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比翼の烏  作者: どくだみ
2-2:狂乱の蛇神
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情報整理

「……!」


 率直な問い掛けに平静を装えず、僕の身体が硬直する。ビンゴ、とでも言うかのごとく、絢音は得意げに指を鳴らした。

 見抜かれていた。しかも今の反応で確信を得たらしい。

 絢音はくつろいだ表情で僕の向かい側に座ると、モデルのように長い足を組み合わせ、クッキーをもう一口頬張った。

 話してくれると、信じて疑わないような表情。


 ……話していいんだろうか?


 人間に化けた妖怪のこととか。

 数百年生きてきた山犬のこととか。

 あるいは、目の前のやつらが揃いも揃って人外であることとか。人として健全な生活を送りたいなら、それらは全て知らなくていい些末事だ。

 だけどよくよく考えてみれば、彼女は元からそんな世界を見てきたわけで――。


「……そうだね。君の言うとおり僕たちは普通じゃない。人間ですらないんだ」


 悩んだ末に、僕はポツポツと語り始める。

 それは今から四ヶ月前に始まった、非日常が日常になるまでの物語。

 僕の前に現れた怪物と、それを退けてくれた女性の話。

 逃避行の中で芽生えた恋心。

 神格との邂逅。

 親友だと思っていた相手が、実はその怪物だったという絶望。

 月明かりの下で知った、想い人の秘密。

 それから一度、仲違いのようなことがあった。だけど僕が再びピンチに陥ったとき、彼女はやっぱり助けに来てくれて……何やかんやあった末に人間をやめ、結局こうして共に過ごすようになった。デリケートな部分は適当に誤魔化した。

 そして最後に、僕たち四人がこの村に来るまでの経緯(いきさつ)を添えて、波瀾万丈のストーリーはひとまずの幕引きを迎える。

 振り返ってみて思うが、我ながら何じゃこりゃという感じだ。


「と、いうことは……お兄さんたちって、今もまだ敵同士なんだ?」

「“だった”ですね」


 木崎が笑顔で答えた。


「昨日の敵は今日の友。殺し合いをしたのも昔の話。この通り、すっかり息の合った仲間になりました」


 仲間、のところで、コーヒーを啜っていた黒羽が思いきりむせた。


「じゃあ、今は仲良しさん?」

「ええ。ですよね黒羽さんっ」

「……」

「ですよね楓くん」

「……」

「……ああそうですか。いいもん別に。それじゃ、意見の相違は置いといて、一旦ここまでの情報を整理しましょう」


 木崎の声が、スイッチを入れたかのように真剣さを帯びる。


「およそ三ヶ月前、絢音ちゃんと蛇神は山の中で何かを見つけた。正体は分かりませんが、絢音ちゃんの記憶が無くなっていたことからも、何らかの怪異である可能性は高い。取り敢えず、『エックス(X)』と呼んでおきましょうか」

「……エックス」


 遊星からの物体だな、と思ったが、茶々を入れるのはやめておいた。


「『エックス』と蛇神の関係は不明。ですが無関係ではないでしょう。その後、わたしたち二人が旅から戻ってくるまでの間に、どういうわけか蛇神は力を取り戻した。そして同時に、これまでの記憶を失ったと思われます」


