし。守らなきゃって勝手に思ってたけど、君って意外と強かったんだ……。


「お兄さん」

「……へっ? な、なに」

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「う、うん。ありがとう……」


 胸の動悸が収まらぬ中、戸惑いながらもそう応えた僕に、絢音はニヤリと口元を歪めてみせる。

 男らしい笑顔に危うく心臓を貫かれかけた。黒羽がいなければ惚れてたかもしれない。

 絢音はトラックの反対側に回り込んで、そのまま助手席に乗り込んでくる。我に返った僕がバックミラーを見れば、黒羽たちも荷台の上にスタンバっていた。


「早く出して!」

「分かってる!」


 扉を閉める。ギアをバックへ入れ、窓から顔を出して後方確認。アクセルを踏み込み、二台目の横をすり抜けていく。近場のT字路を使って車体の向きを変えれば、そこから先は加速するだけだった。


「追って……来ないか」


 ミラーを確認して、僕はふうっと息を吐いた。

 どうやら敵は追跡を諦めたようだった。トラックが一つ目のカーブを曲がれば、それだけで村人の姿は見えなくなった。

 危ない場面もあったけど、何とか窮地は切り抜けたかな。


「……絢音ちゃん、この近くにどっか身を隠せそうな場所ってある?」

「たくさんあるけど、どんな感じのやつがお望み?」

「どんなのでもいいよ」

「じゃあ、このまま道なりに進んで。確か廃墟になった工場がある筈なんだ。村の外れだし、すぐには見つかんないと思う」


 オッケー、採用だ。そこに着いたら休憩を挟み、これからどうするかを皆で考えよう。

 何しろ予想外の事態になった。村全体が危険地帯と化したのである。

 敵は、僕たちの誰よりも強大な神と、その取り巻きたる村人の軍団。質でも量でも圧倒的に劣勢だ。戦って勝てるとは思えない。

 もしかしたら、このまま逃げるのも一つの手かもしれないな――――。


「……さっきのアタシ、カッコよかった?」

「へ?」


 考え事をしていてよく聞こえなかった。隣を向けば、絢音は窓枠に肘を乗せて僕の方を見ている。


「ごめん、もっかい言ってくれる?」

「……」

「……絢音ちゃん?」

「何でもないよ」

「……」

「……」

「……」

「……何でもないってば」

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