 簡単な要約を済ませたあとで、木崎は右手でチョキを作ってみせる。


「ここで生じる謎は二つ。一、絢音ちゃんたちが発見したもの、すなわち『エックス』の正体。二、蛇神が力を取り戻した方法、及びその動機」

「つまりその両方が分かれば、何が起きたのかも自ずと見えてくる。蛇神様を元に戻す方法も見つかるかもしれない、と」

「イグザクトリー、楓くんの言う通りですよ。……あ、これ地味にいい茶葉使ってますね」


 至福の表情でコップを傾け、立ち上る湯気を深々と吸い込む。緑茶好きなのだろう。

 その横では、黒羽が腕を組んで唸っていた。


「目標は決まったが、問題は方法だな。どこからどうやって手をつける? そのエックスとやらにしたって、今はまだとっかかりが無いぞ」

「それなんですよねぇ。タイムマシンでもあれば楽なんですが……」

「空想に浸るより頭を回せ」

「分かってますぅ。結城くん、何か思い付きません?」

「蛇神をぶん殴って正気に戻すってのは駄目か?」


 コーヒーを一息に飲み干してから結城が応える。木崎は即座に否定した。


「正面突破で打ち勝てるだけの戦力があれば(・・・)、一番手っ取り早い手段ですね。まあ無いんですけど――」

「ちょ、ちょっとストップ、ストップ! 話について行けないんだけどさ、要するにお兄さんたちは、蛇神様を元に戻そうとしてるんだよね? だったらアタシも手伝うよ! これでも、蛇神様との付き合いはお兄さんたちより長いんだから」


 絢音が唐突に申し出る。僕たち四人は目を見合わせた。

 表情を変えずに沈黙を保つ木崎と、ジト目でこちらを見返す結城。どうやら二人は、判断を僕に委ねるつもりらしい。

 意見が欲しいんだけどな。そう思いつつ黒羽に視線を送れば、彼女は少し悩む素振りを見せたあと、僕へ向かってハッキリと頷いてみせる。

 棄権二、賛成一。ちなみに僕としては……賛成だ。誰であれ、この状況下で仲間が増えるのはありがたい。

 だけど……。


「本当にいいの? 結構、危ないよ」


 念を押せば、絢音は勇敢にも不敵に笑ってみせる。


「あれはアタシの知ってる蛇神様じゃない。優しかった頃に戻ってくれなきゃ、アタシだって色々と困るからさ」

「それは、そうだけど……」

「しかもお兄さんたち、村の外から来たんでしょ? 土地勘のあるやつがパーティーにいたら、移動とか色々とスムーズになると思うんだけど。違うかな?」


 ……いや、確かにその通りだ。

 不安とメリットを脳内で天秤にかける。今のところ後者が少し優勢。僕たちで彼女を守るようにすれば、何とか無事は保証出来るだろうか。


「……分かった。ありがとう。これからよろしく、絢音ちゃん」

「道案内ならバッチ来い。大船に乗ったつもりで任せてよ」


 絢音が握り拳を突き出してくる。これは、もしかするとあれかな。グータッチ。映画とかでよく男たちがやってるやつ。


「えっと、こう?」


 慣れない手付きで真似をする僕。指の背と背がぶつかった。コツン、という控えめな衝撃が、手の甲を柔らかく撫でていく。


「ただの握手よりロックでしょ」

「ロックなの?」


 音楽はよく分からない。

 同じ要領で、絢音が他の三人とも挨拶を済ませていく。流れる雰囲気は実に和やかなものだった。


「チャララーン! 宮野絢音が仲間に加わった!」


 どこかで聞いたSEが流れてきそうだ。

 というか、この子のコミュニケーション力が凄すぎる。知り合ってまだ間もないというのに、もう全員と打ち解けてしまった。僕には出来ない芸当だ。

 こういうの何気に羨ましい。誰かと関わるの、どちらかというと苦手だからな……。


「……あれ?」


 そのとき不意に、玄関から扉の開く音がした。


「誰だろ? お父さんかな」


 絢音が立ち上がって様子を窺う。しかしここからでは、曲がり角の関係で何も見えない。その代わり、妙に荒々しい足音が薄暗い廊下の向こうから聞こえてきた。

 床板が痛むことなど気にも留めていないような乱暴さが、離れていても伝わってくる。住人にしては不自然だ。

 やがて僕たちの前に、一人の男性が姿を現す。

 どこか絢音と雰囲気の似た、大柄な中年男性。


「……え?」


 電流でも浴びせられたかのように、絢音の身体が硬直したのが分かった。

 彼女の存在を認識するやいなや、無感情だった男の様子が一変した。虚ろな瞳に明らかな敵意を宿して、口元を醜くニヤリと歪める。

 その手には――鉄パイプが握られていた。

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